第十五話 急がば回れ
森の中を全力で駆ける。
タイムリミットは刻々と近づいている。
ルクスヴェルグの北門を抜け、街道より更に北へ外れた先にある森の中を私達は走っていた。
いやー皆さん森に入る時はズボンをオススメするよ。それか、せめてタイツくらい履くべきだね。
今まで森の中に入る時は歩きやすいところを選んで歩いてたけど、今現在、走る二人を追いかけるのに必死で足元を見ている余裕がない。
さっきからちょいちょい小枝や草で肌が露出しているところを切ったりしている。
私のローブはちょっとした虫除け効果しかないのだ。
露出が激しい冒険者のお姉さん方は平気なんだろうか?今度聞いてみよう。
この森は以前キルスと入った森とは違うらしく、人々は 《不死者の森》 と呼んでいて、冒険者でも中堅以上の実力がないと生きては出られないと言われているらしい。
冒険者どころか、この世界自体初心者なんですけど。
それに、不死者の森なんて嫌な予感がビンビンである。
うっそうと繁る木々のせいか、あまり光が入らないせいで薄暗く不気味だ。
そのくせ変な植物は生えているんだからまたまた不思議だ。
ーガサガサー
『ユーリ!止まれ!』
何かに反応したヴァルトさんに腕を引っ張られ、足を止める。
日頃から鍛えている二人と違って、こちとら急に反応が出来ないのだ。さっきからこれを何回か繰り返している。
『ウィプスだ。』
茂みから現れたのはウィプスと呼ばれる魔物だった。
不気味な球体の光の魔物で、大したものではない様に見えるが、状態異常を起こす攻撃で弱らせたり、幻覚を見せて自殺に追い込んだりと中々危険な奴らしい。
しかも物理系の攻撃、つまり、殴ったり剣で斬ったりが全く効かないらしく、倒すには魔法か魔法を付属した武器でないといけないらしい。
そんなウィプスが4体、私達の周りに集まってきた。
『ハァ、ハァまた、出てきた・・・。』
『この森、ウィプスとか多いから。』
ユーリ大丈夫?とキルスは首をかしげながら聞いてくる。余裕だ。
ちなみにこのメンバーで息が上がってるのは私だけだ。
『チッ、うぜぇ!!!』
ヴァルトさんが背中の剣を抜き、刃に光を纏わせるとウィプス達を一刀両断した。
初級冒険者には倒せないウィプスを一瞬で倒せるヴァルトさんも、結構凄い人なんじゃないかと思う。
『おら、進むぞ。大丈夫か?』
『ハァ、よゆーですぜ。』
本当に若返ってよかったよ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『ハァハァ、何か雰囲気が、変わった?』
しばらく森の奥へ奥へと走っているとある場所から雰囲気と言うか、空気が明らかに変わった。
『不死者の森の中盤、遺跡の手前。』
『遺跡?』
『今日は遺跡に用はねぇだろ。後にしろ、後。
それより、こっから先は魔物の強さが上がる。気を付けろよ。』
ゲームのように森の奥へ行くほど敵のレベルが上がるのだろうか。
本当は激弱な私が来るようなところではない気がするが、人面樹はともかく夜灯花を見つけるには私の鑑定眼が必要なので、二人には頑張ってもらうしかない。
ちなみに私の鑑定眼スキルは二人にはまだ話してない。もう少し長い付き合いになったら言おうと思う。
そして私達は更に薄暗い方へと、足を踏み入れた。
あれから結構な時間が経っている気がする。
魔物には一度も会っていない。
『・・・妙だな。』
『えっ?妙?』
先程までとは違い、今は走ってはいない。
慎重に辺りをうかがいながら進んでいる。
それほど危険な場所だと言う事だ。
『いや、お前はあんま気にすんな。
それより夜灯花を探す事に専念しろ。お前しか見たことねぇんだから。』
『うん。夜灯花は人面樹のいる森にあると言うことしか、わからない。ユーリしか見た目知らないから。』
ごめん。私も見たことないんだ。
なんて、そんな事も言えないので、目を凝らして鑑定眼で見て見る。
しかし、夜灯花となっている植物は見つからない。アブラ花とか気になるんだけど。
森の中をキョロキョロとしながら進む。
街からここまで走りっぱなしな上、魔物を警戒しながら進むと言うのは中々疲れる。
座り込んでしまいたいくらいだが、私を守りながら戦わなきゃならない二人はもっと疲れているはずだ。
それに人の命がかかっている。疲れたとか言ってられない。
今改めて人の命がかかっていると思うと、重いものを背負ってしまったと言う責任がじわじわとのしかかってきた。
本当に助けられるのだろうか。間に合わなかったらどうしよう。
ネガティブな事ばかり考えてしまう。私らしくもない。
きっと森の中が暗いせいだ。鬱になりそう。
何か木も枝を伸ばしたり巻きつきあって、私達を段々囲んでいってるし・・・ん?
『ね、ねぇ。なんか周りの木、動いてない?』
『あぁ?』
それらは枝をざわつかせている。良く見ると木自体も少しずつ動いているようだ。
『囲まれた。』
キルスが剣を抜き、戦闘態勢に入った。
『クソッ、厄介なやつらだぜ。』
ヴァルトさんも剣を抜く、すると向こうもこちらが気付いた事に気付いたらしい。今までとは明らかに違う動きになった。
それらはズルズルと根を引き摺り近づいて来る。
周りが暗いせいで良く見えなかった、それらの姿が見える様になった。
太めの木の根を動かし、引き摺るようにして移動しているそれの幹には人の目、鼻、口が着いている。
あまりにも生々しいその表情に背筋がゾッとする。
『ひっ!』
『人面樹だな。ユーリ、気をしっかり持てよ。』
『枝だけ残して、燃やせば良い。』
ーオオォォオ!!!ー
数にして10体ほどいる人面樹は、それぞれの口から耳障りな雄叫びをあげ、襲いかかってきた。
『移動速度はそんなに速くねぇ。枝に気を付けろ!』
『えっえ!?』
気を付けろって言われても、こちとら戦闘初心者何だけど!?
『ユーリ!あの燃える水使って!』
木を燃やすって事?山火事になったりしない?ってか、材料の枝燃えちゃわない!?
『燃やして良いの!?』
『大丈夫、あの威力じゃ人面樹は死なない。』
とか何とか言ってる間にこっち向かって来た!
ええい!成るようになれ!
私に向けて枝を振り上げている一体に向かって火の水を投げた。
火の水は見事人面樹の顔面に当たり、爆発を起こしてその顔を燃やした。
ーギャアァアァ!ー
悲鳴をあげ、動きが鈍くなったそれへ、キルスが追撃をする。
湾曲した美しい刃に白い光を纏わせ、バタバタと暴れる様に動く枝を切り落とす。
『枝、手に入れた。』
材料さえ手にはいれば用は無い、とばかりに、トドメを刺す。キラーホーネットを倒した光の槍の魔法で串刺しにする。
すると、光の槍に刺された人面樹は灰の様になり、消滅してしまった。
『えっ!?どういう事!?』
『説明は後、まだ残ってる。』
『良い武器持ってんじゃねぇか。』
ヴァルトさんがこっちへ走って来た。
『こっちは片付いたぜ。』
何時の間にやら数体の人面樹を倒していたようだ。ご丁寧に枝やらなんやらが集めれている。
『こんだけありゃ足りんだろ。
後は俺達がすぐ始末するから、お前は材料拾っとけ。』
ヴァルトさんは私の髪をグシャグシャにし、残りの人面樹に向かって行った。
後数分もかからないうちに殲滅できそうだ。
あの二人強すぎかよ。
ヴァルトさんの魔法が気になるところだが、時間もないので、材料を拾うことに専念した。
なんか枝以外のもあんだけど。
それからすぐに人面樹は全滅された。
この二人が組めば出来ない事ってないんじゃね?
『ユーリ、終わったぞ。』
『私も集め終わりました!二人共怪我は?』
『大丈夫。余裕。』
傷ひとつ無くケロリとした二人が近づいて来る。
本当に凄いな、この二人。
『後は夜灯花だけね。』
『とっとと見つけるぞ、移動に時間がかかる。』
この時、私はひとつ目的を達成した安心感からか、すっかり気を抜いていた。
ここが、危険な森の中と言う事を忘れて。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『どうしよう。全然見つからない。』
あれから大分時間が経ってしまっていたが、まだ夜灯花らしき花は見つけられない。
『人面樹のいるとこに生えるって話だったから、近くにあると思ったんだがな・・・。』
『さっきよりも暗くなって来た。もうすぐ日が暮れる。』
そう言えば、元々暗い森が更に暗くなってきている。
この森で夜を明かす事になるのだろうか。
アニーちゃんは持つのだろうか。
『・・・ユーリ。街へ戻ろう。』
キルス。今なんて?
『へ?何?』
『街へ戻ろう。これ以上暗くなると危険だ。』
『ここまで来たのに?このまま帰れないよ!』
アッシュは私達を信じて、いるかはわからないけど、待っているのに。
『確かにこの森で夜を明かすのはかなり危険だ。・・・戻るか。』
『ヴァルトさんまで!』
皆あれだけヤル気に満ち溢れてたのに、急にどうした?
『ユーリ。この不死者の森の魔物は他とは違う。夜になると、アンデット系の奴等が出てくる。
俺達でも危険だ。』
ヴァルトさんは私の目を覗きこむ。
『ユーリ。はっきり言うぞ。
お前を庇いながらこの森で夜は明かせない。』
そう、戦えない私は邪魔にしかならないのだ。
『ユーリごめん。俺はあの子供よりユーリの方が大事なんだ。』
とても言いずらそうに、それでいてはっきりとキルスにそう言われた。
謝るのは私の方だよ。こんな偽善行為に付き合わせて。
二人共私の為に言ってくれている事はわかってる。
これ以上二人に命を張らせる訳にもいかない。
だけど
『ごめん!二人共!もう少しだけで良いの!あと30分、10分で良いから・・・!』
二人はさんじゅっぷん?じゅっぷん?と、聞き慣れない単語に首をかしげているが私はそれに弁解している余裕はない。
一刻も速く夜灯花を見つけないと!
『あ、あの岩の近くとか!』
私は目に着いた岩の方へ走って行った。
岩の周りに花が生えている事もある。
『馬鹿!一人で行くな!』
ヴァルトさんの焦った声が聞こえたと思った瞬間。
私の身体は何かに打ち付けられ、更に最悪な事に岩の向こうは崖だったらしく、私はそこから落ちてしまった。