05 男を取り合う女と男の図
「駅までじゃなくていいの? アメちゃん」
「いや、いいですよ。ロータリー入ると車回すのめんどいじゃないですか。腹ごなしに歩いてきます。まだ全然時間あるし……うげーマジ食い過ぎた…リバース寸前」
「……ことごとく外見裏切る言動取るよね、君」
六月から延ばし延ばしになってたプリンスホテルのバイキングに今更連れていってくれた明人さんは、私をじっと見て溜め息をついた。
すみませんでしたねぇ。でも別に明人さん相手に取り繕っても意味ないっつーか。
「太っても脚のラインは全く変わらないんだから、恵まれてるよね」
「……え? 私太りました?!」
「いや、別に……でも、うーん…測ってみようか」
両手で腰ひっ掴まれた後、一瞬持ち上げられる。
明人さんは触っただけで体のサイズがわかるとかいう、無駄にすごい特技をお持ちなのです。
更に持つと重さもわかるという……体に精密機器入ってんのかって聞きたいようなオプションまで付いてます。
「ウエスト3センチ、体重1.7キロ増、かな。食べたばっかだからねぇ」
「さ、3センチぃ?! ちょ、出して来なきゃ! 私今からデートなんですよ!」
「デートの前にあれだけ食べるのってどうなの、アメちゃん。その前に女の子が出すとか言わない」
「何言ってんですか、男だろうが女だろうが出るモンは出ますよ。それに元取んなきゃじゃないですか」
「僕のお金だけどね……」
「ミ……アズマさん!」
適度に低くてこれでもかってくらい好みのエロ声。
聞き間違えるはずもないんだけど……何でここに?待ち合わせまでまだ結構時間あるはずなんだけど。
振り返る前に、もう視界にダークレッドが入ってくる。
目の前の美容室から出てきた佳也クンは、何かやたらと目が怖くて。
視線が私の顔からちょっとずれてる。
それを追ってみると……腰掴んだままの明人さんの手あたりに到着。
…………あらー?もしかして、うん?
「えーと、明人さん、あれ私のカレシ」
「へぇ……うん、随分かっこいいね。アメちゃん面食いだなぁ」
「でしょ?」
「それに背も高い。細身に見えるけどしっかり筋肉もついてそう……いいなぁ」
明人さんの目がハンター並みに光る。
……やべぇ。何かスイッチ入った。
いつの間にか離れてた手から抜け出して、佳也クンをガードするように立つ。
「駄目。却下。佳也クンは渡しません」
「……ミウさん…えっと?」
会話が意味わかんないのか、佳也クンがすげぇ微妙な声を出す。
確かに……これじゃ男を取り合う女と男の図だわ。
「佳也クン、そっちの怪しいお兄さんは私の事務所の上司っつーか専務」
「えっ?! 事務所って……」
「初めまして、諏訪明人です」
「あ……斎木佳也、です…?」
あーあー律儀に挨拶しなくていいから。いつぞやのツンツン超クール対応でも構わないから!
目の前の笑顔全開の明人さんが何言い出すかなんてわかりまくってて、口の迎撃準備をしておくしかない。
交渉の余地なんか与えちゃいけない……経験者は語る、だ。
「斎木くん。唐突だけど君、モデルに興味はない?」
「え「ない」
「アメちゃんが答えてどうすんの。ていうか仮にも現役モデルが“ない”って……」
「佳也クン、カメラ好きじゃないし愛想ないしそういうの向いてないと思います。大体バンドで忙しいっつーの」
「……ああ! もしかしてユキの言ってた学生バンド?」
“じゃあしょうがないか”って感じの雰囲気になる明人さんと軽く溜め息つく私を見て、更に首傾げる佳也クン。
まさに置いてぼりって感じだけど……君が強引にきらきらしい場所に引っ張り出されないための攻防だったんですよ。
私の所属してるモデル派遣事務所は普通のプロダクションとはちょっと違う。
スカウトなんか普段しないし、その前に明人さんは事務所の幹部だからもっと他に仕事がある。
でもたまーに気に入った人を誘って半ば強引に登録させちゃったりする。
私も高校の頃から誘われてて、大学に入ったと同時に事務所登録させられた。
最初は私なんかじゃ絶対無理って思ったけど、いざやってみたら結構楽しい……ってンな話じゃなくて。
佳也クンは明らかにモデルには向いてないと思う。
派遣事務所は基本的に自己責任で結構な放任スタイルだ。よっぽどのことがない限り事務所から現場でのフォローはない。
素材が最上級でもそれなりのコミュニケーション力とか愛想とかが必要なわけで……普通に考えて佳也クンは無理だろ。つーか想像つかない。
それに、やっぱこの人にはバンドがあるから。
「何だ、早く言ってよ。だったら僕も無理強いしないよ」
「バンドやってなかったら無理強いするつもりだったんですか」
「もうちょい粘ってたかなぁ、ははっ」
この人すんごいしつこいんだよね。納豆とオクラ混ぜたより粘っこい。
まぁ佳也クンレベルなら粘りたい気持ちもわかるけどさぁ……って、今京介クンがいなくてよかった、うん。
「アメちゃんにお願いすればいいヘルプが手に入ることがわかっただけ大収穫だ」
「…………絶対やらせませんから!」
「四月になったらよくわかると思うよ? オーダーに合う子がいなーい、ヘルプリストにもっとたくさん人がほしーい、って気持ち。
じゃあ僕は行くね。斎木くん、いつか食事でも」
「え? あ、はい……?」
ヘルプリストに名前が入ってるだけある、元モデル・現モデル派遣事務所専務。
無駄にかっこよくて長身な明人さんは、儚げ美形っぽい顔でさらっと佳也クンに誘い文句を残して車に乗り込む。
車の中でサングラスをかけて、軽く手ぇ挙げてから発進。
うわー……むかつくくらい様になってやがる。つーか人の話聞いてねぇ。
「あの、アズマさん……間違ってたら申し訳ねぇんすけど、今の諏訪さんって」
「待って、言わないで。何言いたいかわかるから……明人さんは、お兄ちゃんの高校以来の悪友だけど」
「……そうっすか、やっぱ」
お兄ちゃんと友情育めるだけあるよ。
顔の儚さに騙されちゃいけない。ヤツは……色々すげぇ。
「つーか佳也クン、髪切ってたんだね……あ、染まってる」
ちょっとだけ黒かった脳天が綺麗に染まってるのを見て、ここの美容室はよさそうだなって思った。
いっつも思ってたけど、すんごい綺麗に色入ってんよなぁ……
私が行ってるとこ、最近担当の人辞めちゃったんだよね。私も一回ここ使ってみようかな。
「アズマさんはパーマっすか? それ」
あ、そういや佳也クンの前であんま激しく髪いじったりしたことないっけ。
前髪は横から大きくとって、それ以外はランダムに強めのウェーブでふんわり。
頭大きくなっちゃいそうだけど……まぁ、そこそこ顔は小さいからセーフ。
今日は服を全体的に甘めでまとめてあるから髪はこれくらい遊んでた方がむしろかわいいんだけど……
「んーん。これはコテでやった。つーか明人さんにいじられた。“いつもそれじゃつまんない”って。人の頭を何だと思ってんのかね…」
「……けど、可愛いっすよ。似合ってます」
……だからさ、爆弾落とすのやめようぜ。
「佳也クンの目はだんだん腐ってってる」
「未だに視力2.0から落ちてないっす……ッチ、すげぇ見てる」
「あ?」
佳也クンが睨みつけた方を見てみると。
ガラス越しにすんげぇ笑顔でこっち見てる、ちょっと爽やかなあごヒゲお兄さんと目が合った。
「……誰」
「知り合いの美容師っす。今ちょうどアズマさんの話してたんで……」
「えー……やだよ私紹介とかされんの」
とりあえず会釈は基本だけどさ。わざわざ初対面の人の職場まで突入して“佳也クンの彼女です~よろしくお願いします~”とか、ないわ。
いつかばったり出会った時にお願いしますよ、お兄さん。
「俺も紹介とかしたくねぇんで。アズマさん、今日いつもよりもっと可愛いし」
「……だぁから!」
「金払わないで出てきちまったんで、一回戻ります。すぐ終わるんで待っててもらってもいっすか?」
「…………はいはい、どーぞ」
何か、だんだん佳也クンがこの手の話だと私の言うこと聞いてくれなくなってる気ぃするんだけど。
そんっなに主張したいか。自分の目が腐っていってる状況とか自分の趣味が悪いかとか。
多分言ったらまた反撃されるから……黙っておこう。
ちょっと褒められたくらいでいちいち顔赤くしちゃう自分のキモさとかそんなのをスルーするために、私はわざと適当な返事をした。




