Episode.1
額を流れる汗に髪の毛が張り付き、目を開けなくてもわかるような強烈な光は南の窓から既に高い位置で見下ろす太陽だ。
窓の隙間から入る街の喧騒は舞音の寝ぼけた脳を掻き回した。
フォーーーー‼︎
昼一番の機関車の音がなる。
駅の真裏にあるこの部屋にそれはよく響く。お陰でボンヤリとしていた舞音の意識は現実に引き戻された。
「私は夢をっ!……。」
寝ぼけて叫んだ自分の声に思わず驚く。
夢か、と呟くと舞音は一気に脱力感に襲われた。
ずっと昔から抱き続けるHALL 銀河鉄道でショーがしたいという夢。
そこで成功させれば自分が何者かになれる気がした。
どんな歌をやってもどんな踊りをしても舞音より秀でた才能を持つものは沢山いて舞音はそれが悔しかった。
しかし、それでも諦めないのには理由がある。
ベットから起きだして机の上の小さな箱に手を伸ばす。
中に入っているのは一枚の写真と家族からの手紙。落ち込んだ時はいつもこれに元気をもらう。
「落ち込んでる暇なんてないよね!よっしゃ、やるか!」
舞音はヘッドホンを首から下げ部屋の外へ踏み出した。
昼間の一番暑い時間、街を行き交う人は少ない。
皆建物の中にいるのだろう。
ヘッドホンから音を響かせながら舞音は駅の横を抜けていく。
そのまま細い路地をいくつか進むと不意に足を止めた。
目の前にあるのはつい先ほどにも夢に見た大きなホール。
“HALL 銀河鉄道”
大きな看板を見上げながら胸が高鳴るのを感じた。
不意に肩を叩かれて振り返ると銀河鉄道の近くにある喫茶店の制服を着た女の人が立っていた。
キョトンとしてヘッドホンを外す舞音にその女性は優しく笑いかける。
「よくここに来てホールを見上げてるよね。」
突然なことに首を頷かせる事しかできなかった。
「ごめんなさい、真剣な顔をしていたからつい声をかけてしまったわ。あなたにも掴みたい夢があるの?」
「はい。絶対にここでパフォーマンスをしたいんです。」
「応援してるわ。」
ふふふと笑うと女性はお店に戻っていった。
あー!お姉ちゃんだー!聞き覚えのある叫び声にボーッとしていた脳が引き戻される。
と同時に腰にくる衝撃を受け止めた。
大きな瞳をくるくるさせながら満開の笑顔で見上げてくる女の子。
「美来ちゃん、苦しいよー。」
しゃがんで美来に目線を合わせると少し遅れてやって来た親友が、妹がごめんねーと手を合わせた。
親友と妹の美来は事あるごとに舞音の踊りを見に来てくれる。
親友だけじゃない、練習で出会った仲間や家族、さっきの様に始めは通りすがりだった人、多くはないのかもしれない。
しかし、舞音にとっては多くの人が応援してくれている。
それが舞音が諦めない理由だった。
どん底になるくらい凹んだ時でも見捨てず待っていてくれた人がいたから、舞音の夢は舞音だけのものじゃなくなっていた。
「またショーやる時は声かけてね。」
勿論と答えて舞音は親友と美来に手を振った。
日も傾きかけた頃、小さなスタジオに数人の人が集まってきた。
舞音も慣れた様に入って行く。
中にいるのは舞音の仲間たちだ。
ロビーで談笑する輪の中に声をかける。
スタジオを借りれる時間までまだ少しあるので次のショーの打ち合わせをした。
各々やりたい事はあるのにそれがうまく繋がらない。
「お疲れ様でーす。」
前のスタジオの利用者がガヤガヤと音を立てながら出てきた。
手には大きな道具をたくさん持っている。
「あれ、次舞音さん達ですか。」
最後に出て来た男が足を止める。
先に進む男の仲間が振り返るが先に行くように指示を出すと男は舞音の元へと足を進めた。
「なんですか?」
舞音はこの男が気に入らない。
気に入らないと言えば少し語弊があるがこの男のパフォーマンスが好きではない。
「この間の話、やっぱり考えてもらえませんかねー?」
飄々とした口調で喋るこの男の名は街道。
道具を使ったショーをしている。
しかし、パフォーマーとして自らの身体の技術を磨く舞音にとって道具に頼るのは受け入れがたいものがあった。
そんな街道の言うこの間の話とは、道具を使う街道と身体のみを使う舞音でコラボしようと言う申し出だった。
「今のところそう言うのは考えてないので。」
「そうですか。残念です。」
あっさりと引き下がる街道に舞音の心は少しだけ引っかかった。
行き詰まっているのは事実だ。
それでも舞音のプライドが許さなかった。
時間まで練習をした舞音は仲間達にずっと考えていた事を打ち明けた。
「私、旅に出ようと思う。」
驚いた顔をする仲間たち。
固まったまま声を出せないものもいる。
「私、本気で銀河鉄道でショーやりたいんだ。一発上げてやりたい。でも、今のままじゃ一生かかってもダメな気がするの。だから、私に足りないもの探しに行きたい。」
一度言い出したら聞かない舞音。
その性格を知ってか知らずか誰一人引き止めるものはいなかった。
「行ってこい。その代わり、帰ってきたら俺たち皆んなでぶちかますぞ!」
「私たちも技術磨いて待ってるから。」
ありがとう、と舞音は言葉を噛み締める。
出発は数日後にする事を告げると激励の言葉を貰いながらスタジオを後にした。