第九話 観光。そして薄ピンク再び。
ギルドカードの発行が明日になる、と言われた私は、とりあえず今日の宿を取る事にした。
ギルドで1番最初にお話したお姉さんに、お薦めの宿を聞いた。
どうやらこのお姉さんは案内係だったようだ。
『現在のユーリ・カワシマ様の条件に合います宿は、西区画の 《白兎》でしょうか。』
『ありがとうございます。とりあえず行ってみますね。』
『では、また後日、お待ちしております。』
商業区を出た西側を西区画と呼んでいるらしい。
ルクスヴェルグは、南北に門を構えており、その周りを街を囲む様に城壁がそびえ建っている。
南の門を入ると、広場、商業区となり、その西側が西区画、商業区の近くにちょっとした宿屋等があり、さらに西側には街の人達の居住区がある。
もっと西に進むと、貧民街、所謂地球で言うところのスラムがある。
貧民街には近づくなと、マーレー兄妹から口をすっぱくして言われているので、関わりはないだろう。
商業区の東側は東区画、所謂、貴族街と呼ばれるところになっていて、貴族や、金持ち等の家や別荘がある。
貴族街には貴族達が個人的に雇った、警備している人達がいるらしい。
ちなみに商業区は広く、北門から南門までがまるまる商業区だ。
『ここが、白兎かー。結構良いところじゃん。』
私は商業区を抜け、教えて貰った宿屋に着いた。
宿屋、白兎はシンプルな木の建物で、中は豪華ホテルとは言えないが、清潔な、暖かい木の家と言う感じである。
『あらあら!いらっしゃい!泊まりかな?』
カウンターらしきものの、向こう側の部屋からこれまた、ふくよかなおばちゃんが出てきた。
この世界のおばちゃんは大体ふくよかだ。
『あの、今日この街に来たばかりで、泊まる所を探しているんですけど。』
『泊まりだね?一泊、朝食付きで銅貨2枚だよ!どうするんだい?』
一泊銅貨2枚と言う事は、日本円で、大体2000円位。
休めのホテルでは妥当な金額だ。
朝食付きと言うのはありがたい。
『じゃあ、しばらくこの街にいる予定だから・・・とりあえず、十泊お願いします。』
『あいよ!延長する時は言っとくれよ!近くなったら聞きに行くからね!』
これが、部屋の鍵だよ。無くさないておくれ!と、言いながら部屋の鍵を渡してくれた。
鍵には兎の様なものが掘られている。
それにしても、声のでかいおばちゃんだなー。
良い人そうだけど、寝起きにはきつそーだなー。
そんな失礼な事を思いながら、借りた部屋に向かったのだった。
部屋の中は、8畳ほどの広さで、ベッドとクローゼット、ちょっとしたテーブルにイスしかなかった。
トイレは共同、顔は裏の井戸で洗うらしい。
お風呂なんてものは無く、身体を洗いたい時はお湯を張った大きめの桶を、一回鉄貨7枚で用意してくれるらしい。
もちろん頼んださ、毎日な。
地味にお金が減っていく。
これは一刻も早く商売を始めなくては。
かと言って、私が作った物を全て売る訳にはいかない。
これは、材料がないと作れないのだ。
材料は採りにいかなくては行けない。
一人で行く勇気はまだない。だってジャイアントベアとか、ホーネットとかがいる場所を一人で歩く気にはならない。
そう、ホーネットは実は出会っていた。カルディナさんが、雑魚だね。と言って瞬殺していたが・・・。
街の外を歩くには護衛と言うやつが必要だろう。
冒険者ギルドで依頼を出せる様だが、とりあえず明日で良い。
ギルドカードがない今は街の外に出ても、入る時また、お金を取られる。
『とりあえず街でもぶらついて来ますか!』
ファンタジーな街。実はワクワクしていた。
『おや、出掛けるのかい?』
『はい。ちょっと街を観光して来ます。』
『なら鍵はどうする?こっちで預かろうか?』
空間収納があるから、落とす心配はないけれど・・・。
『お願いします。暗くなる前には戻ってきますね。』
『はいよ!帰って来たら声、かけておくれ!』
『じゃあ、いってきまーす。』
おばちゃんは、いってらっしゃい!と笑顔で送り出してくれた。
『ああ!そうだ!貧民街には間違っても行くんじゃないよ!』
皆して、行くな行くな、言うけど、これ、行けって振りじゃないよね?
行かないからね?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
商業区はとても賑わっている。
果物や野菜の店、アクセサリー等の装飾品、民族衣装の様な服を売っている店など、様々な露店が大通りに並んでいる。
さすがに武器や、ちゃんとした服は建物の中で売っているらしい。
それより、あの串焼きうまそう。
よし、買おう。無駄遣いとか言わない。
『おじさん。これ幾らですか?』
『お、いらっしゃい!鉄貨4枚だよ!』
銅貨1枚渡して、鉄貨6枚のお釣りを貰った。
そうか、商売するなら釣り銭用意しなきゃいけないのか。
『どーも!・・うまっ!』
『ははは!そーだろ?昨日俺が捕ってきた肉を使ってるからな!新鮮だぞ!』
え!この世界って飲食店も自分で材料とんの!?
『おじさん、自分で食材捕ってるの?』
『おうよ!だからこそこの値段で出せるんだ。』
成る程、食材費はタダってか。
いやいやいや。何の肉かしらんが、大変だよね!?もっと取っても良いと思うよ!?
『これ以上安くは出来ねーけどな。
こんくらいの値段なら、貧民街の子供供もたまに食えるだろ?』
あ・・・考えもしなかった。
『・・・おじさん。すごい。偉い。』
『よせや!照れるだろ!』
笑って誤魔化してるけど、このおじさんも良い人なんだ。
貧民街。
危ないから行くなって皆言うけど、そこで生活してる子供もいるんだよね?
文字通り貧しい人達が住んでるって事?
いや、でも、冒険者ギルドとかあるんだし、仕事はどうにかなりそうな気もするんだけど・・・。
そう言う問題じゃないのかな?
どんなとこなんだろ。ブラジルとかのスラムみたいな?良く知らないけど、人が死んでたりするんだよね?・・・よし、行かないようにしよう。
『あの、貧民街って・・・』
『お嬢ちゃん観光客だったな。そりゃ知らねぇか。
貧民街ってのは文字通り、生活があんま上手く行かねぇやつが住んでんだよ。
親がいねぇとか、病気とか、ロクでもねぇとかな。訳ありで、こそこそ暮らしてる奴等とか。
あんま整備されてねぇし、誰でも出入り自由だからな、ゴロツキとか、犯罪者とかがいたりするから、お嬢ちゃんは絶対行くんじゃねぇぞ?』
『安心してください。絶対行きません。』
だから、振りじゃないよね!?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あの後色々見て回ったが、お金の関係上、買い食いしか出来なかった。
歩き回って疲れたので、ひと休みする事にした。
『えーと・・・どっか座れるとこないかなー・・って、あったあった。』
木のベンチを見つけたのでそこに向かう。
グシャア。
ん?何か踏んだ?
『ギャァア!人!!!』
また人を、おもいっきり踏みつけてしまったよ!
てか、こいつ、さっきの奴じゃね!?
この薄ピンク頭見たことあるよ!?
踏んだ手前、このまま見捨てるのも人としてどうかと思い、一先ず声をかけてみる事にした。
『もしも〜し!大丈夫ですかー!』
『・・・。』
返事がない。ただの屍のようだ。
『もしもし!生きてますか!?もしも〜し!
死んでたら返事してくださーい!!!』
『死んでたら、返事できない・・・。』
ぐらんぐらん、揺すり捲ったお陰か薄ピンク頭は、むくりと起き上がった。
襟足を肩まで伸ばした薄桃色の髪に、黄金色の瞳。切れ長で有ろうそれは眠そうに見える。
とても整った顔の美形だ。
膝丈くらいの、焦げ茶色のコートの様な上着の腰には金色のベルトが3本巻かれ、それぞれ小さい袋や剣を着けている。
中には襟の詰まったグレーのタンクトップの様なものを着ている。
剣は刃が湾曲しており、柄と鞘の部分には細かい装飾がしてあり、宝石の様なものが何個か着いている。
はっきり言うと高そうだ。
耳には、瞳と同じ色の石が着いたイヤリングが揺れている。
『生きてて良かった・・・こんな所でどうしたんですか?立ち眩み?行き倒れ?』
『ちがう。』
黄金色と目が合う。
宝石の様に綺麗だ。
『眠かったから、寝てた。』
『あ"ぁん?』
『え〜と、つまり貴方は眠いと思ったらその場で寝ると?』
『うん。』
『紛らわしいわ!せめてベンチに行け!』
うん。じゃねーよ!!!
こいつに敬語は必要ないわ。
『ベンチ?・・・長椅子のこと?』
『えっ?そう、そう!そこの長椅子の事』
ベンチって言わないんだ?
ちょくちょく日本と同じ単語があるから、大丈夫だと思ってたのに。
『ベンチ・・・うん。面白い。』
そしてこの人、スゲー変わってる。
とりあえず私は、地面に寝てるといかにお互い危かを説明することにした。
現に転んだからね。
薄ピンク頭を長椅子・・・ベンチで良いね!言いにくい!に座らせていると、背後から声がした。
『おい。キルス。まぁた地べたでおねんねか?
お前みたいな奴には地面がお似合いだなぁ?』
雑魚のモブキャラみたいな奴がいた。
『お前、誰?』
『・・・てめぇみたいな奴がなんであそこまで、ランクが上げられるか知りたいぜ!
どうせズルでもしたんだろうが!』
『正式な手順で上がった。』
なんか、読めたぞ。
このモブ、こいつが自分よりランクが上なのが気にくわないんだろうね。
顔は完全に負けてるもんね。
『うるせぇ!俺の実力の方が上って事を教えてやる!!!』
うるさくはない・・・って、待って待って!
ここで剣抜くの!?ヤバいって!
『ちょっと待ちなさい!何やってんの!?』
私は薄ピンク頭を後ろに庇う様に立った。
『てめぇは関係ないだろ!女は引っ込んでろ!』
てめぇが引っ込め不細工が!胎児からやり直せ!!!
『関係あるわ!私が拾ったんだから!私のものだっつーの!!!』
『『・・・・。』』
あ、今私すげー意味わかんない電波発言したわ。
何事かと集まって来た、野次馬まで黙りこんでしまったよ。
『俺は、お前のもの?』
『いや、違うから。冗談、冗談!』
すっ、と後ろから抱き込まれた。
って、えぇー!?
『俺はお前のものだ。』
『いや、違うからね?ちょっと離れようか!?』
今までモテない人生で、男慣れしていない私は大パニックだ。
イケメンに抱き締められておる・・・!
な、なんか良い匂いが・・・。
『ん。良い匂いがする。』
私の肩に顔を埋めていた薄ピンクはそう言うと、匂いを嗅ぎ始めた。
あぁ〜止めて〜バズカシイ〜。
『てめぇら!俺の事忘れてイチャついてんじゃねぇよ!!!』
完全に忘れられていたモテないモブは、怒り心頭だ。
『失せろ。』
低い声が響いた。
『失せろ。と言ってる。』
鋭い眼孔。
さっきまでとは、明らかに雰囲気が違う。
黄金色の鋭い眼孔で睨まれたモブは、覚えてろ!と、小者くさいセリフを残し、逃げて行った。
『あのー・・・そろそろ離して貰えませんかね?』
『嫌だ。』
腰に回る腕にが強くなった。
どうしよ。これ。
道端で寝る変な男に、何故かなつかれてしまったのだった。