15 結構歪んでるんだよね
京介視点。
東さんがいなくなって、佳也が後を追って。
今年は特に屋台も出してないらしいし、サークルの他のメンバーは寄り付きもしない。
よって、部室には俺と泉さんだけ。
何でこんな機会作っちゃうのかなぁ……
泉さん、友達想いなのはいいですけど……俺そんなに紳士じゃないですよ?
この絶好のチャンスを逃す程の馬鹿でもないんです。
「……谷崎くん」
「はい?」
どうしようもなく億劫そうに呼びかけられたのに、笑顔で返事をする。
「ケータイ、鳴ってるけど」
“うるさいから早く取れ”って言いたそうな目が一瞬だけこっちを見る。
合わせようとしたらすぐ逸らされて、結構嫌われてるなぁって再確認した。
いや、嫌われてるっていうより苦手意識持たれてる?どっちにしてもマイナスイメージか。
画面を見て相手を確認してから、迷いもなく電源ボタンを長押しする。
着信相手はサークルの先輩。どうせ合コンの誘い辺りだろう。
ライブなんか見てないんだろうし、見てたとしてもそれをネタにしての電話だ。
いつもは当たり障りなく対応するけど……今はそんなことよりもっと大事なことがある。
「………そんな嫌な相手だったの」
「いいえ。でも今忙しいんで」
「へぇ、そう」
あまりにも素っ気ない相槌。
忙しい理由が自分だなんて思ってない。
見るからに暇してる俺の嘘なんかどうでもいい。
心底興味がないって態度と雰囲気が言っている。
ほんっと、俺って範疇外の人間なんだなぁ……まぁ知ってたけど。
「…………」
「…………」
遠くから聞こえる、騒がしい声。
ひたすらに無言の中、音割れしている野外ステージのマイクが窓を閉めていても響いてくる。
俺と話をしようと目一杯色んな質問をぶつけてくる女の子は、この空間にいない。
昔から、女の子たちは俺の味方だった。
何をしても大体すごいって言って賛同してくれるし、何かやらかしてもちょっとすまなそうにごめんねって言えば許してくれた。
俺のことが好きなんだろうなぁってわかるかわいい子たちにいつも囲まれて。
悪い気はしなかった。それが普通だと思ってた。
それがつまらないって感じるようになったのはいつからだろう。
好かれるのに、追われるのに疲れた。
なーんて言ったら女の子たちに失礼だけどさ、でもほんとなんだもん。
俺を好きになる女の子たちはきらきらしてて幸せそうだった。
でも、それを向けられてる俺は何で幸せじゃないんだろう。
俺がその子たちを好きじゃないから?
男の俺にはわからない幸せとか?
色々考えたんだよ。俺にしては真剣に。
で、ひとつ気づいた。
“与えられるだけの恋愛は充足感が足りない”って。
「――……」
ここにいるのは俺を追わない人。
俺の外見に興味を持たない人。
俺のことを好きじゃない人。
――望んでいた、俺が追いかける恋愛ができる人。
最初からあんな嫌われてる状態なのってはじめてだったから、最初は驚いたけどすぐ期待に変わった。
会わない間も勝手に期待は膨らんだよ。どうやって好きにさせようかって。
その期待を、泉さんはいい意味で裏切ってくれた。
いくら視線を送っても気付かない。いくら近づこうとしても距離を取られる。それどころか視界にすら入れようとしない。
あんまりに絶望的な見込みのなさに苛々させてくれたし――何より、俺を本気にさせてくれた。
“何もかも思い通りにならないこの人を、全部俺のモノにしたい”
自分でも知らなかったけどさ、きっと俺って結構歪んでるんだよね。
佳也みたいに優しくできない。足の先から髪まで、心まで、全部全部手に入れたい。
「――泉さん」
「…………何か?」
「俺がずっと見てたの、気づいてました?」
「は? いつ」
「ずっとはずっと、ですよ」
改めて言うとキモいなぁ。
ま、言葉通りだからしょうがないんだけど。
「ふぅん……そんなに珍しい? あたしみたいなの」
へぇ、そうやって捉えるんだ。やっぱ変わった人だなぁ。
興味なさそうにケータイに落とされた視線。
鼻とか唇とかは小作りなのに目だけ大きくて、可愛い。なのに性格のせいか、やけに大人しく凪いだように見えるその顔。
マスカラをつけていないまつ毛が陰を作った。
確かに珍しいよ。
俺とふたりっきりでいて、そんな冷静な顔して、こっちを見ない女の子なんかいなかったもん。
「珍しいっちゃ珍しいですけど……そういう理由じゃないんですよね~」
「その顔で見られると落ち着かないから見ないでほしいんだけど」
「あはは、無理です」
顔の向きは変わらないまま、眉が寄る。
あ、ちょっと怒ってる。
でも俺の方向いてくれるなら、怒っててもなんでもいいですよ。
見てるだけでいい、なんて焦れて苛々する期間はもうおしまい。
この妙に冷めた視線を熱に変えたい。俺の名前を呼ばせたい。髪に、肌に触りたい。
音楽を語る時だけじゃなくて、俺自身にもあの真っ直ぐな目を向けてほしい。
ただ見てるだけ到底じゃできっこない、この人は相当強敵だ。
――ひとりで純愛気取るのも、いい加減飽きちゃった。
「男が女を見つめる理由なんか、ひとつしかないじゃないですか」
大きく踏み出して、一気に距離を詰める。
覗き込むように近づくと、案の定体ごと引かれる。
逃げられないように手首を掴めば少し早くなった脈が伝わってきた。
「わりと鈍いんですね。いや、考えもしなかったのかな」
大きな目。思ったよりも色素が薄くて、少しだけ赤みが強い。
こんなに見てたのに気付かなかったな。
その中に映る自分の顔が、やけに歪んだ笑顔をしているのがわかった。
「な、に……」
本気になった女の子っていないから、ちょっと加減できないかも。
ごめんね?泉さん。覚悟して。
「好きですよ。今すぐ全部奪いたいくらい」
何度も想像した柔らかい唇に、噛みついた。




