09 若干ヨコシマな思い
ミッチー視点。
未成年の喫煙表現らしきものあり。
ヒメさんは初めて会った時、ほんとにお姫様みたいだった。
すらっとしてて、顔ちっさくて、金髪ロングが似合ってて。可愛いゴスロリじゃなくて綺麗なゴスロリでここまで似合ってる人も中々いない、ってその時はある意味感心した。
あの日のことを思い出しながら、隣りにいるヒメさんをちらっと盗み見てみる。
黒の長いブーツに赤いひらひらのワンピースと軽めの黒いジャケット。髪はアシメのボブ。前に見た時よりきつそうな顔立ち。背はヒールの分も合わさって俺よりだいぶ高め。
……ほぼ100%年上だろうな。モロにセクシー系のカッコとかしてないのに色っぽいし、なのにちょっと尖った感じでかっこいい。
服も髪も化粧すらも前とはだいぶ印象は変わるけど、よく見るとヒメさんだってわかるし、声も変わってない……綺麗なとこも。
『ミッチー、ひとつだけ約束してもらっていいかな』
『はい、何すか?』
『あの人のこと、絶対に、狙ったりしないでね?』
ライブの後、ヒメさんのこと聞こうとした時に言われた言葉。
あ、何か思い出したら鳥肌が……
あの時のケイさん、マジだったよな。
やっぱ、付き合ってんだよな。色々聞いてもほとんど濁されたけど、付き合ってなかったらあんな風に釘刺さないだろ、うん。
さすがに人の彼女……よりによってケイさんの彼女狙う程、俺は身の程知らずでも馬鹿でもない。こっからは自重しよう。
「ミッチーさぁ」
「はっ、はい?!」
うぉ、声裏返った。
「スペル出てくるまでまだ二時間以上あるけどもう八号館行くの? 周り見たりとかしなくていい感じ?」
「あ、迷った時はとりあえず会場前集合って、話で……」
「そかそか」
……何か情けない、俺。
この歳で迷子とか。んでもって保護されて送ってもらってるとか。しかもケイさんの彼女さんに。
友達といたのに俺なんかに付き合ってくれて、しかもわざわざ送ってくれて。きつそうに見えてすっげぇ優しいよ、ヒメさん。
ほんっと、ケイさんの友達とか親戚とかそういうオチだったらいいのに……ってやめとけ俺、いくらなんでもそんな夢見るのは。
「じゃあさ、一緒に来てる子のケー番覚えてたりしない?」
「え? あ……椎名、いやギターの奴のなら」
「ん、はい」
手渡されたケータイとヒメさんの顔を何度か視線が往復する。
ちょ、俺頭回ってない。どうしよ。
「とりあえず連絡取ってみなよ。ごめんね、もっと早くケータイ貸せばよかった」
苦笑して謝ってきたヒメさんが優し過ぎて直視できない。
やばい。駄目だ。この人はケイさんの彼女、ケイさんの彼女、ケイさんの彼女……
早口でもそもそお礼を言った俺は結構失礼なはずなのにヒメさんは全然気にしないで、それどころか俺の手を引いて人ごみをするする抜けて、ベンチと灰皿があるスペースに向かう。
え。手とか、いいの?これってセーフ?どうなんすかケイさん!!
おおおおお俺、どうしよう……!
「ミッチー、電話しないの?」
「ええええーと、す、するっす! ありがとうございます!お借りします!」
「あ、それとさ、煙草大丈夫な人?」
「大丈夫っす! 自分も吸ってます!」
「おいおい未成年……」
ヒメさんが笑いながら少し距離を置いて、取り出した煙草を唇に挟んで火をつける。
それが何かやけに色っぽくて、ついケータイに番号を入れる手が止まった。
俺がかっこつけで始めた煙草もこの人だと様になってて。さすがケイさんレベルになると彼女も一味違うなぁとか思った。
って、電話電話。
覚え間違えてないか不安になりながら番号を入れて、発信。
『――はい?』
「もしもし俺! 満井!」
『あれ、ミッチー? お前ケータイどしたん? 繋がらないし』
「切れた。これは借りたのからかけてて……とにかく後で。椎名たち今どこいる?」
『えーと……どこだろ、白い…四階建ての建物の入口』
「はぁ? 八号館は?」
『何か訳わかんなくなちゃってさぁ』
駄目だ。全滅。俺ら全員迷子。
もう大学生になって半年以上経つのに、これはひどい。
「……ちょっと待ってて」
どこまでも情けないのは自覚済みで、一端ケータイから顔を離す。
ちょっと離れてベンチに座ってるヒメさんがきょとんとした顔でこっちを見た。
えええー……何この人、何かかわいいんだけど。何でそんな印象一気に変わるんですかヒメさん!
「あの、すみませんヒメさん……四階建ての白い建物ってどの辺にありますか?」
「四階……近くにでかい桜の木二本ある? もしくは丸い建物」
「あ、聞いてみます」
この人、ここの学生なんだよな、きっと。
だからメルマガとか知らなくてもわかってたのか。いや、やっぱケイさんが話してたんだよな。
「――椎名、そこの近くに桜の木か丸い建物ある?」
『えー……桜かわかんねぇけど、でかい木が二本』
「わかった。もっかい待って」
『つーかミッチー誰と話してんの? この番号その人の?』
「それも後で!
桜の木っぽいのがあるみたいなんすけど……」
「あー、じゃあこの建物の裏だよ。そっちの方が進路なんだけど……とりあえず木を背にしてそのまま建物伝いに歩いてくるように言って」
「はいっす」
言われた通りに伝えてさっさと電話を切る。
裏とか……そんな近くにいたのかよ。馬鹿じゃん、俺ら。
「ケータイありがとうございました! 長話しちゃってすみませんっした」
「あはは、別に長くないって。さすがに三十分とか話されたら頭叩くけど」
灰を落としながらヒメさんが笑ってケータイを受け取る。
喋ると気さくだし、笑うとまたかわいくて、ちょっと……いや、結構どきどきする。
でも、うーん……ほんと失礼な話、ヒメさんってケイさんと脳内で並べてもあんましっくりこないんだよなぁ。
最近女遊びは全然してないけど、半年くらい前までケイさんが手ぇ出してた女の子たちはもっとこう……一般受けする感じにかわいい子ばっかだった。
ヒメさんみたいな個性派とかロック系のタイプは、スペルで言うならショウさんとかキユさんのファンな率が高いと思う。俺の勝手な目測だけど。
どうやって知り合ったんだろ。ヒメさんあの日ライブ観るの初めてとか言ってたし…………本当に彼女なのか、な?
いや何疑ってんだ俺やめなさい!
「ミッチーって今日バンドのメンバーと来たの?」
「へっ?!」
唐突かつ食いつきやすい話題ありがとうございますヒメさん。これでまた脳内からイケナイ考えを追い出せます!
「はっ、はい、そっす!」
「カリスト、二回だけライブで聴かせてもらったけど……『スピンオフ』が一番好きだったな」
カリフォルニア・ストリート。今考えると他になかったのかよってバンド名だけど、大事な俺らのバンド。
『スピンオフ』は珍しく全員が作詞も作曲も関わってる曲で、自分でもかなり気に入ってる。
「頭のドラムがかなり強いのに全体的に爽やかでさ、持ち味が崩れてないっつーか。“あーそうきたか”って感じの転調とかおもしろかった」
“すごくよかったよ!”とかももちろん嬉しいけど、こうやってちょっと違う視点から言われると更に嬉しくなる。
俺のやりたかったことがちゃんと伝わったんだな、とか。
あのスペルのライブ以降、ヒメさん見かけないと思ってたけど……ちゃんと俺らのも聴いててくれたんだ。
くっそ、いいなぁヒメさん。好感度が上がりっぱだ。
ケイさんめちゃくちゃモテるんだからちょっと譲ってくれたって……いやいやいや!!何考えてんだよ俺!馬鹿!この人はケイさんのだ。絶対、絶対ダメ!!
「……ありがとうございます! 他の奴らにも伝えときます!」
「そこまで大事にしないで。ただの一聴衆の感想として受け取っといて」
「あっ! ミッチー!!」
……おいおいおい!!
早過ぎんだろ、お前ら!これから話が広がってく感じで……
い、いや、でも来てくれてよかった、かも。
これ以上二人っきりだったら……何かトチ狂っちゃってたかもしれなかった。
ケイさんとの約束。
多分まだ有効っつーかケイさんが別れるまでは有効だろうな。
……だ、だからって言って別れてすぐ狙うとかそんなこと考えてない、うん、ない!
「お前ケータイどしたんだよー……って」
椎名を先頭に皆が同じ“誰?”って顔してるのがわかって、何か笑えた。
“俺を保護してくれた人”って言おうか、それとも“ケイさんの彼女”って言おうか。
迷ってる間にヒメさんが煙草を消して立ち上がって……
「ちょっと失礼――佳也クーン!! 健司クーン!!」
…………え。
さっきよりもかわいい笑顔を向けたのは、俺らの後ろで。
呼んでる名前には聞き覚えがあった。
ケイさんの彼女に脳内で若干ヨコシマな思いを抱いてる俺としてはかなりおっかなびっくりしつつ……振り返ってみた。
いたのは予想通り過ぎるくらい予想通り。
演奏レベルも外見レベルも、ついでに言えば身長も高い二人組。俺らの憧れのバンドのメンバー。スペルの――キユさんと、コウさんだ。
夏に対バンした時の打ち上げで本名教えてもらって、ちょっとだけ話したことがある。
どっちも見た目の通り……超クールな人と超いい人だ。
コウさんはすんごく気さくでフレンドリーだけど、キユさんは無口でかなりとっつきにくい。
自分のメンバーとも最低限の会話しかしてないし、ちょっと謎な人。結構気難しそうだし。
椎名とかはお構いなしに目ぇキラキラさせながら突撃してるし、質問したらちゃんと返してるのとか見てるから決して悪い人じゃないってのはわかる。
わかる、けど何かこう……威圧感を感じる。ケイさんとは種類の違うオーラがあるっつーか。目が合うと思わず唾呑みこんじゃうくらい緊張する。顔も親しみやすさゼロの美形なんだもんなぁ。
ヒメさん、他のメンバーとも仲いいんだな。
キユさんって女の子と話してるとこ見たことないけど、ヒメさんにもあんな感じか?クール通り越してドライな対応。
「久しぶりー」
「来てくれたんすね。お久しぶりです、アズマさん」
あれ。
キ、キユさん……?
何か、すごい…声柔らかい気がするんだけど、あれ?
ステージ上でたまに見せる、男のフェロモンみたいなのがすげぇ詰まってる笑顔の時と全っ然違う種類の笑顔がヒメさんに向いて、クエスチョンひとつ。
「久しぶりっす、東さん。こんなとこで……って、お前ら」
「お久しぶりですコウさん!! キユさん!」
「おう、久しぶり。何してんだ?」
道に迷ったことを素直に話す他のメンバーにバレないように、俺は神経を別方向に向けた。
今の最重要事項は迷子についてじゃない。少なくとも俺の中では。
「どしたの、こんなとこに二人で」
「俺らはコンビニに行く途中で……アズマさんこそどうしたんすか? 泉さんと智絵さんは一緒、じゃないっすよね」
「あ、うん。迷子保護して送り届ける途中だったから。あっちは今たこ焼き食ってると思う」
「たこ焼きっすか……あの二人で」
「いいじゃん、かわいい子にたこ焼きのギャップ。今智絵が諸事情でたこ焼き地獄の刑に処されてっから」
「何すかそれ」
自主的に話振ってる、クエスチョンふたつ目。
返事が適当じゃない、クエスチョンみっつ目。
口数が明らかに多い、クエスチョンよっつ目。
会話してる二人の距離が近い……クエスチョン終了、答えを出そう。
「………………マジかよ」
思わず頭を抱える。
二人の間の、そういう独特の雰囲気がわからない程俺もガキじゃなかった。
キユさんはめちゃくちゃあからさまだし……ヒメさんも、俺といる時と表情が違う。あんまり気付きたくないけど気付いた。
日常的にカップルのいちゃつき見せつけられてる俺の観察眼、最低。なきたい。
「ううぅ……」
ケイさんの彼女じゃなかったのかよぉ……!
キユさんとか、意外過ぎだし!盲点だし!つーか恐ろしい程お似合いだし!!
どうりでケイさんと並べるとしっくりこないと思ってた!この二人タイプ同じじゃん!
よりによって、よりによってキユさんの……ケイさんより危険度高いだろ、これ……
おおおお俺、殺されないかな、手とか触っちゃったよ、どどどどうしよう……!
二人の方を見れない俺が俯いてる間に、椎名がまた皆を代表して切り出す。
「あのコウさん……そちらは…」
「あ、キユの彼女さん」
知ってます。
今さっき気付きました。
爽やかな声が死刑宣告に聞こえた俺は今ちょっと頭がやばい。
「美人だけど変な気ぃ起こすなよ? キユ、ベッタ惚れだから殺されんぞ」
肝に銘じます。脳に刻み込みます。
ほんっとに、あの間に入る勇気なんて俺には一生湧かない。
へたれでも何でもいい。ヒメさんは無理だ。“やめとけ”って俺の本能が言ってる。
ちょっとぐらっと来てたけど、やっぱ人の彼女狙う程馬鹿にはなれない。
俺の付け入る隙も何もあったもんじゃないし、そもそもあのキユさんの彼女にちょっかいなんか出したら……おおう、鳥肌が。
早くわかってよかったっつーか、ケイさんも最初っから教えといてくださいよぉ……
さよなら、芽生えかけてた俺の恋。
おかえり、バイト先でカップルをひがみ続ける寂しい俺の日常。
「健司クン、純粋な彼らに間違った知識を植え付けないように! ごめんねー、ちょっと残念なおばさんだけど彼女なのはほんと」
「……アズマさん?」
「…………ゴメンナサイ」
その無言の会話が何なのか気になりはしたけど、“ベッタ惚れ”を否定しなかったことの方が気になる度は高かった。
キユさん、見たことないくらい優しい顔してるし……ヒメさんすごいなぁ。
ちらちら盗み見してた俺が悪かったのか、更に気付きたくないことに気付いた。
ヒメさんの左耳と、キユさんの右耳。
ぶらさがってる、ペアの……
「……俺、今日ナンパする!」
「え、どしたんミッチー、頭どうかした?」
「俺だって幸せになりたいんだよ!」
「はぁ?」
自分がベタ惚れできるくらいの女の子を見つけて、恋がしたい。
もうギャップは求めない。美人じゃなくてもいい、俺より背がずっと低くて、かわいくて、俺のこと好きになってくれればいい!
『あの人のこと、絶対に、狙ったりしないでね?』
ケイさんのマジ顔が笑顔に変換されて、何度も脳内リプレイされてた。




