17 清々しく空振った
「一分っつっただろうが」
「す、すんません……」
「なぁんでその何十倍もちゅっちゅちゅっちゅしてんだよ……つーかキス上手いんだからやめろ引っ張られる」
「え? 上手いっすか……?」
「上手いけどねちっこくてしつこい」
……それ、明らかに自重しろってことっすよね…
けど、上手いって……ミウさんに褒めてもらえた。
よかった……内心下手とか思われてたらもうキスできなくなるかと。
「んー……何か気力なくなったけど元気でたわ」
「……よかったっつーことですか?」
「半々」
ですよね。
マジで俺調子乗り過ぎた……
けどミウさんが煽って、ねだってくるから……理性が持つはずねぇだろ。
あの元彼、ミウさんのこと諦めたよな。
あそこまで言われて……いや、ミウさんにあそこまで言わせて、もうやり直そうなんて言えないだろう。
あんな態度取ったのも、途中キレたの…は、マジだったけど、ほぼ全部わざとだろう。
ミウさんは優しい。
本当は怒るのも相手やたらに傷つけるのも嫌がる。
あいつはそれがわかってなかった。こっちの思惑すっぱり切ったりしても、あそこまで“容赦ない”のはわざとなのに。
まぁ、もういない奴のこと考えても無駄か。
ミウさんはもう俺の隣にいるんだから、俺が話蒸し返すのもおかしい。
元気出たって切り替えられるなら、それでいい。
「そろそろ三人も帰ってくる時間っすね」
「え、もうそんなん? …………泉、大丈夫かな」
「……っすね」
二人きりで小一時間。
……耐えられるのか?あの人。
まぁ無理なら早々にどっか避難してるだろうし……
「あ、泉」
ミウさんの言う通り、入口の近くにあるベンチで煙草を吸ってるのは話題の人。
何かやたらと難しい顔で考え込んでいて、持ってる煙草は長く灰を作ってる。
おい……もしかして、何か京介がやらかしたんじゃねぇか……?
「ああ……おかえり、遅かったね。東、斎木くん」
「おーラブアクシデントで予定より遅い帰還です。つーかどうした?」
「…………アクシデント……そうだ。疲労により彼の脳内でアクシデントが……」
「「?」」
「謎が解けた。ありがと」
意味わかんねぇんだけど。
さすがにミウさんも伝わらなかったみたいで、首傾げてる。
そんな俺らにお構いなしに灰皿に煙草を押し込んで、何事もなかったみたいに泉さんが立ち上がる。
「そろそろ智絵たち帰ってくるらしいよ。打ち上げ、飲み屋とレストランどっちがいい?」
「え? 一応未成年だかんなぁ……私らは飲んでもどっちでもだけど、公共の場で飲ませんのはちょっと」
「だよね。じゃあ……」
そのまま話が流れて行く。
……まぁ、いいか。
「おかえりなさい~お二人さん」
とりあえず中に入って階段を上ろうとしたところで、京介が出てくる。
何か妙に機嫌よさそうで、気味悪ぃ。
「谷崎くん」
「はい、何ですか?」
は?
い、泉さんが声かけた……?!
やっぱ何かしたんだろお前!
俺とミウさんだけ顔が固まっても、京介は気味悪ぃままで、ついでに泉さんもいつも通り……って、何でいつも通りなんだ。何かあったんじゃねぇのか?
「君、疲れてるんだね」
「…………は?」
「打ち上げに女の子呼んだりはしないけど、楽しんで」
い、意味が……わかんねぇ。
どういう脈絡があってそういう話になったんだ。
笑顔が固まった京介がようやく口を別の形に変える。
「……え? 俺好きだって言いましたよね……」
「うん。だから疲れてるんだよ、それ」
「「「…………え?」」」
え。何か、色んな意味で、え?
やべぇ……マジで何、この状況。
京介が告った?んで、疲れてる?え?
何か妙に泉さんが優しいっつーか同情的なのも更に意味のわからなさが増す。
「……ミウさん、状況が、よく」
「わかんねぇ……私もさっぱりぽんだよ」
「ですよね……」
こっちが色々あった間に、あっちも色々あった。
なんとかわかってもそこレベルだ。
……いや、もうちょいわかる。これは確実だ。
あの京介が、負けた。
俺より清々しく空振った。
「あ、電話」
マイペースにケータイ取り出した泉さんを見ながら、さっきよりひどく固まったままの京介の顔は……大間抜けそのものだった。
「……京介クン?」
「…………は、い」
「今日……君の隣、私と智絵だから」
状況把握っつーより尋問に近いのが実行される気ぃすんの、俺だけか。
学祭終わって一区切りついたと思ったら、またひと波乱の予感。
やっと京介が動き出したのに、やっぱミウさんの友達なだけある。クソ手強い雰囲気だ。
「あれ、今度私か」
ロスエンの『はなび』
夏から着信音変えてないんだな。確かこれは家族専用だ。
「もしもーし、うん? 今大学。今日帰んないよ……あ? ――……えぇえええ?!! ちょ、何言ってんの真雪サン! 頭どうか……ハイ、すみませんでした大声出して」
ミウさんの兄貴には会ったことないけど……何度か電話かかってきてるの聞く限り、何かすごそうなのがわかる。
完全に上下関係ができてる。すげぇドSくさい感じがする。
「……わかった。私のパソコンのお気に入りの【音楽】フォルダにあるから。それでよかったら、今度はちゃんと打診してね……うん、うん、じゃあね」
通話が切られて、軽く溜め息。
いきなりちらっと上目遣いで見られてちょっとぐらっとくる。
ミウさん、不意打ちはやめてください。
「佳也クン、今のうちに言っとく」
「な、何すか?」
「うちの兄がご迷惑をおかけします」
…………何でそうなんだ?!
意味わかんねぇこと多過ぎだろさっきから!
「智絵たち正門で待ってるって」
「はいよーんじゃ行こっか。京介クンもぼけぼけしてないで行くよ。荷物取っておいで」
鞄を持ち直して先に歩き出した泉さんが、何でか持ってたミウさんの鞄を本人に返却して、連れ立って正門へ。
残されたのは、俺と……
「……お前、何したんだ」
「…………いや、劇的に情熱的にわかりやすく気持ちぶつけました、よ?」
「へぇ…けど、相手悪かったみてぇだな」
「うん……」
軽く流してセットしてある髪をぐしゃっと握りつぶして、深呼吸二回。
「こりゃ、もしかしたら佳也より苦労すんじゃない?俺」
「……かもな」
「………ふふっ、さすが……燃えるわ」
若干気持ち悪くひとり頷いた京介が立ち上がる。
いつも通り、無駄にキラッキラした笑顔で。
「俺、本気だから」
「知ってる」
何考えてんのか知んねぇけど……正真正銘本気になってんのくらい、見りゃわかる。
泉さんが逃げ切るか、京介が捕まえるか。
こいつ一回本気になると冷めないし、とことんやり込むから……まぁ、逃げ場なさそうだけど。
「……頑張れ、泉さん」
「またそれ言う~……ま、こっちは勝手に頑張るけどね?」
どこか吹っ切れた感じに笑って階段を上っていく京介に続いて、俺も荷物を取りに戻る。
意味わからないことが多過ぎて、他のメンツと合流した時には色々忘れてた。
結局サークルの問題はどうなったとか、元彼のこととか、泉さんが言ってたアクシデントとか。
――“うちの兄がご迷惑をおかけします”って台詞とか。
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