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毎年、どうしても思い出すんだ。そして悔やむんだ。どうして、俺はあの人の力になれなかったのだろう。綺麗でいつもどこか寂しそうだった。

ただ、あの人の傍にいて、力になれたら良かったのに。

「岬さんは、槿研究員が最後に遺した偉業は何だと思いますか。……相手の心を読む技術、Aiを駆使したプログラミングです。

 槿さんは心をみてどうしたかったか?相手の望むように応えたかった。

 私と話していて、前おっしゃいましたよね、人間と話しているようだ、と。それは、あなたの考えや思いに私が応えて、期待する反応があったからでしょう。

 槿さんも同じようなことを考えました。……なぜ、彼女は人を嫌いながらも、ロボットを人に似せていったのか?ロボットでも、そんな風に相手と通じ合えるようにしたかった。では、そうしたかった相手は誰か?


……生憎、これは私にもわかりません。彼女は、家族や友人の話を一切しませんでしたから。私もそこは本人の好きにしてもらってましたし、何より私達の間ではさほど問題になりませんでした。今の孤独を埋め合うことができたなら。


……だけど、貴方のことは知っていました、岬さん。なぜなら、私を生かしてくれた場所……として、この会社を、社長を、そして貴方を……唯一紹介されたからです。彼女が話す様子で、すぐにあなたたちは特別な存在であることはわかりました。よって……ここからは推測となりますが」


 橘が足を止め、真っ直ぐ俺を見据える。


「一度、心を閉ざした彼女を救ったのは。人を知りたい、と思わせたのは。差し引いて、私を拾って下さったのは。貴方ではないでしょうか」




 暫く言葉がでなかった。

「いや……」

 何とか言い訳を、それは違うということを、否定したかった。いつもはできるのだ。相手を気遣わせるのはかっこ悪いから。ただ、今は。うまく言葉が出てこなかった。槿さんが、あの時作っていたのは。心を吹き込むと言って作っていたのは。……俺は、単に信じたいだけかもしれない。目の前の青年が語る、己を救う、都合の良い物語を。あぁ、なんて傲慢な。


 橘は続ける。

「……結局、そのプログラムを完成させたのち、彼女は私の元を去りました。会社に迷惑がかかるから、と。その代わり、私と、その他大勢のアンドロイドに開発部の全てを託して。私はひどく動揺し、その日に社長に彼女の居場所を尋ね、彼女の元を幾度か訪問しましたが、彼女は会ってくれませんでした。私は失意の中、迫りくる現実と、仕事に奔走しました。


 その後数年経って、槿さんが亡くなったことを、社長を通じた一通の手紙で知りました。アサが無事に生まれ、生きているということも。そして、とある日の朝。柔らかな日光を浴びながら、私はとあるマンションへ向かいました。アサを迎えに行ったのです。


 初めて出会ったアサは、まるで槿研究員の生き写しのようで。思わず、その場で抱きしめてしまいそうになりました。しかし、私は思いとどまりました。岬研究員との約束を思いだしたのです。

『貴方が、橘様ですか』少女の声がして、頼りなく突っ立っていた私は、我にかえりました。

『……そうですよ。アサ。迎えに来ました』

『本日から、お世話になります』そして私は、まだ少し幼さの残った手をとったのです。


 アサは、アンドロイドとして育てられていました。食事、排泄など人間と同じように行いましたが、そういうのは人間に似せた機能で作ったのだ、と教えられていたようです。そしてなにより人間に、雇用主に忠実でした。私のことは、直属の上司、と認識していました。最も、私も社長を通じて託された、直前に送られた手紙の中で初めて知ったのですが。私も短期間で露にされた多くの事実に、沢山翻弄されていましたが、目の前には守るべき存在が、背部にはずっと支えるべき会社があるのです。立ち止まってはいられませんでした」

「……あとはまぁ、色々頑張って、今に至ります。……びっくりされました?」

 最後は軽い口調で、橘は切り上げた。




 目の前の青年が語ることに、俺は暫く唖然としていた。確かに話は聞きたいと言ったが、予想のモリモリ倍以上のことを話されて、頭の中の整理が追い付いていなかったのだ。さも物語を語るような口調でペラペラと話していたが、これは本当に彼の話なんだよな……?達観しすぎていてつい疑ってしまう。

それにこれが一人で来たかった理由の一つ?俺に隠していることが多すぎて?それで、状況的に堪忍して、話してくれただけなのか?いや……それだけではないだろう。だって、目の前の青年の表情は、穏やかではあるものの、今にも泣いてしまいそうなほど痛々しい。瞳の奥の本心に、俺は気づいてしまった。


「聞かせてくれてありがとう。俺、今割と混乱しているから、うまく話せないと思う。大目にみてほしいんだけど」

 前置きをしつつ、考える。とりあえず、今考えていることを、話そう。


「俺、当時は正直彼女のこと、親が連れてきた優秀な研究員、くらいしか知らなかった。憧れのお姉さん、って感じで色々話していたけど、槿さんの笑顔が見れたら満足してたのを覚えてる。その中でも、彼女のロボットのことをしてる時が、一番好きな表情だったけれど、その裏には、橘、君みたいな存在がいたんだね」


 橘は俺の言葉にじっと耳を傾けている。心の思うままに、俺は話した。

「さっき君が言った、彼女が心を通わせたいと思った相手は、確かに社長のためでもあるかもしれない。だけど、今の話を聞いていると、それは橘、君のためでもあるよね。俺にくれた言葉、君にそのまま返そう。そして」


 目の前の青年がしてくれたように、俺もしっかりと目を合わせる。俺の記憶にある頃にはきっと、もう、彼女も、一人じゃなかったんだな。彼女の心に直接踏み込むなんて野蛮なことは許されなかったけれど、俺が幼さすぎて今以上に傷つけてしまうよりは、いくらかマシだっただろう。橘、今更、いくら同情はいらないって言われても。一人で過去を抱えたいと思ったとしても。そんなの俺が許さないよ。俺も、お前も。負の自意識に苛まれるなんてかっこ悪いこと、ここで終わらせてやる。



「槿さんの過去なんて、知らなかった。孤独だった彼女を、救ってくれて、ありがとう」



 橘の表情が硬くなる。俺から目線をそらし、小さく「いえ」と呟いた。それからはお互い言葉を交わすことなく、永遠とも感じほどの、長い長い帰路についた。


 俺たちは、少し似ているのかもしれない。一人の女性の影に惹かれ、光に憧れ、思い、思われつつも、お互い目を背けてしまい通じ合えず。だけど、結果的に、彼女は救われていた。アサがいた。通じ合えた小さな愛は、確かにあった。それを俺は、俺らは信じたい。


 いつのまにか、雨は止んでいた。ただ薄い霧だけが俺らを包み、ここだけが、正常な世界から隔離されたようだった。

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