それは何故消える? 1
四月の空を鮮やかに彩っていた桜は、一週間も経てば見るも無惨な姿になり、十日も過ぎるころには、春の代名詞にして日本人の精神と言っても過言ではない花は箒で掃かれる対象となっていた。この光景を見ると、何だか心に刺さるものがあるのよね。
音白市立音白高校に入学してから、十三日が経過した。文学少女デビューしようと意気込んでいた入学式は、盛大に遅刻しかけてしまったために大失敗に終わった。その次の日から文学少女ってやろうと誓うも、汗だくでとてもごまかしきれない状態だったので、諦めてじっくりゆっくり文学少女化を図ることにした。現在は絶賛ハイスクールライフを満喫中である。
我が高校について少し説明しておくと、どこにでもあるような普通の公立高校である。というのは、いささか無理があるかもしれない。確かに学校自体は普通なのだが、少々マニアックな文化部が多い。例を挙げると、食品サンプル研究会、アナログゲーム部、郷土料理同好会(これとは別に料理研究会がある。一緒になればいいのに……)。
このような現状ができあがったのは学校側が部の創設を認めたからであり、これをふまえると『普通の公立高校』ではなく、『おかしな公立高校』ということになるのだろう。でもそのおかげか、文化祭はものすごく盛り上がる。この地域に住んでいる人は一度は行くし、全国区のテレビもやってくるほとだ。わたしは毎年お邪魔していた。
学校が鎮座する場所は、住宅街のど真ん中。長い坂道を右に折れて、真っ直ぐ進んだ地点にデデンっと建っている。
外観は先にも言った通り、普通だ。正真正銘普通である。ただ、舗装されてからあまり年月が経っていないのか、ぱっと見は白く清潔に映る。なぜぱっと見なのかと言うと、近くで見るとけっこう、ああ……、となるくらいには汚れているからだ。実際、わたしがそうだった。
校舎は本棟、東棟、南棟にわかれており、少し離れた場所で我が子を見守るように小さな旧校舎がそびえ立っている。
以上が我が音白高校の基本情報だ。わたしが三年間の青春を捧げる城である。
わたしはアスファルトで舗装された地面に散らばった桜の花びらを踏みつけつつ、校門を通り抜けた。無難な時間なのか、周りは登校中の生徒で賑わっている。女子はセーラー服、男子は学ランだ。
一、二年生の昇降口は校門の真正面。本棟にある。三年生は本棟西側の通称・西昇降口を利用している。
下足箱の前でさっさと靴を履き替えて、一年生の教室がある二階へと歩を進める。生徒のクラスはすべて本棟に割り当てられており、一年が二階、二年が三階、三年が四階、ってな感じである。
リノリウムの階段をぺたぺたと上がっていると、踊場で後ろから肩を叩かれた。
「おーっす、ナッシー」
「あっ、おはよう。楓」
中学からの友人に素早く挨拶する。楓は少しウェーブがかかった茶髪(地毛)のロングに、サバサバとした顔と雰囲気が特徴的な少女である。身長は女としてはそこそこ高いわたしより、少し低いくらいだ。
二人並んで階段を上がる。途中、楓がいつも通りのサバサバ口調で言った。
「聞いてよ奈白。私さぁ、今日すごいいい夢見ちゃったんだよねぇ……。しかも正夢になりそうな」
正夢になりそうな夢って何よ。数学の授業を受ける夢? それなら確かにあと一時間ちょっとで正夢になるけど。
「どんな夢?」
まぁ、楓が見る夢なんて、訊くまでもなくわかりきってることなんだけど。わたしは心中で苦笑いしておく。
楓が両頬を赤く染め、うっとりとした表情で、
「白馬の王子様が不良たちに絡まれる私を颯爽と助けてくれる夢よ」
「王子様……?」
「そうよ。……馬の蹄で豪快に不良どもを蹴散らし、華麗な馬術で翻弄する姿はまさしく私の王子様……。うふふふふ」
白馬の王子様って比喩表現じゃないのね……。
楓は、前述した通り見た目も雰囲気もサバサバしている。しかし脳内がものすごくメルヘンチックで乙女チックなのである。その思考回路を四分の一くらいわけてもらいたい。わたしの場合、不良に囲まれても返り討ちにできてしまうから、そもそもその素敵な妄想をすることができないのです。
「あー……早く放課後にならないかなぁ。夢に出てきたのは確か、根無町の商店街のアーケードだった気がする」
白馬に跨がって商店街にくる人間がいるか。仮にいたとしてもそんな変人と付き合いたくはない。それ以前に商店街で絡んでくる不良がいるか。
つっこみたいのは山々だけれど、彼女はもう妄想の世界に潜水してしまっているため、何を言っても届かない。ほっとくしかない。
階段を上りきったわたしたちは一年C組の教室に向かう。
「そういや、今週末だったよね、入部届けの提出日」
こちら側の世界に戻ってきた楓が、いつも通りのサバサバ口調で言った。
前述したが、この学校にはマニアックな文化部が多い。しかし当然ながら運動部や王道的な文化部もあるわけで、そうなると相対的に部活の数全体が増える。ようは、この高校は部活の宝庫なのである。わたしのように、文学少女になるという漠然とした思いで入学した生徒は大変迷うことになるのです(一応は帰宅部もあるけど)。
「わたし何にも考えてなかったのよねえ……」
そう呟くと、楓が意外といった様子で目をぱちくりさせた。
「どうしたの?」
「いやてっきり文学少女を志す奈白は文芸部にでも入るのかなーって」
「文芸部はいい……。だってわたし、図書委員になれたんだもん」
この学校の図書委員は、各学年から二人ずつ選出させる。わたしはじゃんけんに勝利して、その数少ない枠を勝ち取ったのだ。着実に文学少女へと近づいていっているのである。
「確かに文学少女は文芸部というより図書委員のイメージがあるわね。けどま、ライトノベル界では、文学少女といえば文芸部よ?」
「え? そうなの?」
「知らなかったんだ。……文学少女を目指すなら参考資料として読んでみれば?」
「活字は、無理……」
「大した文学少女ね……」
楓が呆れたように肩をすくめた。
「まだ発展途上中だからいいの」
わたしがそう反論すると、楓は不意に腰を折った。そのままわたしの制服のスカートをつまみ上げる。
「発展したいないならせめてスパッツは脱ぎな……」
「うるさいわね。文学少女はスパッツを穿いてはいけないなんて、誰が決めたのよ」
スカートをつまむ手を払いのけた。
「文学少女云々の前にもうちょっと女子らしくなろうよ、ってこと」
「しょ、しょうがないじゃない。し、下着丸出しで出歩くなんて、恥ずかしいし……」
「女に性転換したての男か」
何よ、その独特のつっこみ。
「そんなんじゃ、絵本の世界から妖精が出てきても対応できないわよ」
「わたし、別に魔法少女になりたいわけじゃないから」
っていうか何の話してたんだっけ? 部活の話か……。
「楓は部活、どこにするか決めたの?」
ゆっくりとかぶりを振った。
「いんや。私もまったく決まってないのよ。とりあえず、明日の部活説明会を見て考えるつもり。王子っぽい男子生徒がいるとこがいいなぁ……えへへへ」
どうやら、再び妄想の世界へと飛翔してしまったらしい。わたしは苦笑いを浮かべるしかない。
部活説明会は明日、五時限目から放課後までぶち抜きで行われるものだ。その名の通り各部活の説明がなさせる場だ。……とりあえず、女の子らしい部活に入るとだけ決めていた。