コエ ガ キコエ ル
マモノ達が咆哮している。
姿形が多種多様なので、その声の大きさや性質にはばらつきがあるものの、ほぼ全てのマモノ達が声をあげていた。
大きな都市の門限を伝える鐘のように。
ストラグラムの街そのものが、鳴いているようで、ひどく耳障りだ。
『ヤバイ雰囲気だな』
竜獣に騎乗しているエン・アンダールが言った。竜を通したテレパシーによる会話だ。
『ここのいるマモノどもは、奴の意思によって動いているのだろう。弱小のマモノ共に見えているものが、あのゼブルには見えていると考えるべきだ』
「さっきみたいな不意打ちはそう何度も通用しないだろうし、マモノ全てを殺しきるなんて不可能だわ」
リーベは改めて実感していた。マモノ達が仕掛けてくる物量戦と、ゼブルが纏う死の臭いの恐ろしさを。
『ワシらだけでは、奴を殺しきることはできん。さっきの不意打ち、奴の鼓膜ごと脳を破壊できればと思ったが、そうはならなかった。あれ以上に直接奴を殺すことは、ワシらには不可能だ。
だが、そのために鎧竜に導かれたリーナ王女の力が必要だ』
『コイツらの力をもってしても、俺達にできることは人頼みってことか……』
『マモノどもはすぐにワシらを追ってくるだろう。まずは可能な限りここを離れる、エン。国王は連れ出すことができたのか?』
『そっちは問題ない。ちと痩せちまっているがな。安全圏までいけたら色々話を聞かせてもらうさ』
「おじいちゃん、リーナ王女はどうするの?」
『声は届かないのか?』
「さっきから呼び掛けているけど、返答がない」
『やられていなければいい、が……!? な、なんだあれは!?』
ヴィルドの声と同時に、リーベも見た。突如としてマモノ達が燃え出したのだ。
空を飛んでいたマモノも、地を走っていたマモノも。それらは数あるマモノ達の一部でしかなかったが、マッチに火をつけるように燃え上がるその姿は見た者を恐怖させるには十分だった。
マモノ達は炎を嫌う獣のように一目散に炎の周辺から離れていく。
「嫌な予感がする……」
――赤い闇……!
瞳に映るのは果てのない赤黒い闇。違いがあるとすれば、今リーナは地に足をついていることぐらいだ。
心音が鼓膜を打つ。胸にあったのは恐怖と精神の高揚。
相容れない二つの感情がリーナの心の中で一つになる。
『コンドこそ、アナタのココロ、コワしてあげるわ』
生暖かく優しいベールの声。リーナは知っている、その甘い囁きが死を招くものであることを。
自身の心を腐らせる汚水のようなものであることを。
――落ち着け、あたし……。自分を保て、この闇に飲まれるな!
顔をあげる。その瞳はベールを睨みながら、不敵な笑みを浮かべていた。
「もう、あたしはあんたに飲まれはしない!」
左目はさっきから疼いている。この闇の中でも彼女の左目は、見るべきものを見ていた。
駆け出す。灰色の瞳に映っている敵を斬るために。
竜黒剣を前に突き出し、刃を飛ばす。
『ワタシがミえている!?』
刃が突き刺さると思った刹那、ベールの姿が消えた。
「!?」
『アナタのメはナニがミえているの?』
「さぁ……ね」
瞳の疼きは消えない。瞳そのものが肉体になったかのように、激しい鼓動を感じる。
比例するかのように心音も高鳴っていく。
負ける気がしない。今ならそんな気がした。勝てる、勝てる、勝てる……!
足が勝手に動いたような気がした。たった一歩その場から横に跳んだ。そこにはリーナの背後を取ろうとしたベールの姿があった。
間髪を入れず刃を振るうと、ベールの胸を斬り裂いていた。
『あ、がぁ……な、なにが……?』
赤い闇のなかで血が溢れ出る。ベールはその瞬間マモノとしての姿を失い、人間の姿に戻った。
ベールはなにが起こったのか分からないらしく、斬られた胸を押さえながら呆然としている。
――体が……熱い……!
全身から力が漲ってくる。
『ワシらにはできなくて、お主になら……灰色の瞳を持つものだけができることがあるからだ。それは戦いのなかで追追わかっていくことじゃろう』
発火能力に竜黒剣、マモノの位置を示す左目。
それらは確かに普通の人間では持ち得ない力なのかもしれない。
では、今自分の体に起こっている変化はなんなのだろうか?
疑問が湧いてでるがそれを思考する時間はなかった。
『フン!』
ベールがリーナに向かって両手をかざす。途端、衝撃波が襲ってきた。その衝撃を利用して、ベールは距離を取る。
リーナは数歩後退したが、地に足をつき踏ん張った。
すぐさま足を踏み出し、走り出す。
再び衝撃波が襲ってくる。リーナの目はベールだけを見つめていた。
走るリーナと衝撃の間で炎が発生する。その炎はリーナが発火能力で作り出した炎の固まりだった。
衝撃波は炎の固まりとぶつかり欠き消える。
『あなた、本当に人間!?』
衝撃波が再び襲ってくる。その度に炎の塊を発生させ、衝撃を欠き消していく。
衝撃波を炎で欠き消しながら走るリーナの姿は、炎の中を疾駆しているかのよう。
距離はあっという間に縮まった。体は思考の間もなく走り続け、ベールに竜黒剣を突きつけた。
発生した黒い刃はベールの肩を刺し貫いた。
『ぐ、ううううう』
呻き声。それに呼応するように赤い闇が消えてなくなった。
その至近距離で、ベールは何度目かの衝撃波を放った。
「ウッ……」
衝撃は腹部を叩いた。しかし、耐えられない痛みではない。それよりもまたベールとの間に距離ができてしまった。
『ゴオオオオオオオオオオオオオウウ!』
鎧竜の声が聞こえる。赤い闇が消えたためだろう。闇に包まれている間は視認できなかったのだ。
……………………!
「え……? なに?」
気のせいか。鎧竜の咆哮の中から、声が聞こえたような気がした。叫びとか絶叫とか咆哮とは別の、はっきりとした人間の言葉が。
『ここまで人間らしからぬ力を見せるなんて……!』
周囲に気配を感じる。リーナが憎むべき、マモノ達の姿。ベールは背中から黒い翼を生やし宙に浮いていた。
『悔しいけれど……私一人じゃ貴女は殺せないみたい……今朝戦ったときよりずっと強くなってるんだもの。一体、何が貴女の中で肥大しているの?』
「肥大?」
『ええ……貴女の中で何かが肥大している。大きくなっている。貴女の肉体に収まらないほどの、大きな力が……。だから、もう私達が手を下す必要はないかもしれないわね』
「どういうことよ?」
『貴女はいずれ、自分自身の力に潰される……だから、貴女達の相手はもうその子達で十分』
マモノ達の目はギラついているように見えた。まるで正気を失って暴れ狂うナニカのように。
「あたしの中でどんな変化が起きようと、あたしはそれを受け入れる……あんた達を殺すために、だから……逃がしはしない!」
前傾姿勢で走り始める。人間ならば体力を一瞬で使い尽くすほどの姿勢で。何体かのマモノが瞬時に斬り伏せられた。速すぎて見えない。そんなレベルで。
空を飛ぶマモノに向かって跳躍する。そのマモノをさらに足蹴にして、リーナはベールに迫った。
ベールは高度をあげた。跳躍するリーナに向かって、上から衝撃波を叩きつける。
リーナは空中で体制を整え、足から地面に着地する。
「待て!」
『貴女はその子達と……遊んでいなさい』
マモノが襲い来る。気がつけば一体斬り伏せていた。
「こんのおおおおおお!」
物量で攻めてくるマモノに対してリーナの刃は振るわれた。
「っだあああああああああああああ!」
走り回り、刃がマモノの血と臓物を撒き散らしていく。
そんななかなぜか鎧竜 は攻撃を行わず、咆哮を続けていた。
…………て…………さい……。…………じょう……っては……。
「なんなのよ……鎧竜!」
戦いながら、リーナは黒き竜に問う。黒い竜は戦わない。声をあげ続けるだけだ。
も……ない……て……さい……!
マモノは休んでくれない。物量で一人の人間に襲いかかるだけだ。それらは次から次へと肉塊に変わっていく。
――おかしい……なんなの? この状況。
――あたしは、みんなの仇を打つために戦っているはずなのに……。
――なんであたし一人でコイツラと戦ってるの!?
――なんで鎧竜は戦ってくれないの!?
イライラが募る。目の疼きと動悸は激しさを増していく。体は疲れを知らずに戦いを続けている、戦いを欲している。
――コイツラ全員、殺す、殺す殺すコロスコロスコロス!
……ーなさま! ……いです……もう……ください!
――戦え……たたかえ……!
「戦え! 鎧竜!」
――リーナ樣! もう戦わないでください! お願いします!
「え?」
リーナはそこで初めて気がついた。
右手と竜黒剣が一体化している。
右手事態が黒い竜のようにゴツゴツしており、自らの意思一つで自在に形が変化しているのだ。刃の形状さえ自在に変化させられるほどに。
「あ……え……?」
一体化は肘にまで到達していた。なぜ今まで気づかなかったのかリーナ自身わからない。
――なに? この右手……? それに今の声……。
体が勝手に反応する。襲い来るマモノ達は自在に形状を変化させる右腕によって魚の切り身のように綺麗に斬り殺されていく。
「あたしの……あたしの体が……」
――殺せ……殺せ殺せコロセェェェェェェ!
――リーナ樣!
――コエ、ガ、キコ、エ、ル。
頭の中から理性が消えていく。
口元がつり上がる。鎧竜と初めて相対した時のように。
「アハハハハ、アーハッハッハッハッハッハッ!」
――リーナ樣! 正気に戻ってください!
その声は誰の声だったか?
思い出せない。
懐かしいような気がする。
でも、知らない気がする。
関係ない。
――コロセ! あたしはそのために力に目覚めた。鎧竜もマモノもあたしを不幸にする奴はみんな敵だ! だから……。
「コロしちゃえ!」
笑いながら、嗤いながら。リーナはマモノを狩り殺していく。
もはやどちらがマモノかわからない。
「燃えろ! マモノどもぉ!」
それは発火能力とは呼べないものだった。爆発だった。
マモノ達の表皮が爆発を起こし、巨大な炎に包まれていった。
それが連鎖的に発生し、マモノを炎に包み込んでいく。
「アハ、アハハハハハ、アッハハハハハハハハハ!」
高らかに笑う。大地も周囲の建物も、自分自身さえも血の雨で汚れながら。
――コロセ! コロセ! もっともっとコロセ!
「殺してやる……あたしの人生を滅茶苦茶にした奴等、み~んな」
――リーナ樣! 私の声が、まだ聞こえませんか? まだ私が誰なのかわからないのですか!?
「さっきからうるさいな……なんなのあんた……?」
リーナはゆっくり鎧竜に向き直る。
「あ~そっか、鎧竜かぁ……あんたさえこなきゃ、マモノだってこなかったかもしれないのにねえ?」
――リーナ樣……。
全身血まみれのままリーナは鎧竜に向かっていく。
鎧竜は動かない。リーナが寄ってくるのを待っている。
「どうした、鎧竜。逃げなきゃまた殺されるぞォ……あのときみたいにさァ……」
――はい、逃げません。
「へぇ……?」
――私はどんな姿になってもあなたに刃を向けることはできません。
「あんたさえこなきゃ、あたしは親友を失わずにすんだ。あたしを愛してくれる人を失わずにすんだ。罪もない人々が死ぬこともなかった。フクシュウしてやる。あたしの大事な人たちを奪った奴等に」
右腕の肥大化は既に二の腕にまで及んでいた。リーナ自身でさえ、もうどうなるのか分からない。
それでもリーナは右手を、刃を鎧竜に向けた。
何を思ったのか。鎧竜は膝を折った。
そして狂気に駆られたリーナを優しく抱き締めた。
「……!?」
――思い出してください。リーナ樣。ご自分が本当は何者なのかを。
――な……なんで……?
「う、ううううう……」
様々なヴィジョンが脳裏を駆け巡る。それは鎧竜 によるテレパシー。
そして、リーナ自身が決して忘れるはずのない記憶。
初めて出来た友達。
自分の勝利を喜んでくれた友達。
常に自分のそばにいてくれた人間。
優しい感情が流れ込んでくる。
「どうして……」
――こんなに安らぐの……?
――私は知っています。本当のリーナ樣は、とても繊細な人。
――とても傷つきやすくて、それを誰にも悟られまいと必死な人。
――真面目で、人に涙を見せない人。
鎧竜がゆっくりとリーナを放す。
すでにリーナに戦意はなかった。
「あ、あたし……一体……」
顔をあげる。そこには鎧竜が立っていた。
――やっと、私の声が届きましたね、リーナ樣。
今までずっと聞こえなかった。
ひょっとしたら聞こえたときもあったかもしれない。
はっきりしていることは一つ。目の前の竜は竜であって竜にあらず。
「ずっと側にいたのね。あのとき、マモノからあたしを守って……それからずっと、守ってくれていたのね」
両膝を地面につく。なんて声をかけていいのかわからない。
そもそもなぜこうなっているのかもわからない。
でもこれだけは伝えたかった。
「ありがとう、フィーネ」
サブタイはあのゲームのパロディです。




