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廃屋敷は春風を呼び込む  作者: 赤羽 翼
貸した本は返らない
23/30

彼はもういない 3


 しばらくして図書室に連太郎がやってきた。電話したとき、スマホ越しにがやがやと楽しそうな喧騒が聞こえてきていたので、最初に謝っておくことにした。


「ごめん、連太郎。何か盛り上がってたのに呼び出して」

「ああ、うん。まあ、いいよ」


 そう言う彼はちょっと残念そうだった。


「何してたの?」


 連太郎は頭を掻きつつ、


「いや、デストロイアがあのまま進化を続けていればどうなったのかをイラスト部と合同で考えていたんだ」

「なにそれ」


 こいつ特撮研究会だから、どうせその筋のことなのだろう。そう思って納得すると、花信先生が口を開いた。


「お前、ゴジラ好きなのか?」

「はい。ゴジラというか、特撮が好きです」


 初対面の二人が挨拶して、先生が彩坂先輩の父親だと知った連太郎は、意外そうな眼差しを二人に向けていた。


「で、何があったの?」


 連太郎がわたしに訊いてくる。わたしは貸し出しに存在しない生徒の名前が載っていたことを教えた。

 連太郎は神妙な顔で頷くと、


「なるほど……。本を借りるには学生証がいるから、偽名は使えない。けど三年にこの鬼流院さんはいない、か……。どうして先生は自分のクラス以外の生徒の名前を憶えているんですか?」


 そういえばそうだ。まさかとは思うが、全校生徒の名前を……?

 先生は表情を変えずに答えた。


「いや、珍しい苗字を探すのに最近はまってな。だから鬼流院なんて苗字があれば、憶えているはずなんだ。そういえば、『アイグマ』ってどういう字書くんだ?」

「間、颶風の颶、馬です」

「変わってんな……」

「よく言われます」


 一連の会話の後、連太郎はフィンガースナップを始める。


「名前は本当で、学年とクラスを別に教えた、ってことじゃありませんか?」

「学年は学生証を見ればわかっちゃうんじゃない? 入学した西暦が載ってるし」


 わたしが答えると、連太郎はバッグから学生証を取り出した。どうやら彼は持ってきているようだ。

 連太郎が学生証を見せてくれる。まず左側に顔写真。その右に名前、生年月日、何期生か、そして今年の西暦が書かれていた。

 名前の部分が太字で強調されている。他は細々と小さい。


「どうせ、名前しか見ないでしょ? 名前さえ知ってれば学年とクラスは関係ないから」


 うん。確かにまあ、名前しか見ない。他の先輩もそう言っていたのを思い出した。わたしは彩坂先輩に視線を向けた。彼女も頷いている。


「名前しか確認しなかったと思います。この日の担当、私でしたから」


 あっ、そうだった。岩石消失事件があった日だ。わたしはここを離れていたから、そんな生徒のことは知らないのだ。


「でも、名前が本当なら、学年とクラスを嘘にした理由がわかんなくね?」


 花信先生がどこからか持ってきた椅子に腰掛けつつ言った。連太郎は先生に向けて指をぱちっと鳴らす。


「そうなんですよ。三年生じゃないなら二年か一年。ぶっちゃけると、一年生でもありません。鬼流院なんて苗字の生徒はいませんでした」

「何でわかるのよ」

「入学式の日、クラスの振り分けで一年生の名前が張り出されるだろ? そこでひとしきり見たんだ」

「どうしてそんなことを?」

「いや、変わった苗字の生徒がいないかなあ、っと思って。結果僕が一番変わってたんだけど」


 こいつにそんな趣味があるとは思わなかった。連太郎は先生と固い握手をした。とりあえず犯人は二年生ということかしら。


「話を戻すと、名前さえ知っていれば放送で呼び出せる。呼び出しでこなれけば、先生に頼んで直接コンタクトを取れる。……だから本当の名前を書いたら意味がない」


 わたしは名簿の名前を見ながら首を捻った。どういうことなんだろう……?

 連太郎が再びぱちっ、と指を甲高く鳴らした。


「クラスも学年も違うなら、名前も違うと考えるのが自然ですよね」

「私、ちゃんと確認しましたけど……」


 彩坂先輩が小さく手を挙げて反論した。連太郎は頷き、


「だと思います。学生証に書かれている名前は本当なんでしょう。けど、学生証を見せた生徒は別人だった」

「顔写真でわかるんじゃないの?」


 わたしは素朴な疑問を口にした。


「指で隠して見せればいい」

「なるほど……。いや、でも、何で違う学年とクラスで借りたの? 鬼流院さんと同じにクラスにした方が……知らなかったのかな? 拾ったり、盗んだりしたから」

「知らなかったってことはないんじゃないかな? 少なくとも学生証に書いてあるから学年はわかる」

「ああ、そっか」


 連太郎はバッグからスマホを取り出した。


「誰に連絡するの?」

「圭一」


 スマホを操作すると、それを耳に当てた。しばらくコール音が聞こえ、坂祝の声が届いた。


『どうした?』

「突然で悪いんだけど、二年生に鬼流院って苗字の人はいるか? 珍しい苗字の人捜してたろ?」


 流行ってんの? その遊び。


『いんや、そんな苗字の生徒は知らねえな。この学校の珍しい苗字つったら、関ヶ原、夢乃木ゆめのぎ腹踊はらおどり峰霧みねぎり、多摩川、疾風辺はやてべ、平等院、野苺、重物えもつくらいだ。あっ、間颶馬もそうだな』


 ちなみに、多摩川は楓の苗字である。多摩川楓。関ヶ原は確か生徒会長の苗字だ。というか変な苗字ありすぎでしょ。野苺って何よ。


『ちなみに、お前と多摩川さん以外は有名人だ。まあ、二人ともすぐに有名人になるんじゃないか?』


 楓は変わってるからしょうがいないとして、連太郎が……?


「どういうことだよ」

『風原と一緒にいれば一年A組の名探偵、ってな具合で。……どうせ、いまも風原が巻き込まれた面倒ごとに参加してんだろ?』


 読まれてる。


「まあ、そうだけど……。とにかく助かったよ」

『ああ』


 通話終了。連太郎はわたしたちに向き直った。


「友人曰わく、二年生に鬼流院という苗字の生徒はいないようです」

「え?」


 先輩と先生の声が重なった。あれ? 二人には会話が聞こえていなかったの? やだ、わたし耳いい。いやそうじゃない。二年にいない、ということは……?


「一年生にも二年生にも、三年生にもいないなんて……鬼流院さんは、何者なの?」


 連太郎はきょとんと首を傾げた。


「何を言っているんだ? それをいまから考えるんじゃないか」


 それはもうしわけございませんでした。

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