それは何故消える? 7
「いやいや。ここはさぁやっぱ、せっかくだから俺は赤の扉を選ぶぜ、だろ!」
二人は同じ場所でまだネタ合わせをしていた。いや、これはそもそもネタ合わせなのだろうか? どうでもいいか。
「おい。お前ら」
浜町先輩が声を掛けた。二人が黙り(正確には喋っていたのは出っ歯の人だけ)、こちらに目を向けてきた。
出っ歯の先輩がすぐさま反応した。
「岩同のお二人、と……」
わたしたちの徽章に目をやり、
「一年生……。まさか! 新入部員ですか!?」
そこまでオーバーなリアクションを取らなくてもいいのに。気持ちはわかるけど。
「いや、石の盗難の件で協力してもらってるだけだ」
「ああ……」
もう一人の丸顔の男子生徒が得心したような声を出した。
「まだ誰もこの階から出て行ってないよな?」
「はい。その一年生の二人がさっき出てったきりです」
出っ歯の人がやたらデカい声で答えた。さっきというのは、職員室に聞き込みに行ったときのことだろう。
「そうか。サンキューな」
浜町先輩が踵を返そうとすると、連太郎が二人に質問を飛ばした。
「お二人は、どうしてここで打ち合わせをしているんですか?」
丸顔の男子が答えてくれた。
「ここ、あんまり人が来ないからね。ほら、こいつ、やたら声がデカいだろ? 下手するとネタバレになるからさ」
「なるほど。では」
連太郎が踵を返すと、わたしたちは彼に続いた。
いったんすぐ近くの岩石同好会の部室に入った。そして机の上に並べられた石を見て思った。
「盗まれた石、この中のどれかにすり替えられた……なんてことはないですか?」
「ないな」
「うん。絶対ない」
確かにこの二人なら見間違えそうにない。それにだいいち、すり替えた方の石をどうしたのかという話になってしまう。
とりあえず手近な椅子に座り、頭を捻った。他の三人も同様に座る。
「もしかしたらさ、石を粉々に砕いて、全員でポケットの中に隠しちゃったんじゃない?」
「大きな音がなりますから、無理ですよ」
木相先輩の推理に、連太郎はすぐさま反論した。
しかし先輩は食い下がる。
「大きな声を出してその音をかき消しちゃったんだよ」
「それならどっちかの部活がそのことを証言してると思います。……それに、石を砕けるようなもの、出てきませんでしたし。石を何かで叩いたら、衝撃で石の土台となっているものが傷つきます。机にも椅子にも床にも、そんな跡はありませんでした」
完膚なきまでに反論されて、木相先輩は肩を落とした。
わたしはない知恵を絞る。そして、連太郎の真似ではないけど、ついフィンガースナップをしてしまった。どうしてこのことに気がつかなかったんだろう。
「窓から外に放り投げたのよ!」
三人は顔を見合わせた。
◇◆◇
手分けをすることになった。わたしと木相先輩はグラウンドを、連太郎と浜町先輩はベランダを下――中庭を探索している。
浜町先輩曰わく、とっておきの石はわたしの見立て通り顔くらいの大きさで、馬の頭部の形をしているらしい。
わたしは木相先輩と二人、校舎に沿って石を探して回る。しかし顔ほど大きい石があれば目立つだろうから、一目見るだけでいい。そんな大きな石はない。細々小さな石……というか砂利……いや、砂が一面に広がっているだけだ。まれに少し石と言っても差し支えないようなものが落ちているが、
「うーん……。どれもいつも学校に落ちてるやつだ」
と木相先輩が呟くだけだ。それを聞いたわたしはつい質問してしまう。
「学校の石の形、全部憶えてるんですか?」
彼女は何を言っているんだこの小娘は、とでも言いそうな表情を浮かべた。
「基本だよ?」
だそうですよ、岩石同好会へ入部希望のみなさま。学校中の石の形を憶えれない人間は入部するなとさ。
わたしは校舎の真下辺りから目をそらし、野球部とサッカー部が占拠するグラウンドを見やる。
……窓からあんなとこまでは投げられないわよね。連太郎たちの方にあるのかな? と、思っていると、
「二人とも、見つかったか?」
後ろから声を掛けられた。連太郎と浜町先輩がこちらに向かって来ている。その質問をするということは、どうやら中庭にもなかったようだ。
わたしは首を横に振って答えた。
四人で校舎の壁にもたれ掛かると、連太郎が状況を説明し出した。
「東棟四階は実質密室状態にあった。石を盗んだ可能性がある二つの部活の部室には何もなかった。石を外に放り投げたとして、その石もどこかえ消えてしまった……。思いっきりミステリーですね」
他人ごとのように呟いた。
わたしは腕を組んで考え込む。ものの十五分の間に石が跡形もなく消失してしまった。なんで? どうして? どうやって?
更に首を捻る。石を砕いたっていう可能性はないのよね。確かにいつ二人が帰ってくるかわからないのに、そんな時間の掛かる方法は取らないと思う。わたしが言ったんだけど。……ん? 二人がいつ帰ってくるかわからない。これはつまり、二人がいつ出掛けるかもわからないということではなかろうか? ヨーヨー部とオカルト研究会のどちらかが、初めから石を盗むつもりで二人を監視していたとしても、部屋に鍵を掛けれたら意味がなくなる。そもそも出掛けない可能性もある。わたしだったら、監視だなんて時間の無駄になりそうなことしない。
けど、漫才同好会の二人なら別だ。彼らなら漫才の練習をしつつ二人を見張れる。時間が無駄にならないのだ。二人が出て行ったら鍵をチェックして、開いていればよし、閉まっていたらそれはそれで諦める。盗んだ石は東棟四階ではなく、渡り廊下を渡って本棟四階のどこかに隠した。
「ねえ、こういうのはどうかしら」
わたしが口を開くと、三人の視線が一斉にこちらに向く。わたしは今した推理を朗々と述べた。
先輩二人は納得したように唸っていたが、連太郎だけは妙に冷めた口調でこう言った。
「うん。面白いとは思うけど違うね」
「どうしてよ?」
唇を尖らせる。連太郎は陽が落ち始め、橙色に染まる空を眺めながら、
「僕が漫才同好会の人なら、誰か出て行っていないかと訊かれたらこう答えるよ。『男子生徒が一人来て、すぐに去っていったよ』ってね」
「あっ、そっか」
木相先輩が声を上げた。
「嘘ついて、架空の人間を犯人に仕立て上げるんだ」
「そうです。犯人だったら、疑われたくないから絶対にそう言うはずさ。そのままだと容疑者の一人ってことになるからね」
「それを見越して、わざと嘘をついていないのよ」
悔しいわたしは食い下がる。連太郎は変わらない調子で続ける。
「そんな無駄な見通しは立てないよ、普通は。だってそのせいで奈白みたいな人に疑われたらたまったもんじゃないからね」
「……そう、ね……」
納得するしかなかった。連太郎と言う通りだと思ってしまった。それにこの推理には動機が足りない。部室が施錠されていれば諦められるくらいの理由なら、そもそも盗もうと思わないだろう。
わたしはこういうシチュエーションに遭遇しまくっているため、割と推理はできる方だ。けれど、今回は全然思いつかない。
頭を悩ませていると、浜町先輩が不意に呟いた。
「協力者が一人いたんじゃないか?」
「どういうことです?」
わたしは尋ねた。
「いやさぁ、窓から石を投げ捨てて、あらかじめ下にいた人物が石を回収する……。これなら、盗むことが可能だ」
あっ、そうか……。協力者の存在は盲点だった。
「ヨーヨー部とオカルト研究会の部員って、本当にあれだけですか?」
「それは間違いない。だから友人とかに協力してもらったんだろう」
この推理が正しかったら、いよいよ部費とは関係ないということが明白になる。しかし連太郎が口を挟んだ。
「違うと思います」
「どうして?」
木相先輩が言った。連太郎はさっきわたしに反論したときと同じ口調で、
「四階の高さから人間の顔くらい大きな石を落下させたら、地面に跡がつきます。けど、」
グラウンドを見渡した。
「そんな跡はどこにもありません。中庭の方にもありませんでした」
思いついていたんだ。流石。
「跡は犯人が消したんじゃないか?」
浜町先輩の意見に、連太郎は静かにかぶりを振った。
「そんなことする意味がわかりません」
「意味って……そりゃ、盗んだ方法を隠すためだろう」
「何でそんなことする必要があるんですか?」
「何でって……確かにな」
そうか……。犯人は別に、盗んだ方法まで隠す必要はないんだ。どうやって盗むかが重要なだけで。落下の跡が犯人特定に繋がるものだったとしたら、当然消す。けどそれが犯人特定の手掛かりになるとは到底思えない。
それから、犯人が先輩二人に、石は盗まれたのではなく消えたのだと思わせたいのなら、消すのはわかる。でも大抵の人間は、そんな状況に陥ったら盗まれたと思うに決まっている。だからそんな小細工は無意味なのだ。
この方法でもないのなら、いよいよ万策尽きてきた。わたしのチンケな脳みそでは、これ以上捻り出すのは無理だ。頼りの連太郎を見る。
ぼーっと、野球部の練習を眺めてめた。何なのよ、こいつ。いつもはもっと真面目な顔で推理してるくせに。さっきから反論意見ばかりで、自分の推理を述べようともしない。
わたしは肩をすくめた。仕方ない。ここは一つ、ガツンと言ってやりますか。彼の肩をつつこうと手を伸ばしたときだった。浜町先輩の大きな溜息を吐いた。
「部への昇格は……今年は無理だな。すまん。綾女ちゃん」
「そんな……。先輩のせいじゃありませんよ」
二人の気分がものすごく沈んでいる。漫画的表現をするならば、頭上に縦線が並んでいる感じだ。……岩石同好会のことはどうでもいいけど、目の前でここまで落ち込まれるのは、非常に嫌だ。
「大丈夫ですよ。部活説明会のプログラムを変更すればいいじゃないですか。ほら、部室に飾ってあった石。あれを紹介すれば――」
「それが無理なんだ」
わたしの必死の励ましは、浜町先輩の暗い声で遮られた。
「岩石同好会の説明会の持ち時間はさぁ、一分しかないんだ」
「短っ!」
思わず大声を出してしまった。浜町先輩の話を木相先輩が引き継いだ。
「説明の時間は生徒会と協力して決めてるんだけど、岩石同好会の持ち時間は生徒会長が独断で決めちゃったんだ。曰わく、『岩石同好会の話なんて誰も興味ないだろうし、長ったらしく聞いていたらダレるだろうから、一分な』」
酷い……。気持ちはわからなくはないけど。
浜町先輩が嘆息したように再び溜息を吐いた。
「だから一分でも記憶に残るような、インパクトのある石を紹介する必要があってな。それが、俺の持ってきた石だ。部室にある石には、インパクトが欠ける」
何となくやりきれない気分になった。岩石同好会のことはやっぱりどうでもいいんだけど、この二人の情熱は本物だ。その情熱だけでも何とかして救ってあげたい。石を犯人から取り返すのが、一番手っ取り早いんだけど……。ちらっと連太郎を見る。壁にもたれ、腕を組み、二人の話を聞いていた。
「一分じゃ、どうすることもできねえな……。どっかの部活に譲ってやるか」
浜町先輩が自虐的に笑った。木相は悲しげにうつむいている。……ど、どうしよう。こういう雰囲気は苦手なのだ。
「綾女ちゃん」
浜町先輩が真剣な眼差しで木相先輩を見やる。
「……はい」
「来年……頼んだぞ」
「……はい!」
今年度は始まったばかりなのに、もう来年度の話をするという光景を生まれて初めて見た。
わたしは三度連太郎を見る。先ほどと何も変わらない、真剣な表情だった。
◇◆◇
連太郎と二人、横に並んで坂を下っていた。前方では住宅街が夕陽に照らされ、その光が家の屋根に反射してピカピカと光っている。
連太郎は黙りこくったまま何も喋らない。こいつは人一倍お人好しだから(たぶんわたしもだけど)、犯人を捕まえられなかったことに責任を感じているのかもしれない。
不意に連太郎の歩みがとまった。
「どうしたの?」
わたしは首を傾げつつ訊いてみた。連太郎は踵を返しつつ、もと来た坂を上っていく。 え? え? 慌ててあとを追う。
「ちょ、ちょっとどこ行くのよ」
「どこって……犯人のところに決まってるでしょ」
犯人……って、
「わかったの?」
「とっくにね」
わたしは目を丸くするとともに、納得もした。そういえば連太郎は途中からフィンガースナップをしていなかった。
「さて、この事件……さっさと吹き散らそうか」