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廃屋敷は春風を呼び込む  作者: 赤羽 翼
第2章 暗号トリオ
13/30

廃屋敷への侵入 4



「うわぁ……」


 屋敷のリビングの広さにわたしは感嘆の声を上げた。一言で表すと広い。カーペットでも敷けばドラマで出てきそうな屋敷になるだろう。いや、ホテルのロビーにも見えるかもしれない。いずれにせよ、わたしの家のリビングよりも広いことには変わりない。リビングどころか家の床面積より広い気がする。お父さんだって公務員なのに……。この家の主は、いったいどんな仕事をしていたのだろう。これが格差社会というやつか。


 リビングの壁沿いには二つの板張りの階段が伸び、二階へと繋がっている。扉は四つで、それぞれ対角線上に配置されている。うち二つは玄関、裏口へと繋ぐ扉だ。残りはわからない。家具は何も置かれていなかった。


「廊下もそうだったけど、床は綺麗なんだよね。トイレや外の壁は汚かったけど」


 連太郎がライトで床を照らしつつ言った。


「んー確かにそうだねー。たぶん誰かが掃除してるんだろうね。管理している人がいるのかな?」


 梨慧さんが電気のスイッチをパチパチしながら返事をした。電気も来ていないらしい。


「だとしたら、ただ廃屋ってわけじゃないですね」


 わたしは連太郎からライトを借りて、床を照らして目を凝らした。どこも黒ずんだり、カビたりはしていない。埃も少ない。十年も放置されていたわりには綺麗だ。


「誰かが掃除したのかもしれないねー」


 人が出入りしている可能性が高くなった。それだけで一層緊張が増した。ん? でもひょっとして。


「もしかして、木相先輩のお兄さんが……?」


 わたしがそう呟くと、連太郎が否定してきた。


「それはないと思う。木相先輩が尾行したときには、入ってすぐに出てきたんだから」

「そのときはたまたま掃除しなかったんじゃない?」

「なわけないだろ」

「そうよね……」


 わたしは連太郎にライトを返した。

 それから梨慧さんが扉の一つを開けた。これは引き戸だった。扉はキッチンに繋がっているようだ。

 四人でキッチンへ向かう。こちらも嫌になるくらい立派である。けれど冷蔵庫も電子レンジもオーブンも炊飯器もなくて、シンクだけが置かれているキッチンはなかなかシュールだ。


 わたしがシンクを覗くと、連太郎がライトで照らしてくれた。


「汚いわね……」

「そうだね」


 シンクのところどころが茶色く錆びつき、カビが発生している。これはなかなか気持ち悪い。

 梨慧さんが床に光を当てていた。ここもリビングと同じような状態だ。


「うん。やっぱり何日前に掃除されたのかも」


 木相先輩が呟く。わたしもそんな感じだと思った。でもそれなら、誰が何のためにそんなことしてるんだろう。木相先輩のお兄さんと関係があるのかな?


 お次は対角線上にある扉に。廊下は先は行き止まりのようだ。しかし、


「部屋があるね」


 梨慧さんがライトで照らす左側の壁に押し戸があった。ここには特にプレートは掛かっていなかった。

 木相先輩がノブを捻った。が、


「あれ? 鍵が掛かってる……」


 わたしと連太郎は梨慧さんに視線を向けた。彼女は満足そうに頷いた。


「木相ちゃん。ちょっとどいてー」

「え? うん……」


 梨慧さんはポケットに手を突っ込むと、中からキーリングのようなものにまとめられた金具を取り出した。いわゆるピッキングツールである。

 梨慧さんはライトで鍵穴を照らして状態を確認すると、金具を鍵穴に差し込んだ。そのままガチャガチャといじくり回し、十秒ほどで開錠してしまった。どうやら腕は落ちていないらしい。むしろ上がっている。


「流石ですね、果園さん……」


 連太郎が半ば呆れたような声で言った。同じ気持ちである。しかし木相先輩だけは目を丸くして驚いている。


「さっ、入ろう」


 梨慧さんは我関せずを決め込んで、扉を開けた。


「おっ」


 しかしすぐに部屋に入らず、扉の左斜め上をライトで照らした。


「蜘蛛の巣発見。廃墟といえばこれだよねー」


 梨慧さんは何故かウキウキだが、わたし含め残りの三人は大きな蜘蛛に顔をしかめていた。あまり入りたくないなぁ……。


 連太郎が部屋の外から室内を照らした。誰かの寝室のようだ。広い室内に二台のベッドが置かれていた。ベッドと言ってもマッドも敷き布団も掛け布団もないけれど。ベッドの他には閉め切られた白いカーテンがあった。


 そしてこの部屋もまた、床は綺麗だった。カビてないし黒ずんでもいない。カーテンがあるから埃は少しあるが、気にするほとじゃない。


「次行こうか」


 そう言って梨慧さんは扉を閉め、ピッキングツールを鍵穴に差し込んだ。そして開けるときより長い時間を掛けて施錠した。連太郎が目を剥く。


「果園さん……。施錠もできるんですね」

「まぁねー。習得したのさ」


 どうやらピッキングでの施錠は開錠より難しいらしい。

 一階の最後は玄関へと続く扉だ。例によって梨慧さんが迷いなく開け、廊下を突き進んでいく。

 玄関も広いんだなぁ……。広けりゃいいってもんじゃないでしょうに。


 途中で先頭の梨慧さんが立ち止まり、左を向いた。引き戸がある。そしてやっぱり何の迷いもなく開けた。そしてまた蜘蛛の巣。テンションの上がる梨慧さん。蜘蛛に顔をしかめるわたしたち。デジャヴ?


 この部屋はどうやら脱衣所らしい。奥に浴室ドアが見える。嫌みなことに脱衣所も広い。この家の主人だった人は、広い=金持ちと思っているんじゃないだろうか。確かにその通りかもしれないけど、旅館並の脱衣所は馬鹿だと思う。


 梨慧さんが中に入り、浴室ドアを開けた。仕方なく三人で後に続く。

 想像はしていたけれど、ここもやっぱり広かった。民宿のような風呂場である。というかもうここ民宿なんじゃないの?


 連太郎と梨慧さんがライトでひとしきり照らして、特に何もないようだったのでリビングに戻った。


「そうだ、木相先輩。お兄さんはどうですか?」

「ちょっと待って」


 先輩はポケットからスマホを取り出し、画面を見せてくれた。赤い点が点滅している。動いてはいない。


「大丈夫なようだね。じゃ、二階に行こうか」


 梨慧さんの言葉に三人で頷く。彼女を先頭に、階段の一つを上がっていく。


「ん?」


 梨慧さんが立ち止まった。


「また蜘蛛の巣ですか?」

「風原ちゃん。私は別に節足動物マニアではないよ。……これだよこれ」


 梨慧さんがライトで階段の一部を指し示した。一階の床と違ってひどく黒ずんでいた。

 連太郎がその上の部分を照らしていく。カビが生えている箇所もある。


「汚らしいね。もしかしたら、板が抜けるかもしれない。たぶん、一階しか掃除されていなくて、二階は放置されているんだと思う」


 連太郎が誰にともなく呟いた。それに梨慧さんが反応する。


「だね。こことか、腐ってるよ」


 嬉々とした声音でライトを上から三つ目の板に当てた。何がそんなに面白いのかニヤニヤと笑みを浮かべている。

 わたしは焦って言う。


「これ、大丈夫なんですか……?」

「んー……、あそこ以外は特に腐敗してないようだから……ま、大丈夫でしょ」

「本当ですか……?」

「行きたくなかったら待っててもいいよ。私と間颶馬君の二人で行くから」

「僕、行くことになってるんですね……」


 連太郎が溜息混じりにこぼした。でも否定はしないらしい。行くのか……。

 わたしは木相先輩を見る。


「私も行くよ。頼んだのは私なんだし……」


 この暗がりの中一人で待つのは……嫌だ。観念的しよう。


「わたしも、行きます」

「うんうん。そうこなくっちゃ面白くないよねー」


 わたしは一人、溜息を吐くのだった。

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