それは何故消える? 5
「鍵が貸し出されたのは、朝と現在だけでした。その間、誰一人として借りた生徒はいません」
職員室で聞いたことを部室で浜町先輩と木相先輩に話した。結局、最初に浜町先輩が言った通りだった。
浜町先輩は一つ頷くと、
「じゃあ、オカ研とヨーヨー部へ聞き込みに行くか」
椅子から立ち上がって、引き戸へ向かい始めた。その後に木相先輩も続く。わたしも二人を追って歩き出す。
しかし連太郎に引き止められた。
「あの、合い鍵ってあるんですか?」
「……合い鍵?」
木相先輩がキョトンと首を傾げた。
「はい。それなら、三時四十一分から三時五十六分の間でなくても可能ですから」
浜町先輩は頭を掻きながら、
「どうして君は、さっきからこの階の人以外を犯人にしようとしているんだ?」
それだ。わたしもさっきから思っていた。
連太郎が苦笑いを浮かべた。
「そういうわけではないんですよ。ただ単に、今ある情報を元に最大まで推理したいだけです」
思い返せば、今までの連太郎もそんな感じだった。名探偵のこだわりというやつだろう。と、付き合いの長いわたしは理解できたが、先輩二人は首を捻っている。
「で、どうなんですか? 合い鍵」
「……旧校舎以外の鍵は今年度になってすべて付け替えられているから、ないと思う。新しい鍵も紛失してないよ」
木相先輩が答えた。浜町先輩も続き、
「それにさっきから言ってるけど、石はさっきまであったんだよ」
「念のため、ですよ。では行きましょうか」
容疑者たちの話を聞くため、わたしたち四人は動き出した。
途中、廊下で訊いてみた。
「ヨーヨー部の部長さんとオカルト研究会の部長さんって、どんな人なんですか? 今のところ、変人ってことしか知らないんですけど」
浜町先輩が答えてくれた。
「ヨーヨー部の部長は年中革製の洒落た指なし手袋をして、暇さえあればハイパーヨーヨーでトリックを決めている男だ」
トリックというのはおそらく技のことだろう。Xゲームとか見てると、よく解説の人が『完璧なトリックをメイクした』って言ってるし。
「ちなみに、同じクラスだ」
ん? それって……。
「その人が犯人なんじゃ……」
「そうとも限らない。今朝、石を運んでいる最中――いや、運んでいたのは綾女ちゃんだが――、オカ研の部長と鉢合ったんだ。そのとき、石のことを話した」
「言いまくってますね……」
呆れた調子で連太郎がつっこんだ。浜町先輩は少し照れつつ、
「う、うるさいなっ。それだけ自信があったんだよ」
「私も早く見てみたいです……」
木相先輩が頬に手をあてがい、うっとりとした表情で呟いた。……やっぱり変だよこの人たち。
「オカルト研究会の部長さんは?」
連太郎が尋ねると、浜町先輩が苦々しい顔つきになった。
「まぁ、あいつは……会えばわかるよ」
なんか怖いんですけど……。
不安を抱いたところで、ヨーヨー部の部室の引き戸の前に到着した。岩石同好会から空き教室を一つ挟んだ教室である。ここはカーテンが閉まっておらず、中の様子を確認することができた。
殆どの机と椅子が掃除の時間のように教室の後ろへ追いやられていた。室内には男三人、女二人が華麗にヨーヨーのトリックをメイクする光景があった。
一人の女子生徒がヨーヨーを勢いよく身体の右側に放ったかと思えば、ヨーヨーを素早く身体の左側まで移動させ、左手の人差し指を糸に引っかけた。その反動でヨーヨーの溝がピンと張った糸に乗った。
「ムーンサルトだ」
わたしの隣で見ていた連太郎がぽつりと呟いた。
「ムーンサルトって?」
小声で尋ねる。
「あの技の名前さ。割と簡単だよ」
流石は連太郎。浅く広い知識探求をモットーにしているだけのことはある。
見ると、ムーンサルトをした女子の隣の男子は、その状態からヨーヨーを上へと跳ね上げてはまた、糸へ落とすということを繰り返している。
「あれは?」
「ザ・ホップ。なかなかの難易度だ」
「へー」
他の生徒を見る。一際目立つ技を扱う男子生徒がいた。彼だけ革製の指なし手袋をしている。ということは、あの人が部長さんか。
部長だけあって凄そうトリックを使用していた。前方にヨーヨーを放り投げ、戻ってきたところで手のひらを返し、再びヨーヨーを前方に放つ。それを繰り返していた。
「ねえねえ、あれは?」
「ループ・ザ・ループ。それようのヨーヨーを使えば、けっこう簡単だよ」
なーんだ……。と思った矢先、彼は左手でもう一つのヨーヨーを使ってループ・ザ・ループをし始めた。
「ダブル・ループだ……。あれは凄い」
確かにあれは難しそうだ。とまぁ、彼らの美技を観賞していたが、浜町先輩が扉をノックして開けてしまった。彼らのモーションがとまる。……と、思っていたが、部長以外の動きはとまらなかった。
「荒木ちょっといいか?」
「どうした浜町?」
荒木先輩が扉の傍まで寄ってきた。仕方なくわたしたちも先輩たちの後ろに並ぶ。
「三時四十一分から三時五十六分までの間に、この部屋から出て行った部員はいるか?」
荒木先輩はキョトンとした表情を浮かべ、華麗かつダイナミックにループ・ザ・ループをした。
「なんだそれ? アリバイでも聞きに来たみたいな」
「実際にアリバイを聞きに来たんだよ」
「は?」
荒木先輩は当然のことながら困惑した。すると連太郎が浜町先輩と木相先輩の合間に入り、
「どうも、一年A組の間颶馬連太郎です」
「はぁ……。三年の荒木勇魚だ」
彼は返事をしつつループをやめ、両手のヨーヨーをポケットにしまった。そしてまた別のヨーヨーをズボンの右ポケットから取り出すと、ムーンサルトを行い……いや、ザ・ホップというやつだ。ん? また別のトリックのようだ。上、真ん中、下の順番でヨーヨーを跳ねてキャッチした。
「スピア・ホップ……ですね」
連太郎が驚愕に満ちた声で呟いた。荒木先輩は嬉しそうな表情を浮かべた。
「へぇ……君、ヨーヨーやるの?」
「ええ、まぁ、かじった程度ですけど」
「ヨーヨー部、入る?」
「いえ、もうどこに入部するかは決めてますので」
荒木先輩はザ・ホップを繰り返しながら、目を丸くした。
「岩石同好会に入るのか?」
その二人と一緒にいるから、無理のない質問だ。そして、驚くのも無理はない。
「いいえ。今は、先輩方に協力しているだけです。実はですね。浜町先輩が、明日の部活説明会のために持ってきたとっておきの石が、二人が留守中だったその時間に盗まれてしまったんですよ」
「そういや、クラスでそんなこと言ってたな。……盗んだ奴なら、とっくに逃げたんじゃないか?」
壁掛け時計に目を移し、
「えっと、何分までだって?」
「三時五十六分までです」
「もう三十分近く経ってる」
「今は、部員全員いますか?」
荒木先輩は後ろに視線を投じ、
「いるけど?」
「なら少なくとも、ここでアリバイを訊く価値はあります」
荒木先輩は首を傾げた。
「いやいや、なんで?」
「先輩は向こうの階段がどうなってるか、知ってます?」
「ワックスの塗りたてで入れないんだろ? 本当は二月にやる予定だったけど、生物部が馬鹿やったから今になったんだろ? ……って、一年生か」
何やったのよ、生物部……。とりあえず、関わっちゃいけない人リストに記載しておこう。
「階段は使えなくて、渡り廊下には漫才同好会の二人がいます。彼らの証言から、その時間に四階に来た人も出た人もいないんです」
「だから、部員全員が揃っている俺たちのアリバイを知る必要がある?」
連太郎は無言で頷いた。
「そういうことか……」
荒木先輩は後ろを向き、部員たちに声を掛けた。
「なぁ、誰かここから出た奴っているっけ?」
「部長がトイレに行っただけですよ?」
女子部員の一人が答えた。
「あっ、俺か……。それ、何時だっけ?」
「確か……」
彼女が時計を見ながら頭を捻っていると、背の高い男子生徒が手を挙げた。片方の手に、スマホが握られている。
「僕が彼女とLINEのやり取りをしている最中だったので、今から三十分以上前ですね」
ん? それはもしや……。
荒木先輩は頭を掻いた。
「俺じゃないから、犯人」
木相先輩が疑わしそうに見つめた。
「なら、カバンの中を調べさせてください」
「いいぞ。それで疑いが晴れるんなら」
わたしたちは部室にお邪魔して、部員全員のカバンを探らせてもらった。結論から言うと、何も出てこなかった。
後方に追いやられている机の中も見たが、やっぱりなかった。ベランダにもなかった。ロッカーにもなかった。他に隠せそうな場所はどこにもない。
「つーわけだ。信じてもらえたかな?」
「ああ。疑って悪かったな」
「お騒がせしました」
浜町先輩が謝罪し、連太郎が挨拶を済ませた。
廊下に出たわたしたちは、ヨーヨー部の隣にある教室に視線を投じた。
「オカ研に行くか」
あんまり関わり合いたくないけれど、しょうがないわよね……。




