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06 色々動いてるわけで

「じゃあ今のにコメントある人~」

「……Eの半ば、若干サブギターがズレた気がする」

「げーバレた!」

「グリッサンド続いた後でしょ。俺も気づいたからね~遅れるくらいだったら響き残さない方がいいかもね」

「うー……じゃあ次それでやってみる」


「あ、ちょっと聞きてぇんだけど。Bの…七小節目、クラッシュ弱ぇ気がしてかなり強めに効かせたんだけどよ、うるさかったか?」

「あそこは目立つくらいでちょうどいいんじゃねぇ?」

「だねぇ。だったら俺ももうちょい強めに音出そうかな」


「……俺はもうちょい抑える」

「確かにギター、頭ンとこはきつかったけど、それ以外は問題ねぇと思うぜ」

「同感~じゃあもっかい頭からね」

「おーっ!」


それぞれ自分の楽譜にチェック入れてから少し確認。

今やってるのはどっちかっつぅと得意な曲調だからわりと好きにプレイできる。

オリジナルの方が色々好き勝手できるのは当たり前だけど、たまに弾くとコピーも楽しいしやっぱいい曲多いって思う。


流行りっぽい曲よりも少し古くて大抵の人が知ってるのを前提として、ノれる曲が二曲と表現力勝負のバラード一曲。

アンコールはまだ決まってないけど学祭はとりあえずそんな感じだ。


ライブと学祭。

いつも以上に音楽漬けな時間を過ごしてたら、もう十月だ。

ライブは一昨日終わった。後は学祭だけ。

全曲ゼロからのスタートじゃないとしても一気に七曲練習すんのはきつかった。つーか地獄だった。

これからコピーの方の追い込みで更に地獄見んのかと思うとげんなりする。

こんな時こそミウさんに会いてぇ……いや、練習中に考えんな、俺。


「佳也、やるよ?」

「……ああ」

「ぼーっとしてんなよ? いくぜ」


スティックの乾いた音に引っ張られる。

最初に入るのはベース。

隙のないラインを作りながら、ちらっとだけ俺の方に視線を寄越してくる。

それがどんな意味かなんてわかり切ってる。


うぜぇ、余計なことなんか考えてねぇよ。今は弾くことだけしか頭に入れねぇ。


さっきよりも入りに注意して音を乗っけていく。

二小節遅れてドラムとサブギター。そこまで揃ったら一瞬全部の音が止んで。

爆音っつってもいいくらいの波に昭の声が飛び込んでくる。


原曲のイメージ崩すぎりぎりのアレンジ。

当たり前だけど原曲はそのアーティストがプレイすんのが一番いい。だからそのままは弾かない。

バンド始めた初期以外はコピーでも何かしらのアレンジはしてた。

色々失敗しまくったし、原曲よりいいもんができることなんてまずなかった。

まぁあの試行錯誤がなかったら今のスペルのカラーもまだぼやけてたままだったと思うけど。


楽しい。

曲が俺らのじゃなくても、俺らの音だってわかる。

絶対、口が裂けても言わねぇけど……俺、やっぱこいつらとこのバンドやっててよかった。


クソつまんねぇ生活の中で、唯一自分から進んで手ぇ出したもの。

音楽がなかったら俺は今どうしてたのか、あんま想像がつかねぇけど多分ロクなもんじゃない。

俺を変えたのは、音楽と――


そこまで考えて、頭ン中にあった色んなモンが一気になくなっていくのがわかった。

ああ、ここのフレーズ気ぃつけねぇと。


勝手に転びだしそうな音を拾いながら指先に神経を集中させれば、今まで何考えてたかなんて頭のどっかに飛んで行った。




× × ×




「はいじゃあまず泉チャンの大学院合格を祝してー」

「「「カンパーイ!」」」


「おめでとぉ~!」

「おめっとー」

「ありがと」


いきなり何って思われたでしょうね。

でもこっちとしてはいきなりでも何でもないんですよね。私らだって遊んでばっかじゃいられないんで。

大四よ?だいがくよねんせい。しかも今何月だと思います?十月ですって。

この就職氷河期でも何とか内定見つけたり卒業後のアレコレが固まってきそうな時期なんすよ。

かく言う私らも水面下で脱・モラトリアムっつぅか、色々動いてるわけで。


「泉が一般で院試受けるとは思わなかったなぁ」

「つーかかなり土壇場での変更でしたね泉サン」

「自分でも笑えるくらい時間ないと思ってたけどね……人間やれば何とかなるもんだよ」


泉は最初、学内の推薦枠で院に進む予定だった。

でも他の大学院に切り替えようか迷ってた時期があって、推薦時期逃しちゃって。

出願ぎりっぎりまで悩んだあげく、やっぱ付属の大学院に行くことにして……そこからは何かもう地獄だった。


試験勉強はまぁいいとして、院での研究テーマの提出は……ゼミの元先輩も私も巻き込んで討論会した記憶がある。

ゼミの先生に滑り込みで指導お願いした時はあまりの剣幕に先生ドン引いてたし。


「今回は色々とご迷惑をおかけしました」

「いえいえ。つーか実際何とかなったしね。結果オーライ?」

「んん~私はもうちょっと余裕持っていきたいなって勉強になりましたぁ」

「智絵の場合、余裕持ち過ぎて取り返しつかないことになりそうな予感がするんだけど」

「……余裕持って早めにケツ引っ叩いてやるから頑張れよ」


智絵は就職でも進学でもない。期間限定のフリーターだ。

卒業して夏まで勉強してから教員採用試験を受けるらしい。

“今の自分には色々足りないものが多すぎる”って今年の採用試験を見送ったのはいいけど……


「お前バイト入れ過ぎたり舞台に熱込め過ぎたりしそうで不安なんだよな」

「えぇ~? その辺はほどほどにするよぉ。優先順位はわかってるし」

「それ、バイト三昧で文献研究とか卒論報告書とかめちゃくちゃカツカツだった人が言う?」

「……えへっ」


何だかんだ最後にはやるからいいんだけど、そこに行きつくまでが不安だ。

卒論とかレポートとかはフォローできてもさすがに教員試験は無理だぞ。


まぁそれぞれの行く先はちゃんとある。勿論私も。


「美雨は進学だと思ってたんだけどねぇ」

「最初はそうだったけど。大学に残って研究できるっつぅ望みはかなーり薄いかんね」


入学当初は研究職を目指してたんだけど、四年も経てば考え方も色々変わる訳で。

今後も続けていきたい、何を置いてもやりたいことっていうのに進学が合致しなかった。

目的があってここに来たわけだから当然悩みはしたけど、やっぱ自分が一番やりたいことをすることにした。


「あたしはそのままお父さんの会社に入るんだと思ってた」

「そりゃねぇわ。親のコネは使いたくないし」

「でも自分で作ったコネはいかんなく発揮したね」

「勿論。使えるモンはとことん使えってね」


あ、何かこの台詞聞き覚えある。


一瞬にして不機嫌そうなあの方の顔が浮かんでくる。

…………さすが兄妹だ。年々似てくるわ、私。

ヤスさーん、私やっぱお母さんよりお父さんに似てる感じすんだけどー。


「ねぇ~さっきから誰かケータイ鳴ってない?」

「あたしさっき電源切れた」

「わぉ、ご愁傷。智絵じゃねぇの?」

「田宮は今手に持ってますぅ」


じゃあ私じゃんよ。

メールとかすぐ切っちゃうからあんま夜ケータイ鳴ったりしないんだけど……って。



From 斎木 佳也

Sub 無題

------------

ミウさん今忙しいっすか?

電話かけたんすけど、出なかったんでメールします。


明後日、映画に行くって話だったと思うんですけど、

バンドの練習が立て込んで行けなくなりそうなんです。

だから今回はマジで申し訳ないんすけど、キャンセルさせてください。


せっかくミウさんが誘ってくれたのに、

日にち近くなってから断るとか…本当にすんません。

今度絶対、埋め合わせします。

------------



佳也クンにしてはずいぶん長いメール。

多分電話だったら謝り倒す勢いだな、これ。


別にすごい観たい映画だったわけじゃないし、ちょっと興味があった程度。当日ドタキャンだったら“おいおいテメェ”って感じだけどまだ余裕はある。

佳也クンとのデートはそりゃ楽しいよ?でもスペルのライブも楽しみなんだよ。

だからこれくらいのことで怒ったりしないっつーかバンド以外の用でデート潰れても正当性あるなら特に怒らないから、私。



To 斎木 佳也

Sub 無題

------------

ごめんね~ケータイ見てなかった;

泉が今日大学院合格したからお祝い女子会やってんの。


浮気じゃないなら許すわ、ダーリン(笑)

埋め合わせとか別に考えなくて大丈夫だからバンド頑張ってねー!

------------



「斎木くん?」

「そ。何かバンドすげぇ忙しいらしい」

「今週末だっけぇ? 何時からやるとか聞いた?」

「あ、次返信きたら聞く」


とりあえずグラスから箸に切り替えて出汁巻き卵をつっつく。

自分でやると絶対こんなふわっふわになんないんだよなー……

そういや前に佳也クンが夕飯作ってくれた時にリクエストした出汁巻き、普通にうまかった。味も形も問題なし。

私より全然料理上手いよ佳也クン。レパートリーも多いし何か難しそうな名前の料理とか作っちゃうし。マジ旦那レベル高いわ。

“今度何作ってもらおっかな”とか考えてる間にケータイが震える。



From 斎木 佳也

Sub 無題

------------

楽しんでるとこメールしてすんません。

泉さんにおめでとうございますって伝えてもらってもいっすかね。


ありがとうございます。頑張ります。

せめて今度どっかで飯奢らせてください。


それとあの、浮気なんか本気で絶対有り得ないんで。マジで。

------------



「…………」


最後の一行にやたらと力が籠ってるように見えるのは、何でだろうかね。


「泉、佳也クンが“おめでとうございます”って」

「ありがとうって言っておいて」

「何のメッセンジャーだよ。会った時に言えって」


「すみませ~ん、ハイボールひとつお願いしますぅ」

「あ、後凍らせ梅酒ロック」

「ちょい待て、ジントニックとフォンダンショコラも追加でお願いしまーす」

「えぇ……何その組み合わせ」

「……昔お前がかわいこぶってカシオレ頼んだ時のつまみが枝豆ときゅうりの漬物だったのが未だに忘れらんねぇんだけど」

「…………てへっ」



To 斎木 佳也

Sub 無題

------------

泉がありがとって~!

つーか人通さないでいいから今度会った時にでも言ってやって(笑)


奢りとかいいから!学祭終わったら逆に労わせていただきます。

私今月の給料かなりいってると思うからお高いレストランでもオケよ。


佳也クン浮気とか器用なことできなさそうだしね。

大丈夫、君の愛は伝わってますよ~


あのさ、話変わるんだけどスペルって学祭何時に出んの?

------------



一応文章さらっと見直してからケータイを閉じる。

先月はバイトもそれなりに入ったし臨時収入の二つめのバイトもやった。十五以上は軽い、はず。

とりあえず五は貯金するかな。別口座にほったらかしの貯金、記帳しなきゃ。

残ったので――


ヴーッ、ヴーッ、ヴーッ――


「あ?」


電話?今日は泉ん家に泊まるって言ったはずだけど。

サブディスプレイを覗き込む前にケータイを開いて、ちょっと驚く。



斎木 佳也

090-****-****



あっれー……?


「ごめんちょっと電話」

「行ってらっしゃぁい」


トイレより出入り口の方が近くて、早足で向かいながら通話ボタンを押す。


「もしもーし」

『――ミウさん? すんません飲んでんのに電話して』

「んや、別にいいよ。どした?」


珍しいな、いきなり電話してくんの。

佳也クンは急な用とか以外では電話の前に必ずメールを入れてくる。

律儀にも“今電話しても大丈夫ですか?”って。ンなの気にしなくてもいいのにさ。

何かしてたら電話出れないし、何もしてないから電話に出るわけだし。私らあんま長電話派じゃないからその辺気にしなくていいと思う。

まぁ……ちょっとした優しさが嬉しくて指摘しない私が悪いんだけどね。


『……あの、学祭の件なんすけど』

「ん。いつ出んの?」

『時間押さなきゃ午後四時半の予定っす。八号館っつぅとこの体育館で……』

「あ、それならわかる。赤茶のレンガっぽい建物っしょ? あの屋根が丸い感じの」

『はい。それと……』

「うん?」


メールで済むことなのにわざわざ電話してきたんだから他に何かあることくらいわかる。

ちょっと言い淀んだ佳也クンを待ちながら人差し指のささくれをいじる。


『何か正確に伝わってない気がしたんで、言わせてください』

「へ? 何…」


『俺、浮気なんか全く考えらんねぇくらい、ミウさんのことしか見てないっすから。俺にとって女はミウさんだけっす。

重いこと言ったのは自覚してます。けど覚えといてください。じゃあ失礼します』


ブッ、プー、プー、プー……


…………。


「~~っ!! ……また、言い逃げされた」


やりきれないアレコレを抱えてしゃがみ込んだ私はまさに不審者だろう。


あー……もーもーもー!!

あの男マジで爆弾、核兵器!

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