次は誰だろう【夏のホラー2018年】
今年は旱魃。
作物が育たず、地が干上がり、飲み水にも苦労する日々が続く…役人のお侍が年貢の為に村へ来ると、益々食べるものが無くなっていった。もはや森の獣も木の実もない。
あるのは乾きと飢え。
“嗚呼…何故だ、我らが一体なにをしたというのだ”
村人が嘆く。山の神よ、我らへ水をと。
村人が願う。龍神様、我らへ雲をと。
ある日、村のおばばがこう申した。
“祟りじゃ。山の神の祟りじゃ。あの方が祠へ供物をちゃんと捧げなかったから今年は川の水が干上がってしまったのじゃ。”
それからしばらく。
村は変わらず乾きと飢えに喘いでいた。ただひとつだけ小さな、しかし大きな変化があった。
“やはりおばばの申す通り余所者のせいか。”
“山の神がお怒りだ。”
嗚呼、嫌な声が聞こえる。嫌な予感がする。
そしてその予感はやはり当たって…
“それ、投げ入れろ!”
“贄じゃ、贄!!”
“我らのために礎となれ!”
深い穴へ突き落とされ、石を投げられ、一族諸共暗く閉ざされた土の中へ埋められる。また今年の『供物』として。
なんどやっても無駄なのに…
お腹すいた、お腹すいたよ…
寒い、痛い、このままでは凍え死んでしまう…
おとう、おかあ…はらぁへったよう……
なぜ。なぜ私がこんな、こんな…
私が…
なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ…
【簡単なことだよ。】
突如、闇の中で声が聞こえた。
【あの人がそこにいるからだ。私の邪魔をするからだ。道を遮っているから私たちはそこから先へと生けない】
透き通るような殺意の声。無関心な、無機質な嘆きの声。
【恨め、憎め、呪え】
駄目だ、そんなことしても意味は…
今年は洪水。
作物も家も、そして人も流された。雨はそれでも止まずに降り続け、山を削り土石流が発生した。そうして生活基盤を失った人々。
あるのは喪失感と身の危険。
“嗚呼…何故だ、我らが一体何をしたというのだ。”
村人が嘆く。龍神様、雨を止めよと。
村人が願う。山の神よ、水を止めよと。
ある日、村のおばばがこう申した。
“祟りじゃ。龍神様の祟りじゃ。あの方が祠へ供物をちゃんと捧げなかったから今年は川の水が全て流してしまったのじゃ。”
それからしばらく。
村は変わらず増える水と流れる大地へ怯えていた。ただひとつだけ小さな、しかし大きな変化があった。
“やはりおばばの申す通り余所者のせいか。”
“龍神様がお怒りだ。”
嗚呼、嫌な声が聞こえる。嫌な予感がする。
そしてその予感はやはり当たって…
“それ、括り付けろ!”
“贄じゃ、贄!!”
“我らのために礎となれ!”
太い柱に括られて、枷をつけられ、一族諸共暗く寒い水の中へと沈められる。また今年の『供物』として。
なんどやっても無駄なのに…
息ができない…苦しい…寒い、苦しい、暗い怖い……
なぜ。なぜ私がこんな、こんな…
私が…
なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ…
【簡単なことだよ。】
突如、闇の中で声が聞こえた。
【あの人がそこにいるからだ。私の邪魔をするからだ。道を遮っているから私たちはそこから先へと生けない】
透き通るような殺意の声。無関心な、無機質な嘆きの声。
【恨め、憎め、呪え】
今年は地震。
作物も家も、そして人も潰れた。揺れはそれでも止まず、近くの山が崩れた。そうして生活基盤を失った人々。
あるのは喪失感と身の危険。
“嗚呼…何故だ、我らが一体何をしたというのだ。”
村人が嘆く。土地神様、地揺れを止めよと。
村人が願う。鯰よ、暴れるなと。
ある日、村のおばばがこう申した。
“祟りじゃ。土地神様の祟りじゃ。あの方が祠へ供物をちゃんと捧げなかったから今年は鯰を我らへけしかけたのじゃ。”
それからしばらく。
村は変わらず時折揺れ、ひび割れる大地へ怯えていた。ただひとつだけ小さな、しかし大きな変化があった。
“やはりおばばの申す通り余所者のせいか。”
“土地神様がお怒りだ。”
嗚呼、嫌な声が聞こえる。嫌な予感がする。
そしてその予感はやはり当たって…
“それ、貼り付けろ!”
“贄じゃ、贄!!”
“我らのために礎となれ!”
太い縄に括られて、枷をつけられ、一族諸共頭を傷つけられ逆さまにされた。また今年の『供物』として。
なんどやっても無駄なのに…
痛い、苦しい。頭に血が上り、血が抜けていく。
頭が重い、とてつもなく重い…そして血が流れていく。
徐々に足から痺れるようになり、手の感覚が無くなり、周囲の音が消え、暗くなり、そして…
何度やっても同じ結果しか得られないのだから。
【簡単なことだよ。】
突如、闇の中で声が聞こえた。そこへ耳を傾けた。
【あの人がそこにいるからだ。私の邪魔をするからだ。道を遮っているから私たちはそこから先へと生けない】
透き通るような殺意の声。無関心な、無機質な嘆きの声。それに私の心は僅かだが反応した。
【恨め、憎め、呪え】
なぜ、私だけが…
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生贄になること早100回。記念すべきこの数で、私はようやく別の未来を見る事ができた。
そう、とても単純な事だったのだ。
私は贄にされるとわかっていながら、なぜいつもいつも回避もしないで破滅へと愚直に向かっていたのか。自分でも今では理解に苦しむ。相手の方法がわかっているならいくらでも対処はできたはずなのである。
きっと純粋だったのだろうと思う…だけどもう終わった事だ。
「ごめんね、でもとても感謝している。ありがとう。」
丁度目の前で、絶望して虚ろな目をした少女へ心中祈りを捧げる。彼女はあっという間に暗い色の海の中へ、一人、消えて逝った。
今年の贄は、海坊主へ。
いつもは長閑な漁村は、今日はお祭り騒ぎである。食べ物が行き渡り、酒が出て、そして皆歌って踊って浮かれている。文字通り『祭り』であり、来年の漁が上手くいく様に願う儀式である。
今年の様にならないためにと、不漁の年は毎年行うそうだ。
目の前の消えていった娘へ、きっと前の私もこんな感じだったのだろうと思いを馳せる。当事者以外の視点は初めてで実に新鮮であり、なぜあれほど人の死を喜び騒いでいたのかよく分かる。確かに人の、それも無垢なる者の絶望は不幸な我らからすれば美味しい。
この後伝承通り海坊主に喰われて散るか、鰐に喰われるか、その前に息が続かず死ぬか。経験から後者だと嫌でもわかる。この世に鬼も妖もおらん。
まあどちらでもよい、『私』さえ無事なら。
人混みにそっと紛れ、老婆姿の私はその場から離れた。縁起の悪い場所から恨まれる前にさっさと逃げるに越した事はない。
いつの間にか背を伸ばし、老婆は川辺で泥を落とした。
浮かれて踊る村人に見つからぬようこそこそ影を歩いた。そうして向かう先は村の端にあるあばら家。ボロボロで風通しの良い掘建小屋。雨風を凌ぎきれないあんな家でも、今では立派な我が家だ。前とは比べものにもならない。
「ただいま戻りました、」
この立場を私は何より大事にしていかなければならない。二度と再び失わないように。
嗚呼どうか気付いてくれるな、次の贄よ。
神も妖も、まして鬼など怖くない。実際にそれらは存在しないのだから。天候や水害にもきっとそれらは関わっていないのだろう。
だから世の中一番怖いのは、いつだって『人』の心。
つぎのにえは、もしかしたらあなたかもしれない。