死者を思う
そうやってしばらくエイリスの話を聞いていると、コテージの外から竜の足音が聞こえてきた。
窓から足音がする方に目を向けると、鎧竜以外の三体の竜の姿が目に入った。
一体はリーナと鎧竜を案内した人型の赤い竜だ。
他の二体の竜は始めて見る。
一体は白く長い角が生えている。その体型や顔は、リーナが想像するような竜の姿とは大きくかけ離れており、どちらかというと猛禽類のようだ。
もう一体の竜も竜とは思えない姿をしていた。四足歩行で体が細く、獰猛な肉食獣のような出で立ちをしている。
「あの竜達……」
「おじいちゃん達の竜だよ」
「竜っていうのは翼があって、口から炎を吐くものばかりだと思ってたわ」
「そういうのもいるよ。でもそうじゃない竜もいる」
「そうなんだ」
竜達がコテージの前で止まると、ヴィルド達三人が入ってきた。
「それでは、作戦会議を始めよう。まずリーナ姫殿、現状とこれからについて少しばかり説明させてもらうが、よろしいかな?」
「ええ」
四人はテーブルにつく。エイリスは隅のベンチの上で四人を見ている形になった。
ヴィルドはテーブルの上に地図を広げる。今リーナ達がいる大陸全土を示した地図だ。
「今ワシらがいるのはここ。人間が立ち入ることを許さない巨大な縦穴と巨木のベールによって、表の人間は『禁居の縦穴』と呼んでいる」
「きんいのたてあな?」
「飛行能力を有する竜など、特殊な能力がない限りここまで降りてくることも、逆に上ることも不可能だ。ロープなどを使って出入りをするにしても相当な労力と手間がかかる。落下してくることはあり得る話ではあるがな」
「だから、ここの存在はその……表の人間には知られていないのね?」
ヴィルドが大きくうなずいた。
「そういうことだ。この地は代々ワシら竜と命を共にする人間の聖地であり、ワシらは世界の均衡を守る一族。だがその存在は公になってはならない」
「お爺ちゃん、その説明ならさっきもしたわ。ボケるのはまだ十年は早いわ」
「まだボケとらんわい! リーべ、話の腰を折るでない」
「ごめんなさい……」
リーナは目線をエンに向ける。偶然か否か視線があった。
「なんだ? リーナ嬢、聞きたいことがあったら答えるぜ」
爽やかに言うエン。ならばと、リーナは質問をぶつけた。
「この女、いつもこうなの?」
「ああ、こんな感じだ。毒舌なのは昔からだし、すぐ慣れるさ」
――あんまり慣れたくないなぁ……。
「オッホン!」
ヴィルドが咳払いをした。誰が見てもわざとだとわかるくらい大袈裟に。
「話を戻そう」
再びヴィルドは地図を指差す。
「ワシらがいるこの地を、我々は竜の谷と呼んでいる。まあ呼び名などこの際どうでもよい。
リーナ姫殿、お主が遭遇したと言うマモノ。アレの存在にワシらが気づいたのは、今から二週間ほど前のこと。この頃には既に、ストラグラム国では大きな異変が起きているようじゃった」
地図の上に置いた指を動かす。今リーナ達がいる竜の谷よりもさらに北の方向に。
「ここがストラグラム。鎧竜のような飛行能力を持った竜ならば、十分もかからずに行ける距離だ。馬だと三十分はかかるがな。二週間前、突如ここから大量のマモノどもが姿を現した。
当然ワシらは応戦した。しかし物量で攻めてくる奴等全てを掃討することはできなかった。生き残ったマモノどもはお主の国、アダマンガラス国へと向かい、ワシの息子夫婦とその竜はこの世を去ることになった。
この時点ではワシらはマモノ共の目的はわからなかった。だが災厄の時が訪れたことだけはわかった。お主の元に鎧竜を向かわせたのはこの直後のことじゃった」
「マモノ達の目的って……やっぱり……」
「ああ、お主の国だったのだろうな。恐らく、マモノ供の親玉はお主が自分達の天敵になり得る存在だと知っていたのだろう。だからお主の元にマモノ供を送り、暴れさせたのだろう」
「その間、あなた達は何をしていたの?」
リーベが目線だけを動かしながら口を開く。
「父さんと母さん、共に戦った竜。そのお墓を作っていたし、慎重にストラグラムを監視していたわ。あなたの国に向かったマモノ以外に、特に大きな変化はなかった」
「ま、そういうことじゃな」
ヴィルドはエイリスがいれたコーヒーを口に運んだ。
「物量で攻めてくるマモノ供。これだけでもワシらにとっては脅威だった、だから我々は待ったのだ。リーナ・ギルバルト王女。お主がここまでやってくるのを」
「あたしなら、本当の意味で奴等に対抗できる。そういったわね?」
「そうじゃ」
「戦いの中でそれが追々理解できるんだったわね?」
「そうじゃ。ひょっとしたらお主はもうその力を使ったことがあるかもしれん」
「その力って、例えば?」
「竜の力とは別に、お主自身が発動させることができる力じゃ。例えば、お主は目に見えているものを、物理的な力を使わずに吹き飛ばしたり、燃やしたり、あるいはそれとは別の能力を発現していたりするかもしれん」。
言われて即座に思い出した。ついさっき、ここに来る直前に戦った、ベールというマモノ。その最中に、確かに発火能力らしき力をで対抗したことを。
――ああいう能力のことか。
「心当たりがあるようだな」
「ええ」
「その力こそ、お主が奴等に対抗できる証拠だ。ワシらはお主を中心にこれから作戦を立て、奴等を打倒しなければならない」
――あたしに使える能力。あたしだけが奴等に対抗する鍵……。
「あなた……何を考えているの?」
それはリーべの質問だった。
「敵について、ちょっとね……」
「敵?」
「あなた達はマモノの親玉についてなにか知ってる?」
リーナの質問に三人は一斉に首を振った。
「ワシらは物量で攻めてくるマモノ供と戦いはしたが、その親玉までは知らない」
「ここに来るちょっと前に、それらしき存在に会ったわ」
リーナは竜の谷に来る直前に出会ったベールという少女のことを話した。
「虫を操る能力を持っている、人間とほぼ同じ姿をした少女……か」
「多分だけど、そいつとあともう一人はいる。最低でも二人。あたしが戦ったマモノ達とは明らかに異質な力を持っている」
精神を直接壊す能力、人の記憶をいじくる能力、赤い闇を産み出す能力。
「奴らは人間の心にまで侵食する力を持ってるってことか……」
エンが真顔で呟く。ヴィルドとリーベも、どことなく苦い顔をしている。
「あなた達は、あたしこそが奴らを倒す鍵だと言った。でもきっとあたし一人じゃ、奴らとまともに戦えないと思う。記憶をいじられ、簡単に心を壊されるその可能性がある。
だから、あたしも他のみんなもそうならないように、お互いに目を向けあう必要があるわ。そうでないと、一人ずつ倒される可能性がある」
「わかった、その前提で作戦を組み立てよう」
作戦は十分ほどで出来上がった。
まずリーナとりーべが、上空から王宮と思しき建物を見つけ、ストラグラム国王を救出する。
それからヴィルド、エンと四人と四体の竜でマモノを各個撃破していく。やること事態はとてもシンプルだ。シンプルすぎて作戦と呼べるかさえ怪しい。
エイリスは竜の谷で留守番をしていることになった。
彼女の贋首竜は機動力が低く、戦闘力もそれほど高くないからだ。あくまで他の竜と比較した場合の話ではあるが。
可能であれば、一度撤退する。ストラグラムの国王が何者かは知らないが、人間を一人守りながら戦うのは難しいかもしれないからだ。
問題はただ一つ。あの手紙の内容をどこまで信じていいかだ。
『ワシらに手がかりと呼べるものはほとんどない。ストラグラム国そのものが、もはや人外の巣窟と化している可能性がある上に、あの国は外交というものをまともに行っていないからな。
情報そのものがあの国と他国とで完全に遮断されている。ワシらは今ある情報を元に、行動を起こしていかねばならない。それが、敵の罠であったとしてもな』
竜の谷の上空、鎧竜の背中の上で、ヴィルドの言葉を思い出す。
すでにリーナの顔と、鎧竜の姿は敵に知られている。自分が近づくこと事態が罠ではないかとさえ思えた。
『こちらヴィルド、竜騎兵、聞こえるか?』
頭の中に直接ヴィルドの声が響いてくる。竜同士が会話をする場合、人間のように言葉を介することなく、竜特有の目に見えない波長で会話をするという。
相棒となる竜が側にいれば、人間同士でもそれが可能になるという。今のヴィルドの声はそういうものだった。
『聞こえるわ、おじいちゃん』
『俺の方も聞こえている』
「リーナ、聞こえています」
『よし、それじゃあリーナ姫殿、リーベ。まずはお主達の出番だ。ワシらの竜は地上での機動力はあるが、飛行能力はない。この作戦の鍵を握るのはお主達の活躍にかかっている。頼む』
『ええ、わかったわ』
「了解です」
――それにしても……。
鎧竜と共に飛行するもう一体の竜。
それはリーベの竜だった。それが空を飛ぶ姿には正直いって驚いた。
全身白の竜。猛禽類のようだと思っていたフォルムは、竜特有の鱗に覆われていたに過ぎず、翼を広げた姿は鳥類のそれとはかけ離れていた。
その姿は蛇の体に巨大な翼と猛禽類の足が生えたようなもので、翼の大きさが胴体と同等かそれ以上ある。
槍のような巨大な一本角も含めて十字架のように見えることから十字一角竜と呼ばれているという。
「リーベ、一つ聞いていい?」
『なにかしら?』
リーベはぶっきらぼうさを一切隠すことなく応じた。
「竜っていろんな姿のものがいるけど、何種類あるの?」
『さあ』
「え? わからないの?」
『わかるわけないでしょう。あなたはこの世界の人種の数が正確にわかるのかしら?』
「確かに、そう例えられると返す言葉がないわね。じゃあ、次の質問なんだけど」
『ちょっと待って……今はそういう話をする時じゃないんじゃない?』
リーベの台詞に不機嫌さが加わった。それを感じ取った上でリーナは続ける。
「お互いのことを知っておくのは大事なことだと思うわ」
『必要ないわ。少なくとも今はね』
取りつく島もない、とはこのことを言うのだろう。リーベの口調はどこか冷たく、他人を拒絶しているようにさえ感じた。
『それに今仲良くなっても、辛いだけよ』
「え?」
『戦いの中に身を置けば、どうしても出会いと……死別を繰り返すことになる。今まで王族という立場に守られてきた貴方には、わからないかもしれないけどね』
「……死別なら……あたしも経験しているわ」
父ギルバルト王、従者であるフィーネ、自分を好いてくれていた兵士ゼイル。どの命も、代わりなど存在しない唯一の存在だった。
『へぇ……』
リーベの好奇心をくすぐったのか、その一秒にも満たない返事は今までとは明らかに違う感情がこもっていた。
『なら是が非でも生き残ることね。戦いが終わった頃に、お互いを戦友と呼びあえるように』
「……!」
リーベが何を思ってそう口にしたのかはわからない。だけど、この僅かなやり取りで、少しだけお互いの距離を縮めることはできたのではないか。
少なくともリーナはそう思っていた。
「ええ、そうね」
ストラグラム国は目の前に迫っていた。




