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廃屋敷は春風を呼び込む  作者: 赤羽 翼
第2章 暗号トリオ
18/30

三種の暗号 3

 0~9の中からとある共通点を持つ数字を五つ抜き出せ。その中で一番大きな数字が最初の番号である。



 ヒント 算用数字で考えなさい。



「共通点を持つ……五つの数字?」


 なんだろうか? 普段から数学の授業で使っているから、数字には慣れ親しんでいる。けど、共通点なんて考えもしなかった。というか、共通点で括っても五つも種類があるなんて、数字ってすごい。そうじゃないわよ。


 わたしは首を傾げつつ、連太郎と坂祝を見る。坂祝は問題が書かれている紙を見ながら、口をぽかんと開けている。何もぴんとこないようだ。連太郎は指をぱちぱち鳴らしながら真剣な表情で問題を見入っている。


 わたしも考えることにする。スマホの文字入力機能を呼ぶ。……丸が含まれる数字かな? でもこれは0、6、9、8。四つだ。直線が含まれるのは1、2、4、5、7……五つじゃん! そう思い当たるも、いや、と首を捻った。確かにスマホとかパソコンとかでは五つだ。けど、手書きならば、9も直線が入る。だいいち、これじゃ簡単すぎる。

 

「これ、あれじゃねえか? 何か掛けてそれを何かで割って、それから何かを引いたら、この数になりますよー……みたいな感じじゃねえか?」


 坂祝が頭を掻きながら言った。その発想はなかった。


「それだったら、もう無理ね……」


 わたしは呆然と呟いた。すると連太郎が、


「それはないよ」


 とフィンガースナップを連打しながら言った。


「どうしてよ?」

「ヒントにあるじゃないか。算用数字――いわゆるアラビア数字で考えなさい、って」

「それがどうかしたの?」


 連太郎は少し考える素振りを見せ、


「そうだね。例えば、one+one=?」


 急に英語と算数の授業が始まった。わたしは指を二本立てた。


「two」

「正解。じゃあ、漢数字の一+一=?」


 また二本立て、


「二。これがどうかしたの?」


 訝しげに尋ねると、手前にいる佐畑さんが、ああ、と思いついたかのように呟いた。


「間颶馬君が言いたいのは、どの種類の数字でも、数字そのものの性質は変わらない、ということだね?」


 連太郎は微笑んだ。


「そうです。ですので、答えが数字の性質に関するものだとしたら、別に算用数字で考える必要はないんです」

「なるほどな」


 坂祝が納得したように頷く。連太郎が更に言葉を継ぐ。問題をヒントの部分を人差し指でとんとん叩きながら、


「このヒントは少し特殊だよ。普通だったら、『~で考えるとよい』みたいなところが『考えなさい』って命令文になってる。この記述自体がヒントになっていると思うんだ」


 坂祝が首を傾げた。


「つまり、算用数字じゃないと共通点が現れない?」

「だと思う」

「数字の性質は同じだから……共通点は形にあるってことか」


 連太郎が佐畑さんに紙とペンを頼んだ。そして佐畑さんが持ってきた紙に、鉛筆で0~9までの数字を書いていく。

 わたしはスマホを切って、紙に書かれた数字を眺めて考えた。


「もしかして、だけど……」


 思いついたことがあり、控えめに口を開く。みんなの視線が集中する。


「図形が含まれている数字じゃないかしら」


 さっき考えた丸が含まれる数字の強化版だ。わたしは鉛筆で紙に五つの数字を書いた。


「0、6、8、9に丸。4に三角。どうこれ?」


 連太郎が溜息を吐いた。


「あのね、奈白。直線や曲線だって、立派な図形なんだよ?」


 そうだったの? 知らなかった。しかし悔しいので食い下がる。


「知らなかったんじゃない?」

「図形が関係しているなら、調べると思うよ。図形一覧のWikipediaがあるから、それをみれば直線と曲線が図形だってことはわかる」


 Wikipediaって、すごい。けどわたしは尚も食い下がる。


「きっとあれよ、直線って一次元でしょ? 二次元の図形を内包している数字なんじゃない?」

「それが共通点だとして、納得できる?」

「できないわよ。無理やり感がいなめない」

「じゃあ言わないでよ」

「ごめん」


 まったくと連太郎が小さく呟いた。佐畑さんが微笑ましそうに笑っていて、少し恥ずかしくなった。


「……問題に出すくらいだから、納得できるものなんだと思う。共通点が○○○○△じゃ微妙にもほどがあるよ」


 連太郎はわたしが書いた0、6、8、9、4の数字を人差し指でとんとんと叩いた。が、不意に指の動きがとまり、その数字に視線が凝固した。


「どうした? 連太郎」


 坂祝が連太郎の顔を覗き込んだ。わたしも覗き込む。大丈夫か?

 連太郎は鉛筆を取り、0と6の間に1を書き込んだ。0、1、6、8、9……少し離れて4が並んだ。


「あっ」


 それを見た佐畑さんが何かに気づいたように呟いた。

 わたしと坂祝は顔を見合わせる。どうかしたのだろうか?


「この五つじゃないかな?」


 連太郎がぽつりと言った。坂祝と二人、数字を凝視する。わからない。


「こうすればわかると思うよ」


 佐畑さんが紙を反対にした。

 6、8、9、1、0……ああ! 坂祝とともに素っ頓狂な声を出してしまった。


「逆さにしても数字になる数字……これが共通点だ」


 連太郎が努めて冷静な声で言った。


「じゃあ暗証番号の最初は9か」


 坂祝が鉛筆で暗証番号…9と書き込んだ。わたしが提唱した図形も9だからよかったじゃない。

 なんとなく頬を膨らませた。


「さて、次にいきましょう」


 連太郎が佐畑さんに言い、佐畑さんは②とナンバリングされた封筒を開け、中から①と同じ紙を取り出した。


「これが二問目だよ」


 紙の真ん中に黄色い太線が一本入っていた。その線の中にこう書かれていた。



 この道を進みし者の数



 何それ……。意味不明だ。中二病というやつか?

 わたしが頭を捻っていると、佐畑さんが胸を張った。


「これは私にも解けたよ」

「え?」


 坂祝が驚いたような声を漏らした。連太郎も頷き、


「僕にもわかりました。これは、割と簡単ですね」

「は?」


 お次はわたしが声を発した。言わないでくださいね、と坂祝と声を揃えて言うと、わたしたちは問題に向き合った。


「この道、ってどの道かしらね」

「国道かな?」

「国道を通った人の数なんて、万を超えるわよ」


 実のならない推理を披露していると、連太郎と佐畑さんが談笑を始めた。


「お孫さんはどこに住んでるんですか?」

「北海道だよ。私もたまに行くんだけど、寒いからお腹が冷えるんだよね」

「祖父が会いに行くなんて、すごいですね。普通は逆ですよ」


 二人は楽しそうに笑い合う。わたしもそれに参加すべく、思考を巡らせる。

 坂祝が黄色い線を指でなぞり、


「まあ、普通に考えりゃ、道はこの黄色い線だよな」

「そうよね」


 二人でうんうんと唸る。連太郎と佐畑さんはまだ雑談を続けている。


「お孫さん、部活とかやってるんですか?」

「天文学部に入っていると聞いたよ」

「へえ、星が好きなんですか?」

「星というより、知識の探求が好きみたいだね」

「僕と同じだ。僕も浅く広く知識を探求するのがモットーなんですよ」


 それを聞いた坂祝が、天文……、と呟き。


「ああ、そうか。簡単だな、こりゃ」


 すっきりした表情を浮かべ、椅子の背もたれに身体を預けた。え? わたしだけ!?

 わたしは若干涙目になりながら考える。すると連太郎が浅い溜息を吐いた。


「奈白、これ何色?」


 連太郎がわたしを馬鹿にしているとしか思えない質問をしてきた。その色は当然、


「黄色よ」

「そう。黄色い道」

「それがどうしかしたの?」


 わたしはぷんすかしながら返す。連太郎は頭を掻いた。


「ピンとこない?」

「わかんないわよ。黄色い道ってあれ? 盲目の人が――」

「視覚障害者誘導用ブロックじゃないよ」


 速攻で否定された。あれそんな名前だったんだ。それ以外に黄色い道なんて思い浮かばない。

 坂祝が面倒くさそうな顔をしながら上を指差した。


「道があるのは、下じゃなくて上な」

「上?」


 白い天井があるだけだ。わからない。本気で泣きそうになると、佐畑さんが教えてくれた。


「コウドウだよ」

「公道? ……それ、何万人通ってるんですか?」


 連太郎と坂祝は頭を抱え、佐畑さんはぶはっと噴き出した。


「風原。何も話を聞いてなかったのか? コウドウはコウドウでも公の道じゃなくて、黄色い道の方だよ」

「黄道……。何、それ?」


 わたしは首を傾げながら尋ねた。二人の顔が硬直した。佐畑さんをちらりと見る。こっちも固まっていた。わたし、そんなにやばい?

 坂祝が無理やり抑えたような低い声を出した。


「風原さんよお。もう一度中学からやり直したいいんじゃねえか?」

「何よ! 三年間のうち一つの単語を知らないだけでしょ!」

「じゃあ明けの明星ってなあんだ?」


 わたしは口ごもり、咄嗟に思いついた吐き出した。


「ハワイ出身の元横綱でしょ!」

「それ、曙太郎だろ。あけしか合ってねえよ」


 わたしはうっ、と呻いた。優しい連太郎を見る。彼は肩をすくめた。


「太陽の見かけ上の通り道のことだよ」

「へえ……。そういえば習ったかも」


 納得するも、また首を傾げた。


「じゃあ、通りし者の数ってなんなの?」


 もうリアクションに疲れたのか、坂祝はずばずばと教えてくれる。


「お前、何座だ?」

「おとめ座……って、十二星座のことか」


 隣の同級生二人は疲労感たっぷりの溜息を吐いた。

 坂祝は鉛筆を取り、


「二番目と三番目の暗証番号は1と2な」


 9の隣に書き込もうと手を伸ばした。


「いや、違うよ」


 不意に連太郎が呟いた。三人の視線が一斉に彼に注がれる。


「何言ってんだ、連太郎。否定ちまったら、風原の馬鹿さ加減が露呈しただけになっちまうだろうが」


 反論してやりたいが、馬鹿すぎて言い返す言葉も浮かんでこない。


「違うっていうのは、黄道のことじゃなくて、12の方だよ」

「何で? 黄道十二星座だぜ?」


 坂祝が困惑しながら頭を掻いた。佐畑さんも首を捻っている。


「確かに黄道十二星座の数は十二さ。けど、黄道を通ってる星座はもう一つあるんだ」

「そうなのかい?」


 佐畑さんが少し身を乗り出した。


「はい。実は十二の星座の他に、へびつかい座も黄道を通っているんです」


 聞いたこともない星座だった。まあ、星座なんて十二星座の他に有名どころのオリオン座や、冬と夏の大三角と北極星くらいしか知らない。北極星は星座じゃないか。


「十三星座占いだと十一月三十日から十二月十七日の期間になります」

「どうしてはぶられちゃったのよ」


 気になったわたしは訊いてみた。へびつかい座が少し不憫な気がした。


「はぶられた、っていうか、もともとは違ったんだよ。一九二八年に国際天文学連合が、星座の数は八十八と定め、それらの星座を赤経・赤緯の線に沿った境界線で区切ったんだ。更に各星座の範囲を厳密に決めた。この結果、さそり座といて座の間にへびつかい座が入ってしまったんだ」

「ほぇー……」


 なんとも間の抜けた声が漏れてしまった。


「でも、お孫さんがそのことを知らない場合もあるんじゃないか?」


 坂祝が頬杖を着きながら言った。


「お孫さんは天文学部に入ってるらしいから、たぶん知ってるよ。知識探求のために入ったくらいだからね。なかなか面白い引っ掛け問題だ」

「なるへそ」


 坂祝は9の横に13と書き込んだ。それを見て佐畑さんが頭を掻いた。


「いやあ、黄道はすぐにわかったんだけど、まさか十三だったとは、知らなかったよ」


 連太郎ははにかむように笑った。


「たまたまアニメで知っただけですから」


 アニメ……? 連太郎って特撮はアホみたいに見てるけど、アニメも見るんだ。と、思ったが、後の彼曰く「スーパーヒーロータイムの前にやってたカードゲームアニメで見たんだ」。やっぱり特撮は関係していたらしい。


「さて、お次でラストです」


 坂祝が佐畑さんに言った。佐畑さんは頷くと、③の封筒から①、②と同じ紙を取り出した。


「この問題は、簡単そうなんだけど、何か潜んでいそうなんだ」


 紙を見せてくれた。



 田んぼは□の形をしている。小説や雑誌も□だ。テレビやパソコンの画面も□だ。もしかしたら、昔は地球も四角だったのかもしれない。


 さて、四角はいくつあるでしょうか?

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