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廃屋敷は春風を呼び込む  作者: 赤羽 翼
第2章 暗号トリオ
15/30

廃屋敷への侵入 6



「幽霊って……そんな……」


 木相先輩が引きつったような笑みを浮かべた。


「いかにも出そうじゃなーい。この屋敷……」


 梨慧さんがケラケラと面白そうに笑いながら呟いた。


「く、果園さんは……幽霊を信じてるの?」

「別に。いてもいいと思うし、いなくてもいいと思っているよ。幽霊の有無で人生が変わるわけじゃないしね」


 凄い大人な考え方だ。……いや、ずれてるだけかな? うん。そうね。

 わたしは連太郎を見る。一人真剣な表情をして考え込んでいる。まさか、どうやって人が消えたのか……そのトリックを思案しているのだろうか?


 やがて連太郎は右側の壁に近づき、ゴンゴン、と壁を叩き始めた。叩く位置や力加減を変え、再び壁を叩いていく。


「ねえ、何してるの?」


 わたしは訝しげに尋ねてみる。

 連太郎は壁を叩くのをやめ、壁の端まで移動する。無視された。連太郎はやっぱり真剣な眼差しをライトを部屋の角に当てる。


「ん?」


 連太郎から変な声が上がった。


「何か見つけたのかい?」


 梨慧さんが尋ね、わたしたち三人は彼に近寄る。

 連太郎は身体を少しどけてくれた。ライトに照らされている場所を彼の背中から覗き込む。


「何これ?」


 思わず口に出す。『シュシュっとさんじょう』、と黒いペンで書かれていた。随分と色褪せている。


「落書きだよ。たぶんこの部屋は、子供部屋だったんだ」

「それだけ?」

「うん。それだけ」

「落書きを探してたの?」

「そういうわけじゃない」


 連太郎はそう言って立ち上がった。


「他の部屋も見てみましょう」



 ◇◆◇



 結局、他の三部屋も今までの狭い部屋と同じ作りだった。鍵も掛かっていなかったため、梨慧さんが不機嫌そうな表情をしていたが。連太郎も何故か部屋の壁を叩くといったことを繰り返していた。何がしたかったんだろう。


 屋敷を捜索し終えたわたしたちは、裏口からさっさと退散した。連太郎と梨慧さんがどう考えていたかはわからないけれど、わたしと木相先輩は幽霊っぽい何かがいるかもしれない場所にこれ以上いたくなかった。


 塀の外に出ると大きな息とともに力が抜けてしまった。思わずへたり込む。どうやら、かなり緊張していたらしい。


「大丈夫か? 奈白」


 塀から外に出てきた連太郎が尋ねてきた。わたしは力なく頷いて返した。

 最後に梨慧さんが塀の上から颯爽と飛び降りてくる。


「さて、これからどうするんだい?」


 梨慧さんに問われて、連太郎が木相先輩に首を向けた。


「お兄さんの状況はどうですか?」

「ちょっと待って……えぇっと……」


 先輩も疲れたようで、背中を塀に預けている。


「まだ大丈夫みたい」

「そうですか。じゃあ、お兄さんが来るまで、張り込みましょう」

「張り込んでどうするのよ」


 連太郎を見上げつつ訊いた。


「どうもしないよ。お兄さんからは見えない場所で、裏口を見張るだけさ。先輩が見たときはすぐに出てきたそうだけど、その日だけだったのか知りたいだけだよ」

「そうかい。じゃ、頑張ってくれたまえ」


 梨慧さんが背を向け歩き出していた。その背中に問いかける。


「つき合ってくれないんですか?」


 彼女は足をとめることなく返してきた。


「不法侵入は好きだけど、張り込みはきらいなんだ。理由はわかるよね?」


 捕まえる側の所業だからですか。そうですか。


「じゃあ、僕たちもベストポイントを探しに行こう」


 連太郎の声で、わたしたちも動き出す。塀から離れる瞬間、連太郎がベランダ付きガラス戸がある部屋――物音がした部屋を見たのを、わたしは見逃さなかった。



 ◇◆◇



「果園さんって、噂通り変わってるね。どうしてピッキングなんて習得してるの?」


 廃屋敷から割と離れたところで、木相先輩が素朴な疑問を訊いてきた。


「梨慧さんはクライム映画の見すぎで、犯罪に興味を持っている危なすぎる人なんです」


 わたしの答えに衝撃を受けたのか、木相先輩はハニワのように口を開けてしまった。無理もないけれど。

 一応連太郎が梨慧さんの名誉を守るべく口を開いた。


「そうは言っても、犯罪は犯罪だって、ちゃんと自覚していますから、殺人だとか窃盗といったことはしません。せいぜい不法侵入とピッキング防止法違反くらいです」

「けっこうなことやってない? それ……」


 木相先輩が呆気に取られつつ返した。


「まぁ、そうなんですけどね」


 連太郎は苦笑いを浮かべた。



 ◇◆◇



 三人で裏口から割と離れた電信柱の後ろで待機していると、木相先輩がスマホを手にして慌てふためきだした。その理由は明白で、お兄さんが動き出したのだろう。


 しばらくまっていると、五分を過ぎたころにダークスーツを着た背の高い青年が廃屋敷にやってきた。ハンドバッグを持っている。


「お兄ちゃんだ……」


 木相先輩が呟き、わたしたちは無駄に息をひそめる。

 お兄さんは周りに誰もいないことを確認すると、裏口近くの塀を飛び越えて中に入った。十数秒後、ひどく慌てた様子で飛び出てきた。そしてそのまま帰っていく。


「どうするの? 連太郎……」


 わたしが尋ねると、連太郎は裏口を睨み、そして屋敷の二階部分に視線を送り、スマホで時間を確認した。十時十二分。


「今日のところは帰ろう。これ以上は何となく嫌な予感がするし」


 わたしも木相先輩もそれに同意した。



 わたしは木相先輩とともに、先輩の家に向かっている。何故かというと、連太郎がこんなことを言ったからだ。


「こんな夜中に女の子を一人で返すわけにはいかないから、奈白は先輩を送ってあげて」


 あのー、間颶馬さん? わたしも女の子ですよ?

 どうせ、僕より奈白の方が強いでしょ? とかいう理由なんだろう。信頼されているのは嬉しいけれど、信頼されている部分はあまり嬉しくない。


 街灯が淡く照らす、静まり返った夜道を女子二人でとぼとぼと歩く。隣の木相先輩の横顔を伺う。顔に影を落とし、心配そうな表情を浮かべていた。


 今まで一緒に過ごしていた兄が、隠れて廃屋敷に目的不明の不法侵入をしているのだ。心配にもなるだろうし、不安にもなるに決まっている。

 わたしは笑って、できるだけ明るい声を出した。


「大丈夫ですよ! もしかしたら、どっきりかなんかの準備かもしれないじゃないですか! だから先輩に説明できないのかも。あんまりマイナスに考えすぎると、いい石が逃げていきますよ」


 最後の励ましは自分で言ってて意味がわからなかった。


「そうか……。そうだよね。私、ちょっと考えすぎてたかも。あんまり怖い顔をしてると、石が怖がっちゃうよね!」


 変人のこういうところが羨ましいと思った。



 ◇◆◇



 わたしは自分の家に帰ってきたのは十時三十分を過ぎたときだった。さすがに少し寒い。

 自宅のリビングに明かりが点いていた。お父さんが帰ってきてきるようだ。……なんて言いわけしよう。そこまで厳しいわけでもないけれど、お父さんの職業を考えると……ううむ。

 まいっか。わたしは思考を放棄して中に入った。


 リビングではお父さんがテレビを見ながら、缶ビールを飲んでいた。

 わたしは『ただいま』か『おかえり』のどっちを言おうか迷った。すると、


「おう、奈白。おかえり」

「ただいま」

「どこ行ってたんだ?」

「根無町」

「なんで?」

「諸事情」

「ふざけてんの? 別にいいけどさ」


 父親として、それはどうかと思った。

 それにしても、


「お酒飲むなんて、珍しいわね。何かあったの?」


 お父さんはよくぞ訊いてくれた、とでも言い出しそうに缶ビールを手にしたまま腕を組んだ。


「仕事でよぉ、いろいろとストレスたまっちまってるわけよ」


 お父さんは捜査一課の刑事だ。階級は警部。『太陽にほえろ!』のボスに憧れて警察に入り、そして気づいたらボスと同じ階級になっていたらしい。

 警察なんてやってたら、そりゃストレスもたまるだろう。


「警察に劇場型犯罪をふっかけてきた奴がいるんだよ」

「劇場型犯罪って、犯行予告をしておく犯罪だっけ?」

「そう。八王子に住む誰々を殺すからとめてみろってよ」

「それでどうなったの?」


 お父さんは溜息を吐いた。


「見事に殺されたよ。マスコミから総スカンだ」


 わたしは難しい顔を返した。


「娘にするような話じゃないわよ……」

「まだあるんだよ! 佐藤太一が捕まらねえんだ」

「誰よそれ」

「指名手配犯」

「……その人、何したの?」

「元暴力団組員で、組を追放された腹いせに組員を殺害して大量の薬物奪って逃亡した」

「血なまぐさいわよ……」

「けっこう前にテレビに顔写真が出たから、お前も知ってると思うぞ。アフロの男だ」


 そういえば、一月の末にそんなニュースを見たような。


「あー、いたかも。陽気そうな顔して、とんでもないことするわね」

「まだあるんだ!」

「さいですか」


 もうどうでもよくなってきた。


「中学生が親を殺したとかなぁ。ったく、少年犯罪とか、やりきれねえんだよ」

「その話をぴかぴかの高校生の娘の前でないでよ」

「まだまだあるんだよ。もしかしたら、これが一番のストレスになっているかもしれない!」

「……なに?」


 ここまできたら全部聞こう。そして聞き流そう。


「今月に一課に配属された新人と、俺の同期の男がポンコツすぎるんだ!」

「同期の人って、条前田じょうまえださんだっけ?」


 確か愛称はジョウだ。何度かお父さんからグチを聞かされたことがある。やり手刑事(デカ)の風貌をしているくせにてんで役に立たないらしい。


「ジョウさえ異動してくれればずっとやりやすくなるのに!」


 お父さんは涙を流していた。酔っぱらうと泣き上戸になるのだ。無視してお風呂に入ろ。

 その夜、我が家からは泣き声がやまなかった。

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