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 終業時間を少し過ぎた頃。pekoとpokoを連れて開発部に行くと、白のスーツに身を包んだ小柄な後ろ姿が目に入った。


「失礼しまーす」

 女性が振り向く。

「岬様。お疲れ様です」

「アサ、お疲れ。橘はもう帰ったの?」

「いえ、荷物はあるのでまだいらっしゃると思いますが、つい先程から姿はありません。研究室か、他部署へでも行かれているのかと」

「そう。あ、いいんだ、橘個人に用がある訳ではないから。この子達を返しに来たんだ」

「そうでしたか」

 2体のロボットを愛おしそうに招き入れる。幼く可愛らしい雰囲気が先に出ているせいか、今まで意識したことがなかったが、アサは確かに顔立ちが槿さんに似ている。今後成長につれて、もっと綺麗になるのだろうと容易に想像がつく。

「よくできてたね。コンセプトもよく合っているし、プログラム的にも異常はなさそうだ」

「そうですか。よかったです。橘さんにも伝えておきます」アサはにっこりと安堵の表情を見せた。

「デザインはアサが考えたんだって?」

「あ……はい。勿論、色々な方々のアドバイスも頂きつつではありますが……」

「そうなんだ。橘から聞いたよ。昔から優秀だって」

「そんなことないです。橘さんから仕込まれたんですよ」

 発言だけ聞くと誤解を生みそうになる言葉を、恥ずかしそうに、且つ誇らしげに彼女は言った。2体のアンドロイドのスイッチを切る。


 橘の件の先入観があるためか、アサにも表情が見られるようになった気がする。ただ、橘曰く、この子自身にはまだ、人間であるという事実は伏せたままでいるそうだ。


「橘から……?」

「はい、私のベースは全て橘さんが作ってくださったときいています」

(誰から……?)という言葉を咄嗟に飲み込む。もはや槿さんによる洗脳教育、遺伝子レベルの組み込みと言っても過言ではないだろう。そこまでしてアンドロイドとして育てる必要はあったのか。やや疑問に思ってしまう。この社会で生き抜くため?それならよっぽど人間として……。

「岬様?」可愛らしい声に思考が遮られる。

「あぁ、ごめん。橘は優秀だもんね。彼に教わったなら、アサが優秀なのも頷けるよ」

「はい。橘さんには感謝しております」ふわりとアサは微笑んだ。


 野花がふわっと開花したような、控え目だけれど優しい笑顔。この子はこんな風に笑うのか。そして、俺はこの顔はどこかで見たことのある気がした。

 遠い記憶を遡る。確か本社勤務になって間もない頃だった。槿さんが元々よくいた馴染みの研究室から、わずかに人の声がした。オートロックのドアは開け放されており、俺は槿さんが既にいないとわかっていても、つい反射的に声のした先を覗いたのだ。研究室の電気はついておらず、パソコンから漏れるブルーライトの光だけであったが、そこで確かに二つの人影を見つけた。二人の間は不自然に空いていたが、背の小さい影の方がやたらと嬉しそうに揺れていた。ちらっと見えた表情は、花が咲いたように優しく笑い、相手を一心に見つめている。そして、無邪気な笑い声とともに、もう一つの影へ手を差し出した。対するもう一つの影には、グレーのスーツがちらっと映し出されていた。その影は、その手を取りこそしなかったが、困ったような、それでいて優しい視線で、小さな影を見つめているのが見てとれた。俺は、あの空間はなんだか他人が触れてはいけないような気がして。その場を静かに立ち去ったのを、覚えている。

 あの子の表情は、まさに今のアサそのものであった。そして、対する映し出されたスーツは、まさに橘が着ているものと同じであった。

橘に対してしか、向けられない。そんな表情を今ふいに見てしまった。嬉しくなって、つい話を進める。



「なんか、アサと二人でゆっくり話すの久しぶり……というか初めてに近い気がする」

「そうですね」いつもの調子に戻りアサは答える。

「いつも橘といることが多いしね」

「そうかもしれません」

「橘、家でもあんな感じなの」

「そうですね。そんなに変わりません」

「ほんとに?ああいうタイプって、家では変わるらしいけど……って彼は違うか」


 彼が人間ってことは、この子は知らないってことでいいんだよな?ややこしい。怪しいところがあっても、洗脳教育にて彼を疑うっていう概念がないのだから仕方ないけども……。

「ふふっ。はい、変わらず、とても、優しいです。私を生かして下さる、()()()()

……今、この子人って言った?


「最近、何となく、彼をみていると心が安らぐんですけど、同時に苦しくなるんです。もっと近くで甘えたいって。でも、橘さんはそれを望んでいない。思慕は排除しなければ。

橘さんの望むものは、私のこういった感情ではないから」

「アサ、ちょっと待って」

 遠慮なくアサが続ける。


「知ってましたよ。橘さんのこと、大好きでしたから。()()()()()()()()()()()()。」



バサバサッ。

 開発部のドアの外で、紙が舞う音がした。振り向くと、真っ青な顔をした橘が、大量の資料を床にばらまいていた。呆然とした顔で、立ち尽くしている。


あぁ……なんてタイミング。


 対するアサは、どこか諦めたような表情で微笑みつつも、目には、みるみるうちに涙が溜まる。そして、静かに会釈をすると、そっと走り去っていった。

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