07 そんな乙女回路は備わってない
ややお下品注意。
「代引してお礼を言ったらすぐに戻ってくること。向こうの部屋に入らないこと。むやみやたらに近づかないこと」
「……わかりましたわお姉様」
……何で私正座させられてんだ。
つーか泉サン、私別にはじめてのおつかいとかそんなんじゃねぇっすよ?
「じゃあいってらっしゃい。くれぐれも気をつけて」
「イケメン達によろしくねぇ」
「はいはい……」
何だかよくわからん声援を背に財布を持って部屋から出る。ほんの十歩もしないんですがね。隣まで。
濡れたまま軽く流して作った前髪を直してから二回ノックしてみる。
「……ん?」
反応なし。
聞こえなかったか?
ゴン、ゴン。
「お留守ですかー」
ガタッ、ゴン、ダダダ……
「あ、すんません」
ガンガンにかかってる曲をバックにでかい男がにょっきり出てくる。
「あ、健司クン。コンビニのブツ、代引しに来たんだけど」
「…………」
「あのー?」
固まる爽やか笑顔。
一応覗き込んでみる。
「っああああ東さん?!」
「うん?」
「ちょ、その位置はちょ、まず、っわ」
「はぁ?」
わったわたする健司クンの言語が理解できなくて、思いっきり気の抜けた返事しかできない。誰か通訳ヘルプ。
「何してんだ健司……、っ?!」
後ろからこれまたにょっきり出てきたダークレッドの頭に望みを託すしかない。
「あ、佳也ク「アズマさん」え、あ、ハイ」
「……すんません、そっちの壁側に立って待っててもらってもいいっすか」
「はぁ……」
珍しく早口に言い切って健司クンの首を引っつかんで部屋に消える佳也クン。
あんなでかい体を軽々と……やっぱソフトマッチョだな。いいな。
つーか何で立ち位置指定?健司クンも位置がなんたらっつってたけど何かこだわりでもあんのか。
ぼーっと突っ立ってるとほんの少しだけ音が聞こえて、何か聞き覚えのある曲だな、とか思ってたらドアが開いた。
「――すんません、待たせて」
「いーえ。ありがとね」
「アズマさん。ストップ」
……寄らなきゃ金も渡せねぇし物も受け取れねぇだろうが。
何だってふたりして位置こだわってんだよ。立つ場所くらい好きにさせろや。
「それ以上はちょっと……」
「何で」
「………」
「いいから言えって」
「あー……あの、言いにくいんすけど、衿が……」
「は?」
意味わかんねぇよ。もっとはっきり単刀直入に。
目が泳いでる佳也クンに一歩詰め寄る。
「っだから、俺らくらいの視界からだと、見えるんすよ……その、衿から、中が」
「はぁ?」
赤くなった顔と緩い衿元を何度か見比べる。
あー…見えてましたか。こりゃ失礼しました。
恥ずかしさよりも申し訳なさで微妙な気分になる。無駄に気ぃ使わせてごめんね。あ、でも泉が何も言わなきゃノーブラだったのか。さすがにやばいわ、それは。ブラしててよかった。
くつろげてた衿をささっと直して、とりあえず謝罪から入る。
「あー何かごめんね。恥のない女で」
「すんません。マジ見る気はなかったんすけど……失礼しました」
「いや、私こそ大したことないもの晒してすみません」
わー何かすんごい微妙な顔された。
普通の女だったらイケメンに乳見られてかわいく赤面したりすんのか?残念ながら私にそんな乙女回路は備わってない。
「……浴衣、すげぇ似合ってますね」
と、思ってたのに。
…………これに関しては乙女回路外だ。普通に赤面する。
なに?何言っちゃってんだこの子?ちょ、不用意にデレんなよマジ心臓に悪い!
「あ、りがとう。つーかあんま見ないでくれると嬉しいんだけど」
「? 何でっすか」
「おばさんは若い男の子にすっぴん見られて平然としてられる程まだ女捨てちゃいないんだよ」
そうだよ。私すっぴんだよ。頭からすっぽり抜けてたよマジ死にたい。
見んなっつってんのにじっと見てくる鋭いつり目をピースでつっついてやりたい。んだよガン見すんなよシミとかまだねぇぞ。
「……あんさ、化粧の偉大さがわかる貧弱な顔なのは充分自覚してっからさ…」
「いや、普通に綺麗っすよ。つーか化粧落とすと可愛いっすね、アズマさん」
「は?!」
「………え?…あ」
な ん ぞ こ い つ 。
何……何ポロッと本音出ちゃいましたみたいな顔しちゃってんだ赤面したいのは私っつーかそのエロ美声で口説くんじゃねぇよグラッとくんだろうがあーマジで恥ずかしい死にたいその前に私が綺麗だとか正直目ぇ腐ってんじゃねぇのどうなのよその辺はよぉオ?!!
「…………」
「…………」
「……うん。佳也クン。私今の聞かなかったことにする。空耳。幻聴。聴覚の反逆。
っつー訳でお菓子とジュース、おいくらですか?」
「あ、え、と……せ、千円で」
脳内で頼んだ物を数えて大体の計算をしてみる。
千円ぴったりにならねぇだろ。どう考えても飛び出る。
「正確に言ってくれないと困るんだけど?」
「………1280円です」
「ありがと。じゃあこれ」
財布から千円札と五百円玉を出して奪い取ったビニール袋と引き換えに握らせる。
向こうが慌てても問答無用。無理矢理渡したチップに文句を言われる前に自分の部屋に駆け込む。
さすがに押し入って返してきたりしないだろ、とか思いながら。
さっきの流れを完全に空耳に変えながら。
× × ×
死ね、俺。
つーか羞恥心で死ねることがあったら百回くらい死んでる。
『……浴衣、すげぇ似合ってますね』
『いや、普通に綺麗っすよ。つーか化粧落とすと可愛いっすね、アズマさん』
馬 鹿 か 。
最初のはまだいい。実際誂えたみてぇにすげぇ似合ってたし色気半端なかったし。
問題は次だ。
マジで無意識に出てきた超本音。ああそうだ本音だ本音。アズマさんはデフォルトでむちゃくちゃ綺麗だし何かエロい。
あれのどこをどう見たら貧弱な顔なのかわかんねぇ。っつーかそもそも貧弱な顔ってのがよくわかんねぇ。けど素顔は意外とあっさりした顔立ちの美人だから本人が何言いたいのかは一欠けらくらいわかる。
つーか化粧落とした顔、マジ可愛かった。
思ったより垂れ目なのとか化粧で抑えてたのか赤くなった唇とか、ちょっと幼く見えて何か色々やばかった。
これなんつぅんだったか、そうだアレだギャップ萌え。って萌えとかマジきめぇよ俺。
『いや、普通に綺麗っすよ。つーか化粧落とすと可愛いっすね、アズマさん』
ゴンッ!!
「~~っ!」
「うわっ何してんだ佳也!」
「さっきから自分の世界入ってるからねぇ。ほんっとエロ……いづッ!!」
横から刺身を盗ろうとした手に箸を突き刺す。
痛くねぇだろ。手加減してんだから。
京介がつるっと言いそうな歯の浮くとんでも台詞が何度も脳内リピートされる。
何で勝手に出てきてんだ俺の脳内。何勝手に動いてんだ俺の口。
「東サン来ねーなー」
「席もうねぇし、部屋で食ってんじゃねぇの?」
「ちぇー」
「昭、東さんはダメだからね~佳也がせっかくマジになってるんだから」
「ないない。おれもっとちっさい子じゃねーと無理だもん」
キモい台詞を必死になって頭から蹴り出して、昭とアズマさんを脳内で並べてみる。
スリッパ履いてた時で……昭と同じか、ちょい高いくらいか。
「だったらおだんごさん……泉さんとかどう? 東さんと一緒にいる人。あの人結構小柄だったけど~」
「えー可愛い?」
「可愛かったよ~小動物みたいで。それにあれは隠してるけど巨乳と見た」
「おー巨乳ちゃん! どんくらい? グレープフルーツ? メロン?」
「お、お前らやめろよ食事中に……!」
健司はこんなナリしてるわりに、この手の話にはかなり弱い。
安っぽいAVですら五分も見てらんねぇ純情チェリーだ。
京介がわざとそういう話に持ってって、何も考えねぇ昭がノって、あたふたしてる健司を眺めたり適当に話を切ったりすんのが俺。それぞれ役はできてるけど、今日はめんどくせぇから調停役は辞退しとく。
それに健司、アズマさんの胸見たし。別に俺が腹立てる権利ねぇけどむかつくし。つーか結構……いや、やめとけ俺。今日一日でどんだけ変態の扉開いてんだ。
「ああいうおとなしそ~ぅな子がパ×ズリとかしてくれちゃったらそりゃあもう、ねぇ」
「京介この前貧乳の子のモモ×リが最高っつってたじゃん」
「女の子はね、どこもかしこも柔らかいの。んで甘くてえっちなんだよ~ねぇ健司」
「し、ししし知らねぇよ……」
「え~この前女医モノ貸してやったでしょ。あれ結構オススメだったんだけどなぁ」
……あれか。
“お前好みの美脚だから!”って押し付けられたけどあんまりにも女優がドS言葉攻めだったから萎えた。脚はそこそこ綺麗だったけど、脚だけ見てヌける程やばくも飢えてもいねぇし俺。
「健司は好みがうるさいんだよねぇ~痴漢モノは嫌だの複数は嫌だのギャルは嫌だの」
「ち、違……もう後にしろよ、な?」
「お前が最高によくヌけるAVを俺は日々捜し求めてるんだよ?」
「つーか京介女の子取っ替え引っ替えなのに何でひとりでヌいてんの?」
「それはね。どんな状況でも勃ちがよくなるようトレーニング、ってこと」
「え、勃つのにトレーニング必要なん?!」
「そうしないと早いうちに打ち止めになるんだよ~? ふふふ」
「マジで?!」
嘘に決まってんだろうが。
つーか横の席のおばちゃんこっち見てんだけど。そろそろ視線が痛ぇ。
「……昭、デザートいるか?」
「いるいる! 何、くれんの?!」
「今すぐ黙って食うならやる」
「ラッキー!」
餌付けを兼ねて残飯処理をさせとく。食い物で釣ればすぐ黙るからこいつの扱いは簡単だ。
問題は、だ。
「やぁだ、顔が怖いわよ。斎木クン」
「……小鉢ごと口ン中捩込むぞテメェ」
「嫌……裂けちゃうっ」
「裂けろ。革紐で縫ってやる」
和え物を片付けた箸を置いて代わりに小鉢に手をかける。
これ以上ふざけたことぬかすならマジでやんぞ。
「――あのぉ」
「はい?」
間延びした声に健司が返事する。
振り返った先にいたのは、明るい茶髪をまとめた浴衣の女。一瞬わかんなかったけどアズマさんと一緒にいた人だ。確か……
「智絵さん、でしたか?」
「よくわかったねぇ。京介くん、でいいのかな」
「はい、そうですよ~どうしたんですか? 何か男手がご入用ですか?」
机を挟んでお互い笑顔の会話。
……電車ン時から思ってたけど、何か、このふたり似た臭いがする。
「んーん、そうじゃなくてねぇ。コンビニ行ってくれた人、手ぇあげて?」
全員が状況を把握できてないまま、俺と健司と昭が軽く手を挙げる。
「じゃ君にこれを返却しようっ。いきなりこんなあからさまなアピールされても、女の子は困っちゃうからね?」
「え?」
「今度からもうちょ~っと段階を踏んでね」
中途半端に挙げられた健司の手にポトッと落とされたのは、
『超薄0.02ex-リアルフィット-』
……思わず目を逸らした。
「……え?」
「誰の前で使いたいかとかは聞かないけどねぇ」
「……ぇえ?」
「もぉ~ビニールから出てきた瞬間ったらひどかったんだから。泉は超軽蔑の目だし東は涙流して爆笑だし」
アズマさん達に頼まれた分は部屋の冷蔵庫に突っ込んであった。
誰が入れたか。ひとりしか考えらんねぇ。
「………あきら?」
「え、だってゴムねぇと困るじゃん佳也。あーでもサイズ無理かもしんねーごめん!」
俺 の せ い か 。
頭を抱えたくなる衝動を抑えて、健司の手からそれを引ったくって京介にパス。
そろそろ復活するだろう健司の雄叫びに備えて間抜けに開いた口を手で塞いどく。
「……この猿の悪戯でご迷惑をおかけしました」
「いいよぉ、私は楽しいし。ところで君、彼女持ち?」
「…………いえ」
「そっかぁ。あの子相当押されないと気づかない性質だから気をつけてね?
鈍いんじゃなくて、好意を向けられてるって可能性を最初に潰しちゃう変な思考回路の持ち主だから」
「…………」
「ん゛ん゛ーーー!!!」
くぐもった叫びをBGMに、俺は智絵さんの忠告に黙って頷いた。