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SPELL NUMBER~強か女子大生と年下バンドマンの一年~  作者: 矢島 汐
第九章 レイジングフィルム
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03 前髪しかない美形の神様

何つぅか……色んな意味ですげぇ兄貴だった。

ドS具合とかもそうだけど、話し方とか、流れの持っていき方とか、雰囲気とか、そういう色んな要素が。

声ひとつで場の空気を動かすのに慣れてる。そんな感じまでした。



『東さんがいなかったら、普通に呑まれてたよ』



レイジングフィルムから車に乗り込む前、京介が隣に並んだ時にそう呟いた。

無意識にノータイムで頷いちまった。

ミウさんが時々話の流れ切ってくれてなかったら、全部向こうのペースのまま終わってただろうから。


昔のスカウトマンがもし東ヶ原さんみたいな人だったら……想像しただけで怖い。

まぁきっとあの人だったらはっきり“君達は顔を売りにしていく”って言い放つと思うけど。そもそも実力主義者っぽいのにそんなスカウトする前提が有り得ねぇ。


「……ミウさんの兄貴って」

「んー?」

「すげぇっすよね」

「は?」


信号待ちの時にそう切り出したら、思いっきり素っ頓狂な声を出された。


「それおれも思ったー! かっけーよな、何か」

「だよな。こう、自信持ってる大人の男って感じがバシバシ伝わってきてよぉ」

「オーラ出てたよね~さすが東さんのお兄さん」

「何、ドSオーラ? きつかったでしょ、ごめんね。予備知識なしに会わせて」


予備知識……ミウさんの兄貴ってことだけで、一筋縄じゃいかないのはわかってたけど。

多分あってもなくても同じ結果だったと思う。心の準備があってもどうにかなる相手じゃなかった。

……つーか実の妹にも見えるドSオーラって。


「つーかさ、即決でよかったの?」


CMに曲を使う。

ンな簡単に決められることじゃないのはよくわかってる。


確かに、考える暇なんかなかった。

けどここにいる奴なら、多分同じこと思ってたはずだから。逆に言えば考えるまでもなかった。


「……オレ、嬉しかったんすよ」


でけぇ図体のわりに細い声。

ミラー越しに見なくても、どんな顔してんのか大体見当がついた。


「あそこまで評価してもらえて、こういう仕事に入り込めるような音楽が作れてるって認められて。オレらの曲がつけられたCM見た時からもう、京介と同じ“やりてぇ”って気持ちでいっぱいでした」


段々としっかりしてきた声に熱が籠る。


「俺は最初のCM見た時に“絶対やるぞ~”って思ってたけどね」

「おれ東サンから車ン中で聞いた時思ったー! だってこんな機会滅多にねーし。普通やりてぇって思うじゃん!」


だよな。

じゃなきゃ、俺らバンド組んでねぇよ。


「佳也は?」

「……ビジネスだってはっきり言われた時、ほとんど決まってた」



『これはビジネスだ』



そう言った通り、あの人は俺らをガキ扱いしなかった。

多分容赦なんてしてないだろうし、潔いくらい甘さがなかった。

それと同じで、嘘とかリップサービスとかも一切なかった。おだててどうにかしようって空気が一欠けらも見当たらなかった。


自分が作った映像出す時も、俺らの音がいいって言った時も、全部自信に満ち溢れてて。

最後に頭を下げる時まで堂々としてて、素直にかっこいいと思った。


「俺らみてぇなガキに声かけてくれたんだ。やるしかねぇし、やりてぇと思うだろ」

「もンのすごく仕事にプライド持ってそうだしねぇ。妥協しなかった結果、無名もいいとこな俺らが選ばれたんだろうし」


無名。確かに。

この界隈でバンドやってるかライブ行ってる奴なら、言っちゃ何だがほとんどの奴が俺らのことを知ってると思う。

それくらいには知名度があるって他のバンドからも言われるし、京介もそれくらいだろうっつってたから多分自惚れじゃないだろう。

けど、あくまでただのアマチュア学生バンド。世界が狭い。

都内に出れば俺らのこと知ってる方が奇跡だ。


「知名度気にしないでやれるステージなんてすごいよね。ワクワクしちゃう」

「そのためにゃあまず再練習だな。予定変更してしばらく『Black Tempest』一辺倒で」

「ああ」


東ヶ原さんが言ってた“次のステップ”とか、今はどうでもいい。

興味ねぇなんて嘘言えないけど……ンなの望んでる余裕なんかない。

“最高の『Black Tempest』”ってオーダー。

自分たちでやりてぇっつったんだから、勿論最高の最高に持ってかなきゃなんねぇだろ。


「ほんっと、迷いないっつぅか、男前過ぎる決断力だねぇ君ら。カイロスの前髪に飛びついたって感じ」

「あれ? それってチャンスの神様ですよね。前髪しかない美形の神様」

「良く知ってるね、京介クン。幸運の女神って言う人もいるけど」

「え~出会いがしらに女神様の前髪なんて引っ掴めませんよ。痛くしちゃったら可哀想じゃないですか」

「このタラシめ……」


チャンスの神様は前髪しかない、って諺だったか。

前髪云々は置いとくとしても……今回の場合だと、そのポジションはミウさんだろう。

……多分ここで言ったら叩かれそうだな。やめとこう。


「まぁ、メディア露出なんて滅多にあることじゃないからね。楽しんできて」

「えーと、東さんは結構このテのお仕事多いんすか? あ、聞くのまずかったらすんません」

「別にいいよ、君ら相手だし……もうやってるってこと自体知ってるなら何バレてもいいわ」


隠しときたかったんだろうな、とありありわかるくらいやけくそ気味に笑ってウインカーを出すミウさん。

何かあったっぽいな。まぁ本人が言えるっつぅんなら今は大丈夫なんだろうけど。


「CMとかはね、そんな多くないよ。私が入ってんのはモデルの派遣事務所だから、そんながっつり仕事もらって来る感じじゃなくてね。ほとんどが自主的にオーディション探して行くんだ。縁が続けば指名もあるけど」

「へぇ~モデルにも派遣なんてあるんですね」

「私もここに入るまでそういうの全然知らなくてさ。よっぽどのことがない限りマネもつかないから結構毎回戦場に行く気分だよ」

「それこそ派遣って感じっすね……今回の化粧品の会社とかかなりでけぇ企業だし、大変じゃないっすか?」


そういう現場がどんな感じなのかっつぅのはわからないけど、健司の言う通り苦労は多そうだ。

けどミウさんはさっきよりずっと軽く笑って、ミラー越しに後部座席を見る。


「まぁまだ学生だし至らないところも多いけど、結局仕事自体楽しいから。あとね、今回は縁があって起用されたってだけ。いつもはもっと中小向けのスチールのが中心かなぁ」

「……アズマさん、もしかしてこの間持ってたアロママッサージの冊子って」

「………………ヨクミテルネ斎木クン」

「アズマさんの脚に似てると思ったんで」


細過ぎない綺麗な脚だから横目でちらっと見てたんだけど……やっぱミウさんだったのか。

滅多にない美脚だと常々思ってたんだ。

まさか足タレだったなんて……びっくりしたけど、やっぱ納得。


よくよく考えりゃ、そういう節はあった。

セックスの時に足に痕つけるの嫌がった時とか、寝る前にローションやらオイルやらで手入れしてるのとか。

彼女家に泊めたのとかミウさんが初めてだったし、普通の女がやるレベルの手入れなのかと思ってたけど……あれは職業柄か。

確かに金になるくらい綺麗な脚だよな。それに触れるって幸せ……


「佳也クン、ほんっと、足フェチだよね……」

「あれ、でも佳也最近女の子の脚観察してないよね~?」

「……アズマさん見てるだけで十分だし」

「ハイハイごちそうさま~東さん、あんまり凝視するならお金とってもいいと思いますよ?」

「んー破産させちゃうよ?」


流し目にプラスでそんなこと言われたら、破産してもいいとか思っちまう。


「まぁうちの旦那である限り、プライスレスで結構」

「だ、んな……」

「じゃあダーリンで」

「~~っ、何でも、いっす……」


この人、この人……っ!またさらっとンなこと言って!

同じように変なとこズレててもこの辺は多分東ヶ原さんにはない部分だ。

ヤスさんいわく“母親譲り”の天然魔性。

マジでほんっと、性質悪ぃ……


後ろから同情的何だかよくわからない視線がばしばしきて。

ついでにいつも騒がしい奴が乗っかって来ないのに違和感。そういやさっきから一言も発してない気がする。

ちょっと待ってもリアクションがなかったから、一応振り返ってみる、と。


「スカー……」


「……寝てっぞ、さっきから」

「おやすみ三秒っていうの、羨ましいねぇ」


行きより激しく、雰囲気がだれた。

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