廃屋敷への侵入 5
というわけで四人、同じ段に立つことなく一列になって進む。件の腐敗した段の他にちょっと怖い段もあったが、何とか全員上りきることができた。階段を上るのにここまで緊張したのは初めてだ。
「気をつけてね、ここもけっこう腐ってるところがあるから、下手すると底が抜けるかも」
梨慧さんの言葉にわたしはごくりと唾を飲む。
すぐに左に折れて、壁と壁の中間地点にある扉を梨慧さんが開けた。
ライトを持つ二人がライトで廊下を照らした。両の壁に三つずつ扉がある。
床を気にしつつ慎重に歩み、扉を一つずつ確認していく。どの扉も鍵が掛かっていなかった。中はどれも同じようで、大して広くない部屋だった。マットも敷き布団も掛け布団もないベッドが一台置いてあるだけだ。
「ここも何もないね」
全ての部屋を見終わったところで、木相先輩が呟いた。
「じゃあ、もう一方に行こうか」
わたしたちは階段を降りず、二階の壁沿いの廊下から向かい側の扉の前へ移動した。
連太郎と梨慧さんがもう一つの階段を照らす。
「こっちも腐ってるね」
「というか、こっちの階段の方が腐ってますよ」
ひとしきり確認し終えた二人が扉の前に戻ってくる。
「さて、じゃあ行こう。気をつけて、慎重にね」
梨慧さんが扉を開けた。そして二つの光が廊下に流れた。部屋の数は右に二つ。左に三つだった。
次は床が照らし出される。穴などは開いていたないが、全体的にボロボロしていて恐ろしい。黒ずんだり、カビが繁殖したり、埃がたまっていたり、腐敗したり……本当に行くの。
「何か、ゴキブリとか出てきそう……」
木相先輩がごくりと喉を鳴らしながら言った。躊躇するポイントはそこですか……。
そして連太郎がその不安を払拭する雑学を述べた。
「たぶん大丈夫でしょう。ゴキブリって、ああ見えて綺麗好きなんですよ。触覚にゴミが付着するのを嫌うんです。ここは埃が多いので、心配はないかと」
「へぇー、そうだったんだね」
梨慧さんが関心したような声を上げた。
あんな成りして綺麗好きなんだ……。でも納得した。通りでわたしの部屋に現れないわけだ。帰ってから掃除しよ。
梨慧さんが床の状態を確認しつつ先行する。なるべく一カ所に固まらないように後を追った。そして梨慧さんが右側の扉の前に立ちノブを回した。こちらにも鍵は掛かっていないようだった。
「鍵、掛かってないんだ。梨慧さん連れてきた意味あんまりないわね」
わたしがそう呟くと、梨慧さんが憮然とした表情を返してきた。
「私の存在価値はピッキングだけなのかい?」
「違うんですか?」
「違うさ。サムターン回しに金庫破りだって可能だよ?」
「ろくでもないですね」
連太郎が冷静に言ってのけた。木相先輩が目をしばたたかせ、首を捻りつつ口を開いた。
「さっき思いっきり聞きそびれちゃったんだけど、どうして果園さんはピッキングなんてできるの?」
梨慧さんが部屋の中に入るので、わたしたちも入る。
梨慧さんは部屋をライトで照らしつつ、
「どうやら勘違いをしているようだね。ピッキングなんて、そう大した技術じゃないんだ。鍵屋さんはみんな――」
そのときだった。左側からドン、ガタッ、という物音が響いたのだ。全員が思わず息を殺し、音源の方向を見やる。壁がある。壁の向こうは……、
「隣の部屋だ」
連太郎が静かな声で言った。梨慧さんが頷き、全員で床の状態を忘れ、隣の部屋の扉の前に立った。
梨慧さんがノブに手を掛け、わたしに小声で言ってきた。
「誰かが襲いかかってきてもいいように、いつでも攻撃できる準備をしておいて」
マジですか……。というか入るんですか。
わたしは仕方なく深呼吸して、正拳突きが放てるように腰を屈めて右手を引いておく。
梨慧さんがノブを捻った! が……。
「あれ? 鍵が掛かってる」
ずっこけそうになる。
梨慧さんは素早くピッキングツールを取り出すと鍵穴に差し込んでいく。
「これは……」
「どうかしました?」
連太郎が緊張した面もちで尋ねた。梨慧さんは顔をしかめつつ、
「鍵穴の中が錆びて固くなってる」
「できるんですか?」
わたしは訊いた。彼女の返答はこうだった。
「できるかできないかじゃない。やるかやらないかだ……!」
格好良いですね。やることがピッキングじゃなければ。
数十秒間の格闘の末、梨慧さんが鍵をこじ開けることに成功した。
「じゃあ行くよ」
今度こそノブを捻り、扉を開け放った。
先ほど見て回っていた部屋を二つ繋げたような広さだった。例によってクッション性のものが何一つ置かれていないベッド(ただし二段ベッド)が、部屋の右側に置かれている。左側の片隅には黒いクローゼットが鎮座している。そして目の前にはベランダ付きのガラス戸。自発的に動くようなものはない。連太郎と梨慧さんがライトで室内を照らすが、人はいなかった。
連太郎がガラス戸に向かい、開けようとする。
「クレセント錠は掛かってる」
「クローゼットにも何もないね」
いつの間にか梨慧さんもクローゼットの前に移動していた。
「じゃ、じゃあ、さっきの音は……ネズミか何か、だったのかな?」
わたしは精一杯の笑顔を見繕って言った。木相先輩は「きっとそうだよ」と呆然とした声で言った。
連太郎は右の壁や天井をライトで照らしつつ、冷静な声で言う。
「ネズミじゃ、あんなに大きな音は出ないよ」
「じゃ、じゃあ、なんなのよ!」
思わず大きな声を出してしまった。梨慧さんがわたしの肩に手を置いた。
「幽霊なんじゃないかな?」
オカルト研究会の西園寺先輩も……連れてくればよかった……。




