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「おはようございます」
(おはようございます〜)
「……おはよう」
とある日の朝。正確なリズムのドアノックとともに、橘と、2体のロボットが入ってきた。1体は丸っこくて可愛らしいロボット、もう1体は背丈が橘とほぼ同等の人型アンドロイドである。
「介護ロボットが完成しましたので、その前にご確認頂きたく、失礼させて頂きました。これから他部署へも許可を得ていきますが、おそらく来週辺りから対象者への試験運用を開始できると思われます」
「わかった」
(よろしくお願いします〜)
今日も朝一から飛ばしている橘と、その隣のロボット達に目を向ける。数日前にあんなことがあってからも、橘が今までと変わらず飄々と仕事をこなす様はやはり機械的で、俺の理解の範疇をゆうに超えていた。
「どうされました?」
じっと見つめる視線を不審に思ったのか、橘が聞いてくる。ここはひとつ、大人の対応でもしておこうじゃないか。「いや」にっこりと微笑むと、気味の悪そうな視線を送られた。前言撤回、ちょっとは表情に出るようになってきたらしい。
「もう、口をきいて下さらないかと思ってました」
お墓参りの翌日、ふと橘から漏れた言葉。周りに人がいないのを確認したのち、俺は答えた。
「何で?」
「騙していたじゃないですか。会社も個人的理由で使ってしまいましたし。クビになってもおかしくはないと思いますが」
「あれは……」
……しょうがない、って言ったら俺の私情だもんな。こいつの腑に落ちないだろう。実際はそうなのだが。
「……まぁ、いつもよくやってくれているしな。実際害もなかったことだし」
そう。一応社長にも報告はしたが、同じような返答が返ってきている。要は、お咎めは厳重注意、という形だけで終わったということだ。
「お人好しですね、ってよく言われませんか?」
「懐が広いとは言われるかもな」
「物は言いようですね」
淡々とした口調、ではあるが、あの日以来、橘の表情や言葉の言い回しが、豊かになった気がする。
「あと、惚れた女性をとった恋敵じゃないですか。私。はっきりいうと」
「恋敵なんて可愛いな」
少しおどけた口調で俺は言う。
「ふざけないでください」
「うーん、まぁ……そうともいうかもしれんがな、あれは恋、よりは憧れに近かったんだぞ、本当に」
「そうなんですか?未だに引きずっているから、いい歳しても彼女がいないのだと思ってました」
「お前、そんなこと思ってたのか」
……この失礼さは、既視感しかないのだが。
「社長を含め、割と社内の人間は心配してますよ。社長に至っては、息子はロボットしか愛せない性癖なんじゃないか、ってこないだの飲み会で愚痴ってました」
「お前、アンドロイドで通しながら飲み会とか行くんだな」
「そりゃー、そういう空気なら行きますよ。飲みませんけど」
……そういうものなのか。っていうか、俺に彼女がいないこと皆に知られてるとか恥ずかしすぎる。意外と気にしてるんだけど。俺も相当気を遣われている身なのか……とけっこう落ち込んだのは、記憶に新しい。
業務用の表情に戻り、橘は続ける。
「今回は、ユニバーサルデザインを採用しています。機能は実際の介護で必要となることをほぼ全て行えますが、操作自体は基本、3つのボタンで行うことが可能となっています。また、音声による操作も可能です。操作対象者を考慮して、簡単で、わかりやすいことを重視しました」
「ふんふん。それなら安心だね。これが説明書ね、読んでおくよ」
「丸っこいほうが主に食事や家事などの身の回りのサポートをするpeko、人型のほうがオムツ交換や更衣など、力を使う仕事のサポートをするpokoといいます」
「用途に合わせて、2種類あるんだね。それに、丸っこいこの子、可愛いね。万人受けしそう」
パッと見の、素直な感想が口から出る。橘がピクッと反応する。
「……それは、アサがベースを考えました」
「アサが?」
「昔から、デザイン系は彼女の専門分野なんですよ。こちらのロボットもそうです。今は業務に当たってもらっていますので、こちらには同行させておりませんが。お褒めの言葉、伝えておきます」優しい笑顔でうなづかれた。
「うん、ありがとう。この子たちも、今日中に確認させてもらうから。そしたらすぐに開発部に返すね」
「ありがとうございます。失礼でなければ、就業終わりにこちらに引き取りにきますが」
「いや、手間をかけさせてしまうから大丈夫だよ、ありがとう」
「わかりました。よろしくお願いします」
この子たちと俺だけの空間になる。
「やあ。よろしくね。peko、poko」思わずにやにやしてしまう。今の表情は本気で変質者っぽいだろう。性癖なのかと心配する親も否定はできない。
((よろしくお願いします〜))
あぁ、可愛い。
今更だが俺は、生まれからなのか、槿さんの影響なのか、昔からロボットいじりが好きである。当初は本気で開発部所属を望んだほどだ。仕事の合間、色々考えることは後回しにして、一日この子たちでたくさんテスト(という名の娯楽)を楽しんだのは、言うまでもない。




