戦う者達
「ん?」
背後に気配を感じた。
それは目の前の老人のものでもなく、幼いエイリスのものでもない。誰もいなかった空間に突如現れたかのような。そんな感じ。
――なに、今の?
ゆっくりと視線を背後に向ける。すると。
「流石じゃな、もう気づくとは……」
「……!?」
全身が強張る。ヴィルドは知っているらしい。今感じた気配の正体を。
「どういうこと……?」
「そう強るでない。心配はいらない。ワシの孫だ」
「……やれやれ、だね」
コツコツと靴音を鳴らし、声の主は姿を現した。
それはリーナよりもやや小柄な少女だった。
肩口で切り揃えられた黒髪と露出のないシンプルな紫色の服に白いマフラーをしている。鋭い目付きは冷酷さを称えていて、やや殺気だっている。
「リーベ、そんな顔をするな。もう大丈夫じゃて」
「そう、みたいだね……」
目から殺気が消え、表情が穏やかになっていく。どうやらそれが彼女の本来の表情らしい。
「よかったわね。貴方がもう少し殺気を膨らませていたら、その首が地面に転がってたよ」
「……あたしのことを監視していたのね?」
「ええ」
「なぜ?」
「言われなくてもわかるでしょ? それとも、この状況でいちいち説明されなきゃわからないほど貴方、バカなのかしら?」
リーナが殺気だって、ヴィルドを殺すかもしれない。そうさせないために、彼女はこの部屋のなかに潜み、気配を殺していた。確かにそう考えれば、彼女の行動も理解できる。
しかし、バカと呼ばれる筋合いはない。
「あ、貴方ねぇ……!」
「リーベ、よさないか!」
「……お爺ちゃんこそ! 孫をヒヤヒヤさせないでよ」
いいながら一瞥をくれると、部屋においてある横長の椅子にどっかりと座り込んだ。
「私はリーベ・アンダール。まあよろしく」
口許をマフラーで覆い隠す。それ以上いうことなど何もないと、態度で言っている。
「……なんなのあの子?」
「ああいう、性格なだけじゃよ。悪気はないから許してやってくれ」
――とてもそうとは思えないんだけど……。
「ところで、まだお孫さんはいるの?」
「ああ、あと一人長男がいる」
「その人はどこに?」
「警戒せんでも、ここにはおらんよ」
「どこに行ってるの?」
「あやつには外の警戒に当たらせている」
「外?」
「この空間の外。言ってみれば地上じゃな」
「地上って……ただの荒野でしょ?」
「いいや。荒野を抜けたさきには、ストラグラム帝国がある。お主さっきいっておったな。マモノとやらが攻めてきた、と。もう一人の孫は、そのマモノ供の動きを監視しているのだ」
「なるほど」
胸を撫で下ろす。また誰かにいきなり命を狙われるのはごめんだったから。同時に疑問も沸いた。
「ところでさっきから思ってたんだけど……」
「なんじゃ?」
「この子達の両親っていないの? さっきから全然……」
一瞬言葉がつまる。ヴィルドもリーベもエイリスも表情が硬くなり始めたからだ。リーベに至ってはこちらを睨み付けている。
「ひょっとして……」
「察したなら、話題にしないでもらえるかな? ワシ一人ならともかく、孫娘達には思い出させたくない……」
言われ察した。彼らの脳裏にどんな思いが渦巻いているのか。彼女達の脳裏にこびり付いた、忘れてはいけないけど思い出したくはない記憶。
その気持ちはリーナも理解できる。自分も肉親や友達を失っているからだ。
「話を戻そうか。なにか質問はあるかね?」
「え、ええ。そうね」
落ち着いて頭のなかを整理する。目の前の老人は恐らくリーナが知りたいことのほとんどに答えられるだろうから。
「じゃあ、二つ聞きたいことがあるわ。一つ、なぜあたしはこの瞳をもって生まれてきたのか。二つ、竜を操る力を持っている貴方達はなぜ自分達で世界の均衡を守ろうとしないのか」
「この瞳というのは、その包帯で隠れている左目のことかね?」
言われて包帯を外し、左目をヴィルドに見せる。
「灰色の瞳……」
「この瞳のお陰で、色々苦労したわ。なぜ、こんな瞳をもって生まれてきてしまったのか、自分を呪ったことも、一度や二度ではないわ。でも、そもそもなぜあたしはこんな瞳をもって生まれてきたのか。そしてこの瞳がなんなのか、あたしはそれを知りたい」
ヴィルドは力強く頷いた。
「よろしい、説明しよう。まず瞳の正体についてだが、その瞳は竜の魂そのものじゃ」
「竜の……魂!?」
声が裏返る。無意識に自分の左目を手で覆ってしまう。なんでそんなものが自分の瞳に宿っているのか理解できない。
「この世界は途方もないエネルギーが流れている。人や動物や植物、そして竜の魂もその一つだ。そして竜の魂は、この世界を循環しながら、我ら人間に与えるのじゃ。途方もない災厄が訪れる時とそれに対抗する力を」
「時と力?」
「そう、それがお主だ。お主が生まれた時、その人生のどこかで必ず災厄が起こる。そしてその本人には災厄に立ち向かう力が与えられる」
「じゃあ、この瞳があたしに与えられたのって」
「選ばれたのじゃよ。この世界を監視する竜の魂にな」
それならば当然の疑問がある。それはリーナ自身、子供の頃から思っていたことだ。
「なぜ、あたしなの?」
「それはお主が、この災厄に対抗する力を持つ存在だからじゃ」
「生まれる前からそんなことが分かるって言うの?」
そこで、ヴィルドの表情が変わる。少し困ったような表情だ。
「ワシら人間にそこまではわからん。分かるのは、お主という存在が竜の魂によって選ばれ、その力を授けられたということだけだ」
どうにも反応に困る返答だ。
魂だの世界を流れるエネルギーだの、超自然すぎて理解できない。
「竜には見えているのかもしれんな。魂の才能というものが」
「才能?」
「竜と心を通わせ、竜を使役するのに相応しい魂。そういうものが竜には見えていて、そういう人間の中から選ばれているのかもしれん」
ヴィルドが言っているのはあくまで推測の域なのだろう。
しかし、何となく。そう何となくではあるが理解できる気もする。
旅立つ前、父が利用していたという占い師。それを利用した自分としては、そういった人間には理解できない神秘を否定しきれない。
「そう。わかった、ような……気がする」
妙にしんみりした気持ちだ。同時に妙に落ち着いているような気もする。
「すまない。こんな返答で」
「ううん。そんなことない。だって、自分がするべきことはわかっているつもりだし、自分の運命には従うつもりだから」
「へぇ……」
リーベがため息を漏らすように呟く。その瞳は何も見ておらず、視線はゆらゆらとさまよっている。
「自分の運命には従順ってわけか……」
その言い方が妙に癪にさわる。なぜこの女はこんな言い方をするのか。
「どういう意味?」
「いや、別に……」
「なんか引っ掛かるわね……」
「気にしちゃ負けよ……」
「何に負けるのよ!」
「コラコラ二人ともやめないか。喧嘩なら全てが終わったあとに、存分にやってもらおう。リーナ王女殿。もう一つの質問に答えてなかったな」
「あ、そうね」
ヴィルドがしゃべろうとしたその時だった。
コテージの扉が突如開かれた。
全員反射的に扉を見る。現れたのは、ヴィルド同様の大男だった。
こちらもまた露出が少なく、体の線がほとんど見えない赤い服装で、とてつもなく派手な服装をしている。黒髪はまるでライオンか何かのように全方向に延びていて、それを後方に流している。どんな手入れの仕方をしているのだろうか?
リーベと違って、こちらはどこか活発な印象を受ける。その両手にはハトの体がぐったりとした様子で乗っている。
「爺さん! いるか?」
「おるぞ、なにかあったか?」
「ああ、こんなものを見つけてよ」
男はテーブルの上にハトをゆっくりと乗せる。
「死んでるの? それ?」
リーべが問う。男は無念そうに頷いた。
「俺が見つけたときには既に死んでいた。供養してやるのはもちろんだが、その前に見てもらいたいものがある」
そういって、男が懐か手紙のようなものを取り出した。
「随分クシャクシャだな」
「このハトの足に括り付けられていた。どうやらストラグラム国から飛んできたらしい。マモノの攻撃を受けて、それでも飛び続けて、どこにいけばいいのか延々と空をさ迷っているうちに衰弱したってとこだろうな」
「何が書かれているの?」
ストラグラム。これから自分達が倒すべきマモノがいる場所。そこから送られた手紙の内容。気になって思わず声をあげていた。
「ああ、ん? ……誰だこの子?」
「あ、えっと」
「リーナ・ギルバルト王女だ。ワシらにとって希望となり得る人物だ。あまり粗相の無いようにな」
――すでに粗相を働いてる女がいるような気がするけどね。
ちらりと視線をリーベに送る。しかし、リーベはリーナを見ていない。気になるのはこの男がもってきた手紙の方らしい。
「王女様ねぇ……」
男はマジマジとリーナを観察し始める。だがすぐにそれをやめ、握手を求めてきた。
「俺の名はエン。エン・アンダール。リーナ王女殿、以後お見知りおきを」
「……そうね」
リーナは握手に応じた。
「リーナ・ギルバルトよ。よろしく」
挨拶がすんだところで、リーべが口を挟んできた。
「それで、その手紙の差出人は誰で、何が書かれているの?」
「ああ、そうだったな」
エンはクシャクシャになった手紙を丁寧に広げ読み始めた。
『一体、誰がこの手紙を読むというのだろう? もはやこの国でまともに生きている人間は私くらいしかいないはずなのに。
しかし、私とて奴等に無意味に生かされているわけにはいかない。この手紙を読む者よ。どうか奴等を倒してほしい。この国はもう死んだ。私が殺されることはまずないだろうが、奴等に支配されたこの国で無意味に行き続けていても仕方がない。
私は愚かだった。どうか、私に断罪を下してほしい。そして、奴等を滅ぼしてほしい。
ストラグラム国王より』
「どう思う、爺さん」
「この手紙の差出人が本当に国王だとしたら、その国王が今回の災厄の原因を作り出したと考えられるな」
そこまで聞いて、リーベが立ち上がる。
「じゃあ、行きましょう」
全員が視線を向ける。リーべは口許こそ隠しているものの、瞳の奥に炎が宿っていた。
「その国王を捕まえて、償わせる。全てをはっきりさせようじゃない」
「ちょっと待ってよ」
リーナが制止する。どうにもこの女は口で語るより行動で示す方が得意らしい。
「この手紙が本物かどうかもわからないし、敵側の罠だったらどうするの?」
「その時はその時よ。私達には他に選択肢なんてない。第一……」
コテージの入り口まで歩き、そこで立ち止まる。背中を見せたままリーベは続けた。
「貴女は、このときのためにいるんでしょ?」
「え?」
「戦いの準備をしてくる」
そう行って、リーベはコテージを出ていった。
「う~む……」
ボリボリと頭を掻きながら、ヴィルドは唸った。
「どうする爺さん? 正直言って俺もリーベの意見に賛成だぜ。戦う手駒も揃っていることだしな」
エンもまたリーナを見る。
「え?」
エンもリーベも、リーナに対し何らかの期待をかけているようだ。
「確かに今まで防戦一方だったからなぁ。こちらから仕掛けられる人員も揃い、反撃に出るときなのかもしれん」
「その人員って……あたしのことなのね?」
エンとヴィルドは同時に頷いた。
「そうだ、リーナ王女殿。我々はお主がここにたどり着くのを、待っていた。鎧竜はお主をここに連れてくるのが使命だった」
「あたしに一体何があるっていうの?」
「お主だけなのだよ。やつらに本当の意味で対抗できるのは。そのために、お主は選ばれたのだから」
「そういうことだぜ、お姫様」
エンもコテージから出ていった。
「リーナ王女殿、まだ質問に答えていなかったな」
「……」
黙ってヴィルドの言葉に耳を傾ける。
「ワシらが自分達の力で世界の均衡を守ろうとしない理由。答えよう。その理由は単純だ。ワシらにはできなくて、お主になら……灰色の瞳を持つものだけができることがあるからだ。それは戦いのなかで追追わかっていくことじゃろう」
まだ、曖昧で疑問の余地は無数にある。その答えは戦うことでした知ることは出来ないのかもしれない。
そう思うと、戦う覚悟が出来てくる。
「作戦を立てる。リーナ王女殿。しばらく、エイリスとここで待っていてもらいたい」
「ここで?」
「時期にリーベとエンも戻ってくる。そのとき、改めて作戦を立てる。災厄を狩るための作戦をな」
そういい残し、ヴィルドも外へ出た。
もう少し、多くかければと思いますが、しばらくこれくらいが続くかもしれません。




