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「……ということで、地域高齢者への介入ロボットは、原案で続行ということになりました」
「そう、お疲れ様。報告ありがとう」
合同会議から数時間後。
目の前に立つ、開発部のトップへ声をかける。「いえ」にこにこと笑みを絶やさず、彼……橘は答えた。紺のチェックネクタイに、グレーのスーツを上品に着こなしている。
「ただ、現段階でのいくつか問題点と今後についてですが」
「うん」
「今までとは明らかに対象層が異なります。営業にコーディネーターと調整してもらいますが、認知度的に前例までの通りスムーズに運ぶとは思いませんので、先に大方の使用サンプルの作製をしてみました。しかし、最後の詰めがまだできていません。問題点があるのです」
「うんうん」
「……おそらく岬さんもわかっていらっしゃると思いますが、第一に倫理が絡みます。つまり……」説明が続く。
「そこで。資料をお見せしますね」
橘が一呼吸おく。
「アサ。」
「失礼します」
橘が穏やかな声で、しかし扉の先まで聞こえるようにはっきりと呼びかけると、控え目なノックとともに一体の女性が現れた。こちらは白のパンツスーツ、やや幼い顔立ちと雰囲気がある。スーツを着ていなければ、少女、と揶揄してしまいそうである。
「サンプルの対象者がざっと50名ほど集まりました」
「え……そんなにすぐ集まるものなの。さっき決定したばっかりだよね」
「営業部の坂口様が、会議前に大方目安をつけていて下さいまして。会議後一斉に営業部の方々が動いて下さったみたいです」
坂口……準備ってこれか。ソツがない……っていうか単純にすげーな。
「よって、統計対象の母数を考慮して得られるであろう成果もまとめました。開発部のサンプルはこちらになります。使用するロボットの実物は、完成し次第、お見せいたします」
アサがすぐ目の前まで近づいてくる。簡単な冊子にされた資料を丁寧に俺に差し出した。
「あれ、さっきまだ問題が残ってるっていってた気もするけど……」冊子を受け取る。
「大方は、今後プロジェクトがすすむにつれて解決ができそうだと考えます。詳細はこちらにまとめましたので、一度、ご確認をよろしくお願いします」
アサは表情を変えず、淡々とした口調でそう話し切ると、そっと橘の隣まで戻った。橘は表情を崩さず、終始にこやかに俺を見つめていた。
「なんていうか、ずっと思ってたんだけど……君たち優秀だよね」
思わず、口から心の声が漏れてしまう。
「いえ、我々開発部のトップに岬さんが統括してくださってますから。安心なんです」橘が答える。
「いやいや、俺がここを引き継ぐ前からずっと優秀だったと聞いているよ」
「私たちにお世辞を言っても何もならないことなんて、岬さんが一番よく知っているでしょう」
そう。開発部に属する者たちは、すべて人ならざる無機物なのだ。
「それでも、機械でも君たちみたいにAiがあるでしょう、見た目も人間そっくりだし。普通に会話していると、心があるように思えるんだよ。それぞ、人と会話しているみたいに」
「……冗談を」変わらない柔らかな表情で、しかし淡々とした口調で橘は呟いた。
「では、私たちはこれで。仕事に戻らせていただきます」
「うん、わかった」
アサはそっと橘に寄り添うと、2体のアンドロイドは、人間と錯覚するような、違和感のない動きで部屋を出ていった。
「えー、いいな、アサちゃん可愛い」
「……今そういう話じゃなかったよな?」
けたけたと笑いつつ、生ビールを飲む坂口を睨む。合同会議から数日後、俺は坂口と会っていた。
「俺だったら、資料持ってきてくれた時に、手を握ってそのまま抱きしめちゃう」
「それ本気で言ってるなら通報するけども」
「バカ、やってないよ」
「当たり前だ、妻子持ち」
手に持っていたハイボールを一気に飲み干した。隣の席から煙草の煙が舞い込む。「ごほっごほっ、ごほごほっ、、っ」呑みきったと同時に鼻から急に煙が入ってきて、思わず盛大に咳き込んだ。それを見て坂口は笑う。この人でなしめ。でも俺も酔いがまわってきたな。
「すみませーん、レモンハイくださーい」
「けほっ、まだ、飲むのかよ」
「いいじゃーん。せっかくだし。あははは」
「ま、俺も飲むか。すみませーん」
「あはは、Jr、そういうとこ、嫌いじゃないよ」
「枝豆も追加で」
「最高」
楽しく時は過ぎる。
「でもさ」散々笑った後に、おもむろに坂口が口を開く。
「俺、橘さんすごいと思うよ。だって、最終的に社長と経理部をうなづかせたの彼だし」
「え、そうなの」酒を煽る手をとめる。
「うん。今回はさ、簡単にいうとコストが結構問題だったじゃん。まして、対象とする、取り組む問題点は社会的な背景であって、具体的な事柄じゃない。つまり、成果は早々に出ないし、保証はない。考えようによってはリスクしかない訳だし、経理は結構渋ってたんだよね」
「そうだろうね」
「でもそこで、開発における資材とプログラムの改善?だったかな、とりあえずコストの削減と、社会的にネームを売る良いチャンスだ、みたいなことを言ってた気がするんだけど、とりあえず俺は感動したね。売り込み上手いな、って。開発部には勿体ない才能…いや、機能だよ」
「そっか。やっぱ大変だったんだよな。ほら、彼、なんてことないように報告するから」
「あははは、想像つくわ」
「お前の勇姿はしっかり報告されたけどな」
「アサちゃんからでしょ。俺、きっと株上がったわー」
「……お前、今までの話理解してた?」
今日は金曜日。お察しの通り、二人は日付が変わるまで、グダグダと呑み続けた。
俺のいる情報管理部は、人間5割、ロボット5割が働く至って普通の部署であるが、そこに属する開発部は、先駆者の意向によりスタッフは全てロボットで占める……という、この会社の中でも特殊な部類であった。しかし、技術者は知識と技術があれば仕事はできる……という先駆者の思惑どおり、今までに業務で支障をきたしたことは、一度だってあり得なかった。そして、人間よりも正確であり、適確であり、人間関係のいざこざがない分、スムーズに仕事は進むのだ。部署間でもよく、「橘さんと話せちゃった。ラッキー」「アサちゃんに、開発部として接待フォローしてもらっちゃった。相手方めちゃめちゃ納得してくれた」「橘に相談したら、すっとシステム解決してくれた」といった、明らかに人間と変わらなく、肯定的な意見をよく耳にする。
俺が何を言いたいかというと、単に寂しいのだ。幼稚な意見になってしまうが、仕事を通してせっかく一緒の時をたくさん過ごして、成果を残して、分かち合って。時折相手と通じ合えた、と思っても、所詮はプログラムされたもの。あの表情を崩せたことは、未だかつてないのである。




