08 この子完璧犬属性
「派っ手だねぇ」
「金が有り余ってるしね、この大学」
「それは言っちゃいけませんよ、泉サン」
うちの大学と比べてもいけません。金も規模もクオリティの高さも気合の入り様も。
ここ、この辺で一番でっかい総合大学だしね。
さぁさぁ、やってまいりましたよ学祭。
黎明祭とか言うんだっけ?うちなんか普通に大学の名前だよ、学祭とか。まぁうちの大学自体めっちゃ厳つい名前なんだけど……ってそんなのどうでもいいけど、とにかくすごいわ。
正門からずらっと並ぶ屋台。呼び込みのオニーサンオネーサン。なぜか着ぐるみのビラ配り。それが風景の一部と化すくらいの、人、人、人。
人酔いしそう……つーかこの中、マジで歩きたくねぇ。人ごみは大敵なんだってば。
「学祭って、こんなテーマパーク級のイベントだっけ?」
「少なくともうちの大学は普通の学祭レベルだよ」
「芸能人とかのトークショーでもあるんじゃないのぉ?」
「あー、そういうのもあるか」
「これくらいの大学だと有名どころ呼んでそうだしね」
だったらさっさとその会場に行ってくれ。私の進路に立つんじゃない……って女王様か。
サイハイブーツのかかとをカツカツ鳴らして溜め息交じりに人ごみを見ながら、タイツとかよりも防御力高いの履いてきてよかったと心から思った。
「東、その威圧オーラ消したら?」
「いやいやいや、ンなもん出てねぇっすよ泉サン」
「えぇ~? “どきなさい愚民ども!”って感じだよぉ?」
「うん。“私の前を通る時は頭を低くしなさい”って雰囲気」
「だから何だそれ」
そこまで思ってないから、“息苦しそうだなー邪魔だなー”くらいだから。勘弁してくださいよお二方。
私は空気になりたいよ。ひっそり学祭回ってひっそりライブ観たい。
そんなこと思っても無理って返されるのは百も承知だから黙っておくけど。
「……とりあえず、どっか回るかね」
「そうだね。突っ立ってても意味ないし」
「私アイス食べたぁい」
「…………それ、昼食とか言わねぇよな?」
「言ったらそこのたこ焼き無理矢理口に突っ込む」
「……てへっ」
はい、たこ焼き地獄決定。
“主食はアイスと煙草”って豪語する智絵は泉と張る……いやそれ以上に適当な食生活してる。
こいつの華奢さはそのせいもあると思う。つーか絶対そのせい。何だその細さ。倒れんだろ。
少なくともアイスよりは栄養がありそうなたこ焼き屋台に引っ張られていく智絵の細さを見ながら、引っ張ってる泉の健康的な後姿も観察する。
あれくらいの方が抱き心地がよくて男は好きなんだよ。私が男だったら細過ぎる女は心配になってくる。
そういや隣り歩かせるならすらっとして華奢な女、ヤるなら柔らかい体の女……っつぅ話聞いたことあるけど、あれは女ナメてるとしか思えない。
使い分け許すほど世の中の女は寛容じゃねぇんだよ。ひとりで満足してろボケが。って感じ?
「そういうふざけたこと抜かす男は大抵クソな場合が多い……」
「あのーすみません」
「大体スレンダーもむっちりもそれぞれ魅力が「あのー!!」って……はい?」
元気のいい声が妄想に割り込んできて現実に引き戻される。
どっかトんでる間に目の前にいたらしい人にやっとピントが合った。
……あれ、何か…
「すみません、もしかして軽音のライブに行かれる方っすか?」
「は?」
ライブ?ライブって、あの……学祭のライブでいいんだよね?
え、何でピンポイントにライブ?私そんなライブ目的の人に見えた?
間抜けな返事しか返せなかった私をほったからしにして、目の前の人はちょっと焦りながらまた口を開く。
「あの、いきなりすみません。八号館ってどこにあります、か? ちょっと友達とはぐれちゃって、ケータイも充電が……」
「えーと」
焦ってるところ悪いけど、それを教える前に聞きたいことがあります。
さっきから、なーんか見覚えあると思ったんだけど……
ライブ、八号館、それにその人のよさそうな笑顔っつーか顔自体。
何となく繋がった。そりゃ見覚えあるわけだ、話したこともあるし。
「間違ってたらごめんね。ミッチー、だよね?」
「へっ?!」
あー……やっぱわかんないか。まぁ私あの時とだいぶ印象違うからなぁ。
その前にゴスロリの素顔がこれって……カミングアウトも若干恥ずかしい気がするけど、いっか。
「その……覚えてるかわかんないけど、五月後半、ロシアンレッドでスペルがライブやった時にお世話なった…………金髪のゴスロリ女です」
「………………ヒメさん?」
「その呼び方は勘弁してマジで」
し、視線が痛い……
くそ、いつになったら私は空気と一体化できんだよ!
ごめんねミッチー、おばさん実はゴスロリとっくに卒業したんだよ。だからアレは幻だと考えてほしいんだ。
いつまでも“ヒメさん”はきつい。きつ過ぎる。
「え、マジ……ヒメさんだ! わー! すげー偶然っすね!」
「ほんと奇遇だよねでもその呼び方やめて」
「髪切っちゃったんすか? でもヒメさんそういうロック系もいっすね!」
「あれヅラだからっつーかヒメ言うな」
「ヒメさんもやっぱスペルのライブ観に来たんすか?」
聞ちゃいねぇ。
ロシアンレッドの時もそうだったけどやっぱこの子スルーしてね?おばさん悲しいよ。
悪い子じゃないんだけど、昭クンよか話聞いてるけど……だーもう!いいや!スルー返しでいこう頑張ろう!
「えーと、“も”ってことはミッチーも?」
「そっす! メルマガ見てスタジオ入れてたのキャンセルしてきたんす!」
「メルマガ……?」
「あれ、ヒメさん見てないんすか?」
「あ、うん」
そういやライブのフライヤーにメルマガとか書いてあったかも。
サイトはちょくちょく見てるけどメルマガの方は登録してないな。情報とかは本人から聞いた方が早いし。
で、そのメルマガがどうしたって?
「昨日の夕方、“今日の十六時半からここの八号館でライブやる”って回ってきたんすよ。もううちの仲間も大騒ぎで」
「へーそうなんだ」
「スペルって今まで個人情報とかほとんど出してなかったじゃないっすか。メンバーが大学生ってことも知らないファンが多かったし。もう色んな意味でサプライズっすよね~さすがケイさん!」
「そ、そうなんだ……」
……大丈夫なのか?色々と。
ライブに行ってりゃかなり人気あるバンドなのはわかる。固定ファンどころか追っかけとか個人に対してのファンがいるのもご本人たちから聞いてるし実際目撃した。
通ってる大学とか教えて面倒なことになんなきゃいいけど……まぁそれも見越してやってるか、京介クンあたりなら。私が心配したとこでどうなる話じゃないな。
脳内で結論づけてさっさと意識を戻す。
自分の練習そっちのけでライブ来るなんて、ロシアンレッドの時からわかってたけどこの子相当好きなんだなぁ、スペルが。
「えーと、ミッチーは八号館行くんだっけ?」
「あ、はい。何かこの大学、キャンパス広過ぎて意味わかんなくなっちゃって……」
「オケ。じゃあちょっと待ってて」
恥ずかしそうに周りを見回すミッチーをちょっとばかり放置して、たこ焼き屋台へ。
正門から近いからか、やたら混んでる列に並んでる泉と智絵を探し出してケータイを振る。
「迷子の知り合い見つけたからちょっと送ってくるわ。戻る時に電話するから」
「わかった。何か買っておく?」
「いや、戻ってきたらクレープ食う」
「東ぁ~アイスの屋台探しておいてっ!」
「はいはい」
ほんっとアイス好きだなあいつ。まぁ私も好きだけど。
家の冷凍庫にはアイスが通年常備してあります。冬の鍋の後でもアイス食ってます。
この季節にわざわざアイスの屋台があるのかはわからないけどとりあえず見るだけ見てみよう。
さっさか列から離れてミッチーのところに戻ろうとしたら、何かやたらと心細そうにしてるのが目に入って。
……何だあのかわいい生き物。飼いたい。
あれで佳也クンと同い年とか……世の中はよくわからんもんだね。
「ごめんね、お待たせ。じゃ行こっか」
「へ、行くって……」
「口頭で言うより案内した方がわかりやすいから。八号館、こっから遠いんだよ」
普通の時なら中央広場突っ切って行けばいいけど、学祭だと野外ステージになってて通行止めだった気がする。確認するにしても一番人ごみがきつい所だから近づきたくない。よって、迂回路を選択。
私の記憶が確かなら迂回路はわりと面倒臭い順路だったはず。つーか正直な話、実際に見ないと怪しい部分あるし口で説明できないわ。
普通の時でさえ迷うくらい広いんだからこんな人でごった返してる時に何の地図もナビもなしに目的地に行くのは至難の業。
私もお兄ちゃん・向・佳也クンの三人が通ってなきゃ絶対わかんなかった。特にお兄ちゃんが学生の頃はよく届け物とかさせられたせいでキャンパス内を覚えざるを得なかったっつーか。
「で、でも友達とか大丈夫なんすか?」
「たこ焼き買ってるから平気。ほら行くよー」
「は、はいっす! ありがとうございます!」
ぱあって顔が明るくなってつい吹き出しそうになる。
犬だ。この子完璧犬属性。愛玩犬。
最近会ってない、もうひとりの年下犬属性のことをちょっとだけ考えてみる。
うん、彼は鑑賞用に見せかけた番犬用ですね。間違っても愛玩用じゃない。
今日が終わったら目一杯可愛がってあげよう。とか思いながら、私はお揃いのピアスを指ではじいた。




