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廃屋敷は春風を呼び込む  作者: 赤羽 翼
第1章 岩石消失
9/30

それは何故消える? 解決編



 先ほどまでグラウンドから響いていた野球部のバットの音も、サッカー部の掛け声も聞こえなくなった。陽も落ちて、昼間の喧騒が嘘のように静まりかえっていた。


 わたしと連太郎は三年生が利用する西昇降口の近くにいた。開け放たれた扉の右側の壁にもたれている。わたしはまだ犯人を教えられていない。いったい誰なのだろう……そう考えると少し緊張してきた。


 しばらくして、下足箱から靴を出し入れする音が聞こえた。足音が響き、それが徐々に大きくなり……、



「犯人はあなたですね? 浜町先輩」


 昇降口から出てきた浜町先輩を、連太郎が呼び止めた。……って、え? 浜町先輩が?

 先輩は呆気に取られた様子で立ち止まり、顔に冷や汗をたらしながら連太郎を見つめた。

 連太郎は無表情で背を壁に預けている。

 浜町先輩は唾を飲むと、おどけた調子で反論してきた。


「な、何を言ってるんだ、間颶馬君……。自分で自分の石を盗む必要がどこにあるんだい?」


 わたしもこくこくと頷く。


「そ、そうよ! だいいち、先輩に犯行は不可能でしょ? 朝から放課後まで、誰にも鍵が貸し出されてないんだから。それとも、朝のうちから盗み出したって言うの? それだと木相先輩に見つかる危険性があるから、実行できたもんじゃないと思うけど?」


 連太郎は壁から背を離した。


「盗んだ方法とか、タイミングとか、そんなのは関係ないんだよ。……だって、もともとあのハンドバッグの中には、石なんて入ってなかったんだから」


 わたしの口が阿呆のように開くのがわかった。


「い、いやいや、木相先輩が石の重みとかいうのを感じているじゃない」

「そうだね。だから、石じゃないものが入っていたんだ。木相先輩は、早く見たいって言っていたから、彼女も石は見ていないんだ。重みを感じただけでね」


 わたしは首を傾げた。意味がわからない。結局のところ、浜町先輩には盗み出せないじゃない。

 表情から察したのか連太郎が尋ねてくる。


「奈白。バッグに入っていた包み紙に触れたとき、どう思った?」


 思い出してみる。


「わたしの顔くらいの大きさの石なのかなぁ……とか?」

「他にもあるんじゃない?」


 他には…………あっ。


「ひんやりと冷たかった気がする」


 連太郎は微笑んで頷く。


「僕はハンドバッグの中に手を突っ込んだから、それがより顕著に伝わったんだ。石を紙で包んで入れただけじゃ、あそこまで冷たくはならない」


 連太郎はわたしから視線をそらし、浜町先輩に向ける。先輩はわかりやすくたじろいでみせた。


「石じゃないなら何だったのか……。冷たい個体といったら氷が真っ先に思い浮かぶけど、それだと包み紙もバッグもびしょびしょになってしまう。……となると、僕には一つしか思い当たらない」

「ドライアイス……?」


 わたしはぽつりと呟いた。


「ご明察。浜町先輩は中のものを盗み出したんじゃなくて、時間経過で個体から気体へ昇華させたんだ」


 通りで盗んだ方法がさっぱりわからないはずだ。跡形もなく消えてしまったんだから。ん? いや、待てよ。


「でも、二人が放課後、最初に部室に来たときはまだ中はあったのよね?」

「それは浜町先輩のついた嘘だよ。それを証言したのは先輩だから」


 そういえばそうだ。ハンドバッグは椅子の上に置かれ、机の下に隠されていたらしい。これなら木相先輩に見られずにすむ。それによくよく考えてみれば、そうして隠しているのにクラスで言いふらしたり、外出する際に鍵を掛けなかったり、おかしなところが沢山ある。

 わたしは疑うような目を浜町に向ける。反論してくれる味方を失った彼は、今度は自らの口で言う。


「い、言いがかりだ! ヨーヨー部の荒木かオカ研の西園寺が盗んだんだ!」

「先輩、さっき奈白が披露した推理、憶えてます?」

「……?」

「漫才同好会が怪しいって言ったやつですよ。僕はその推理に対して、嘘をついて容疑者から外れようとするだろう、と反論しました。それと同じ理由でその二人が犯人じゃないと言えるんですよ」


 わたしは左手をぽんと叩いた。


「そうか。部員に口裏を合わせてもらって、誰も出て行っていない、って言うんだ」

「そういうこと」


 しかし浜町先輩は諦めず反論する。


「きっと個人的な理由で盗む必要があったんだよ。だから部員たちは巻き込めなかったんだ」

「先輩のそのとっておきの石は、人に狙われるような石なんですか? 普通の石なんですよね? 馬の頭部の形をした」

「そうだ。素晴らしい石だ」

「ですけど、あの二人はヨーヨーとオカルト以外に興味がないように思われます」


 今日初対面のわたしでも、それは何となくわかった。人と話しているときもヨーヨーやったり、部室に大量の心霊写真を貼るような人だ。


「まだ理由があります。僕が盗む側だったら、とてもじゃありませんが盗む気にはなれないんですよ」

「ど、どういうことだよ」

「二人は階段の状況を知っていました。そして渡り廊下には漫才同好会の二人がいた。こんな擬似的な密室で、部員たちと口裏を合わせずに盗もうとは思えませんよ。もし自分しか外に出ていなかったら、その時点で犯人になってしまいます」

「漫才同好会がいることを知らなかったんだよ。きっと!」

「いいえ。岩石同好会の扉の前に立てば、漫才同好会の人の声が聞こえるんですよ」


 確かに、『やっぱここは、捕食中のクリオネかよ! の方がいいと思うぞ』って聞こえてきたわね。


「漫才の途中だったみたいですし、すぐに立ち去るとは思わないでしょう」


 そこまで言われて、浜町先輩は諦めたように溜息を吐いた。


「……その通りだ。いつから気づいていた?」

「怪しいと思ったのは最初からです」

「え?」

「は?」


 わたしと浜町先輩は同時に変な声を上げた。


「だって明日の部活説明会で出す石を、今日持ってくる必要がないじゃないですか」


 ああ、確かにそうかも。


「説明会は五時限目から放課後までぶち抜きで行われます。それだとドライアイスが昇華しきるかわからなかったから、今日にしたんですよね? でもその結果、現場が偶然密室になってしまい、今に至るわけですけど……」


 浜町先輩はほどけたような笑みを作った。


「完全に負けたよ……」


 おお……。拍手したくなったが、あることに気がついた。思わず口に出してしまう。


「結局のところ、どうしてそんなことを……?」


 連太郎と浜町先輩が目配せした。何? 何なの?

 連太郎が控えめに口を開く。


「岩石同好会は説明会の持ち時間が一分しかない。だから木相先輩は一分でできることを考えたんだと思う」

「うんうん」

「けど思い浮かばなかった。そこへ浜町先輩が手を差しのべる。すると、好感度が上がる」

「いや、でも自分で説明会の一分も消しちゃったじゃない」

「うん。だからさ、浜町先輩は木相先輩の好感度を上げたかった。そして部に誰も入部してほしくなかったんだよ」


 わたしの脳内にクエスチョンマークが大量に出現した。彼はいったい、何をほざいているのだろう。

 連太郎は頭を掻き、浜町を見やった。


「あの。この察しの悪い娘にカミングアウトしてもいいですか?」


 浜町先輩は一瞬顔をしかめたが、すぐに首肯してくれた。


「つまりはさ、浜町先輩は木相先輩のことが好きだったってことだよ」

「ああ、そういこと……」


 呟くと、連太郎が驚いたような表情になった。


「あんまり驚かないんだね」

「とっくに気づいてたし」

「え!?」


 浜町先輩から素っ頓狂な声がもれる。彼からはわたしと同じ匂いを感じていたからね。

 連太郎が呆れたように肩をすくめた。


「どうしてそのことを知ってて、今の説明で理解できなかったんだよ」

「だって、二人きりになりたいばっかりに想い人が悲しむようなことをするなんて、思わなくって」


 浜町先輩を軽く睨みつける。自らの我が儘で想い人を傷つけるなんて、最低だと思った。しかも最後ちょっぴり感動的な雰囲気で終わらせようとしていたところも腹が立つ。しかし当の本人は、


「あはははは……」


 曖昧に笑いながら頭の後ろを掻いていた。何笑ってのよ……。と、思った矢先、浜町先輩の笑い声が不意にとまり、視点がわたしたちの後ろに固定された。

 何事かと、連太郎とともに振り向いた。わたしたちの視点も固まった。

 例のハンドバッグを手にした木相先輩が、いずらそうに苦笑いを浮かべ立っていた。


「どこら辺から……聞いてました?」


 連太郎が尋ねた。


「……最初から。私、先輩にハンドバッグを届けに来たんだけど……」


 わたしと連太郎は顔を見合わせ一つ頷くと、校舎から少し離れて二人の間の隔たりを消した。

 浜町先輩がすがる目を向けてくる。わたしと連太郎は強い視線を投げることしかできない。

 浜町先輩は深呼吸をした。それで覚悟が決まったようだった。喉の奥から絞り出したような声が響いた。


「綾女ちゃん……。俺と付き合ってくれ!」


 言ったぁ……!

 わたしと連太郎は拳を固く握りしめながら、木相先輩に熱い視線を注いだ。

 果たして木相先輩の返事は……、


「ごめんなさい! 私、同性愛者レズビアンなんです!」


 衝撃的過ぎるわ……。



 ◇◆◇



 わたしと連太郎は本日二度目の坂下りをしている。

 岩石同好会は部活説明会の一分を、浜町先輩のとっておきの石で勝負することにしたらしい。盗まれたわけではないし、実際に持っているのなら、当然と言えよう。木相先輩は特に怒っている様子はなさそうだった。むしろ、


『盗まれてなかったんですね……。よかった』


 と安心していたほどだ。そこまで見たかったのか。

 学校近くの橋にさしかかった辺りで、連太郎に訊きたいことができた。


「ねえ。あんた結局、どこの部活入るの? 決まってるって言ってたわよね?」

「特撮研究会」

「ミステリ研究会とかあったけど、そっちじゃないんだ」

「推理小説を語る相手は妹で事足りるけど、特撮を語れる人はいないんだ」

「ふぅん……」


 隣を歩く連太郎を横目でちらりと見る。……ちらっとのつもりがガン見になってしまった。


「奈白は?」

「へ!?」

「部活、決めた?」

「い、いや。とりあえず運動部はやめとく」


 連太郎が溜息を吐いた。


「奈白の全筋細胞が泣くよ」

「うるさいわよ。こっちは文学少女を目指してるんだから」

「ふふっ……。文学少女って」


 鼻で笑われた。脛を蹴っ飛ばしてやりたいけれど、あいにくとわたしは格闘技を習っていたため、そういうわけにもいかない。

 わたしは少し歩行スピードを緩め、斜め後ろから連太郎の顔を見る。……どうして他人へ向けられている好意には鋭いくせに、自分に向けられている好意には鈍感なのだろう。


 わたしは連太郎に片思いを寄せている。それも出会ったときから。彼の外見に一目惚れしたわけではない。内面を感じ取って、好きになった。小学四年生からだから、約六年も片思いしている。それなりにアピールもしてきた。なのにこいつは気がつかない。それはもう、気づいててわざと無視しているんじゃないかと思うくらいに鈍感だ。しかし連太郎の性格上、そういうことはしない。


 溜息がもれる。文学少女も目標の一つだけど、もう一つ。このクソ朴念仁野郎にわたしの気持ちを知ってもらいたい。


 そのとき、背後から人が近づいてくる気配を感じ取った。振り向いてみると、木相先輩が息を切らして駆け寄ってきた。


「ど、どうしたんですか?」


 思わず尋ねる。連太郎も立ち止まって、木相先輩を見つめている。

 先輩は荒い呼吸を整えると、


「二人とも!」

「……な、なんですか?」


 勢いに気圧されて語気が少し弱くなる。


「二人に、頼みたいことがあるの!」


 頼みたいこと……?

 わたしと連太郎は顔を見合わせた。


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