殺死合
リーナとフィーネが気がつくと、闘技場のような場所にいた。
赤黒い黄昏の空の下、壊れ、崩れ、荒廃した闘技場に。
その場にいるのは、光に飲み込まれたリーナとフィーネ。そして……。
『はじめまして……と言っておこうか?』
そこにいたの二人の人間だった。一人はわかる、リーナが二度戦ったベール。もう一人はベールと同じ顔をしていた。しかし、まとっている雰囲気が大分違う。
「貴方が、ゼブル?」
『そう、お前達の天敵だ。それはお互い様だろう?』
「そうね……一つ聞いていいかしら?」
『答えよう』
「貴方は……なぜこんなことをするの?」
『お前は、牛や豚からなぜ自分を食べるのか? と聞かれて答えられるのか?』
「とことん、貴方達とは意見が合わないわね」
皮肉を込めて笑う。それは目の前の存在も同じだった。
『当たり前だ。人間と魔の生物など、互いに食い合う存在でしかない。そのために、我々の世界は分断されているのだ。しかし、私達はこの世界に召喚されてしまった。で、ある以上、私達は本能に従うのみ。
ああ、それとお父様は返してもらうわ』
「お父様……ストラグラム国王のことね」
『そうだ。この肉体は人間のもの。精神もほとんど融合している。私達はマモノであり人間でもある。肉親ぐらいは大切にしたいからな』
「変な理屈。もう一つ聞くわ。なぜ人間の肉体を乗っ取ったの?」
『そうしなければ、この世界に留まれないからだ。私達は本来肉体を持たない霧のようなもの。不完全な形ではこの世界に留まれない。だから私達を召喚したときにたまたま目の前にいた双子に取り付いたにすぎない。
話は終わりか?』
「もう一つ。なぜこんなにペラペラしゃべってくれるわけ?」
『冥土の土産はたくさんあった方が、地獄での話題に困らないだろう?』
「今のおしゃべりをあんたの遺言にしてやるわよ」
『そう、こなくてはな……ベール!』
名前を呼ばれ、もう一人のマモノがゼブルの横に来る。
『お前のもっとも得意な競技で相手をしてやろう』
『覚悟しちゃってね!』
ベールの肉体が闇を放つ。赤黒い闇が集束していき、細長い何かになる。
それは赤い刀身のロングソード。ベールが変化した姿だ。
『さぁ、始めようか?』
「フィーネ、援護をお願い!」
『お任せください!』
フィーネはスカートの中から二本のトンファーバトンを取りだし構える。
普段戦うことがなかったから、滅多に見たことはないが、それがフィーネの戦闘スタイルなのだろう。
『フフフフ……人間特有の、動悸、昂揚感。心地いい。さあ、全力で私を殺してみろ』
真っ先に動いたのはゼブルだった。
瞬く間に、リーナとの距離を詰め、赤い刀身を降り下ろす。
跳び引くと同時に剣先から衝撃波が襲ってきた。地面が叩き割れ、その破片が飛んでくる。
フィーネが前に出る。片方のトンファーがゼブルの剣を叩き、もう一本が脇腹に向かう。
人間が食らえば、十分内蔵にダメージを与えうる一撃だ。
ゼブルは楽しんでいるように笑う。
その刹那、リーナが接近する。直後、ゼブルの刃がフィーネとトンファーをまとめて薙ぎ払った。
再び発生する衝撃波。一瞬中に浮いたリーナにゼブルが再び接近した。
『ッハァ!』
赤い刀身が飛んでくる。竜黒剣でガードする。そのガードごと、ゼブルの刀身はリーナを斬り飛ばした。
飛んでいった先には柱があった。大木ほどの大きさの柱にその肢体が直撃する。
「グッ……!」
背中を殴打する。間髪入れず、柱が崩れはじめた。それがゼブルの衝撃波によるものだと、理解するのに数瞬かかった。
粉塵と共に巻き起こる崩壊の音。フィーネの顔が赤くなる。
『リーナさ……』
「ま」と続く前に変化が訪れた。崩れた瓦礫を粉砕して、リーナが姿を現す。
――あたしは大丈夫! フィーネ、サポートして!
――はい!
今度は同時に、ゼブルに向かう。しかし、それは微妙に同時ではなかった。
フィーネの方が数瞬早く、ゼブルを攻撃する。その直後、リーナの刃がゼブルの刀身を叩いた。
すると、黒い靄がゼブルの刀身から出現した。
不穏な空気を感じとり、リーナとフィーネは瞬時に離れた。
「あれは……!」
『フフフフフ……まだ潰れてなかったようで嬉しいわ』
ベールの声。空気の振動を肌で感じる。人の声とは異なる、空気の震えが声を作っているようだ。
そしてベールとゼブル、二人の声が重なる。
『さぁ、殺死合を楽しもう』
嗤ってる。この状況を楽しんでいる。
――なんで……そんな目が出来る!
心がざわつく。猛りが抑えられない。目の奥が熱い!
『お主の力は何のためにある?』
そのとき、鎧竜の言葉が脳裏を掠めた。
『お主の力は何のためにある? 破壊のためか? 殺戮のためか? 復讐のためか?』
――そうだ……あたしは、あたしの力は……!
心を落ち着け、ゼブルを睨む。その瞬間、黒い靄が燃えた。リーナが発火能力を発動したのだ。
ゼブルが薄笑いを浮かべる。燃え上がった靄は瞬時にリーナとフィーネに襲いかかった。
それは火の粉の波だった。小さな火の粉が炎の波を作って襲ってきたのだ。
発火能力を靄に対して使えば、それらは炎の波となって襲ってくる。
「これは……!」
『どうした、もう燃やさないのか?』
「クッ……」
ゼブルが三度接近してくる。
今度は黒い靄で自身の周囲を覆ったままだ。
――あれに触れるとどうなる?
考えている時間はない。竜黒剣でゼブルの剣を受け止める。
「お、重い……!」
剣を持つ手に力がこもる。しかし、その力は瞬時に軽くなった。
フィーネがトンファーバトンを投げ飛ばしたからだ。飛ばされたトンファーはゼブルの脳天に直撃し、大きな隙が生まれた。
無論、その隙を逃すほど、リーナは甘くない。
全力でゼブルの肉体を両断しにかかる。
その一閃は、剣と化したマモノ、ベールによって防がれた。
ゼブルの意思や、刃を持つ手とは無関係にロングソードが勝手に動き、リーナの剣を防いだ。
また距離が空く。
ゼブルの肉体は宙を軽く飛び、地面を滑った。
それを見て、走り出す。ゆっくり立ち上がる隙など与えない。
一撃目を防がれたら、二撃目を叩き込むまでだ。
走りながら気がつく。ゼブルは重力を無視している。
右手に持った、剣が中に浮いていて、それに引っ張られるように瞬時に立ち上がったのだ。それに動揺などしていられない。
一瞬の動悸の変化を無視して、突っ込む。もう一度、ゼブルを斬るために。
立ち上がったゼブルの目は何も見ていなかった。彼女はもう笑っていない。その代わり、リーナの全身に強烈な怖気を噴出した。
――な、なにこの感じ?
そして、またゼブルはワラった。
『アァッハッハッハッ!』
黒い靄がそのまま波になってリーナに向かってきた。
文字通り飲み込まれる。その瞬間だった。
ズブリと、腹部に何かが突き刺さった。
――うそ……。
ゼブルの剣だ。完全に体を貫通している。
――な、なに……? この痛み……。
全身を焼かれたり、足を踏みつけられたりしたときよりも、痛みはない。
しかし、腹部を貫通し、内蔵を傷つけてくる痛みは鈍い痛みをジクジクと産み出していた。
右手から剣を離さない。そんな状態になってもなお、ゼブルから目を逸らさない。
『もういいだろ……』
腹部から剣を引き抜く。と、同時にリーナの肩から斜めに斬り裂いた。 そのリーナの手を、フィーネが掴んだ。
その瞬間、衝撃波が発生し、リーナとフィーネ。二人揃って吹っ飛ばされる。
瓦礫の山に叩きつけられ、リーナは意識を失った。




