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廃屋敷は春風を呼び込む  作者: 赤羽 翼
第2章 暗号トリオ
10/30

廃屋敷への侵入 1



 現在時刻は金曜日の午後八時十分。いつもならお風呂に入っている時間だが、今日はそういうわけにはいかない。

 わたしは自室とリビングの照明を消すと、家の扉に鍵を掛け学校へと向かった。校門前で待ち合わせなのである。


 四月とはいえ夜はまだ肌寒い。スカートよりズボンの方がよかったなぁ……と今更思う。おっといけないいけない。女子高生なんだから、ズボンじゃなくてパンツって言わなきゃね。パンツって、どうしても下着を思い出しちゃうのよね……。


 そんなわたしの恰好は、黒々としている。黄色い部屋着のTシャツの上に黒いパーカーを着用し、紺色のスカート(下にスパッツあり)を穿いている。闇に溶け込む気満々の恰好だ。いや、闇に溶け込む気なんだけども。


 わたしがこんな恰好で夜の学校に向かっているのには事情がある。それは、三日前の木相先輩の頼みとやらが関係してくる。



 ◇◆◇



 木相先輩に頼みがあると言われた翌日の放課後。わたしと連太郎、そして木相先輩は隣町にある喫茶店を訪れた。

 本来ならば昨日のうちに話しておくものなのだろうが、夜も近かったし立ち話としては時間がかかるということで、今日になった。ネジ高近隣に飲食店がないのが悪いわね。これは。


 喫茶店〈ムーミン〉にてわたしと連太郎はテーブルを挟み、木相先輩と向き合っていた。

 注文したものが来るまで雑談をして過ごそうとするも、あっという間に三人が頼んだ飲み物がやってきた。

 連太郎はコーヒー。木相先輩はカフェオレ。わたしはオレンジジュース。……いや、わたしもね、コーヒーとかそういう類のものを飲みたいんですよ。けどあの独特の芳香といいますか、風味といいますか、味といいますか、簡単に言うと苦いのが嫌いなのです。はい。


 ストローを口に咥え、オレンジジュースを飲む。喫茶店やファミレスでジュースを飲むと毎回思うんだけど、これでこの値段? 八百円も払ってるのに、自販機で買えるようなオレンジジュースじゃない。ケチよケチ。いやまぁコーヒー飲めよ、って話なんだけど……。


「それで、どういう話なんですか?」


 連太郎が手にしていたコーヒーをソーサーに戻しつつ尋ねた。木相先輩もカフェオレを手にしつつ真剣な表情を浮かべる。


「実は……二人に頼みたいことがあるの」

「はい。それは昨日聞きました」

「あっ、そうだったね。失敬失敬」


 気を取り直したように木相先輩は咳払いをした。


「二人に頼みたいことっていうのは……兄の動向を探ってもらうことなの?」


 わたしと連太郎は顔を見合わせる。動向を探るって、何?

 表情で伝わったのか、木相先輩は説明してくれる。


「えっとね、私の兄は二十四歳で社会人なんだ。うち、両親が共働きで基本的に兄妹二人で生活してきたの」

「連太郎のとこと似てるわね」


 わたしは口を挟んだ。連太郎の家は父親が海外転勤中で、母親は大きな会社の社長秘書かなんかをしていて、殆ど妹さんと二人暮らし状態だ。母親とは会ったことあるけど、とんでもねー美人さんだった。セクハラとか受けてない? 大丈夫? と心配になったほどだ。けど、あんなに美人な人なら、連太郎のようなビジュアルの子供が生まれても不思議じゃない。ちなみに、妹さんも美少女だった。もう嫌になる一家だ。


 木相先輩は話を続ける。


「兄は私にとって親代わりみたいなもので、石よりも好きなんだ」


 そりゃ、家族が石以下だったら色々と問題だ。


「今も実家で一緒に暮らしてるんだけど、真面目な兄が二ヶ月前から変な行動をするようになったのよ」

「変な行動……?」


 連太郎が小首を傾げて鸚鵡返しする。

 先輩は頷いた。


「毎週金曜日の夜になると、私が住んでる北見良きたみら町の隣町にあたる、ここ――根無町にある空き屋敷というか、廃屋敷? みたいな場所に出入りするようになったのよ」


 北見良町はネジ高がある町で、高校近隣に飲食店がないと前述したが、高校近隣どころか町に一つも飲食店がない。住宅街が広がっている町だ。それゆえ、一服したい学生は隣町にやってくる。北見良町が割と広いため面倒と言えば面倒だけれど、徒歩でもそこまで苦はない。


 だから根無町にお兄さんが移動すること事態は、別に不自然ではないだろう。用事があるのなら。……しかしその用事が、なんだって?


「廃屋敷……って、何でそんなところにお兄さんが?」

「わからないから、二人にそれを探ってほしいんじゃない」


 思ったことを口にしたら、たしなめられてしまった。

 うわぁ……。またまた変な出来事に巻き込まれてしまった。


「先輩は、どうしてお兄さんがそんなことをしていると気づいたんですか?」


 連太郎がコーヒーを口に運びつつ、疑問を投げかける。


「えっと、初めと二回目はあまり不振に思わなかったんだ。けど、三回目にどこに行くのかって訊いたら、『どこでもいいだろ』ってはぐらかされたの。それで『そういえば先週と先々週も出て行ったっけ』って気づいたの。……それから二週間くらいは何も訊かなかったんだけど、やっぱり気になって、お兄ちゃんが外出するときに持つバッグにGPS発信機を仕掛けたんだ」


 ずっこけそうになる。凄まじい行動力だと思った。


「GPSの行き先が、廃屋敷だったんですか?」

「うん。その次の週、後をけたから間違いない。屋敷の裏口から入ってた。けどあっという間に出てきたから、尾行がバレるかと思っちゃった」


 えへへ、と頭の後ろを掻いている。石集めなんてやめて、今すぐ探偵か刑事になればいいのに。


「ふむ……」


 連太郎が呟く。


「確かに、ちょっと気になりますね」

「でしょでしょ! 何回かさりげなく訊いてはいるんだけど、教えてくれないんだ」


 わたしは首を捻る。その屋敷がどんなものなのかわからないけど、入ってすぐに出てくるだなんて、流石に不自然かもしれない。

 連太郎が再び口を開く。


「わかりました。お兄さんのその行動の意味、探ってみます。奈白も、いいよね?」

「え? うん、まぁ……いっか」


 本当はあまり関わり合いたくないけど、断るほどのことでもない気がする。

 しかしふと思った。


「けど、探るって言ったって、どうやって? 妹の先輩が訊いてもはぐらかされるのに」

「お兄さんが廃屋敷に忍び込むっていう、金曜日に、僕たちもそこに侵入するのさ」


 わたしは片眉を上げた。


「尾行する、ってこと?」


 連太郎はかぶりを振った。


「いいや。お兄さんが来る前に侵入するのさ。金曜の夜に、何かが起こっているのかもしれない」


 侵入……。断るほどのことになった気がする。でも一度引き受けた手前、そういうのもあれだしなぁ……。

 そう思っていると、木相先輩が小さく手を上げた。


「お兄ちゃんが来ちゃったらどうするの? 屋敷に行く時刻は決まってないよ?」


 木相先輩の兄の呼び方が変わった。気をよくしてくれたからだろうか?


「GPSで監視しておけばいいんです」

「なるほど。……いっそ、現場を取り押さえるのも手かな? ずっとやろうとは思ってたんだけど」

「やめておきましょう。はぐらかしたってことは、お兄さんにとってあまり知られたくないこなんだと思います。それで兄妹の絆が壊れたら、寝覚めが悪いじゃすみませんから」


 そう言って、連太郎は腕を組んだ。何か考えがあるときの表現かおだ。けど、言うべきか言わぬべきか考えている様子だ。


「どうかしたの?」


 わたしは尋ねてみる。連太郎は曖昧に頷き、


「うん……。あの人にも声をかけた方がいいかな、って思って」

「あの人?」

「いやほら、いるじゃん。不法侵入とか好きな人が……」


 ああ、あの人か……。自分の顔が苦々しいものになるのを自覚する。


「まぁ、このことがもしあの人に知られたら、絶対拗ねるわよね」

「うん。それに、連れてきて損はないと思うよ」


 損ないかなぁ……。

 わたしたち二人だけの会話に、木相先輩はぽかんとした表現を浮かべていた。

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