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16 私の男にケチつける権利

ミッチー視点。

俺は今、人生の岐路に立たされてる。

つーか、生と死の狭間にいる。


「…………」

「…………」


建物の陰で、何か恐ろしく機嫌の悪いキユさんとご一緒してるこの状況。

し、しぬ……!椎名!誰か!助けて!!


「物音立てんじゃねぇ」

「……は、はひ…」


迷子になった俺が悪かった。

好みの女の子見つけて勝手に走り出した俺が悪かった。

だから誰か、ほんっと助けて……!


「満井」

「ひぇい!」

「声のトーン落とせ。で、これ以上奥に行くな」

「は……?」


キユさん俺の名前覚えてたんだー……つーか俺もしかして怒られてない系ー……?

色々浮かんだけど、とりあえずキユさんが言ってる“奥”にちらっと視線をやってみる。


……あれ?


「ヒメさん……?」


と、知らない男。

何か、すげぇ緊迫ムード……

バイト先でもよくある。これはいわゆる“修羅場”ってヤツだ。


「い、いいんすか? あれ……まずいんじゃ」

「……あれはアズマさんの問題だ。マジでまずくなったら出る」


雰囲気的に告白とかそんな問題じゃない。多分別れ話系。

でもキユさんと付き合ってるわけだから……元カレか?

……お、おれ…こんなド修羅場に出くわすなんて……今日マジでついてないっ!

いやでもスペルの新曲とか聴けたしついてたのか?いやでもでも……


「ッチ……どうせ帰ろうにも物音立てちまうだろ、お前」

「す、すみませ……」

「動くな。喋んな」


キユさんが不機嫌だったのはそのせいか……でも俺がいるせいで更に不機嫌増してんのは確実…

つーか俺帰れない……確かに絶対その辺の葉っぱとかガサガサ踏んじゃう。

結局、言われた通り黙って直立不動するしかない。


周りが静か過ぎて、ヒメさんの声が聞こえてくる。

何か結構重い話っぽい。


「――私、今すごく好きな人がいる。もしあんたが私の言ってる意味わかったとしても、今後あんたと付き合う気は一切ない」


相手の目ぇ見て、はっきりそう言う。

少しだけ笑ってて、それが何かやけに優しく見えた。


これでいい感じに決着がつきそうな雰囲気……

俺が解放される時も近いか?

……って、思ったのに。


「あんな、適当なバンドなんかやって……チャラい顔だけの奴のどこがいいんだよ」


は?

も、もしかしてキユさんのことか?


「ああいう奴、女とっかえひっかえだって言うし……きっと後悔する。そんな奴じゃ美雨が可哀相だ!」


ンな訳ねーだろ!!

キユさんは超クールなんだよ!かっこいいんだよ!出待ちの女とかに目もくれねぇんだよ!

ケイさんは……昔はそりゃアレだったけど。つーかスペルとその辺のチャラチャラ系バンド一緒にすんな!お前絶対ライブ見てないだろ!


キユさんだってきっと怒ってる。

そう思って俺より10センチ以上上にある顔を見ると、真っ直ぐに男……じゃなくてヒメさんの方を見てて。


「しっかり歯ぁ食いしばっとけよ、テメェ」

「ぇ?」


ガッ――


ヒメさんの拳が、間抜けに首傾げた男の頬にきっちり決まった。


「え」

「……ミウさん」

「えぇぇ……」


平手は見たことある。

キレた女がよく使ってる。

でも、グーで顔面いく女はじめてみた……!!


「お前は何知ってんだよ」

「み、美雨……」

「何も知らねぇくせに勝手な価値観押し付けんな」


少し高めだなって思ってたヒメさんの声が、すごく低い。

吹っ飛ばされた訳じゃないのにへたりこんだ男の胸倉掴んで、ヒメさんはもっとドスの効いた声を出した。


「……お前に言いたいことが三つある」


迫力っつーか凄味がある目つき。

物凄く怒ってんのが伝わってくる。


「ひとつ、あいつらのバンドの音聴いてもないくせに評価するな。

ふたつ、私は今幸せだしお前が憐れむような付き合い方なんかしてしてない。


みっつ――私の男にケチつける権利なんか、お前にないんだよ」


か…かっこいい……!!

なにそれ、男らしい、しびれる!


「ヒメさん、かっこいいっす……」

「……だな」

「さすがキユさんが選んだ人っす……」

「違ぇ」


低く、ぽつりと。


「俺が、あの人に選んでもらったんだ」


テストで百点取って褒めてもらった時みたいな、すげー誇らしそうな声でキユさんがそう言った。


あ、何かもう……

ヒメさんいいなぁとか、キユさん相手じゃ勝てないとか。

そんな問題じゃないんだ。

どっちもお互いのことすごく好きで、大切にしてて。

誰も間に入れない。入る気が起きない。

この二人は、多分そんな関係。

すげーいい。何か、そういうのすげー憧れる。


「キユさんにとって、ヒメさんって特別なんですね」

「ああ」


迷いも間もなく返される。

ほんっと、好きなんだなー……ヒメさんのこと。


キユさんに対してもってたイメージがどんどん変わっていく。

無口で気難しそうで威圧感あってドライな人から、クールだけど彼女を超溺愛してるいい男に。

椎名、お前の言ってた通りキユさんいい人だったみたい。


「満井」

「はいっす」

「さっきからお前、うるせぇ」


……威圧感は健在だけど。

うん、ごめんなさい。怖ぇえ!

黙って観察組に戻ると、事態は何となく収束……は、勿論してない。


「帰れ。もう話すことない」

「ごめん、美雨、俺……」

「お前、昔はもっとマシだったよ。多少突っ走るところはあっても、そういう風に憶測で他人貶めるような奴じゃなかった。今は最低。軽蔑するわ」


きっつ……いや、間違ったこと言ってないけど。

あんな冷たい声と冷たい顔でンなこと言われたら、俺だったら泣く。

胸倉離された相手の男もさすがに俯いちゃって。


「……俺、最低かな」

「うん」

「ははっ……容赦ないなぁ…さすが美雨」


あ、声ひっくり返った……泣いてる。

あいつもヒメさんのことすごい好きなんだろうなぁ……

キユさんとスペルけなす発言は絶対許せないけど、何か見てて可哀相なくらいがっくりしてる。もう、絶望って感じ。


「でも俺、それでも美雨のことが好きだった……」


ヒメさんの顔が少し歪む。

それと同じくらいのタイミングで、横から呟き。


「“だった”、か……」


あ……過去形。

何か、決着つきそうな感じ。


外の気温はむしろ寒いくらいなのに、何でかこの場所だけ微妙な熱気を感じる。

俺はこんな風に人を好きになったりしたことがない。

キユさんみたいに見守って大事にしたことも、相手の男みたいになりふり構わず女を追ったことも。

ただかわいい付き合おうヤろうってだけ。俺ってまだまだガキだよなぁ……キユさんと歳変わらないのに。

こんな風にどうしようもなく好きになれる相手、俺にもできるのかな。


ぼんやり考えてる間に、男が立ち上がる。

顔は見えないけど、何かさっきと雰囲気が違う気がした。


「じゃあね、美雨」

「……ばいばい。それと、殴ってごめん」

「………いや。こっちこそ、困らせて、ごめん」


バイト先で修羅場には何度も出くわした。

でも、こんだけ悲しい気分になる修羅場は初めて見た。


俺らがいる方向と逆側に男が歩いていく。

これで……本当に決着がついたんだ。


「はぁ……」


「――佳也クン、いる?」


どくんって、心臓が跳ねた。

き、気付かれてた?!いやでもキユさん名指しだし、俺は……

どうしていいかわかんなくて、普通に出ていくキユさんをわたわた見送るしかできない。


「……すんません」

「いいよ。多分来てるだろうなーって思ってたから……ありがと」


いてくれて?見守っててくれて?邪魔しないでくれて?

どの意味でもとれる言葉だった。


ヒメさんがほんのちょっと笑ってから、軽く両手を広げる。

何の意味かわかんなかったけど、キユさんはわかったみたいで。

俺がいるのわかってるのに、そんなの気にしないで力いっぱいヒメさんを抱き締めた。


ちょ、えぇ?!

いいんすか、俺いていいんすか?!


「別にさ、嫌いな訳じゃなかったんだ。色々最低に見えるかもしんないけど、当時は一応いいとこもあったんだよ」

「そうっすか」

「でも全然合わなかった。男としてのあいつが嫌いで、気持ち悪くなるくらいきつかった」

「……そうっすか」


ただ相槌打って、抱き締めるだけ。

本当に入り込めない。

甘い雰囲気とかじゃなくて、でも普通にそう思った。


「……佳也クン、根掘り葉掘り聞かないんだね」

「前も言いましたけど、ミウさんがンな顔するくらいだったら何も聞きたくないっす」


俺完全部外者で完全邪魔者だけど……今何か泣きそう。

キユさんがあんまりにもかっこいい。かっこよ過ぎる。

懐深ぇ……全部受け入れるってことっすよね!キユさん!


「あと一分したら、いつもの東さんに戻ります」

「はい」

「そしたら飲んで食って吸って足腰立たなくなるまで佳也クンとセックスします」

「……今そんな宣言しないでください」

「あはは、無理。自由人だから」


ヒメさんがキユさんの頭に手を添えて引き寄せる。

……って、こっからはマジで見たら駄目な気がする。

何かドラマ見てるみたいな気分だけど、これはリアルだ。俺はいちゃいけない。


「一分だけ……」

「……ミウ、さ…」


「あっ! やっといたミッチー!!」

「女追っかけて迷子とかどんだけだよー!」


…………ひぃいいい!!

おま、おま、お前らぁぁああああ!!


「…………ミッチー…?」

「………」

「え、ちょ、ちょっと待って、え? うそ?」

「…………」


や べ ぇ 。


もうあっち向けない。

向いたら俺の命日決定。


「…………あれ」

「キ、キユさん……?」

「え、ミッチー、ちょっと……」


お前ら遅い。

この事態に気付くの遅過ぎる。


「…………はぁ……もういいや、ミッチー」

「ははっはははいっす!!」


名指しで呼ばれたら振り向かなきゃなんない。

半泣きで振り返って、顔を上げた俺にあの人が笑った。

さっきまでの雰囲気と全然違う、にやりってかんじの笑い方で。


「悪いけど取り込み中だから、カリストご一行連れてどっか行ってて」


ちょっと離れてたキユさんの頭をもう一回引き寄せて、キスをぶちかました。

キユさんも横目で一瞬だけこっち見てからもう俺らを空気扱いにして。


な、なんつぅ男らしいカップル……!

つーかすげー濃厚なキス……!

って、見てちゃ意味ねぇっつーの!


「お前ら帰ろうほんと帰ろう!」


状況に頭がついていかないメンバーを追いたてて、俺はやっとこの場からの脱出に至った。


帰り道、軽くさわりだけ説明したら。

メンバー全員がヒメさんを労いキユさんの男らしさを称えて、俺の空気の読めなさとか運の悪さとかを嘆いた。

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