王都の黄昏
リーナが監禁されて数日が経った。
あれから 兵士が一人とメイドが一人やってきて、リーナを見張ることになった。彼らが牢の前に立っているかぎりリーナが独力で地下牢から脱出することは できない。
メイドは監禁初日にリーナの世話をした アルトの専属メイドだ。
食事を行う際にはメイドが運んできて、兵士はリーナの同行をチェックするという具合だ。メイドが兵士と共に監視役をしているのは、リーナが女性であることに配慮したためだろう。
そのため、退屈ではあっても、話し相手には困らなかった。
ある日のことだった。
時計も太陽の光も届かない地下牢では、兵士とメイドがここにやってくるタイミングこそ朝を告げる瞬間だった。
しかし、その日はそのどちらもリーナの前に姿を表さなかった。
リーナの体内時計は彼らがいたから辛うじて狂うことがなかった。しかし、彼らの姿が見えないと、時間の感覚がわからない。
蝋燭の明かりにも火がともることがないので、常に視界が闇に覆われている。
最初のうちは、兵士が寝坊でもしているのだろうと思っていた。
しかし……。
「おかしい……」
すでにリーナが目を覚ましてから数時間は経っている。
「いくらなんでも遅すぎる……」
日が差し込むことのない地下は、視界が真っ黒に塗り固められた闇夜のそれに酷似している。彼女の目に見えないだけで、鉄格子もベッドもきちんと存在しているのだ。
だけど、このままでは身動きが取れない。
もし、このまま誰も来てくれなかったら、自分はどうなってしまうのか?
漠然と想像してゾッとした。そんなこと考えたくない。不安の波が一気に心に押し寄せてきた。
『おとうさまぁ! 開けてください! もう、悪いことはしません』
『くらいのはいやぁ! さむいにもいやぁ! こんなところにいたくないです、だれか開けて、たすけてぇ!!』
『手ぇ……手に……ウジが……気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い 気持ち悪い 気持ち悪い、助けて、助けて助けてたすけてタスケテ タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ タスケテ』
『キライ、キライ、キライ。みんなキライ、オトォサマもオニィサマも~~ばいいのに、ケンなんてキライ、ボウリョクキライ、こんなセカイキライ。キライキライキライ』
「……!」
自分自身を抱き締める。思い出したくない、嫌な思い出。それが脳裏で再生されていく。
――ここから出ないと!
このまま黙っていても不安が増していくだけだ。何かアクションを起こさなければ。
そうは思ったものの、リーナの力で鉄格子を折り曲げることなんてできない。結局できることなど無きに等しい、
だけど、そんなことを言っている場合だろうか?
「……!」
リーナは頬を両手で軽く叩いた。
――そんなこと考えている場合じゃない!
ベッドから降りる。何も見えない闇の中、触れるものがないか手探りで探し始める。
自分が今まで眠っていたベッドの方向から考えて、今手を伸ばしている方向には鉄格子があるはずだった。
しばらくして、手にひんやりした感触があった。丸い円柱のようなもの。明らかに感じる鉄の感触は、間違いなく鉄格子だった。
そのまま鉄格子を伝って、牢屋の扉を探し出す。前後に扉を動かしてもみるものの、わずかに動くだけで開く気配はない。
そこでリーナはあることを試みることにした。小説などで読んだ、死んだ人間がいるはずの密室を突き破るために、扉に体当たりするあれだ。
数歩下がる。そして、左肩を前にして思いっきり鉄格子に体当たりした。
ガシャッと、一瞬だけ音が聞こえた。もちろん、こういったことをされても、閉じ込めるために牢屋は存在するわけだから、この程度で扉を突き破れるわけがない。
「思ったより、痛い……」
激突した左の肩を擦る。
「だけど……」
リーナは思う。
――そんなこと言ってる場合じゃないわよね。
外の状況が分からないのもあるが、何より自分がこの牢屋にずっと閉じ込められることになるかもしれない。そんな不安を抱えた状態で、黙っているわけにはいかない。自分の墓に「自分の城の地下牢で死んだ王族」なんて書かれたくない。
鉄格子から距離をとる。そして、再度扉に向かって体当たりをした。
それでも扉は開かない。肩の痛みだけが蓄積されていく。
「まだまだ……!」
リーナは止めない。三度扉に体当たりした。
それでも扉が開くことはなかった。
「ハァ……ハァ……つぅ……」
肩がジンジンしている。血液の流れが、患部に熱を持たせていた。
焦りが募る。流石に、現実は小説のようにはいかない。
このまま繰り返して、果たして脱出できるだろうか? 正直なところ自信がない。恐らく王宮の屈強な兵士が本気になって体当たりしても、この鉄格子を破ることは容易ではないだろう。
何か他に手はないだろうか? 思案してもいい案は浮かばない。
諦める訳ではないが、これといって有効な手だても思い付かない。このまま体当たりを続けていても、自分の肩が痛くなるだけだ。
――何かないの? 他に……何か……。
その時だった。
『ゴオオオオッ!』
「!」
何かの鳴き声が聞こえた。
「なに今の?」
声の正体はよく分からない。その声には、暗い地獄の底で口を開けているかのような奇妙な不気味さを感じた。
声はどうやら、地下牢を通じる外から聞こえてきたようだ。当たり前ではある。今この地下牢には、自分しかいないし、地下牢と外を繋ぐ道は一つしかないのだから。
そんなことを考えていたときだった。
耳を劈くような轟音が響き渡る。リーナは反射的に耳を押さえ、目を閉じた。
暗闇だったが故に、何が起こったのかまったくわからなかった。
が、目を開いた瞬間、状況が何となく理解できた。
地下牢と外とを繋ぐ扉が大きな音を立てて外れていたのだ。
扉は何らかの衝撃で大きくひしゃげていて、その扉が偶然にもリーナのいる牢屋の鉄格子に激突し、その形を大きく歪ませていた。
視覚による情報が入ってきたのは、地下牢と外を繋ぐ扉が壊され、僅かながら地上の光が差し込んできたからだ。
「い、一体……なに、が?」
『ゴアアアアアアアアアア!』
「!?」
また何かの鳴き声が聞こえた。獣じみた、それでいてこの世のものとは思えないような恐ろしい声。
リーナは反射的に声を潜めた。見つかれば、殺されると本能的に理解した。
『グルルルルル……』
肉食獣が獲物を睨み据えているかのような、恐ろしく低い声が聞こえてくる。
強い恐怖を覚えた。その声には明確な殺意があったからだ。蛇に睨まれたカエルの気持ちが理解できたような気がした。
リーナは声をあげないように口を両手で押さえた。瞳孔が見開かれているのが自分でもわかる。その心には、明らかに未知のものに対する恐怖があった。
声は何度か地下牢に向かって吠えたものの、数分の間を置いて聞こえなくなっていった。
ドラゴンが襲来してから、驚愕するような出来事は何度もあった。今感じた恐ろしさは、その中でも群を抜いていた。
そのせいか、強烈な喉の渇きを感じた。元々喉は渇いていた。しかし、今の出来事で全身から冷や汗が出たせいか、それともただ単にそれを自覚したせいか、全身が水分を欲しているような気がした。
「ハァ……ハァ……」
生理現象を自覚しつつも、頭の中は混乱している。
声の主は次第に声を潜めていく。足音らしき物音と共に、声は地上に吸い込まれていった。
どうやら獣は地下に対して興味を失ったらしい。
安堵と同時に、嫌な予感がした。
獣じみた謎の鳴き声。この声の持ち主をこのアダマンガラスに呼び寄せたのは、ひょっとしたら自分なのではないかと思った。
首をブンブンと左右に振る。
――いけない、いけない。
自分の立場と状況のせいか、どうにも物事を悪い方に考えてしまう癖がついているよう泣きがする。
――今は、ここを出ることを考えなきゃ。だけど……。
ひしゃげた鉄格子を潜れば、この地下牢から脱出することはできる。
しかし、まだ例の鳴き声の主が外にいるかもしれない。その可能性を否定しきれない以上、今出ていくのは危険だと思った。
――いや。
仮に城の中にあの獣がいなかったとしても、それが一匹だという保証はない。複数いたら、そのうちの何匹かが城内にいる可能性もあるし、同時に城の外でも群れをなしている可能性を否定できない。
ここにずっと留まっていても、喉の乾きと空腹が襲ってくるだけだ。
今ならまだある程度動く気力も体力もある。それらが失われてしまってから動くのは得策とは思えない。
リーナは外に出る決意を固めた。
嫌な意味で胸が高鳴る。ここから外に出て、無事に生きていられる保証はどこにもない。
一体今、地上で何が起こっているのか? それを確かめなければならない。
歪んだ鉄格子を潜り、牢屋の外に出る。数十本の鉄の柱で構成された檻も、その内の一つが歪んだだけで簡単に意味をなさなくなる。
扉を無くし、地上から降り注ぐ陽光の色は既に黄土色に染まりかけている。即ち、今は夕方らしい。
地下牢と地上を結ぶ道は、階段で繋がっている。その階段を一歩一歩上り、リーナは数日振りに地上に出た。
静かだった。
階段を登り終えたリーナがまず最初に思ったのはそれだった。
アダマンガラス城の施設の中でも、地下牢はもっとも使われていない場所だから、普段から人もいない。廊下は一本道で分岐がなく、少し歩けば外への扉がひかえている。
だから今リーナが立っている廊下が静かであったとしても、別段不思議なことではない。
しかし、目の前に飛び込んできた光景は異常だった。
ほとんどの窓ガラスが割れていて廊下に散乱している。その中には血の色をした液体が転々と飛び散っており、その異様さに拍車をかけている。
――一体何が……?
あまりにも異様な光景故に、しばらく動けなかった。
その状態のまま思考する。体はすぐには動かなかったが、頭は働いていた。
――さっきの、獣……。
緊張した面持ちで、ゆっくりとリーナは歩きだした。
確信した。今、この城のどこかに、あるいは外に何かがいる。
恐らくは、人を食い殺す何かが……。
足音を殺しながら、廊下を歩く。
城内は地下牢と同様に恐ろしく静かだった。夕刻時であるなら、使用人が食事の用意をしていたり、訓練を終えた兵士達が、歩いていたりと、賑やかさを増していくものだ。
それが今や、針を落とした音ですらうるさく感じるほど静かだった。
「まるで、殺人犯が自決した後の家みたい……」
ポツリと呟く。実際そんな状況にでくわしたことはない。でもなんとなくそんな気がする。もちろん、アダマンガラス城がそういう状況になったなんて考えたくはない。
気持ちが逸る。なぜこんなにも静かなのかという疑問以上に早く誰かに会いたいという気持ちが強くなっていく。
あの兵士とメイドはどうなったのだろう? 使用人達は無事だろうか? 兄グレイスと姉アルトは生きているのだろうか? そしてフィーネは無事だろうか?
リーナは彼らの生存の有無が知りたくて仕方がなかった。
数十分に渡って、彼女は城の中を探索して回った。しかし、いまだに誰とも出会っていない。自分の部屋はもちろん、アルトとグレイスの部屋にも立ち寄った。自分の専属メイドであるフィーネの部屋もだ。
いずれにも人はいなかった。自分一人が取り残された感じがした。しかしいくらなんでも、王女を地下牢に監禁した状態でそのような状況になるだろうか?
――まあ、私は普通じゃないからなぁ……。
自分の両の瞳の色が、両親から受け継いだ青であるならどれだけよかったことだろうか。片方の瞳の色が違う。たったそれだけで、これほどまでに待遇が変わるものだろうか。
――酷い話だわ。
自分の扱われ方に少なからぬ理不尽さを感じた。子供の頃からそういった扱いをされていたから今さらという感じはするが、それにしたって、今回の扱いは理不尽に感じた。
――あたしだって、好きでこんな瞳に生まれたわけではないのに……。
淡々と歩みを進めながら、心のなかで愚痴る。気がつけば父、ギルバルト王の部屋の前に着ていた。
――お父様……どうかご無事で。
ノックはしなかった大きな音をたてたくなかったからだ。だが、部屋に入ってすぐに、リーナはそれが無意味であることを悟った。
「あ……そんな……」
一瞬、嘘であってほしいと思った。
父はいた。普段ペンを走らせているテーブル。それとセットになっている椅子の上に。
「おとう……様?」
ゆっくりと歩み近寄っていく。一歩近寄る度に、遠目からはわからなかった父の状況が目に飛び込んでくる。
父は虚ろな目で虚空を見つめていた。口からは血を吐いており、自身の服を赤く染めている。テーブルの上にはワイングラスが置いてあった。
「嘘……嘘でしょ? ア、アハハ……」
乾いた笑みを漏らす。
あり得ないという気持ちと、現実を直視しなければという思いがせめぎ会う。胸の奥がざわつく。目の奥が熱くなってきていた。
リーナは混乱する頭をなんとか冷静に保ち、そして現実を認めた。
父は死んでいる。テーブルの上におかれたワイングラス。それは毒杯だったのであろう。ギルバルト王は毒杯を自らあおり服毒自殺したのだ。
リーナはそう判断した。しかし、判断はできても心がついてこない。現実感がまるで沸いてこない。まるでそういう演劇でも見ているかのような気分だ。
「うう……!」
――あり得ない! あり得ない、あり得ないあり得ない!
自分が出した結論を否定したくて、リーナは頭を抱えた。そんなはずはないと、否定できる材料を探した。
しかし、この状況がそれを許してくれない。否定したくても、否定しようのない現実。
「嘘、嘘よ……こんな、こんなの……!」
頭を抱えたまま膝を折る。否定しようのない現実が、波のようにリーナの心に直撃した。
「お父様! あたしを、リーナをからかわないで下さい! いくら、いくらなんでもこのようないたずらは、質が悪すぎます! お願いします。目を覚ましてください。本当は生きているのでしょう? お願いですから、嘘だと言ってください」
矢継ぎ早に言葉が出てくる。怒りも憎しみも悲しみも内包した呪いに近い言葉の数々は、どれだけ吐き出しても吐き出しきれなかった。
「お父様ぁ……」
ギルバルト王がリーナのために笑ってくれたことなど今まであっただろうか? 少なくともリーナには思い出せなかった。
自分が普通じゃないために、血が繋がっていながら会話らしい会話もほとんどなかった。リーナ自身、本当に実の父親なのか疑問に思ったことすらある。
だからこそ、認められたかった。自分は他の人間となにも変わらない普通の人間であると認めてほしかった。普通に親子として接してほしかった。
そのときがきっとくると、今まで信じて彼女は剣を振るってきた。それなのに。
――悔しい……。
「悔しいよぉ……」
怒りに任せて言葉を吐き出す。胸の奥で絶望という感情がチリチリとリーナの心を傷つけ燻っていた。
ギルバルト王の死体の前で、リーナは時間を忘れて慟哭した。
涙が枯れるほどに泣き、少しだけ冷静さを取り戻しつつゆっくりと立ち上がる。目の周辺は赤くなっていた。
「お父様……」
もしも。もしも、ギルバルト王が生きていて、この騒動が終わった頃に話す機会があったら、どのような会話をしていただろうか? その時こそ、笑顔を見せてくれただろうか?
わからない。そんな未来は想像できない。でもこれだけは言える。ギルバルト王には、リーナの父にはもう未来がないということだ。
それにしても、
――お父様は、なぜ自決を……?
リーナはここにきてようやくその考えに至った。
一国の王でありながら自決など本来許されない。もっとも死んだあとの人間のことを、生きている人間がどれだけ呪ったところでなにも変わりはしないだろうが。
――遺書かなにか、ないのかしら?
そう思って、リーナは父のテーブルを改めて見てみる。テーブルには羽ペンとインクが残されている。しかし、遺書のような物は見当たらない。
――ごめんなさい。お父様。
心の中で謝りながら、テーブルの引き出しを開けてみることにした。
すると、無数の書類の一番上に、封筒に包まれた手紙らしきものがあった。
封はされていない。ただ、封筒にはこうかかれていた。
『子供達へ』と。
意を決して、リーナは手紙を読み始めた。それは予想通り、父の遺書だった。
『子供達よ。このような情けない父で本当にすまない。この絶望しか残されていないアダマンガラスに、お前達を残して旅立つことをお前達はどう思うだろうか? いや、きっと許してはくれまい。
私は愚かだった。私と妻の子……リーナが産まれた時、私達夫婦は喜んだ。この国の王位と血統を受け継ぐ子が生まれたことを心から喜んだ。
しかし、お前達の知っての通り、娘・リーナは灰色の瞳を持って産まれてきた。もし生まれた当初にリーナを殺していれば、こんなことにはならなかったかもしれん。もちろん、リーナを殺したからといって、今この国を襲う危機が回避できたかどうかの確証はないし、今となっては手遅れだ。それでも、私は娘に手をかけるべきだったのかもしれん』
読んでいて胸が苦しくなった。ギルバルト王は悩み続けていたのだ。実の娘を殺すか否かを、自決する寸前まで。
『だが、私に娘を殺すことはできなかった。妻が娘を産むために、どれほど苦しい思いをしているのかは知っていたし、リーナ自身、自分の運命に抗おうと日々を精一杯戦っていた。そんな娘を殺すことなど私にはできなかった。
その結果がこのような事態を招いたとしたら、それは私が国より娘の命を優先させてしまったためであろう。子供達や国民から恨まれても、文句は言えまい』
――お父様が……あたしを愛してくれていた?
複雑な気分だった。だが、それは父も同じだったのだろう。娘の命と国。父はその板挟みに苦しんでいた。きっと、自分が父の立場だったとしても、同じ苦しみを味わっていたかもしれない。
その時、自分だったらどう判断していただろうか?
『リーナよ。父親らしいことを何もしてあげられなかった私を許してくれ。先に逝っておいてこのようなことを言うのもおかしな話だが、どうか生きてほしい。王妃にならなくてもいい、王女でなくなってもいい。どのような手段を用いても生きていてほしい。
グレイスよ。全てをお前に投げ出す形になってしまったな。本当にすまない。お前のことだ、きっとこの国の再建を考えることだろう。しかし、私はお前に、お前達に、幸せな人生を歩んで欲しい。生きていて欲しい』
「お父様……」
ポツリと呟きリーナは思った。
――あたしの幸せは、お父様に普通の女の子として扱ってもらうことだったのですよ?
亡骸に何を言っても、何を祈っても、ギルバルト王がよみがえるわけではない。それでも、リーナは訴えたかった。自分の願いを。
『アルトよ。お前にも、私は父親らしいことをしてやれなかったな。だが、お前が母親代わりとなって、リーナの面倒を見てくれていたことは理解しているつもりだ。できることなら、グレイスと共にリーナを支えてやってほしい。
私は、父親としても国王としてもダメな男だった。このような形で命を絶つことが無責任であることも理解しているつもりだ。許してくれとは言わない。ただ、私はもう疲れた。国が死ぬのならばせめて共に私も死を迎えよう。どうか、一人でも多くの国民が生きてこの国から出られることを祈る』
遺書はそこで終わっていた。
読み終えてリーナの心に、怒りにも、悲しみにも似た感情が沸々とわき出てきた。
――お父様……無責任とわかっていながら、なぜ自害なんて……一体何がお父様に死を決意させたの。あたし達には、まだお父様が必要だったというのに……。
そこまで考えて、リーナは思った。
――そうよ…………何故!?
リーナは遺書に書いてあったある一文を思い出した。
『国が死ぬのならばせめて共に私も死を迎えよう』
「国が……死ぬ?」
そのあまりにも不吉な文面に、リーナは一瞬恐怖した。
――確かめなきゃ!
遺書を懐にしまい、父の部屋を後にした。
王宮内部には、誰もいなかった。そう、誰も残っていなかった。しかし、『誰か』の代わりに残されているものはあった。
それは人の体の一部だった。血液は元より、腕や足、臓物に血まみれの衣服。そういったものに吐き気を催しながら、また気が滅入りながらも、リーナは王宮を駆け回った。
しかし、とうとう生きている誰かと出会うことはなかった。
――どうして……。
焦りと不安がリーナの心に波紋を作っていく。
何故生きている人間と会えないのか?
何故人間の死骸ばかりが目につくのか?
何故自分だけが無事なのか?
分からない、わからない、わからナイ……。
――あたしは……夢でも見ているの? 今起こっているのは本当に現実なの? 誰でもいい。誰か……誰かあたしにもわかるように説明して! 夢なら早く覚めて!
「ハァ……ハァ……」
喉の渇きがピークに達している。緊張のせいでやや過呼吸気味になっているような気がした。
冷静になれ、落ち着けと繰り返し自分に言い聞かせるものの、効果のほどは微妙だ。
ギルバルト王が自害し、王宮がこれだけ荒らされていると自然に気になることがある。
それは、王都は今どうなっているのかだ。
想像したくない。考えたくない。だが、何も行動を起こさず、この場に留まっているのも得策とは思えない。
――フィーネ……。
既に六年以上の付き合いになる親友のことを思い浮かべながら、リーナは王都へと足を運ぶ決意を固めた。




