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SPELL NUMBER~強か女子大生と年下バンドマンの一年~  作者: 矢島 汐
第九章 レイジングフィルム
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04 連鎖していく

「ほーぉ、んじゃ今月にはテレビで流れるワケだ」

「そうみたいっす」


いつもと同じ、トーンの落ちた赤で染められた髪。

それを切っていくのもいつも同じ人。


バンド関係っつーかバイト先の店長通じて知り合った肥後さん。

美容師やりながら年に二回くらいライブしてる、現役のベーシストだ。

この人に髪切ってもらうようになってからもう三年くらい経つか……


ドライカットで最後の調整に入った肥後さんがしみじみ頷く。


「まっさかお前らの曲がCMに使われるなんてなぁ……世は異なもん妙なもんだな」


東ヶ原さんに会ってからレコーディングまではマジで早かった。

“時間がない”って言われてから覚悟してたけど、その日が来るのはあっと言う間だった。


また学祭の時みたいに地獄の練習で『Black Tempest』を今できる最高レベルまで持っていって。

一週間以内に向こうが用意してくれたスタジオに入って撮った曲は、自分で言うのも何だけどライブの時よりもっといい音が出せてた気がする。

勿論一発OKとかじゃなくて、向こうから直しが入ったりこっちからリテイクお願いしたりしてだいぶ時間かかったけど。


楽しかった。

疲れたとかそんなんより先にそう思った。

最初やたら緊張して体硬くなってた健司も最後にゃかなりトんだプレイできてたし、昭と京介は言うまでもない。

俺も俺で最初指が滑らなかったりしたけど途中からレコーディングとか関係なく弾いてた。


終わりまでずっと付き合ってくれてた東ヶ原さんも“良かった”って言ってくれて。

それが俺らを選んでよかったっつぅことも入ってるってわかったから、尚更嬉しかった。


「俺も…何かの縁がなきゃ、こんなことにはなんなかったと思います」

「だよな。楽しかったか?」

「……すげぇ楽しかったです」


肥後さんはむやみやたらに人に話さないし、別に隠すことじゃないから普通に話の流れでCMのことを言った。

そしたら祝福と労い兼ねて今回のカラー代タダにしてくれた。

ンなつもりで言ったんじゃないんだけど、厚意ってことで受け取っといた。カット代は出すし。


「佳也、何か前より髪に艶あんな……」

「? そうっすか?」

「ああ、今日触った時から思ってたけど。シャンプー変えたか? いいの使ってそう」


……あ、シャンプーか。

ミウさんが少し前にマンションに来た時、何でか1Lサイズのシャンプーとコンディショナー持ってて。

“間違えて注文したんだけど一回開けちゃった”って言いながら俺ンとこ置いてもいいかって聞いてきた。



『いいっすけど……家で別の人が使ったりしないんすか?』

『んー何つぅか、この匂い佳也クンに合いそうだなぁって思ったから。佳也クンいつも香水つけないじゃん? どう、この匂い』

『……いい匂いっすね』

『でしょ? 佳也クンの匂いと混じったら絶対いいと思うんだよねぇ。無理じゃなかったら使ってみて。結構おすすめだから!』



ミウさんの使ってるのは甘くて、少しさっぱりしてて、多分何かの花とかがベースの香り。

貰ったのはそれよりだいぶ甘さ控えめで、何となくミントっぽいけど色んな匂いが混じってる。同じブランドが出してるらしいやつ。

きつくないしその匂いがいいのも本当だけど、ミウさんにあんなこと言われたら使うしかない。

つーか次の日ネットでストック用注文しといた。結構高かったけど……まぁ別に。


髪に気ぃ使うなんて女みたいで今まであんまやらなかったけど、いざ使ってみると意外にいい。

朝起きた時髪がさらさらしてる気がするし、めんどくせぇ寝癖もつかなくなった。


「確か……アルカン何とかっつぅとこのやつで」

「……アルカンジェロ・ダントーニ?」

「あ、それっす」

「げ……お前、あれモデルとか使ってるやつだぞ? 何だってそんなレベル高いの使い始めてんだ……」


肥後さん詳しいな。まぁ美容師だからか?

つーかミウさん、やっぱそういうモデル御用達の使ってんだな。どうりで値段も匂いも効果もいいと思った。

あのブランドので全部揃えてんだったか。足の手入れするのとかも。


……前々から思ってたんだけど、今度あの手入れ、俺にやらせてくれねぇかな。

若干引かれそうな気ぃするけど、ミウさんが手入れしてる間暇だし、俺ん家いる間だけでも楽してもらいたいし……まぁ、ただ単にやりたいだけなんだけど。

あの拝みたくなるくらい綺麗な脚をもっと綺麗にする手伝いを……


「どういう心境の変化だ? 今更髪に気ぃ使い始めたとか」

「……あー…か、彼女に貰ったんで」


脳内で話がどんどん変態な方向にずれていったのを修正される。

久々に人に“彼女”って言葉使ったせいでどもった。だせぇ。


「………うん? カノジョ?」

「……はい」

「めっずらしいな~お前が女からの貰いもん使うなんて。今度は長く続いてんのか?一ヶ月突破したか?」


肥後さんの情報は俺の高校時代で止まってるらしい。あんまそういう話しないから当たり前か。

確かに、昔は別に好きでもない女と付き合ってすぐ別れたりしてた。

けど、今は違う。


「……この前で五ヶ月経ちました」

「は? ……お前の仕打ちに耐えられる女の子って、そういう気質か?」

「違います」

「だっておかしいだろ! お前、昔ロシアンレッドに来たカノジョにこう、氷河期レベルの視線送ってただろ」


そんなこと……あったか?

あんまっつーか全然覚えてねぇ。その時の彼女が誰だったのかも。


その辺は自分でも京介のこと言えないくらい酷いと思う。

けど、マジでどうでもよかった。

付き合うこと自体めんどくせぇと思ってたくらいだから。

だったら付き合うなよって話だけど……とりあえず彼女作っとくかくらいの気持ちもあったし、断るのもめんどくせぇ時期があった。


ミウさんに会う前、俺はそれなりにいた彼女とどんな風に話してたのかすら覚えてない。

もしかしたら、ロクに話もしなかったのかもしれない。その前にほとんど顔すら思い出せない。

……わりと最低だ。マジで京介のこと言えねぇな。


「その子が入り待ちの前で“私はキユのカノジョなんだからね! どきなさいよ!”って言ったら乱闘寸前になって、結局“音聴きに来たんじゃねぇんだったら帰れ。うぜぇ”って言われて泣きながら帰ってったぞ、確か」

「……よ、よく覚えてますね」

「俺の好みだったから、その子。泣き顔かわいかったし」


肥後さん……最後の一言は心の中に留めといた方がいいと思います。

人の性癖についてとやかく言いたくないけど。


「……あの人は、そういうのとは全然違います」

「ほーぉ…“あの人”っつーことは年上か?」

「まぁ……三つ上です」

「三つってことは大四かぁ。就活とか忙しいだろうな」

「あ、その辺はもう決まってるみたいなんで」

「へぇ~じゃあ暇なワケだ。連れて来いよ、そのカノジョ」

「……は?」


鏡越しに間抜け面を晒す俺に、肥後さんが普段あんましない人の悪い笑顔を返してくる。


「佳也がマジ惚れした年上彼女。しかもアルカンジェロ・ダントーニなんかプレゼントしてくるセンスのいい子。見たいと思うのは当然だろ」

「い、いや……あの人、あんまこの辺に来ねぇんで」


……今日この後会う約束してるけど。

待ち合わせ場所はここから徒歩五分圏内の駅。

付き合う前に約束してた、Dirx――ミウさんが気にしてた指輪をもらったアクセの店に行く予定だ。

タイミング合わなくてずっと行けなかったけど、ミウさんがこの前お気に入りの指輪無くしたっつぅからどうせなら連れて行って作ってもらおうと思って。


あの約束したのが四月だから……もう半年以上経つのか。

何か、すげぇ色んなことがあった気がする。

翠星館から付き合うまでも色々あって、付き合ってからも波が止まらない。


ミウさんと泉さんと智絵さん。

あの人達に会ってから、色んなことが起こる。

あいつらとつるんでたり、音楽やってる以外はクソつまんねぇ日常だったのに、何か忙しい。

けど、別にだるい忙しさじゃなくて……むしろ楽しい。


CMの話があったのもミウさんがきっかけで。

つーか、そもそもミウさんがいなきゃ『Black Tempest』は創られなかった。

考えれば考える程、連鎖していく。

あの人が俺の生活をどんどん変えていってる。

もし、あの人がいなかったら俺はどんな半年を過ごしたんだろうな……まぁミウさんいねぇなんて想像つかないけど。


「だから連れて来いって。その子タダでカットしてやるからさ。髪、長いのか?」

「……いや、ボブくらいっすね。こっちが長いアシメになってて、色が綺麗なピンクブラウンで」

「ほうほう……個性派だな。その感じだと顔立ちがきつそうだけど……」

「化粧してるとわりときつめなんすけど、素だとちょっと幼くなって。あ、顔立ち自体はあっさりした感じの美人っす」

「うんうん。美人系統か~佳也っぽいなぁ。背は高いのか?」

「結構高めっすね。確か167cmとか…………って」


これ、明らかに誘導尋問だよな?

馬鹿か俺……!

人にミウさん自慢できる機会中々ないからってすげぇぺらぺらぺらぺら……


「そうか~佳也のカノジョは個性派長身美女か。中々合ってんじゃないか?」

「……肥後さん…!」

「だってどうせお前連れて来ないだろ。そんなに大事にしてんだったら」

「………あの人がいいっつったら、連れてきます」

「ははっ、ほらな。お前がカノジョの意見尊重すんのなんて初めて見た」

「…………」


やべぇ。どう頑張っても勝てねぇ。


黙秘続けてたらカットが全部終わる。

根本まで綺麗に染まってちょっとだけ短くなった髪を確認して、肥後さんが視線をずらした。


「…………なぁ、佳也」

「……何すか」

「ピンクブラウンのアシメボブで、背が高いんだっけか? お前のカノジョ」

「………そうっすよ」

「…………今、店の前でちょっとばかり似てる特徴の子が男と車から出てきたけど」


「………………は?」

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