Episode.2
煙を吐き出しながら目の前で減速していく列車を見ながら舞音は後ろを振り返る。
見送りに来た仲間たちが期待の眼差しを向けていた。
舞音たちの脇をたった今列車から降りて来た人々がゆうゆうと抜けて行く。
「色々な物を見て来てね。」
「帰って来るのが楽しみだ。」
皆と抱擁を交わすと期待を胸に列車に足を踏み入れた。
ゆっくりと動き出す駅の風景が少しずつ遠ざかって行く。
汽車の旅は長い。
舞音はイヤホンを耳に挿した。
荷物を減らすためにヘッドホンは置いてきた。
耳に流れ込むのは軽快な音楽でヴォーカルの女性の声がフワフワと心を軽くする。
何者にでもなれそうなそんな気持ちになった。
曲に合わせて車窓に付けられた白いカーテンが揺らめく。
それが舞音の気持ちをより一層大きくさせた。
いつのまにか寝ていたらしい。
舞音が目を覚ますと窓の外は全く知らない土地だった。
音楽の流れたままのイヤホンを耳から抜くと一気に体に緊張感が駆け巡り肩まで伸ばした髪が不安げに揺れる。
知らない場所、知らない文化、少し訛った言葉、さっきまでと違う車内の客層に舞音は言い知れぬ思いが沸き起こった。
“次はー、琴虵。琴虵。お忘れ物の無いようにご注意ください。”
無機質なアナウンスが流れる。
舞音は慌てて降りる準備をした。
やがて減速する列車を降りれば一瞬で空気の違いを感じた。
歩みを止める舞音の横を足早に皆が去っていく。
そんなにも何に急かされているか分からないくらい殺伐とした空気があった。
駅を出ると街はどこか閑散としている。
日はまだ高いのにひっそりと寝ているような空気だ。
裏路地に目を向ければ荒れた生活を一瞬で理解できる。
「こんな所でボサッと何してんの?」
突然の事に舞音は肩を跳ねさせた。
邪魔なんだけど、と続ける少女は髪も短く一見すると男か女か考えてしまう。
怪訝な顔でこちらを伺う彼女は舞音を一瞥すると急に興味が失せたように立ち去ろうとした。
「待って!」
思わず少女を引き止める。
自分に興味を持たない少女にイラつきにも似た感情を抱いた。
「私は舞音。ここよりもっと北の街から来た。」
舞音はここに来た経緯を話した。
意外にもちゃんと耳を傾けてくれた少女はセイカと名乗った。
「いいよ、この街のこと教えてあげる。」
「本当に?」
「うん。だけどまだこの時間は人が少ないの。日が傾くまでうちにおいで。」
無言で数歩前を歩くセイカを後ろから観察した。
一切の素性を話さないセイカを信用して良いのか分からないが今の舞音には彼女に頼る他がない。
「あなたもパフォーマー?」
セイカの家は酒場のような場所だった。
まだ開店前で店内はカウンターに座る舞音とカウンターの中で何やら仕込みをするセイカしかいない。
「ええ。」
多くを語ろうとしない彼女とは長く会話は続かなかった。
「今晩。」
「え?」
「今晩、イベントがある。知りたければ見にこればいい。」
そう言ったきりまた後ろを向いてしまったセイカに分かったと告げる。
今まで舞音の周りにはいなかったタイプの人間だ。
舞音のいた街の人はもっと温かい。
得体の知れない街の雰囲気と体温を感じない人を不気味だと思った。
日もようやく沈みかけた頃舞音はセイカに連れられて小さな小屋にやって来た。
中には小さなステージがあり脇にはちゃんとスピーカーが組まれている。
心もとない客電は照明設備がちゃんと使えるのか少し不安にさせた。
中には既に20人ほどの人がいてそれが出演者なのか観客なのかは分からない。
セイカはどんどん奥へと進んでいく。
すると一人の男に声をかけられた。
「セイカ。ソイツ誰?まだ客入れてねぇんだけど。」
男の言葉でここに居る全員が何かしらの関係者だと察する。
男の横にはもう一人長い髪のポニーテールの女もいる。
「北の街から特別ゲスト。この街の踊りを見たいんだって。」
男の視線が舞音に向けられ初めてちゃんと目があった。
慌てて舞音は名を名乗る。
しかし、そもそも特別ゲストと紹介されるほど舞音は何者でもない。
少しだけ居心地の悪さを感じるがあえて否定するにはタイミングを逃した。
北の街と聞いて反応したのはポニーテールの女の方だった。
「北の街って、もしかして銀河鉄道がある所?」
頷くと女は興味有りげに微笑んだ。
「私、ミナミ。こっちの背の高いのがアズマ。」
「おい、勝手に…」
言いかけるアズマをいいじゃない、とミナミが遮る。
表情があまり動かないアズマは何を考えているか分かりづらい。
「ミナミさんも銀河鉄道を?」
「勿論よ。パフォーマーなら当然でしょう?」
ミナミの目はギラギラと輝く。
それは舞音の憧れる気持ちとは少し違うと直感的に感じた。
この街に来てからずっと感じる違和感。
その正体が何かは舞音にはまだ分からない。
「ミナミ、準備するぞ。」
まだ喋ろうとするミナミをアズマが止める。
口を尖らせながらもミナミは去っていった。
それに続こうとするセイカに声をかける。
「自由に見てて構わないから。」
そう言って集団に紛れてしまえば男っぽい容姿のセイカはすぐに見失ってしまった。
やがて観客が入ってくる。
そして始まりのベルが鳴り響いた。
始まった瞬間の世界観に思わず鳥肌が立つ。
「え?」
初めて踊りを見て怖いと思った。
こんなパフォーマンスを舞音は知らない。
動揺が心を埋め尽くす。
この街に来てからの違和感の原因は恐らくこれだ。
北の街とは違うこの街をそのまま体現している。
本能的に舞音はこれをパフォーマンスと認めちゃいけないと思った。
お客を楽しませるのが本物だと信じて来た以上認めるわけにはいかなかった。
もう正解がわからない。
ただ、コレにお金を払って見にくるお客がいることだけが現実だ。
アズマはさっきの様子とは一変してより一層不気味に、ミナミは溢れんばかりの気持ちを乗せて艶やかに踊る。
初めは見つけられなかったセイカは男に負けず劣らずの力強さがあった。
引き込まれる世界観に手の汗が止まらない。
「違う…、これは…。」
認めちゃいけない。
舞音は小屋を飛び出した。
これ以上見ていたらおかしくなってしまう。
夢中で走って気が付けば駅の前にいた。
そこでセイカに黙って出て来てしまったことに気付く。
幸い、セイカの家の酒場は駅からそう遠くないので一度そちらに足を向けることにした。
酒場の前に来れば中が賑わっているのが分かった。
恐る恐る扉を開ければ元気にカウベルの音が鳴る。
ビクリとすればカウンターの中の人物と目があった。
セイカのお母さんだろう。
おや、と目を丸くする彼女にペコリと頭を下げた。
「あの、セイカさんにありがとう。急に帰ってごめんなさい。と伝えてもらえませんか?」
一瞬戸惑った様子だったが構わないよ、という言葉を聞いて舞音は逃げるように店を出た。
そして再び琴虵の駅に戻る。
この街から出られる、そう思うと駅に着いた瞬間力が抜けたように歩調が弱まった。
その脇を相変わらずこの街の人は足早に抜いて行く。
やがてやって来た列車に乗り込むとホッと肩の力を抜いた。