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エピローグ

 心に浮かんだのは憐憫れんびんの情。

 後悔はない。このために戦ってきたのだ。そのはずなのに、なぜか胸の奥がチクチクするものを感じていた。

 ガクリと膝をつく。

 猛烈な睡魔が襲ってくる。気絶しそうなほどの強烈な睡魔が。

『リーナ樣!』

 その横で、フィーネがリーナを支える。

 ――もう、ここまでなのね……。

『リーナ樣』

 ――どうなるのかな? 自分で自分がどうなってしまうのかわからない。それが怖い……。

 フィーネが真顔になる。

『大丈夫です』

 ――?

 確信を持った目だった。そして、フィーネはリーナを抱き締めた。

『リーナ樣。わずかな間とはいえ、共に戦えたことを誇りに思います。そして、忘れません……ヴィルド樣……お願いします』

「もうよいのか?」

『惜しむ時間などありません』

「わかった」

 そういうヴィルドはとても苦しそうな表情をしていた。なぜヴィルドがそのような顔をするのか、リーナにはわからない。フィーネがなぜ自信満々に大丈夫だと言えるのかもわからない。

「リーナ姫殿。これから起こることを、黙って見守ることじゃ。そうでなければ、全てが無駄になる。お主の命も、ある意味ではジェネロウの命も、フィーネの覚悟もな」

 リーナが握っていた竜黒剣を奪い取る。そして、フィーネの体とリーナの肉体を刺し貫いた。

「……グッ、ガッ……ハァ」

 リーナは声にならない悲鳴をあげた。しかし、リーナの体を支えているフィーネは顔色一つ変えていない。

 ――な、何を……!?

 テレパシーでフィーネに問う。耳元でささやくように、フィーネは答えた。

『私の体は思念とジェネロウ樣の魂でできています。その2つを使って、リーナ樣を蝕んでいる竜の因子を内側から封じ込めるのです』

 ――ど、どういうこと!?

『私がリーナ樣と一つになり、竜の因子を封印するのです。大丈夫です。今の傷は、封印と共に塞がりますから』

 ――ま、待って。それじゃあ、貴女はどうなるの!?

『恐らく、もう二度とお会いすることはないでしょう』

 ――そんな……!

『リーナ樣。生きて……ください……』

 ――待って……!

 フィーネを抱き締めようと手を動かす。その手に感触はなく、フィーネは淡い光へ姿を変えていた。その光は竜黒剣を伝わり、リーナの肉体に流れ込んでいく。

 ヴィルドが竜黒剣を引き抜く。同時に竜の因子に蝕まれていた肉体が一瞬で元の人間の肉体へと戻っていった。

「フィー、ネ……」

 肉体は確かに元の人間の姿になった。その変わり呆然とリーナは座り込んでいた。

「…………」

 言葉が出てこない。言いたいことは色々あるが、なにも出てこない。

 何が起こったのかさえ、リーナはよくわかっていなかった。

「疲れたであろう、リーナ姫殿」

 ――……。

「わからないことはたくさんあるだろうが、今はその疲れきった肉体を休めるといい。戦いは終わったのだから」

 ――……。

「リーベ、イコロスは動けそうか?」

「皮膚の損傷そのものはそんなに酷くはないけど、痛みはまだあるみたい。飛べるようになるには時間ががかかるかも」

 ――……。

「では、エンに運ばせよう」

「そうだな」

 ――……。

「ベールよ」

「……お父、樣」

「まだ私のことを父と読んでくれるのか。もしよければ……」

 ――………………………………あたしは

「罪滅ぼし?」

「お前の心は半分マモノなのかもしれん。しかし、私を父としてみてくれるなら、共にやり直せないか? お前の業を私も背負おう」

 ――……………………また、誰かを犠牲に生き残ってしまった。

 何も聞こえない。なにも聞き取れない。

 死ぬ覚悟はしていた。しかし生き残れた。大切な人間の『二度目の犠牲』のお陰で。

 ――まだ……生きろっていうの? あたしにそんな資格があるの? 

「酷いよ……」

 誰にともなく、どこに向ければいいのかわからない思いを口にした。


 それからどうやってドラゴンバレーに戻ってきたのかはよく覚えていない。

 コテージは共同ではあるものの、寝床として使わせてもらうことができた。

 体力も怪我も回復して、特にすることはなくなっていた。

 寝て、起きて、また眠る。ただそれだけの日々が続いた。

 終わったはずなのに、元気がでない。喜ぶべきことのはずなのに、喜べない。そんな事故矛盾と自己嫌悪が長々と続いた。

 

 そんなある日。

「こんな時間にどこに行くつもり?」

 時間で言えば早朝。リーナは唐突にコテージの外に出ようとしていた。その背中をリーベが呼び止めたのだ。普段は誰も起きない時間だから、呼び止めたリーベも大分眠そうだ。

「少し、すっきりしてこようと思ってさ」

「どういうこと?」

 リーナは笑みを浮かべた。戦いが終わって以来ずっと見せていなかった笑顔を。

「心配しないで、自殺しにいくわけじゃないから」

 誰もがいつ、リーナが自ら命を絶ってしまうか気が気じゃなかった。幸いリーナ自身にそんな気はなかったものの、そんなことになっても不思議じゃない雰囲気だった。

「心配なら、イコロスにでも監視させれば?」

「言われなくてもそうさせてる」

 ――抜け目ないわね……。

「すぐ戻るわ」

 コテージの外へ出た。


 ドラゴンバレーの光と外の明かりは連動している。

 だから地下深くであるはずの谷にも昼夜の概念が存在する。

 闇は浅く、歩くにはちょうどよかった。

 散々寝て過ごしたせいか、体の筋肉が若干衰えたような気がする。思えばこんなに長い間、剣さえ振らなかったことはなかったかもしれない。

 あの日からどれほど時間がたったことだろう?

 もうわからない。一つだけわかるのは、戦いが終わったことだけ。

 何千年生きているのかわからない巨大な木々。その根本にその身を横たえる。

 針葉樹のカーテンは地上の光をほとんど遮っており、空と呼べるものは見えない。

 自分が人間であることを証明するために、ドラゴンと戦った。それは最終的には正しい判断だったのかもしれない。

 だけど、わからない。自分は今普通の人間ですらないのかもしれないのだ。

 もう発火能力もないし、左目がうずくこともない。身体能力も普通の人間の範疇のものになってしまっている。それ事態は確かに普通の人間だろう。

 しかし、誰かの命を犠牲にして、肉体には親友の思念とドラゴンの魂がある。 そんな人間が普通であるはずがない。

 フィーネの思念とジェネロウの魂は竜黒剣を通してリーナの体内に入り込み、竜の因子を封印するくさびとして機能している。

 リーナのなかには確かにフィーネとジェネロウがいるのだ。

 ――フィーネ……。

 起き上がり、自分の体を抱き締める。

 ――あたし、生きるね。

 リーナの瞳から涙が溢れてきた。

 大切な人達は死んだ。その代わり自分が生き延びた。

 いや、生かされた。自分一人では決して生き残れなかった。守ってくれた人達がいたから、今自分は生きていられるのだ。

 自分にそんな価値があるのかなんてわからない。それでも、ちゃんと生きると誓った。

 ――だから、ちょっとくらい泣いていいよね? フィーネ……。

 今まで我慢していたものが、一気にあふれでる。リーナの顔が涙でぐしゃりと歪んだ。

 ――ごめん、フィーネ。あたし……強くなくて……!

 気の済むまで、涙がかれるまで、声が出なくなるまで。

 リーナは慟哭どうこくし、心が壊れるほどに泣いた。


「本当に一人でいいのか?」

「ええ。かまわないわ」

 翌日。コテージの前にはともに時間を過ごした仲間達がいた。

 リーナがドラゴンバレーを去る日が来たのだ。

「あたしは、自分の足で立って、生きていけなきゃいけないから」

「そうか」

 吹っ切れたのか、リーナは晴れやかな笑みを浮かべていた。

 そんな彼女の前にリーべがやってくる。

「これ、あげるわ」

 そういってリーベは一本の刀を手渡した。

「これは?」

「お姫様が武器も持たずに移動するわけにはいかないでしょ?」

 竜黒剣はあれ以来リーナが握っても刀身が出てこなくなった。つまり今リーナに自分用の武器はないのだ。

「ありがとう。使わせてもらうわ」

「例を言うのは俺達のほうさ」

 エンが笑みを浮かべてリーナに言う。相変わらずライオンのようなたてがみをしている。妙に暑苦しそうな感じだ。

「あんたは辛い思いをたくさんした。俺達以上の辛い思いをな。それでも俺達はあんたの力無くして、事態を終息させることはできなかった。だから、感謝するぜ」

「うん。わかった」

「お姉ちゃん、また会える?」

 金の髪の毛の小さな女の子、エイリスが問う。ずっと心配してくれていたのに、帰ってきて以来まともに話すらしてあげられなかった。

 リーナは小さな女の子と目線を合わせる。

「うん。また会えるよ、きっとね」

「地上まで送るわ」

 

 地上は相変わらず荒野が広がっていた。

 これからアダマンガラス国まで長い時間をかけて戻らないといけない。

 もう空を飛ぶ手段もない。だけどそれでいい。

 今まで自分が生きるために犠牲にして来た分、自分の力で歩むと決めたのだ。

 ――これからだ。あたしの本当の戦いは。

 きっとたくさん苦労することになるだろう。たくさんの苦難が待ち受けていることだろう。

 だけど、ドラゴン相手に大立回りを演じたり、殺し合うよりはずっと楽に違いない。

 晴れ渡った空は、これから新たな道を歩む姫君を祝福しているかのようだった。

え~ここまで読んでくださった皆々様、心からありがとうございます。

この物語にも一応の区切りがつきました。


第一部、完! といったところですかね。


とりあえず一番最初に想定していた物語はこれにて完結になります。

んで、次ですが正直この物語の続きを書くかどうかは未定です。

掘り下げられる設定やキャラはいますし、あまり描く機会に恵まれなかったキャラもいます(エンとか)


しかしながら、私自身書きたい物語が別にあり、今はそれを書きたいと思ってるんですね。


望む声があったり、私自身がその気になれば書きたいと思いますが、リーナのお話はここで一旦お休みしたいと思います。


とりあえず、少しだけお休みをください。最後まで書いたので改めて読み直しブラッシュアップなりプリントアウトなりをして改めて見直してみようと思います。


次は10月23日の金曜日。多分今ぐらいの時間に新作の投稿を始めようと思います。


では、また!

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