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11 自然と、そんな言葉が出た

「佳也、この大学はいつもこのように人で溢れているのか」

「……学祭だからだろ」

「む……では先程婦女子が破廉恥な服装をしていたのも祭だからなのか」

「…………」

「全くもってけしからん! 浮かれるのもいいが節度を弁えるべきだろう……あ、あのように肌を晒す格好など!」

「……そうかよ」


こいつと喋ってると、たまに自分がタイムスリップした気分になる。

第二の幼なじみを横目に、俺は重めの溜め息をついた。


じゃんけんで負けてこいつ――正十郎を迎えに行くのは、めんどくせぇけど別に構わなかった。

迎えに行かないと不幸体質が発揮されてどっかで何かに巻き込まれる可能性が高かったし。

ただ、こいつは平成でひとりだけ江戸を生きてる男だ。つまり頭がむちゃくちゃ硬い。

その辺のコスプレしてる売り子にも無駄にセクシー系の服着てる女にも免疫がないし、声なんかかけられたら健司よりはるかに酷い反応したりする。

武士とガンコ親父のダブルストレートだ。こいつを外に出すのはクソめんどくせぇ。


やっとサークル棟まで戻ってきた時には、何か肩が重い気がした。

ミウさんに会ってなかったらもっと消耗してただろうな、これ。


あー……今日も綺麗だったな、ミウさん。

あの長いブーツめちゃくちゃ似合ってた。脚の形よくなきゃああいうの履きこなせないよな。つーか日の高いうちから煽ってくれて……健司いなかったらその辺の空き教室に連れ込んでたかもしれない。


「して、佳也。今日は何時から披露するのだ?」

「…………あ?」


妄想から無理矢理引き戻されて若干声が低くなってもこいつは気にしない。

昭と同じであんまり空気を読まねぇっつーか感じない人種だ。まぁいちいち空気読んでばっかだったら俺らと長く付き合っていけないだろうけど。

健司くらいじゃねぇか?空気読みながら俺らをうまくまとめられるの。


「京介からの電話では、待ち合わせの場所と時間しか言われておらんぞ」

「……十六時半から本番。十五分前に入りだ」

「そうか。では猶予はあと二十分程度か」


その前にリハがあったけど、正十郎には参加させてない。

ハコでやる時もこいつはリハをしない。リハをさせたくないわけじゃない、できないんだ。


リハと本番、正十郎が二回ステージに立つと、何故か二回目の本番で絶対事件が起きる。

俺の覚えてる範囲じゃ……滑ってステージから落ちる、シールドに足ひっかけてブチ抜いたあげく切る、キーボのスタンドが前触れもなくへし折れる……やばい時には上の照明が落ちてきたり、客がステージに乗り上げてなだれ込んできたことだってあった。

全部誰かの嫌がらせとかじゃなくて、マジで強烈な不運が呼び寄せた出来事だ。あいつがいない時は特にそんな酷い事件ないし。


ハコ限定の事件なのかもしれないけど、用心に越したことはないっつぅ全員一致の意見で今回もキーボ抜きのリハにした。

無駄なアクシデントを起こさないために時間ギリに呼び寄せたし……マジで使いどころ難しい奴だ、こいつ。


「……お前、ライブ終わったらどうすんだ」

「いつも通り、帰宅して鍛練と道場の雑巾がけをする。何か用向きがあるのか?」

「いや、別に」


打ち上げには勿論参加しない。用が終わったらまっすぐ家に帰る、それが当たり前のこと。

こいつの頭の一番初めにあるのはまず道場だ。

スペルを軽く見てるとかじゃなくて、正十郎の中で武術とか道場が別格なだけ。

だからサブメンバー。キーボをあんま使わないって理由も勿論あるけど……こいつが武術バカである限り、正十郎はうちのメインメンバーには入らない。

進学しないで道場継いだ時も驚きより納得だった。自分の好きな道をいち早く見つけて、そこに突っ走っていって……羨ましかった、ってものあった。


バンドが、音楽が好きだ。それは胸張って言える。

けど、どっか中途半端な自分がいることも確か。“楽しい”だけで終わらせたくねぇって思ってる自分がいるのも、確か。


正十郎は馬鹿みたいに真っ直ぐで。それを見てるとたまに自分が何したいのかよくわからない時がある。

大学通って、親父と同じ仕事に進んで……?それでいいのかって。

自分でバンド作って、自分でこの大学に通うことも決めて、これ以上何すんだって話だけど。


「あ、来た来たぁ。正十郎、佳也~」


いつも通り緩い声に、さっきまでの考えが消えていく。

余計なこと考えるには向かない日だ。今日は“ただ楽しむ”って決めたんだから。


「む、京介か。息災のようだな」

「電話口で元気だってわかるでしょ~息災も息災よ。正十郎も健康そうでよかった」


“元気そう”じゃなく“健康そう”って言った辺りが気になったけど、いつものことだ。そう言いたい気持ちもわかるし。


「……俺、コーヒー買ってくっから」

「あ、じゃあ俺何か甘いやつ。炭酸じゃないのでお願いね~」

「うっぜ」


とか言いつつ買ってきちまう俺は相当律儀なんだろう。三回に一回くらいだけど。


防音室じゃなくて談話室に向かう京介と正十郎を横目に階段脇の自販へ。

毎回買ってるコーヒーが売切になってるのに軽く舌打ちする。

ライブ前は絶対ブラック。カフェオレとか微糖じゃ気合い入らねぇ……しょうがねぇな。


Uターンして外に出て、目指すのは隣の棟。

見事に種類の被った飲み物しか売ってない自販機に昭が文句言ってたけど、俺としてはコーヒーの種類が多くて助かる。

もう一度あの人混みくぐってコーヒー一本買いに行くなんて拷問受けなくて済んだ。

やっぱこの辺までくるとあんま人気ねぇけど……って。


「え? だって……」

「そうだよ絶対そう!」

「うそぉ~!」


パンクっぽい服を着た、三人組の女。

顔は知らなくても明らかにうちの学生じゃないことくらいわかる。やたら挙動不審だし。

ライブん時、結構こういう格好してくる奴多いけど……もっとラフな方が絶対いいと思うのは俺だけか?


あんま見るとこっちが不審者になりそうで、黙って脇を通り過ぎる。

自販機に売切ランプがついてないことに安心して百円玉を突っ込んだところで、予想外過ぎる声がかかった。


「――あのっ! キユさん、ですか?!」


……え。


「スペルのギターのキユさんですよ、ねっ?!」


いやに真剣な顔した女達に取り囲まれる。

合ってるけど……それ、断定してねぇ?

つーか、もしかしなくてもあれか。京介のメルマガで来てくれたっつぅ……


「……そうだけど」


「「っきゃー!!」」

「ほら、やっぱやっぱ!!」

「マジでキユさんだー!」

「すごいすごぉい!」


…………帰りてぇ。


この感じからして、こいつらは俺らのファンってやつなんだろう。

そういう存在がいてくれるのは勿論すげぇ嬉しい。嬉しいはずなのに……何だ、このだるさ。

ミウさん達が少数派女子なのがよくわかる。あの人達はこんな不思議な高音出さない。

こういうきゃいきゃいした女の対応すんのは京介か昭の担当だ。今いないけど。


「……悪ぃけど、あんま騒がれんの好きじゃねぇから」


仕方なしに、何様だって若干自分でも言いたくなるような台詞を溜め息交じりに吐く。

これでも俺的にはだいぶ柔らかく言ったつもりだ。けど、向こうはやばいと思ったらしい。

ぴたりと止んだ頭の痛くなる声に安心しつつも、少し申し訳ない気持ちも残る。


普段はファンみたいなのとの交流はほとんどないから何て言っていいか謎過ぎる。

こういう時、他の奴らはどんなフォローしてたっけ。


「……、…俺らの曲、聴きに来たのか?」


……当たり障りないけど、当たり前過ぎる。

話しかけてきたくらいだから当然だろ、何言ってんだ俺。

けど、向こうの顔が一気に明るくなったから、多分これでいいんだろう。


「そうです! 昨日のメルマガ見て……」

「この前のライブ、チケ取れなかったから超楽しみで!」

「私も! 前入れなかった子とかたくさん誘ってきました!」


あー、何つぅか……むず痒い、ような。

まぁ、勿論嫌な気分にはならないけど、若干居心地が悪ぃっつぅか。

俺らの音が好きなんだろうな、ってすぐわかるくらい楽しそうにそう言うもんだから。


「さんきゅ」


自然と、そんな言葉が出た。


自分でも驚いてるけど、向こうの方がもっと驚いてる。

まぁ、しょうがねぇか。俺MCもほぼ喋んねぇし、自他ともに認める無愛想具合だし。


とりあえず残りの十円玉二枚を突っ込んでブラックコーヒーのボタンを押す。

ガコン、って音を立てて出てきたそれを掴んでから振り向いても……やっぱそいつらは固まったままで。

……俺、そんっなに意外なこと言ったか?


「……ここ、会場から離れてっから早く行った方がいいんじゃねぇ?」

「えっ?! あ、」


それ以上は特に言う言葉が思いつかなくて、無言で包囲されてた間をすり抜ける。


「キ、キユさんっ!」

「……?」

「今日のライブ、頑張ってください! それとこれからも応援してます! 他のメンバーの方にも、あの……」


顔を真っ赤にして俯くそいつの隣りで二人が首をぶんぶん縦に振る。

ストレートな言葉は俺のテンションを持ち上げるのに十分で。

さっきめんどくせぇとかだりぃなんて思って悪かったかもしんねぇな。まぁ本人に言ってねぇからいいか。


「伝えとく。じゃあな」


今度こそサークル棟に戻ろうとする俺の後ろで、また頭の痛い高音が響く。


…………せめて聞こえねぇくらい離れてから出せ、その声は。


「やっぱ、だりぃ……」


コーヒーを放り投げてキャッチして。

繰り返しながら談話室まで戻った俺は、京介ですら表現しきれない微妙な顔をしていたらしい。

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