それは何故消える? 6
オカルト研究会の部室の前についた。本来この学校の教室のカーテンはレースなのだが、どうやら改装しているらしい。部室の廊下側の窓は、漆黒のカーテンに閉ざされていた。
浜町先輩引き戸の前に立ち、二回ノックする。
「……どちらさま……?」
部屋の中から女の人の声がした。低く、かすれたような声音だ。声音というか、怖音だ……なんちって。
「岩石同好会の浜町だ」
しばらく沈黙が続いた。
「……何か、よう?」
「三時四十一分から三時五十六分までの間に、ここから出た人はいるか?」
「……なぜそんなことを聞くのかしら」
当然の反応が帰ってきた。連太郎が口を開く。
「岩石同好会から石が盗まれまして、それを探しているんです」
「……誰?」
「一年A組の間颶馬連太郎です。現在、岩石同好会に協力しています」
「…………」
不気味な沈黙。突然扉が開いたりしたら絶叫して尻餅を着く自信がある。
しかし扉は開かなかった。
「……どうしてこの部にアリバイを取る必要があるのかしら? ……私が盗っ人ならとっくに逃げていると思うけれど?」
また同じことを説明しなければならないようだ。
けれど、連太郎はめんどくさがらず、むしろここが重要なところ、とでもいいたげ表情で説明する。
「階段、どうなってるか知ってますか?」
「……生物部のせいでワックス塗りたてになっているのでしょう?」
だから何をやった? 生物部……。
「はい。そして渡り廊下には、今言った時間帯に、漫才同好会の二人が漫才の練習をしていたんです。彼らの証言から、誰も渡り廊下を通っていないことがわかっています」
「……つまり犯人はまだこの階にいる可能性が高い?」
「そういうことです。部の人は、誰も帰っていませんよね?」
「……ええ。……その時間は、おそらく私がお手洗いに立ったわ。それ以外には誰も外に出ていない」
「どうして時間がわかるんですか?」
思わず声を出してしまった。わたしはこういうことに巻き込まれた時のために、こまめに時間を見るようにしている。だからアリバイを尋ねられた際に答えられた。この人もそうなんだろうか?
「あなたは……?」
「一年C組の風原奈白です」
「……三時五十分に幽霊招待会を開く予定だったのよ。だから時間を把握していたのよ」
想像を遥かに絶する理由だった。何よ、幽霊招待会って。
隣で木相先輩が、
「どうしてこんなのが部で、私たちが同好会なのよ」
と小声で呟いている。
すかさず浜町先輩が彼女の耳に口を寄せた。
「聞かれたら呪われるぞ」
木相先輩が慌てて口をつぐんだ。B級コントを見た気分だ。
「本当かどうか確認がしたい。中を探させてもらっていいか?」
気を取り直して、浜町先輩が扉に向かって言った。
中から不気味な笑い声が聞こえた。それも複数。すべて女のものだ。非常に怖い。
「幽霊に憑かれる覚悟があるなら、入っていいわ……。フフフフフ……」
幽霊招待会と関係があるのだろうか……? そもそも幽霊招待会って何よ。
連太郎が何の躊躇もしないで引き戸を上げた。
オカルト研究会の部室は、まぁ、予想はしていたけれど、ベランダ側のカーテンが閉めきられており暗かった。ヨーヨー部の部室と違って、机は少ない。しかしそれらの上にカンテラが置かれ、中で蝋燭が怪しく揺らめいている。学校で火を使うな。
人数は三人。いずれも女子だった。目の前に一人、もう二人は中央で椅子に腰掛けている。
目の前の女子生徒がおそらく話をしていた人だろう。顔が隠れるほど前髪が長い。貞子のようだ。
「初めまして……。西園寺紫です」
そう言って彼女は、道をあけてくれた。
「電気点けてもいいですか?」
「かまわないわよ……」
律儀に確認を取った連太郎は傍らのスイッチを押した。……カーテンを開ければいいのに。
明るくなったところで、石の捜索でも始めようかな。と意気込むも、黒板にマグネットで写真が大量に貼られていることに気がついた。写っている背景も、写っている人もそれぞれ違う。何だろうか、この写真は。
木相先輩も気になった様子で、とことこと黒板に歩み寄り……、
「ひっ!」
という可愛らしい悲鳴を上げて尻餅を着いた。
「ど、どうした!? 綾女ちゃん!」
浜町先輩が慌てて駆け寄った。ものすごく心配そうに見つめている。……もしかしてこの人、木相先輩のことが好きなのかもしれない。彼からはわたしと同じオーラを感じる。
当の木相先輩は黒板の写真を指差しながら口をパクパクさせている。
「あっ、あれっ、ああれっ!」
わたしは何となく嫌な予感を感じ取りつつも、怖いものを見たいという好奇心に耐えられず、写真を凝視した。
わたしが見た写真は、おそらく家族旅行中の写真なのだろう。若い夫婦と小学校低学年くらいの男の子が山を背景に写っていた。しかし、満面の笑みで腕を突き出す少年の手が消失してしまっていた。
やっぱり心霊写真だ。
「こ、これ……全部心霊写真なんですか?」
「ええそうよ。見ればわかるでしょう?」
見たくないから訊いたのよ。
連太郎をちらと見る。流石に苦々しい顔つきになっている。
さらにわたしはあることに気がついた。何か聞こえる。男性の声だ。音源に視線を向ける。二人の女子生徒が座る机の片方に、CDプレイヤーが置かれ、そこから声がもれている。
「な、何ですか? あれは……」
恐る恐る訊いてみた。
「語り手が体験した心霊現象の話よ」
「ど、どうしてそんなものを……?」
この質問には連太郎が答えた。
「幽霊招待会だよ。奈白」
「え?」
「ほら、幽霊の話は霊を呼び寄せるって言うじゃない? それを利用しているんだと思う」
「その通りよ。間颶馬君」
……呼び寄せてどうするのよ。
「で、成果はあったんですか?」
わたしは唇を尖らせながら西園寺先輩に尋ねた。彼女は予想に反して頷いた。
「あったわよ。一度ね。……去年の夏。豪雨で雷も鳴っていた日だったわ。今と同じようにプレイヤーで心霊体験の話を流していたときのことよ。稲光で外が照らされ、それに呼応するように部屋の電気が一瞬消えたのよ! フフフフフハハハハハ……!」
それはただの停電では?
「石、探させてもらうぞ」
木相先輩の目に心霊写真が移らないよう、彼女の黒板側に立った浜町先輩が言った。
西園寺先輩が口もとに怪しい笑みを浮かべるだけだった。
◇◆◇
どこにもなかった。三人のカバンの中。机の中。ベランダ。探せど探せどどこにもない。それらしい物体すらない。
男子トイレと女子トイレも探した。ない。残る一つの空き教室には鍵が掛かっていて入れない。この学校には施錠されている空き教室と、開錠されている空き教室があり、施錠されている空き教室の鍵は生徒には貸し出されないという。
……消えてしまった。ものの十五分の間に、石一つが跡形もなく。
廊下でわたしたちグラウンド側の窓に沿うよくに立っていた。
「どこいっちゃったんだろう……。浜町先輩のとっておきの石……」
木相先輩が沈んだ声をもらした。浜町先輩も無言で腕を組んだ。石のことはぶっちゃけどうでもいいけど、二人がかわいそうだ。
わたしは隣にいる連太郎に視線を向ける。天井を仰ぎながら黙りこくっていた。頼ってばかりじゃ駄目ということか。
わたしは頭からアイデアをどうにか抽出した。
「こういうのはどう? 犯人は漫才同好会の二人が来る前に、この階に来ていたのよ。で、二人が出て行った隙に石を盗んだ」
「その人はどこにいるの?」
木相先輩が至極尤もな疑問を投げかけてきた。石を隠す場所がないように、人が隠れることができる場所はないのだ。いや……、
「ひょっとしたら、わたしたちがヨーヨー部とオカルト研究会を訪ねているうちに逃げたのかも。それまではトイレかどこかに隠れていたのよ」
「だとすると、漫才同好会が目撃してるかもしれないね」
わたしは頷き、連太郎を見る。あっ、これは反論意見があるときの表情だ。何度も見てきたから知っている。何も言わないのは可能性が残っているからだろう。可能性がゼロなら反論されている。
わたしたちは渡り廊下に向けて歩き出した。依然として、出っ歯の人の声が聞こえてくる。