01 これはビジネスだ
学祭が終わって、一週間も経たないうちに呼び出しがあった。
しかも……何でかスペルメンバー全員。
相変わらずの外車、今度は兄貴のらしい白い伊車に乗せられて。
「……大事な話、あんだよね」
そう言って車を走らすミウさんの横で、俺は後部座席にいる三人と顔を見合わせた。
“全員揃ったら言う”って一昨日電話で言われて、俺も詳細は知らされてない。
けど、結構重要そうな話だってのは雰囲気的にわかる。
「……何すか?」
「んー……何っつったらいいかなぁ……これから、ちょっとビジネス的な話になるんだけど」
ビジネス?何が……
「まず、今から行くとこはレイジングフィルムっつぅ映像制作とかやってる会社なんだけど」
「えー? 何で?」
「まぁまぁ、聞いてちょうだいよ昭クン。
その会社に勤めてるある人がスペルのライブ…学祭のね、それを観たらしくて。まぁその前に他にも何曲か聴いてんだけど。とにかく君らに会いたがってんの」
『……は?』
話が飛躍し過ぎて、よくわかんねぇんだけど。
なんでいきなりそんな事態に?
映像制作とかじゃなくて……レーベルのスカウトだったら昔、一度だけ声をかけられたことがある。
バンドのデビュー、って話だったからそりゃもうメンバー全員喜んだ。
俺ら今より何もわかってないガキだったし……京介ですら、何も考えないで話進めようとしちまうくらいには。
――けど、まぁ普通にそんなうまい話には裏があって。
俺らの顔がちょっとよかったから、からっぽなビジュアルだけのバンドみたいな路線で売ろうと思ってるってことを知って、結構詰め始めてた段階だったのに交渉が決裂した。
その頃はバンドの音も全然満足できるレベルじゃなかったし、事の全貌聞いて正直失望より納得した。
俺らが相当生意気で思惑通りにいかない奴らだって伝わったのか知らないけどけど、それからはそういう話はこなくなった。
もしかしたらっつぅか、話自体はあるんだろう。ただそういう窓口は自動的に京介になってるから、俺らは何も知らされてない。
あいつが何も言わないなら、多分いい話じゃないことの方が多いんだろう。あのスカウト以降、業界人に対して一番神経質になったのはあいつだから。
デビューの話がポシャって周りには結構色々言われた。けど、それでよかったと思ってる。
音を評価されないのにンな扱いされんのは絶対嫌だった。
音楽始めた時からずっと、そんな適当な気持ちでやってきたことは一度もなかったから。
今回も、そういう話なのか?
いや、けどミウさんはそんなこと勧めてくるような人じゃない。
だったら……
「あ、使いたいのは君らシャイニングボーイズの麗しい顔じゃないから」
「シ、シャイニングボーイズ……?」
「そうそう、京介クンが一番シャイニング。目ぇ潰れそう……じゃなくて、CMにSPELL NUMBERの曲を使いたいんだって」
曲。
俺らの音?
CMって……あの、普通にテレビのCMだよな?
…………え?
「まぁ詳しい話は本人から聞いて」
「えっと、東さん? やっぱこれって……心の準備とかそういう時間っつぅモンはないんすよね?」
多分昭以外全員が思ってることを健司が代弁する。
ミラー越しにそっちを見て、ミウさんが久々に“ふっ”って笑って。
「ない。つーかそんなのさせないために言わなかったんだけどね」
すげぇかっこよく、すげぇキチクなことを言った。
「さっすが東さんですね~」
「さすがって何、さすがって。あ、会いに行くの私のお兄ちゃんだから、そこまで緊張しなくても大丈夫だよ」
「え゛」
それ、別の意味で真面目に緊張するんすけど。
何か時間不規則でクソ忙しい仕事してるって聞いたけど……メディア関係だったのか。
俺、今日まともな服着てるよな?寝癖大丈夫だよな?な、何か菓子折りとか……!
「佳也、別にお宅訪問とかじゃないからね~?」
……脳内読むんじゃねぇ!
「オ、オレ…何か腹痛くなってきた……」
「便所行けよ便所ー」
「健司の痛みはきっと昭には一生無縁だよねぇ」
「えー? おれも腹痛ぇ時あるし」
やべぇ、何か色んな意味で頭痛ぇ……
若干だれた雰囲気のまま、ミウさんが更にアクセル踏み込んだのがわかった。
× × ×
「――ご足労頂いて申し訳ありません。初めまして。レイジングフィルム、プロデューサーの東ヶ原です。よろしくお願いします」
パーテーションで区切ってある応接室的な空間。
名刺を差し出して軽く礼をするのは、軽く撫でつけてある黒髪にダークグレーのスーツを着た、京介くらいの背の男。
目元とか、細い顎とか、あっさりしてるのにどことなくきつい感じの顔立ちとか……ミウさんと似てるパーツがいくつかある。
大体東ヶ原なんつぅ名字は滅多にないし、この人がミウさんの兄貴で確定だ。
「いいえ……はじめまして、SPELL NUMBERのベース、ケイです。向かって右から……」
「キユくん、コウくん、君がケイくんで、そちらがショウくん、で間違いありませんか?」
ほんの少し笑って聞いてくる。
ミウさんが教えたのか、それともスペルのサイト見てくれたのかはわかんねぇけど、一応俺らのことは一通り知ってそうだ。
………つーか、何となく迸るドSオーラがあるような気ぃすんのは……俺だけか?
「リーダーはコウくんとお伺いしていますが……」
「ぅ、あ、は、はいィ?!」
……健司、落ち着け。
まぁこの雰囲気で一番普通人のお前が普通通りに発言すんのは無理あるか。つーか俺も無理だけど。
見れば見るほど似てるとこ発見しちまう。特にこの人の笑い方、かっこいい時のミウさんにそっくり。何となく直視できねぇ。
「つーかンなかしこまんなくていいじゃん。皆萎縮しちゃうっつーの」
……席つく前にどっか行ったのは知ってるけど、何で社員でもないミウさんが普通に茶持って来てるんだ?
いくら兄貴の職場だからって……意味わかんねぇんすけど。
「あ、アメちゃんありがと~!」
「いいですよー信子さん忙しそうだし、今牧村さんもいないですよね」
「急に運転手役で連れてかれちゃったの~」
普通に他のスタッフと仲良さそうに話してる、つーか溶け込んでるミウさん。
“アメちゃん”って確かマイティ・フッドのおっさんたちが言ってた呼び方だよな。
もしかして……“臨時収入”とか言ってる第二のバイトってこれか?
けどこういう手伝いだけであんな稼ぐか……?
「……まぁ、美雨の言う通りか。君達がいいなら、もう少し砕けて話すが」
「お願いします~……」
普通を装ってても、京介だって緊張くらいする。
タワシの心臓持っててもこんだけ急展開の状況ならかしこまらない方がおかしい……昭以外は。
ミウさんがほとんど音立てないでカップを置いてって、それから兄貴の横に座る。
……隣り合ってると、マジで兄妹だ。こんな形でミウさんの家族と対面することになるなんて…
「美雨から主旨は聞いただろう。まどろっこしいのは無しでまずは率直に言わせてもらう。
うちで今制作してるCMのイメージソングに、君達の曲を使わせてもらいたい……美雨、パソコン」
「はいはい」
何てことない風に言って何てことない風に動く兄妹を見ながら、言われたことを何度も何度もリピートする。
――何で俺らなんだ。
全部が全部、いきなり過ぎる。
つーか普通、そういうのってプロとかレーベル契約してるアーティストとかがやるもんじゃねぇのか?
プロデューサーってことは多分兄貴が責任者なんだろ。何の経緯があって俺らを選んだんだ。
ライブ観に来たのも、意味が……
『今色々予定がずれ込んでてクソ忙しいんだって』
そうやってミウさんが言ってたのは確か学祭終わった次の日、俺の部屋で。
予定がずれ込んで、合わなくなった?
この、音楽についても?
だから……間に合わせ、か?
こじつけっぽくても有り得ないことはない。
思い至った最悪に暗い結論に頭を振る。
ついでに京介の方を見てみると、何か目が合って。
ミウさんから聞いた話なんかしてないのに、もしかしたら同じこと考えてんのかもしれないとか思った。
「……顔が暗いな」
「っ」
顔上げたら、やっぱ真正面から視線がぶつかった。
ここに座ってから初めてこの人と目が合った気がする。
ほんの少しだけ目ぇ和らげたら、もっとミウさんに近くなった。
「言っておくが、間に合わせのために手近な妹の関係者を呼んだ訳じゃない。これはビジネスだ。俺は使えるものしか使わない」
あんまりにもきっぱりはっきり曝け出した、十中八九本音。
「……お兄ちゃん、その言い方ないわ」
「そうか? 褒めているが」
「知ってる。でもこの人達慣れてないからやめて」
敬語じゃなくなっても全然砕けてねぇっつーか……もっとドSオーラ増した、この人。
“使えるもの”って……いや、いいんだけど、褒め方歪んでんな…
さすがミウさんの兄貴。
常識充分知ってそうなのに変なとこかなりズレてる……!
「ごめんねーお兄ちゃんすんごいド鬼畜さんだからさぁ」
「誤解を招くようなことを言うな。お前はいつも誇張して……何でそんなに性格悪いんだ」
「あんたに言われたかねぇよ」
「口も悪い。態度も悪い。目つきも悪い……これでいいのか、君は」
「えっ?!」
…………明らかに俺、見てるよな?
え、え?
……ミウさん、言ったんすか?言ったんすよね?!
挨拶しなきゃいけねぇとか今更名乗り出てどうすんだとか性格悪ぃんじゃなくてきついだけっすとかぐるぐる回って。
結局。
「……いや、ミウさん“が”いいんで」
とか、普通のことしか返せなかった。
……何か、その後速攻ミウさんに頭叩かれたけど。




