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廃屋敷は春風を呼び込む  作者: 赤羽 翼
第1章 岩石消失
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それは何故消える? 2



 高校生の最初の単元は、最初だけあって非常に簡単である。下手したら中学の最後の方が楽なんじゃないの? と思ってしまうくらいだ。


 他の新入生と比べても、知能指数が一段階くらい劣るであろうこのわたしがそう言うのだから間違いはない。……ごめんなさい。少しだけ嘘があります。現代社会や歴史、公民などの『社会科系統』。そして科学や生物、物理などの『理科系統』は記憶力がものをいうので、割と苦戦しています。まぁそれを言ったら、結局薬局すべての科目は記憶力が重要なので、数学と現国の授業に付いていけているだけで安心するのは早い。そう考えると、それ以外の授業に付いていけていないわたしって、なんのなの?


 一抹の不安が残ったところで、この話題は終わろう。考えれば考えるほど恐ろしくなっていくだけである。


 さて、とりあえず今日すべての授業が終わった。手短に掃除を済まして、ホームルームをたらたらと聞き流したところで放課後になった。

 わたしはクラスの友だちに挨拶してからエナメルバッグを肩に掛けて教室を出た。わたしは割と同世代とのコミュニケーションの取り方には自信があり、友だちを作るのには苦労しないのです。……けれど、結局はクラスで話す程度の関係なので、休日一緒に遊ぶ人となると、数は各段に減る。


 今日は図書委員の当番だ。各学年から二人ずつで計六名。二人ずつペアになってカウンターの番をするのだ。わたしのペアは二年の女子生徒で、わたしは彼女を色々と見習いたいと思っている。


 図書室があるのは東棟の四階。基本的にどこの学校でもそうだと思うが、四階といえば最上階にあたる。本棟から東棟へ行くには、一階と四階にある渡り廊下を渡る必要がある。ここは二階なので、わたしは階段を下りて一階へと馳せ参じる。


 四階に上がって渡り廊下を渡った方が早いんじゃないかと思ったそこのあなた! 実はそうでもないんです。確かにそっちの方が早いと、わたしも最初は思いましたよ。けど四階の渡り廊下は東棟の左端に、しかし図書室は右端にある。廊下の端から端まで移動しなければいけないのです。しかも一年の教室からも渡り廊下は遠い。


 それに引き替え一階の渡り廊下は、階段を下りてすぐのところにある。更に渡ってすぐに階段があり、そこを上れば図書室が目と鼻の先にあるのだ。そういう事情から、わたしはこっちを利用している。……のだが、


「二階から三階……ワックス塗りたて……?」


 階段の上るのを妨げるようにロープが張られ、その中央に貼り紙がしてあったのだ。

 ワックスって……何でこの時期に? 春休みのうちにやっておこうよ。

 通れないのなら仕方ない、か……。四階の渡り廊下から行こう。わたし溜息を吐きつつ、はもと来た道を引き返した。



 ◇◆◇



 ワックスのせいでとんだ遠回りになってしまった。まったく……登校したときに言っておいてほしかった。いや、言ってたかな? よく憶えてないや。


 四階へと進む道中、一階階段の踊場で小学四年生からの親友に出会った。


「あれ、奈白」

連太郎れんたろう


 間颶馬あいぐま連太郎。小柄で線が細く少し童顔だが、顔立ちはやたら整っている。クラスに一人はいるイケメンだとか男性アイドルだとか、そんなレベルじゃなくて、もはや二次元なんじゃないかと錯覚するほどに。


 そんな成りだから女子にも当然モテる。しかも性格もいいもんだから、彼と話す女子は殆どの確率で惚れる。しかし誰も彼に告白はしなかった。たぶん、わたしと連太郎の距離が近いから付き合っていると思われているのだろう。


「何気に今日会うのって初めてだね」

「そうね。珍しく登校中に会わなかったし」


 わたしと連太郎の家はそこそこ離れているが、ネジ高(音白高校の略)の通学路は同じになる。


「昨日夜遅くまで小説を読んでたから、ちょっと寝坊したんだ。まぁ、間に合ったからいいんだけどね」


 爽やかな顔立ちにとても似合う晴れ晴れした笑顔を浮かべた。

 わたしも何となく笑ってしまう。いや、こいつと話すと基本的に自然と口がほころんじゃうんだけどね。理由は訊かないで。


「これから図書室?」

「うん。一階の渡り廊下から行こうと思ってたんだけど、ワックス塗りたてで……」

「そういえば、朝のホームルームで言ってたね」


 やっぱり言ってたんだ……。


「じゃあ、僕は部活の見学に行くから。文学少女、頑張ってね」


 なぜか半笑いで言われた。


「どーも」


 憮然とした表情で返した。

 お互い階段の上と下に歩を進める。しかし下から呼び止められた。


「奈白」

「どうしたの?」


 連太郎は口の端ににやりと笑みを浮かべた。


「何かあったら、いつでも呼んでね」

「何かあったら、ね……」


 わたしは嘆息しつつ返した。



 少し足早に四階へ上った。開いていた扉から渡り廊下に出ると、駆け足で進むものその途中、やたらデカい声が聞こえてきたので、思わず立ち止まってしまった。男の声音で、割と高い声だ。音源は前方。渡り廊下の向こうだ。


 わたしは足を急がせると、開け放たれていた扉を通り、屋内へと戻る。

 扉のすぐ近くの壁際に、二人の男子生徒が立っていた。小太りで丸顔のどこかマスコット感のある男子と、細身で少し出っ歯の男子だ。学ランの襟に付けられた徽章から、二人とも二年生だとわかる。デカい声の主は出っ歯の方らしく、二人で手帳を見ながら何やら話し込んでいた。


「いや、ここんとこのつっこみ、やっぱりロッテンマイヤーさんかよ! の方がいいと思うんだけど」

「普通にこのままでいいと思うけどなぁ……。ロッテンマイヤーさんは伝わりにくいような」

「いやいや。あとでじわじわくるんだって。それからここ、レッドキングに立ち向かうピグモンかよ! にした方が――」


 出っ歯の先輩は意図しているのかしていないのかは定かではないけれど、いちいち声が大きい。

 ……この二人は、漫才研究会か何かなんだろうか? まぁどうでもいいか。

 わたしは彼らの前を素通りすると、曲がり角を右に行き、一直線に図書室に行った。

 引き戸を開けて一言。


「こんにちは。彩坂あやさか先輩」


 わたしはカウンターの内側の椅子に腰掛け、黒く艶やかな長髪を下に垂らしつつ本を読んでいた女子生徒に挨拶をした。


「風原さん。図書室では静かにしてくださいね」


 同性のわたしが思わず見惚れそうな微笑みで注意してきた。


「あっ、すいません」


 すぐさま室内を見回す。何だ、誰もいないじゃん。よかったよかった。と、納得してしまうから文学少女になれないんだろうなあ……。

 わたしは壁掛け時計で時間を確認しつつ、そそくさと彩坂先輩の隣に座る。


 彩坂桔梗(ききょう)先輩は、この学校でもトップクラスの美少女だと思う。わたしだって、見た目とスタイルにはそれなりの自負はある。けれど、この人の前では、そんな自信は滑稽中の滑稽だ。


 先にも触れた黒く艶やかな長い髪。顔のパーツはすべて整っており、パズルのピースのように違和感なく収まっている。

 わたしがL E Dライトだとしたら、この人は夜の球場の煌々と照らす照明だ。とても太刀打ちできない。


 清楚で可憐でおしとやかという、どこかで聞いたことのあるフレーズを体現したようなお人だ。後輩のわたしにも敬語を使う思慮深さも持っている。このお方こそが真の文学少女……いや、彼女の場合は文学少女なんて肩書きを飛び越えて、『大和撫子』と表記した方が遥かにしっくりくる。


 さぞ男子からモテるだろうが、間違いなく高嶺の花扱いされていると思う。この御仁と並んで絵になる男子なんて、連太郎くらいしかいない。けど、それは駄目だ。とにかく駄目だ。絶対に駄目!


「ど、どうかしたんですか……?」


 はっとした。どうやら熱が入り過ぎて、表情が顔に出てしまったしまったらしい。深呼吸した後、笑顔の作る。


「何でもないです」

「……そうですか」


 戸惑いながら、彩坂先輩は本に視線を投じた。

 図書室は基本的に、他の生徒がいないと暇だ。下手したら他に生徒がいても暇だ。そんな理由もあって、殆どの図書委員は暇を潰すために本を読む。室内の本でもいいけれど、持参してもかまわない。わたしは持参してきた。


 エナメルバッグを開け、中から漫画雑誌と取り出した。漫画雑誌と言っても、少女漫画とかではなく、普通に少年漫画である。毎週月曜日に発売しているやつです。というジャンプです。はい。


 図書室で漫画雑誌を読むなんて、文学少女からほど遠い姿だ。けれど、漫画って日本が世界に誇れる文化だと思うの。日本ほど漫画やアニメが普及している国って、他になくない? 以上、だからなんだよ、という話でした。


 しばらくの間、二人とも黙って手元のものを読みふけっていた。しかしわたしには気になることがあり、数分間経ったあたりからそわそわし出した。

 彩坂先輩の読む本が、やたら分厚いのだ。それはもう漢字辞典くらい。いや、もしかしたらあれより厚いかもしれない。考えても仕方がないので、訊いてみることにした。


「あの、彩坂先輩」

「なんですか?」

「いったい何を読んでるんですか? かなり分厚い本ですけど」


 彩坂先輩は本を顔くらいまで上げて、表紙を見せてくれた。


「六法全書です」


 六法全書をあんな優雅に読める人なんて、この人以外にいないだろう。

 静かな図書室で漫画雑誌と六法全書を読む……どんな図書委員だ。


 心中で苦笑いを、ギャグ漫画の影響で口許ににやけ顔を作っていると、不意に図書室の引き戸が開いた。……あっ、流石に見ず知らずの人に図書室で少年漫画を読んでるところを見られるのは、ちょっと……。


 しかし来訪者は図書室の本にも、わたしたちの読んでいる本にも、ようはないようだった。大柄で角顔の男子生徒と小柄でどこか犬っぽい印象を与えてくる女子だ。徽章を見るに、男子が三年、女子が二年である。


「あの、ちょっといいかな?」


 男子生徒が声をかけてきた。


「はい。何でしょうか?」


 六法全書を閉じて、彩坂先輩が応じた。わたしも素早くジャンプをバッグの中にしまう。

 男子生徒は壁掛け時計を見つめながら言った。


「三時四十一分から、三時五十六分まで、ずっとここにいた? 二人とも」


 ああ……。最悪だ……。わたしは心中で頭を抱えた。


「え、ええ……。たぶん、いたと思いますよ。私がここにきたのは、ホームルームが終わってすぐでしたから。三時三十三分ほどでしょうか。ずっと六法全書を読んでいました」


 彩坂先輩は戸惑いながらも的確に返答した。男子生徒がこちらを向く。


「君は?」

「三時三十六分に着きました」

「よく憶えているね」

「時間見ましたから……。わたしたちは外に出ていません」


 望まずと声のボリュームが下がる。こういうときのために、わたしはこまめに時間を確認している。


「あの、何かあったんですか?」


 男子生徒は腕を組んで、深い溜息を吐いた。


「俺と、」


 女子生徒に振り向き、


「彼女は岩石同好会なんだけど……」


 そんな部活まであるんだ……。びっくりを通り越して呆れる。


「明日の部活説明会に備えて、とっておきの石を持ってきていたんだが、俺たちが部屋から出ている十五分の間にそれが盗まれたんだ」


 わたしはうなだれた。高校に入学しても健在ですかそうですか。

 わたしが文学少女になれないのは自らの怠慢のせいである。けれど、その他にも理由があった。それはわたしの、厄介な……いやそんな軽い言葉ではない。前世で何かやらかしたんじゃないかと疑ってしまうくらい忌々しい体質も関係していた。


 『探偵体質』。謎や事件や厄介事にことあるごとに巻き込まれるこの体質のおかげで、わたしは依然として文学少女になれていない。


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