12 SPELL NUMBERでーす
「う゛ぉげ……」
「……東、やめてマジで」
「いやーだってさー……」
やっばいわ、吐くわ、この熱気。
暗がりの体育館の中は満員御礼って訳じゃないけど八割くらい埋まってて、限界を超えて膨らんだテンションが室温を上げまくってる。
しかも、明らかに次を待ってるんだってわかるような人がいる。前の方に詰まってる、明らかに学祭じゃなくてライブ目的で着てますよって感じの格好とか雰囲気の人が。
これって、もしかしなくてもあの方々が目当てですカネー。ちょっと、数多くないですか……?
このライブの異様な雰囲気をこんなとこまで持ってくるなんて……さすがスペル。
「やばくね? 学祭ってこんなんだっけ?」
「小規模でこれだと……東の言う通り、“テーマパーク級”だねぇ」
「いや、智絵が言った“芸能人のトークショー”の方が正しい」
「そこまではいかないよぉ~」
何でもないことみたいに言いながら、人をうまーく掻き分けていく智絵とその後ろで楽して歩いていく泉の背中を追う。
今ひとりにされたら端っこでうずくまるしかない。話してるからまだ気が紛れてるのに。
さっきも人波にもまれてたのに……ここでもかよ。
前には行きたい。コンタクトはしてるけどせっかくだから近くで見たい。
でもさ、この人の入りは予想外っつーか。
「東、大丈夫?」
「君のそのパーカーのフードにげろりしそうな程度には大丈夫さ」
「……無理なら帰りなさい」
「まぁ…そこそこ平気」
まだ臨界点は遠い。
それにここまで来て帰ったら私ただの馬鹿じゃん。
心配そうな顔をした泉の頭を撫でて、智絵の追跡再開。
そこそこ前の、こっちから見てちょい右手寄り。多分これ以上行くとスペル目当ての方々に潰されるギリギリ。いい感じの場所に入り込んだ智絵にくっついて難なく滑り込む。
……人波掻き分けんの、ほんと上手いよね、お前。
「よぉし、叫ぶぞっ」
「黄色い方? それとも野太い方?」
「その辺は臨機応変かなぁ」
「お前に中間はねぇのかよ」
「そんなつまんないもの、田宮にはありませんっ!」
さっすが私の身内さん。周りに引かれようが関係ねぇ。
私も浮かない範囲で好きなようにやるかね。
ざわついてた波が更に広がる。
外で漏れてくるMC聞きながらタイミング合わせて突入したかいがあった。時間ぴったり。
「……始まるね」
「やっぱいいよねぇ~この雰囲気」
「んじゃ、こっからは私語ナシ各自ご自由にってことで」
「勿論」
「だよねぇ」
語るなら終わった後。
よそ見してるのなんか勿体ない、ショータイムのはじまりはじまり、ってヤツだ。
いつも通りの順番で、右手から奴らが出てくる。
通常のライブだと全員どっかに黒を入れた服着てるけど、今日は見事にただの私服だ。
京介クンはハット持ってるだけで佳也クンは髪そのままで……いつも通り自然体過ぎてこっちが緊張する。
暗がりの中で普通に準備開始するメンバーに、さっそく前列の客のテンションがガチ上がりしていく。
他のバンドを見に来た流れの客とか、別のサークルっぽい人とかがだるそうに眺めてるのを見て、つい鼻で笑っちゃう。
お前ら傍観してられんのも今の内だかんな?ロック好きなら絶対ノれるから。
「さてと~……初めまして、もしくはこんにちは~SPELL NUMBERでーす」
京介クン……いつも思うけど君、挨拶軽過ぎない?まぁそれも味か。
反応したのは前列、私らがいるより前の方だけ。後は“一応見てやるよ”的な雰囲気のまま。
うわー……何か超アウェイ。知らないバンドでももうちょいノってくれるもんじゃね?普通。
「何か……雰囲気悪いね」
「あーあれかも。佳也クン達のサークル自体あんま好かれてないらしい。そもそもここに出てきたのって他サークルとモメた結果だし」
「やぁだ~そんなの雰囲気で引っ張るなんてお子様みたい」
「だよね。楽しむ気がないなら出ていけばいいのに」
「そしたら酸素がもうちょい増えて私的には大満足ですよ」
あまりの反応の悪さに泉が愚痴って、全員が同意。
主に後ろのやる気なさそうな群衆に聞こえたっぽいけどンなのどうでもいい。
「わざわざ来てくれた顔も見えるし、いつもと違うスペルを見てってくださいね~」
確執とかどうでもいいからさ。とにかく聴けよ。
「んじゃ、ショウ……じゃなくて今回は昭か。どうぞいっちゃって~」
「はいはーい! 何かすげーアウェイって感じだけど聴きたい人だけ聴いてって!――『sweltering night』!」
……昭クン!正直なお前が好きだ!
渇いたスティックの音が響いて、最初にベース。
それからギターがいつもよりやんわり混じって、ドラムとサブギター。
一瞬全部の音が止んで。
――爆音。
『――
火照らす体
鎮めてあげる
持て余した
sweltering night
どうぞお気に召すまま
あなたのとりこ
――』
あ、これ夏にやってた映画の曲だ。
レイちゃんと観に行ったなぁ。おもしろかった……W不倫のはちゃめちゃ話だったけど。しかもR-15指定だった気がするけど。
原曲はジャズ混じりのちょい激しめな音で、女のソロアーティストとジャズバンドのコラボ。勿論こんなにジャカジャカはしてない。
アレンジが強くて一瞬違う曲に聞こえたけど……充分アリだな。
つーか持ち歌みたいにしちゃうとこがいいよなぁ。
『――
焦れちゃった?
焦らしてるの!
だって私も
あなたが欲しいもの
煮えたぎった熱
冷ましてあげる
溢れ出した
sweltering night
どうぞお気に召すまま
あなたのとりこ
――』
昭クンの声量は半端なくて、ハコじゃなくても体育館全体に響いてる。
でもそれに他の音が潰されてるわけじゃなくて。
「……すげ」
真後ろからそんな声が聞こえたのが、妙に耳に残った。
だろ?すげぇだろ?
私も最初そんな風に思いましたよ。
思わずガッツポーズなんかしちゃいますよワタクシ。
にやにやしてるうちに曲が終わって、前の方がテンションのまま叫ぶ。
ファンっつーより……もはや信者に見えんのは私だけかい?
「『sweltering night』はもう過ぎちゃったけど、ちょっとは熱くなってもらえました~?」
京介クンに信者の黄色い声が炸裂。
でもさ、お嬢さん方、よくご覧なさいよ。
彼が見てんの……後ろの方だよ?
さらっとすごい攻撃的なこと言ってるよね、君。
怒らせたら怖そうだもんなぁ……京介クンみたいなタイプ。ねちねちきそう…
そこからMCがちょっと入って、今度は昭クンがギターを後ろに置いて。
「――じゃ、もっと熱くなりましょうか~? 今日は珍しくコウ、健司にコールしてもらおっか」
「(おい、急に振るなよ……)あー、ちょっとうるせぇくらいの曲になるんで、ノれる奴とノれねぇ奴いるかもしんねぇんすけど……まぁ飽きはしねぇと思うん「健司長いでーす。もういいや、俺言うね~『HASH&CRASH』」
京介クン、鬼畜っつーんだよソレ。
君と昭クン以外滅多に喋らないんだからさ、待ってあげようよ。
……まぁ、こっちの本音としては全面同意で早く次を聞きたいのが本音ですが。
ごめんね健司クン。君の爽やかボイスもいいけど、今は“ちょっとうるせぇくらいの曲”が気になる。
まず速いドラムと、きついギターの音が響く。
あー、何かすんごい佳也クンお得意っぽい感じ。
ピックを思いっきり滑らせてギュイーンって感じの音……確かピックスクラッチって言うんだったかな、あれ。その独特の音を鳴らしてから、するっとベースが入り込んで。
『HASH&CRASH』
このタイトルは知ってる。
確か――
『――
昨夜の涙
見なかったことにするよ
昨夜の言葉
ただむなしいだけだから
空回る恋
犯した罪も全部
混ぜて混ざって求め合おう
――』
やっぱそうか。
これはそんな激しくアレンジしてないんだな。まぁ何割増しかで音に重さ出てるけど。
キリスタ――killing standmanでミリオン達成した曲。
かなり前の曲だけど、レコ大とか色々出てたしロック好きじゃなくても知ってるはず。
キリスタは私が中学生の頃、物凄い人気のあったロックバンドだ。勢いは落ち着いたものの、今でも活動してるかなりのメジャーバンドだし、『HASH&CRASH』だったら往年のロック名曲に入る。
つーか選曲最高。この微妙な古さがまたいい。ノれるわこれ。
『――
キワどいfake
見透かすeyes
全部振り切って
駆け引きも涙も
全部壊して
真実も嘘も
Oh, my lady
今はただ溺れたいよ
――』
間奏でギターソロ。
『Black Tempest』より激しくないけど、同じくらい速い。
「かっこいい……」
「それ本人に言ってみなよ」
独り言キャッチすんのやめてくださいよ泉サン。
でもさ、マジでかっこいいんだ。
顔とか格好とかの問題じゃなくて、音が。
元々このソロ部分かっこいいなぁって思ってたけど、佳也クンのアレンジが私好みで。
『――
キワどいfake
見透かすeyes
全部混ぜ合って
真実も嘘も
全部壊して
お前も俺も Wow
Oh, my baby
今はただ溺れさせて
――』
ダンッ、って健司クンがスネアをぶっ叩いた瞬間全部の音が止まって、昭クンが背中を向けてスタンドから引き抜いたマイクを高く掲げる。
キリスタのボーカルがPVで最後にやってたのと同じポーズだ。
これが様になってるって……何。
今度は後ろからも歓声っつーか叫びっつーか。
SPELL NUMBER、お気に召していただけたようで何よりです。
自分のバンドとかそんなんじゃないのに、すんごい誇らしい気分。それとしてやったりって感じ。
スペルはもしかしなくても、学生バンドって枠を超えちゃってるのかもしれない。
だってさ、こんな風に問答無用で人を引きずり込む音、ロシアンレッドのどのバンドだって出してなかったんだよ。
あの時の私が思ったこと、今感じた人は絶対いるはずだ。
“今まで損してた。こんないいバンド知らなかったなんて”って。
ライブの場面が結構長いので分割して明日も投稿します。
※作中に出てきた曲はイメージ元のアーティストがいますが曲調・歌詞は自作です。




