ストラグラム
「見えた……!」
時間にして数分の時が過ぎた。彼女達の進行方向の先には、円柱型の国が姿を表した。
巨大な鉱山を含めすべてが鉄の壁に覆われており上から見ると完全に楕円の形を形成している。その姿を国と表現していいのかはいささか怪しいものがある。
どちらかというと城塞だ。城塞そのものが国を名乗っているようなものだ。
国を名乗る以上、壁に守られていないのでは『どうぞ侵略してくれ』といっているようなものだ。だから国全体が壁で覆われているのは理解できる。
しかし、その壁が鉄というのはいささか堅牢が過ぎるように思えた。
壁の内側は遠目から見ても、生活感というものが感じられない。
建造物のほとんどが規則的に並んでおり、人々が商いにせいを出す姿もなければ、商店らしきものも見受けられない。
近隣に海は見えるから恐らく食料はそこから調達しているだろうことはわかるが、逆にそれ以外の食物は特になさそうに見える。
「こんなところに建国するなんて……」
『建国の目的はあの鉱山でしょうね。鉱山そのものを国そのものが独り占めして、大量の鉄鉱石を採取するために……』
「どれが王宮に見える?」
『あれじゃない……? どう見ても』
「権威を示すにはお城の大きさからってね……」
どこの国も、城を大きく建てることは変わらないらしい。
鉱山の一部は城塞として利用されているようで、そのせいか明らかに大きさで目立つ城がある。それが王宮も兼ねているのだろう。少なくとも初見ではそのように見える。
『ところでリーナ……あんた見える?』
「何が?」
『人の姿が……』
リーナは改めて空からストラグラムを覗きこむ。
人の姿はない。それは最初からわかっていたことだ。では、その代わりに何がいるのか?
「マモノ……」
『ええ。そのようね……』
非常に小さいが、確かに見覚えのあるシルエットがいくつも見える。
その他、建物の屋根や天井にも明らかに生物らしきものが張り付いているのが見える。
「ここでまともに生きている人間は、もういない」
全身が身震いする。仮に今、ストラグラムの大地に立ったとしたら、一瞬でマモノに食い殺されてしまうに違いない。
『そう考えるのが妥当でしょうね。覚悟はできてる?』
リーナはうなずいた。
「ええ。ここから先は奴等の領域。いつ何が襲ってきてもおかしくない」
『そういうことね……行くわよ』
二体の竜はストラグラムの巨大な城塞に向かう。
国を覆っている鉄の壁を越えた頃だった。
空が赤く染まった。
『え?』
「これは……!」
背中を氷が滑っていくような感覚。二人は今まさにそんな気分だった。
今はまだ夕方と呼ぶべき時間ではない。しかし空は夕闇よりも赤く染め上がり、爛々とした不気味な光が降り始めた。
『この空は……!』
『フフフフフフ……』
甘い囁き声が聞こえる。リーナ自身、数時間程度前のことなのではっきり覚えている。
直後、城から無数の虫が涌き出てきた。それらは瞬時に一つの塊になり、人の形を形成した。
「ベール……!」
『ええ、さっきぶりね……竜騎士のお姫様』
「あんた……その腕……」
以前戦った時、確かにベールの左腕を切り裂いた。なのに、その左腕が完全に元通りになっている。
『あの時はあなたを舐めていたわ。でも、今度は本気で……』
いうやいなや、ベールの顔が人間のそれじゃなくなった。
目が不自然に巨大に、そしてトンボを思わせるような青い複眼となる。口許は無数の触覚が突き出て、ウネウネと気色悪くうごめいている。
背中からはあの時同様黒いエネルギーを放射しており、翼の形を形成していた。
『アナタをコロすわ』
瞬間、冷や汗が全身の穴という穴から噴出されたような気がした。
それはリーベも同じだったらしい。彼女はさっきから押し黙ったままだ。
リーベは彼女達が固まっているのを黙ってみていてはくれない。即座に、そしてどこからともなく、凄まじい数のハエを空中に産み出した。
「いつのまに……!」
『ハいつくばりなさい』
無数のハエは二体の竜に一斉に飛び付いた。間髪入れず、二体の竜の高度が下がり始める。地面に向かって全身を押さえつけられているその様は、まるで虫の姿をした重力だ。
空より沈み行く愛竜に向かって、リーベはその名を叫んだ。
『イコロス!』
『ギイィィィィィ!』
十字一角竜の角が槍のように細長い光を放ち、ベールもろとも凪ぎ払おうとする。
が、光の槍が接触するより速く、ベールは動いた。一瞬のうちに移動し、リーベの胸部めがけて蹴りを放つ。
『グウッ……』
あまりにも早い移動と攻撃にリーベは大きく吹っ飛ばされた。
「リーベ! ……燃えろォォォォォ!」
瞬間、鎧竜と、イコロスにまとわりついていたハエが一斉に燃え上がり始めた。
まるで火薬の粉が導火線になって一気に燃え上がるように。
『ワルいコ……アナタには……コレよ』
それは上からやってきた。
衝撃波とでも言うべきだろうか。まるで重力の塊が落ちてきたかのように、見えない力がリーナと鎧竜を押し潰そうとする。
「アッ……ガァ……!」
鎧竜もろとも、体全身に強烈な重力の固まりが押し付けられる。全身の骨が軋んでいるかのようだ。
二体の竜と二人はハエと重力の力で空から地上に落とされていった。
『まだまだ、これからよ。フフフフフ』
リーナとリーベの二人が空からストラグラムに向かうのに対し、ヴィルドとエンの二人は地上をひた走っていた。
ヴィルドの竜は二足歩行、その孫のエンの竜は四足歩行でストラグラムに向かっている。
ヴィルドの赤い二足歩行竜には翼と呼べるものがなく、その背中には彼の竜専用の大きな戦斧と槍があった。
人と同じように考え、同じように行動できる二足歩行型の竜。人はこのタイプを竜人と呼んだ。
対するエンの竜は地上での俊敏性にもっとも優れた四足歩行型の赤い竜で、竜獣と呼ばれる。
二人は空を飛ぶリーナ達よりもどうしても遅くなってしまうものの、すでに異変を感じていた。
『急に空が赤くなったぜ。じいさん』
「あの時を思い出すな……」
『まったくだ。思い出したくもねぇ』
ヴィルドは思い出していた。マモノと呼ぶべき存在がストラグラムから現れた時のことを。
竜の《バレー》の外。ほとんど荒野が広がるばかりのこの地は、背の低い植物がわずかに群生するのみで、鳥のさえずりさえ耳にすることはない。
であるにも関わらず、その日は異様な声が轟いていた。
人の悲鳴のような、獣の鳴き声のような、どちらともつかない不気味な声が響き渡っていた。
そしてマモノが現れ、彼らは戦った。全てを倒すことはできなかった。
ヴィルドの息子夫婦であり、リーベとエンの両親に該当する二人の夫婦と竜がこの世を去った。
――息子達の命を犠牲にして、ワシは生き残った。若い彼らの代わりに老いぼれのワシが生き残ったのは、神のいたずらか悪魔の気まぐれなのか……?
『おじいちゃん。エン、聞こえる!?』
「その声、リーベか?」
『二人とも聞いて。リーナが言っていたベールってマモノが現れた』
「なんじゃと!?」
『奴等、手加減なしで俺らを潰す気か……』
『そういうことみたいね。あたしらはまずそいつを潰すわ。おじいちゃん達は、地上のマモノ達をなんとかして!』
「地上のマモノ達だと?」
『この国にはもう、人間はいないみたい、その代わりマモノが跋扈しているのよ!』
一瞬、ヴィルドは押し黙った。一瞬でよみがえる。二週間前の悪夢が。
「リーベ、お前達は目の前のマモノをなんとしても撃退しろ。それが無理ならなんとしても堪え忍ぶんじゃ」
『わかってる! でもなるべく早くお願い!』
「ああ。エン! 覚悟はいいか!?」
『無論だ!』
ヴィルドとエンは戦う覚悟を決めた。
同時にヴィルドは願った。可能であれば、誰も死なない戦いになることを。
中々5000文字書けない・・・・・・。
もうちっと頑張らないとなぁ。




