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廃屋敷は春風を呼び込む  作者: 赤羽 翼
第2章 暗号トリオ
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廃屋敷への侵入 3



 廃屋敷とは如何なものだろうかと思っていた。わたしの想像では、郊外にひっそりとたたずんでいて、周囲にはカラスが声を轟かせながら飛翔し、扉に近づくと何故だか自動で開き、服や持ち物を置けだの裸体に塩を付けろだのと、やたらと注文されるような建物かと思っていた。最後の方はどこかで聞いたことがあるような気がするが、まぁ、おおよそこんな感じではないかな、と……。


 しかし目の前にある廃屋敷とやらは想像とはまったく違った。まず郊外ではなく、住宅街にある。そしてカラスは別に飛び交っていない。夜だし、カラスも眠いだろう。屋敷というだけあって、わたしの家よりも断然大きい。


 外装は暗いからよく見えないけれど、壁は白系の色でところどころ剥がれているようだ。窓は特に割られている様子はない。周囲は塀に囲まれ、塀内には草が好き放題に伸びていた。ひし形のような形をしていて、玄関は

 ◇

 ↑この部分にある。


 うーん……これが廃屋敷。庭や壁を見るに手入れはされていないのはわかる。

 もったいないなぁ。改装すれば民宿とか開けそうなのに。

 木相先輩が少し調べたところ、ここには十年前まで人が住んでいたが、今は誰も住んでいないという。もったいない。

 屋敷をぼーっと眺めていると、隣の梨慧さんが感嘆したように呟いた。


「う~んなかなかに立派な建物だねー。でも、北条ほうじょうさんの家と比べたら大したことないかな」

「誰ですか?」


 気になったわたしは訊いてみる。


「クラスメイトさ。ほら、北見良町にやたら大きな建物があるでしょ? あそこに住んでるんだ」

「ほぇー……」


 確かに一軒、城みたいな建物がある。あそこの住民と同じ学校に通ってるんだ、わたし。そう思うと、何故だかちょっと嬉しくなる。


「さて、雑談はその辺にして、さっさと忍び込もう」


 連太郎が門扉に向かって歩いていき、わたしたちもそれに続く。

 木相先輩が門扉のレバーを手にするが、どうやら内側から鍵が掛けられているらしい。


「塀を登ろうか。そっちの方が早い」


 梨慧さんが提案し、みんなで頷き合う。

 塀に沿って移動しようと右に移動する際に、門扉の右側の塀に古びた表札があった。ここに住んでいたのは神崎さんらしい。

 ある程度塀に沿って歩いたところで連太郎が立ち止まった。そしてわたしに振り向いた。どこか苦々しい表情だ。


「奈白、もう一度訊くけど、お前本当に侵入するのか?」

「そう言ってるでしょ」


 わたしは憮然とした表情で言い返した。彼は今朝からこればっか言ってくる。

 連太郎は頭を掻き、


「僕たちは今から不法侵入をするわけだけど……、お前のお父さんは――」

「大丈夫、大丈夫。バレなきゃいいんだから」


 いい加減うんざりしたわたしは連太郎の言葉を切った。梨慧さんも頷き、


「そうだよ間颶馬君。風原ちゃんがいれば、たとえ中に暴漢がいたとしも安全だ」

「どういう意味ですか」

「そのままの意味さ」


 連太郎は溜息を吐いた。唯一事情を知らない木相先輩がきょとんとしていた。

 わたしたちがいる壁の面には二階部分に窓が三つあり、うち一つはガラス戸でベランダ付きだった。


 わたしは最初に塀を登り、屋敷の中へ入った。記念すべき初不法侵入である。塀の高さは身長百六十五センチのわたしが、手を伸ばしてジャンプすれば届くくらいの高さだ。これを低いというのか高いというのかはわからない。


 とはいえ、わたしと同じくらいの身長の連太郎と、わたしと連太郎よりも身長が高い梨慧は余裕だった。ただし、小柄で筋力が低い木相先輩はわたしが塀の上から手を引っ張ってあげた。

 これで全員塀内に入ったことになる。


「木相先輩、お兄さんの状況は?」


 先輩はスマホを確認して、


「大丈夫。まだ自宅にいるみたい」


 さっきから思っていたことを訊いてみることにした。


「どこに発信機を仕掛けたんですか?」

「靴だよ。お兄ちゃん、仕事用の靴と外出用の靴の二足しか持ってないから。ここに来るときは必ず外出用の靴だった」

「なかなか目敏いねー、木相ちゃん。ストーカーの素質があるんじゃないかい?」

「そ、それは……どういう?」


 思いっきり混乱したようだ。どうやら彼女は石が好きなところ以外が普通の女の子のようだ。連太郎が補足に入る。


「果園さん流の褒めかたです。安心してください」


 そして表情を引き締め、


「じゃあとりあえず、玄関の扉を確認しましょう」


 四人ぞろぞろと玄関前に移動する。

 わたしが鍵の有無を確認しようと、ドアノブに手を伸ばすと、梨慧さんにとめられた。


「門扉はともかく、塀の中に指紋を残すのはまずいよ。何か事件でもあったら疑われてしまう」


 そう言ってスクールバッグから四人分の黒い手袋を取り出した。流石に用意がいい。

 全員手袋を装着し、改めてノブを捻る。鍵が掛かっているようだ。


「木相先輩が尾行したときは、お兄さんは裏口から入ってたんですよね?」


 連太郎の確認に、木相先輩はこくりと頷いた。わたしたちは裏口へと回り込む。裏口はの扉は玄関と何ら遜色がなかった。違いは門扉があるかないかくらいだ。

 今度は連太郎がノブを捻った。ノブは限界まで下がった。開いているようだ。連太郎はゆっくりと静かに扉を開けていく。


 廊下には窓がないらしく、中は真っ暗だった。思わずごくりと唾を飲む。

 しばらく四人で暗闇を眺めていると、不意に白い光がそれを照らした。隣にいる梨慧さんが小型ライトで照らしたようだ。


「ほい、間颶馬君」


 梨慧さんがスクールバッグから同じ型のライトを連太郎に投げ渡した。連太郎は慌てて受け取る。


「ライトを持つ手はなるべく下に下げるように。窓から光がもれると面倒だからね」

「わかりました」


 連太郎はライトのスイッチを入れつつ、返事をした。

 わたしたちは裏口から中に入り、木相先輩がゆっくりと扉を閉めた。わたしは一つ深呼吸をして、右足を一歩、出そうとして思いあたった。


「靴、脱いだ方がいいですかね?」


 どこかに忍び込むときに靴下になるのをドラマかなんかで見たことがある。

 しかし梨慧さんの返事はこうだった。


「別に中に誰かがいるわけでもないんだし、そんなことしなくてもいいよ。それに割れたガラスが床に散らばっていたり、床から釘が飛び出たりしていたら危ないからね」

「なるほど……」


 この人はこういうことになるとやたら頼りになる。普段からどこかしらに忍び込んでいるんじゃなかろうか、と思ってしまう。そしてこの人の場合本当にやってそうだから困る。

 靴を脱がずに四人で廊下を進んでいく。二つの光が照らす先に、おそらくリビングに繋がっているであろう扉がある。左右の壁に扉はないようだ……と思っていると、


「ここはトイレかな」


 連太郎が立ち止まり、ライトを左側の壁に向ける。そこにはT ILE というプレートが貼られた扉があった。TとIの間とEの右が色あせてしまい、不自然にあいてしまっている。おそらくOとTが入るのだろう。


 梨慧さんが躊躇なくノブを捻り扉を開けた。中には手入れのされていない、汚らしい洋式トイレがあった。梨慧さんを除くわたちたち三人は思わず顔をしかめた。


 梨慧さんは何故か鼻歌を歌いながら、錆びついたレバーハンドルを捻った。水は流れないようだ。


「水は来てないみたいだねー」


 冷静に物事を分析すると、踵を返してわたしたちの合間を縫って廊下に出た。どうやらこの人、テンションが高まっているらしい。とてもウキウキしている。


 梨慧さんが今にもスキップしそうな軽い足取りで奥にある扉へ向かうので、わたしたちは慌てて後を追った。

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