ゼブル狂想曲
『お前達、私に相手になるか?』
ゼブルは嗤う。邪悪で禍々しい笑みを張り付けたまま、地面から足を浮かせている。
ヴィルドはリーベのそばまでやって来て、彼女に耳打ちした。
「今、エンが国王の救出に行っている。救出後に合図が送られる。それと同時にここを離脱する」
「わかった」
『何を考えているかは知らないが……お前達は私に触れることさえできない……』
ゼブルの声が聞こえているのかいないのか、リーベは真っ先に攻撃を開始した。相棒である十字一角竜の名を呼び、光の槍を発射した。
刹那、やはりゼブルは嗤っていた。両手の指をリズムをとるかのようにパチンと鳴らすと、光の槍は泡のように弾けとんだ。
――今、何を……!?
『さあ、踊ろうか』
それらはどこにいたのか。いつのまにか、彼らの周囲には無数の人間がいた。
生きているとは到底思えないような正気を失った瞳の人間、あるいは人間だったかもしれない人達。それらが、今この場にいる全てを囲っていた。
『安心しろ、もう死んでる。そのまま死体にして腐らせるのはもったいないので、奴隷として生きることを許しているのだ。死んだ後もなお、私のために命を使ってもらっている』
「なんということだ……穏やかに死ぬ権利を奪いゾンビにするなど……」
『人間はあまりにも脆い。国を腐らせただけで勝手に死んでいった。生きたければ、それでもなお強い存在であればよかったのだ。お前達が頼りにしている、あの女のようにな。
さあ、どんな姿で襲ってほ・し・い?』
途端、ゾンビ達が一斉に絶叫始めた。
『ギイエエエエエエアアアアア!!』
『イタイイタイイタイイタイ!!』
『アアエエエエアア……』
思い思いに、言葉にならない言葉で苦痛を訴える声。
断末魔の叫びは空気を支配し、超音波のそれとなる。
今その空間に流れる空気はまさに凶器だった。リーベもヴィルドもあまりの絶叫に耳を塞ぐ。そうしなければ鼓膜が破壊されかねない。
だが目の前で繰り広げられている光景は耳を劈く声よりも凄惨だった。
あるものは骨格がおかしな方向に捻れ、あるものは皮膚が不自然なほどに引き伸ばされ、あるものは口の中からよだれと血が混じりあった液体を吐き出していた。
『フフフフフフ』
――嗤っている……。
怒りと戦慄がリーベの心のなかで渦巻く。
「あ、悪魔め……!」
絶叫が病むと今度は人間の姿を保っているものは一人もいなくなっていた。全員マモノと化したからだ。
もはやその姿を一つ一つ確認することさえバカらしくなるほどに、その姿は多種多様だった。
鳥であったり、獣であったり、蛇であったり、人の姿を残していないものもあれば、中途半端に人の姿形を残しているものもいる。
そのうちの一人が口を開いた。四足歩行になってはいるが、仰向けの状態で骨格の向きがおかしく、あばら骨が天を突いている。顔だけが人間らしさを辛うじて残していた。
『ア、アアアアア……タ、タスケ……』
その声は最後まで続かなかった。口から血を吐いたかと思うと、瞬時に事切れた。ピクピクとうごめく姿があまりにも気色悪い。
『やっぱり、この数を変異させるのは難しいか……失敗作が出てしまった』
「……!」
「押さえろ、リーベ」
「分かってる……!」
『さあ、遊んでおいで……』
マモノ達が我先にと、リーベとヴィルドに向かっていく。
ヴィルドは叫んだ。己の竜の名を。
「アヴァル!」
『フゥ……!』
竜人が名を呼ばれ、一息つく。そして背負っていた槍を引き抜き、その場で凪ぎ払った。
それだけで、多くのマモノが瞬時に斬り伏せられ、血と臓物の塊となる。しかし、その一振りで全てのマモノを斬り倒すことができるわけであない。
マモノの数は際限がない。津波のように次から次へと湧いて出る。
二体の竜はあらんかぎりの力を振り絞ってマモノ達を次から次へと撃退していく。
マモノは減らない。このままでは物量で圧殺される。
「耐えることしかできないの……」
「いや、これはチャンスかもしれんぞ。この乱戦に乗じれば、奴に傷をつけることくらいはできるかもしれん」
「どうするの?」
ヴィルドはそれ以上口では説明しなかった。代わりに、竜との波長を通してリーベに全てを伝えた。
「やるぞ、覚悟はいいな!」
「ええ!」
「イコロス、アヴァル。援護を頼む!」
二体の竜が反応する。同時に動きが変わった。
イコロスは翼を広げ飛び回り、その巨大な一本角で、大量のマモノを刺し殺し始めた。
アヴァルは右手に槍を、左手に斧を持ち、マモノの血飛沫と死体を空間にばらまき始める。
そしてリーベとヴィルドは二体の竜に守られながらも、同時にマモノ達の影に隠れ、その姿を撹乱する。
『……なに!?』
ゼブルが二人の姿を見失う。同時に竜達はサイドからゼブルに攻撃をしかけた。
イコロスはその角にマモノの死体が大量にぶら下げ、血にまみれていた。その状態で、リーベに向かって突進していく。
アヴァルは巨大な槍でゼブルに攻撃をしかけた。
『チッ』
ゼブルは二体の竜に向かって両手をかざした。目に見えない、迫っていた竜の動きが止まった。同時に大量の死体と血飛沫がゼブルの視界を奪う。
その時、ゼブルの両耳の穴に刀が突き刺さった。
『ガッァ……』
ゼブルの瞳孔が開ききる。両目の視線は左右に向いていた。右にはリーベが、左にはヴィルドがいた。
二人の持つ小刀で、ゼブルの耳を突き刺したのだ。
『フンッ!』
衝撃が二人を襲う。小刀の切っ先が離れ、二人は大きく吹っ飛ばされた。
『う、アアアアアアアア……!!』
両耳を手で押さえゼブルがうずくまる。
同時に爆音が耳を打った。
マモノの群れの中心で炎が上がったのだ。それも複数。
それは火炎球だった。それが飛んできた方向には、エン・アンダールの竜獣がいた。
――あれが合図……!
『ギイイイイイイ!』
イコロスが吠える。そしてヴィルドとリーベをその手で回収し、羽ばたいた。竜人アヴァルもきびすを返す。
竜達は察したのだ。今は逃げるときであると。
合図を送った竜獣もこちらに近づいてくる。それも猛烈な速さで。
よく見ると全身に炎をまとっている。竜獣は炎をまとったまま突進してきているのだ。
そのままマモノの群れを薙ぎ払い、先行していく。
リーベとヴィルド、そして彼らの竜達も竜獣の後を追う形でその場から離脱していく。
竜達は離れていく。多数の人間だったもの達と、全ての現況をその場に残して。
『グッ……クククククッ……竜の威を借る、サルどもめ、あんなことをする勇気があるとは』
リーベとヴィルドの攻撃は聴覚を奪うには十分な攻撃だった。下手をすれば頭蓋を割って、脳を破壊することもできたかもしれない。
しかし、それはできなかった。二本の刃は刺突でのダメージは与えられても、頭部を破壊するほどの衝撃には至らなかった。
両耳から手を離す。耳からは煙のようなモノが出ていた。それらが収まると同時に、手に付着した血液をペロリと舐めとる。
『あ~、痛かったぁ……人間の体は不便で困る……。奴らめオトウサマを奪ったわね。フフフフフ……必ず取り返すわ……クッククククククク』
時間か、もう一人の私が欲しい・・・・・・。




