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孤独の戦

 鎧竜アーマード・ドラゴンはリーナを見る。そして何かをリーナの目の前に投げつけた。

「……?」

 彼女の前には、一本の剣が突き刺さっていた。真っ黒な柄を持ち、紫色にも似たオーラを放つ剣が。

 一見ロングソードにも見える。『使え』ということなのだろう。リーナは迷うことなくその刃を抜いた。その瞬間、刀身が柄の中に引っ込んだ。

「う……」

 その直後、彼女の脳裏にヴィジョンが刻み付けられた。

 言葉による説明ではない。神の天恵を受けたかのように、剣の使い方が頭に流れ込んできたのだ。

『ゴオオオオ……』

 その直後、鎧竜アーマード・ドラゴンにも変化を始めた。

 ゴキゴキと骨を鳴らす音が聞こえたかと思うと、その巨体の形が変化し始めたのだ。

 両手を地面に付き、足と同じ長さになるように延びる。鎧竜アーマード・ドラゴンを構成する肉体。その骨格が形を変えていき、刃のような翼は折り畳まれ、四足歩行のそれとなる。

 変形が終わり、鎧竜アーマード・ドラゴンは頭を下げる。

『乗れ』ということらしい。

 リーナは迷うことなく鎧竜アーマード・ドラゴンの背中に乗る。

 ほかに選択肢なんてない。

「乗り心地がいいとは言えないわね……」

 鎧竜アーマード・ドラゴンの皮膚は見た感じではわからなかったが、本当に鉄のように表面がツルツルだった。体温は伝わるものの、馬よりも硬い皮膚のお陰で、背骨のゴツゴツ感は伝わってこないものの、やはり人間用に作られた鞍には到底及ばない。

「そんなことはどうでもいいか……鎧竜アーマード・ドラゴン! これから、あのマモノ達を、一匹残らず掃討する。奴等を探し出せる?」

『ゴオ!』

 鎧竜アーマード・ドラゴンはそう吼えると、間髪入れず走り出した。

「キャア!」

「う……」

 突然の疾駆に二人は驚く。しかし、驚いている時間はほとんどなかった。瞬く間に加速していく鎧竜アーマード・ドラゴン。あまりの速さに息ができない。

「ちょ、ちょっと、速すぎ……」

 そう口にした途端、鎧竜アーマード・ドラゴンは停止した。そのことを確認し、リーナは辺りを見渡す。

「ここは……」

 そこにあったのはついさっきまで、三人で目指していた建物だった。

「コロシアム……」

 普段聖剣武大会が行われる会場。そして今は少しでも多くの人たちをかくまうための籠城場所。

 そしてその周辺では、マモノと応戦している兵士達の姿があった。マモノの数は四体ほど。兵士達がやられるのも時間の問題に見えた。

「おい、新手だ!」

「まずいぞ。砲弾ももうそんなにない。まだ奴等が何体いるのかもわからないのに……」

「あれがボスなのか!?」

 口々に兵士達が言う。その声には絶望の色が混じっているのがわかった。

「行くわよ……。鎧竜アーマード・ドラゴン!」

『グオオオオオオオオオオオオオオウ!』

 鎧竜アーマード・ドラゴンの声に反応して、マモノ達がこちらを見る。

 再び鎧竜アーマード・ドラゴンが走り出す。そして、刀剣のような尻尾で兵士達が応戦していたマモノの体を両断した。

「やった!」

 リーナは静かに歓喜した。これまで蹂躙される一方だった。だが、今は違う。今は反撃の時なのだ。

『ジャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアオ!!』

 別のマモノが鎧竜アーマード・ドラゴンの側面と正面から同時に襲いくる。

 鎧竜アーマード・ドラゴンの口が開き、光を放ち始める。そしてその光は、一筋の光となり正面から来るマモノの肉体を貫いた。

 側面から来たマモノにはリーナが対応した。

 刀身のない黒い剣を振るう。その瞬間、刀身が出現した。

 刀身はどこまでも延びた。もはや剣と呼んでいいかすら疑問を感じるほどに長く。そしていとも容易くマモノの肉体を両断した。役目を終えた刀身は、すぐさま柄に引っ込んでいく。

「あと、一体!」

『フゥゥゥゥ、フゥゥゥゥゥ……』

 最後のマモノはどうやら戦意を喪失したらしい。鎧竜アーマード・ドラゴンとリーナを睨みながら、ゆっくりと後退していく。

「逃げるな!」

『ゴオオオオオオオオオオオオオオウ!』

 リーナの声に同調するように、鎧竜アーマード・ドラゴンはマモノに光の筋を放った。マモノの肉体は一閃され、その動きを止めた。

「す、すごい……」

 リーナは自らが得た力の大きさに驚きと同時に確かな手応えを感じた。鎧竜アーマード・ドラゴンと、黒い剣があればマモノの全滅も決して夢物語にはならない。

「あなた達!」

 リーナは鎧竜アーマード・ドラゴンの上から先程マモノと退治していた兵士達に声をかける。

「この声は……」

「リーナ姫様?」

 リーナは鎧竜アーマード・ドラゴンから降りて、彼らの前に立つ。

「状況は大体把握してる。今は細かいことを説明している時間はないからよく聞いて。あたしはこれから、この鎧竜アーマード・ドラゴンと共に、王都にはびこるマモノ達を一匹残らず片付けるわ。あなた達はグレイス兄さんと一緒に、行方不明者、死傷者の捜索に当たってほしいの」

 兵士達は顔を見合わせる。その中のリーダー各が口を開いた。

「しかしですなリーナ様。それは我々の一存で決められることでは……」

「いや、リーナの言う通りにしよう」

 その時、コロシアムの入り口から一人の男の声がした。

「グレイス、兄さん」

 コロシアムの入り口から、歩いてくるのはリーナの義理の兄グレイス・ギルバルトだった。やや、やつれた感じがあったが、ショートカットの黒髪と大きな身長、切れ長の瞳に宿る力は、相変わらずのようだ。

 グレイスはリーナと鎧竜アーマード・ドラゴンを見る。どうやら頭の中で状況を整理しているようだ。

「お前が先程そのドラゴンを駆り、化け物どもを駆逐するところを見ていた。経緯はどうあれ、お前は鎧竜アーマード・ドラゴンの力を使役できていることは分かった」

 それは、リーナが伝承通りの行動を取っていることに他ならない。リーナ自身その事は気づいている。しかし、今はこうするより手がない。

「理由はどうあれ今あの化け物どもに対抗できるのはお前しかいないこともまた事実だ。リーナ」

 グレイスはリーナの目を見据えて続ける。

「私は一人でも多くの民の命を確保したい。私がこんなことをいうのもなんだが……」

 そう前置きして、グレイスは頭を垂れた。

「お前の力を貸してほしい。あの化け物どもを全滅させ、この国を再建するために」

「……!」

 グレイスがリーナに対して頭を下げている。その状況にリーナは驚きを感じざるを得なかった。

 リーナがグレイスに対して抱いている印象といえば、アダマンガラスのためならば、何を犠牲にしてもよいという感じだった。

 直接口にしてこそいないものの、心のなかではリーナの存在を快く思っていなかったに違いない。

 だからこそ、今グレイスがとっている行動に驚きを隠せなかった。

 それさえも国のため。この国を思えばこそ、もっとも合理的といえる行動を率先してとれる。その行動にはある意味裏も表もなかった。

「ええ、そのつもりよ。兄さん」

「感謝する」

 リーナはグレイスの申し出を快く引き受けた。元より、マモノをすべて殺すつもりでいたのだ。グレイスに言われるまでもない。

「う!?」

 リーナは灰色の左目を押さえた。瞳が痛いくらいにうずいている。その左目は相変わらず闇しか映さない。しかし、たった一つだけ映しているものがあった。

 書き込まれた線画の様な姿で写し出された大量のマモノの姿。

 ――こ、この感じ……!

『グウウウウウウウ……!』

 リーナの意思に同調するかのように、鎧竜アーマード・ドラゴンが唸り声をあげる。

 そのとき、奴等が現れた。

 それはほぼ一斉だった。

 コロシアムの周辺、四方八方から大量のマモノが姿を表した。

「な、こいつらどこから!?」

「うわぁ、何体いるんだ!」

 兵士達が口々に驚愕の声をあげる。数は……とてもじゃないが数えるのがバカらしいほどの数だった。十、二十、三十……いやそれ以上いる! もっともっといる!

 リーナはかつてないほどの戦慄と、そして殺気を感じていた。数えきれないほどのマモノがいて、その視線は一点を凝視していた。

 少なくともリーナにはそう感じたし、その視線の先にあるのが何かもわかった。

「感じる……」

「リーナ?」

「姫様?」

 グレイスとゼイルがリーナを見る。リーナは既に冷や汗をかいている。

「殺気を、憎悪を。あたしに対する、憎しみの炎を感じる」

 仲間を殺された恨みからか、それとも見たことのない驚異に対する驚嘆からかはわからない。しかし、今はっきりわかることは一つだけだった。

 マモノは今、リーナと鎧竜アーマード・ドラゴンを殺すことだけを考えているということだ。

「兄さん! 全ての兵士を連れて、コロシアムに退避して!」

「あの全てと戦うつもりなのか!?」

「ええ、戦うわ」

 リーナはグレイスの目を見る。グレイスもまた真剣にリーナの目を見る。グレイスは迷っているようだった。いくらリーナが強大な力をてに入れたからといって、これだけのマモノと戦わせていいのか、と。

「兄さん。どの道、誰かがやらなきゃ、この国に平和は戻らない」

 グレイスは先程のリーナの戦いを見ている。三、四体ずつを相手にするのなら確実に倒せると思っていたのだろう。しかし、今は三、四体どころではない。

「クッ……やむを得まい」

 グレイスは決断した。

「全兵、コロシアムに待避!」

 兵士達が一斉にコロシアムに引っ込んでいく。彼らもわかっているのだ。自分達ではとてもマモノとは戦えないことを。あの数を相手にしても敗北するだけだということを。

「リーナ。兄として命じる」

「?」

「死ぬな」

 リーナはコクンと頷いた。同時に、素早いグレイスの判断に感謝した。

 リーナと鎧竜アーマード・ドラゴン以外の全ての人間がコロシアムに入り、その入り口を閉じる。

「来なさい! あたしは、あんた達に負けてなんかやらない!」

『ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオウ!!』


 リーナは素早く鎧竜アーマード・ドラゴンの背に股がる。そして、戦闘体制に入った。

 同時にマモノ達が一斉に鎧竜アーマード・ドラゴン目掛けて疾駆する。

 鎧竜アーマード・ドラゴンも走り出す。同時に、今まで折り畳まれていた翼を大きく左右に展開する。

 マモノ達とすれ違う。その一瞬。展開した翼は刃となり、すれ違い様に斬り捨てる。

『ジャアアアアアアアアアアアアアアアア!』

「!」

 別のマモノが跳躍する。鎧竜アーマード・ドラゴンではなく、騎乗しているリーナを狙って。

 リーナは刀身のない剣を手に持ち、必要な刃の長さをイメージする。すると、柄の部分から一気に刃が延び、跳躍してきたマモノを一刀両断にした。

 今の一瞬で、四体は倒した。それに恐れを感じたのか、マモノ達の動きが鈍る。

 鎧竜アーマード・ドラゴンはその一瞬の隙をついて、口から光線を発射する。あらゆるものを貫く必殺の光線を。

 発射された光線は、瞬時に大量のマモノを両断する。同時に、今殺したマモノとは別のマモノが一斉に鎧竜アーマード・ドラゴンの周囲を取り囲む。

 鎧竜アーマード・ドラゴンは刀剣のような尾で牽制する。同時に再びリーナ目掛けて、今度は複数のマモノが跳躍し襲いかかる。

「ハアアアアアア!」

 再び、リーナは刀身無き剣で一閃に伏す。その直後、もう一匹。マモノがリーナ目掛けて跳躍した。

 ――しつ、

「こい!」

 マモノの目の前に刀身無き剣を構える。刃はそのマモノの正面に向けて真っ直ぐに延びた。マモノの口の中を貫き、瞬時に胴体を貫通する。

 一瞬でマモノが動かなくなったことを確信し、刃を引っ込める。

 ドズン、と落下するマモノの死体。同時にマモノの雄叫びが響いた。

 マモノの動きが一瞬止まる。しかし、それは本当に一瞬だった。

「なに!?」

 緊張が走る。マモノも走り出す。彼らは鎧竜アーマード・ドラゴンの周囲を一斉に包囲すると、クチバシから一斉に『歯』を覗かせた。

 マモノ達の大量の『歯』は、鎧竜アーマード・ドラゴンの翼に噛みつき、その動きを封じる。

『ゴゴオオオオオオオ!』

 鎧竜アーマード・ドラゴンはその名に恥じない皮膚の硬さを持つ。それは翼にも言えることだった。しかし、いくら硬いとはいえ、無数のマモノに噛みつかれてはそう簡単には動けない。

「こ、こいつら……」

 その瞬間マモノが突進してきた。鎧竜アーマード・ドラゴンの胴体に向かって、横から。

 脳みそを揺さぶられるほどの衝撃がリーナを襲う。結果、リーナは鎧竜アーマード・ドラゴンの背中から投げ出された。

「ハ、ア……!」

 息を飲む。投げ出された先には、口を開けたマモノがいた。

「クッ……」

 リーナはそれでも、剣を握る手を緩めなかった。

「負、ける……」

 不安定な姿勢ながら、懸命に刀身無き剣を振るう。

「もんか!」

 刃はマモノの歯肉を斬り裂く。

 痛みのためか、そのマモノは大きく後ずさった。

 リーナは地面に着地すると、同時に、鎧竜アーマード・ドラゴンの腹に潜り込んだ。

 そして、再び刀身無き剣から刃を出現させ、鎧竜アーマード・ドラゴンの翼に噛みついているマモノ達を可能な限り斬り殺す。

 その瞬間、鎧竜アーマード・ドラゴンも動き出す。

 マモノを引きずるほどのスピードで疾駆し、翼に噛みついているマモノ達を引き離す。引き離したマモノ達は、鎧竜アーマード・ドラゴンの尾剣で抹殺し、次から次へと瞬殺する。

 それはリーナも同様だった。長物を扱うように、刃を出現させ、マモノ達を斬り伏せていく。

「ハァ……ハァ……」

 しかし、斬っても斬っても。殺しても殺しても、マモノは襲ってくる。

 ――まだ……あんなにいる……。

『ゴアアアアアアアアアアア!!』

 鎧竜アーマード・ドラゴンが咆哮し、走る。そしてリーナの真上で止まり、マモノ達を牽制する。

 リーナは守られている。それを実感した。

「ハァ……ハァ……ハァ……ったく、あと何匹いんのよ?」

 そう呟いた時、鎧竜アーマード・ドラゴンは一際巨大な咆哮を上げた。

『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

「……?」

 鎧竜アーマード・ドラゴンはマモノ達を牽制しながら、その四つの足に力を入れた。

『ググググググ……』

 鎧竜アーマード・ドラゴンの全身が溶岩のように赤く染まり始める。同時に鉄のような皮膚に隙間が発生する。人間で言えば鎧の間接部に相当するであろう部分に大きな隙間が発生しているのだ。その隙間からは無数の丸い模様が幾何学的に並んでいた。

 リーナは感じていた。それは鎧竜アーマード・ドラゴンの強大な殺意であり、そして本気で何かを放とうとする準備だ。

 その異常な状況に、マモノ達も畏怖したのか、顔を見合わせ、後ずさる。しかし、決して獲物からは目を離そうとはしない。

 やがて鎧竜アーマード・ドラゴンの皮膚の下、無数の丸い模様から真っ赤な光線が発射された。発射された光線は、無数のマモノの肉体を貫き、切断し、破壊し尽くす。

 最後には巨大な爆発をいくつも巻き起こし、そこいら中に黒煙を撒き散らした。

「キャアアアアアアアアアアアアア!!」

 あまりの音と閃光に、リーナは目と耳を塞ぎ恐怖した。何が起こっているのかまるでわからない。

 わかるのは、鎧竜アーマード・ドラゴンによる殺戮が行われていることだけだ。

 恐怖と緊張で全身が怒張する。疲労とは別の意味で、息が荒い。

「はっ……は……はあ……」

 今まで生きてきて今ほどに心臓の音がうるさく感じたことはない。鼓動の音が、鼓膜のすぐ側で鳴り響いているかのようだ。

 ――これが……鎧竜アーマード・ドラゴンの……力。

 やがて黒煙が晴れていく。

 後に残ったのは、原型を止めないほどに溶解し、生物としての機能を失ったマモノ達の死骸だった。

 リーナは緊張しながら、鎧竜アーマード・ドラゴンの腹の下から出る。

『ゴオオォオォオォオ……!』

 鎧竜アーマード・ドラゴンがうなり声を上げた。そして、鎧竜アーマード・ドラゴンの肉体を包んでいた鉄の皮膚が剥がれ落ちた。

 顔、肩、腕、銅。全ての皮膚という皮膚が剥がれ落ち、全身が蒸気に包まれる。その姿はまるで体毛全て失った動物のようだった。

 放熱のためであることは明白だった。それほどの熱量が瞬時に発生したのだから。

 鎧竜アーマード・ドラゴンは、その全身を地面に預け横たえた。今発動させた力が、鎧竜アーマード・ドラゴンの切り札であり、同時にその体力をほとんど奪うものだったのだろう。

 大地は焦土と化していた。石畳はほとんど抉れ飛び、半壊で済んでいた家屋も巻き込まれ、消し飛んでいる。

 マモノはもういないようだった。

「終わった……?」

『バアアアアアアアアアアアアアジャアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 マモノの声が聞こえた。

「終わって、ない!」

 緊張の糸を張り、マモノの声がした方向に視線を走らせる。

 鎧竜アーマード・ドラゴンが攻撃した範囲よりはるか向こうから、そのマモノはこちらに走りよってくる。

 そのマモノは今までのマモノとは異なる姿をしていた。

 まず大きさが違う。今までのマモノも十分過ぎる大きさだったが、今目の前にいるのはそれより二回りほど大きい。

 さらに見た目も大きく異なっていた。尻尾は三本に増え、先端はそれぞれ形が異なっていた。一本は槍のように鋭く尖っており、二本は根本が太く、先端が細い。三本目は先端からさらに細かく枝分かれしており、さながら人間の五本指のようだった。体は体毛に覆われている部分と、全く覆われていない部分があり、無理矢理肌を引き伸ばしたかのようだ。

 最後のマモノはリーナ達の目の前で止まった。

『バアアアアアアアアアアアアアアアアガアアアアアアアアアアアアアアン!!』

「そう、お前が奴等のボスなのね」

 リーナは冷ややかな目でマモノを見る。マモノの声には怒りと憎悪、そして悲しみが入り交じっているように感じた。

「お前も悲しいのね。あたしが憎いのね。仲間が殺されて、自分だけが残されて、行き場のない怒りをどこに発散させればいいのかわからない……でもね、それは……」

 マモノを睨み付ける。リーナは確固たる意思を胸に秘めて言い放つ。

「それはあたしたち、人間も同じ!」

 刀身無き剣を握りしめて構える。

『ゴオオオウ……』

 鎧竜アーマード・ドラゴンが立ち上がろうとする。しかし疲労のためそれさえ困難なのか、その動きは非常に鈍かった。

「あなたはもう、戦わなくていい。決着は、あたしがつける」

 

 リーナは剣を掲げて、歩み出す。マモノの瞳から目を逸らさずに睨みながら。

『ジュウウウウウウウウウオオオ!』

 マモノはリーナの眼光に耐えられなくなってかすぐさま動き出した。その巨体による素早い動きでリーナの回りをグルグルと回り始める。

「逃げるな!」

 爪先に力を入れ、リーナも走り出す。否、それは走るを通り越して跳躍と呼ぶべきものだった。

 ――え?

 マモノと並走する。自分でもなぜこれほどの力が沸き上がってくるのか不思議だった。何より、なぜマモノを追おう等という発想に至ったのか自分でもわからなかった。

 だけど、確信はあった。自分があのマモノと同じスピードで走れるだけの身体能力が自分に備わっているという確信が。

 困惑しつつも、今はマモノを倒すのが先と判断し、リーナは考えないことにした。少なくとも今は。

 剣を構える。刃を出現させ、マモノに斬りかかる。

 しかし、マモノはリーナが斬りかかる瞬間に加速し、斬撃を交わした。刃が空しく空を切る。マモノはその隙に立ち止まり、攻撃を仕掛けてきた。

 先端の尖った尻尾がリーナを突き刺そうと延びてくる。その尻尾を先端から真っ二つに叩き割った。

『ジュオオオオオオオオ!』

 マモノが咆哮する。尻尾からは出血が発生し、焼け焦げた大地を汚す。

 ――いける!

 リーナはその声を無視し、マモノに追いすがる。リーナがマモノに斬りかかろうとした刹那、マモノの二本目の尻尾から火炎が吹き出した。

「なっ!?」

 火炎はリーナの体を一時的に包み込んだ。すぐさま方向転換し、火炎から抜け出す。

「クッ……熱い!」

 ゴロゴロと転がり、すぐさま立ち上がる。

 ――あの尻尾……。

 リーナはある仮説を立てた。あの尻尾は全てが独立した能力を持っているのではないかと。仮にそうだとすれば、選択は二つに一つ。

 全ての尻尾を潰して戦うか、それとも本体を一気に倒すかだ。リーナは即断した。

 ――決まってる。本体を、潰す!

残る尻尾は二本。火炎とまだ見せぬもう一つの尻尾。しかし、いずれの能力も使わせなければどうということはない。そう、使われる前に、否、殺られる前に殺ればいいのだ。

「ダアアアアアアアアアアアアア!」

 前傾疾駆する。普通の人間ではあり得ない身体能力は、マモノとの距離を一瞬縮めた。その最中尻尾が動くのが見えた。火炎の方ではない、もう一本の尻尾が。

 その尻尾は先端から、肉食動物の口のようにばっくりと開かれた。否、それは明らかに口だった。本来の口ほどに大きくはないが、人を食らう程度には大きい。

「口が二つあるってこと? どこまで……」

 ――どこまでお前らは食い意地が張ってるんだ!!

 明確に怒りを露にし、刃をマモノに向ける。

「お前の体、両断してやる!」

 途端、マモノが火炎を放った。リーナは走るスピードを緩めようとせず、そのまま突っ込む。同時に、マモノの眼前で直角に曲がり、炎から瞬時に抜け出す。

 真横に構えた刃は、マモノのクチバシを掠め、その内部を浅く切り裂いた。

 マモノの目の前を通りすぎ、瞬時に方向転換する。同時に、マモノの前足を切り落とした。

 ガクンとマモノの体躯がバランスを崩す。四本ある足のうちの一本がなくなれば、まともに歩くことはもうできないだろう。

 リーナは再び刃をマモノの脇腹に向けて構え直すし、そのまま猛烈な勢いで突進した。走りながら、マモノの横腹目掛けて刃を突き刺す。

 刃はマモノの肉体に深々と突き刺さる。そしてそのままリーナは駆ける。横一直線に深々と、傷がマモノの脇腹を走る。

『ジャアアアアアアアア!』

「!」

 目の前にマモノの尻尾が迫る。大きく開かれた口はリーナを丸のみするためのものであることは想像に難くない。

 ――この、口が……!

 尻尾の口を見て、リーナは心のなかで毒づく。毒づかざるを得ない。

 ――よくも……よくもフィーネを!

 刃を引っ込める。そして、リーナはそのままの勢いで大きく跳躍した。そして空中で頭を下にして、襲い来る尻尾を……。

「はあ!」

 一刀両断した。

 マモノは再び悲鳴をあげる。リーナは地面に着地し、マモノを見る。

 マモノの腹部と尻尾からは、大量の血液が噴水のごとく吹き出していた。

 痛みのせいか恐怖からか、マモノの足は震え始めていた。

「ハァ……ハァ……」

 肩で息をしながら、マモノを見る。

 怒ったり泣いたり戦ったり、短時間で色々なことが起こりすぎた。

 ――終わらせて……やる!

 全身がもうクタクタだった。さっきの無茶な動きと跳躍、そして着地で今までにないほどの体力を使った。満身創痍とはこのことを言うのだろう。

「ハァ……ハァ……ハァ………………フッ」

 呼吸を整え、残された体力を振り絞り、再びリーナは走り出す。大きく跳躍し、空中で一回転。そして、マモノの首を切り落とした。

 タン、とリーナは地面に着地する。後に残ったのは、崩れ落ちるマモノの死体だけだった。 

 マモノの首からダラダラと血が流れ出す。

 その光景を、もう何度目にしただろう。

「ハァ……ハァ……」

 緊張の糸が切れる。黄昏色の空は、夜の闇に塗りつぶされようとしていた。


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