03 地獄決定だ
「頼む! 斎木谷崎坂口三島! ほんっと、このとーり!!」
……この人、いちいちオーバーだよな。
拝む勢いで頭を下げてきた辻本さんにはむしろ借りがある。
アナイスであの人が出て来てくれなかったら、あのままめんどくせぇ事態が続いてキレてたかもしれない。
そうしたら間違いなく一発は入れてた。もれなく警察行き。
ミウさんに迷惑かけて、あんな顔させた元彼。
聞かなくてもわかる。ミウさんが会いたくないって思うくらいの“何か”があったなんて。
あの時話聞かなかったのはミウさんが話したくなさそうだからってのも勿論あった。
それにプラスして、事の全貌知ったら次出くわした時自分を抑えられる自信がないってのもある。
あの状態でぎりぎりなんだよ……真面目に消してやりてぇと思った人間に会ったのは久々だったし。
辻本さんとあの男は友達なんだろう。
けど、それとこれとは話が別だ。辻本さんが悪い人じゃないことくらいわかる。
「何、何、どゆこと??」
「先輩、ちょっと順を追って話してもらってもいいですか~?」
「サークル関係で何かあったんすか?」
学食のテーブルを囲みながら京介たちが先を促す。
辻本さんがちらっとこっちを窺ったのがわかったから、黙って頷きながら俺も同じように続きを待った。
「……来月さ、学祭あんじゃん?」
「そっすね。ウチのサークル何やんですか?」
「長篠先輩に聞いたらお好み焼きかクレープの屋台どっちかって言ってましたけど~」
「マジー? おれたい焼きがいい!」
「…………聞いて驚け。今年はな、ライブやるんだよ」
……いや、一応軽音サークルなんだからそっちが普通なんじゃねぇのか。
むしろサークル作ってから一度もライブしたことないって聞いた時の方が驚いたけど。
ツッコミが喉まで出かかったけど我慢した。辻本さんの顔色があんまりにも悪いから。
「うちの大学の音楽系のサークル、八つあんの知ってるか?」
「へーそんなあんだ」
「ん~……アカペラとブラスバンドとオケが一つずつ、アコギサークルが二つに軽音が三つ、でしたっけ? 芸術系だとミュージカルサークルもありますよね~」
「詳しいなぁ京介。まぁうちの大学、規模がでけぇしな」
京介は馬鹿そうに見えるけどうぜぇくらい鋭くて、周りをよく見てる。
このサークルに入ろうっつったのも京介だし。おかげでスタジオ費はほとんどかからなくなった。
俺らが使ってるのは少人数用の防音室だ。
アカペラとアコギと軽音でシェアしてるから結構ぎちぎちで、毎日2コマずつ違うサークルが出入りしてる。
各サークル枠は午前午後夕方の週三で決まってる……はずだ。
「この前学祭の出し物、確定申請しに行ったらよ、すげータイミングで他の軽音のサークル長と遭遇して。しかも二人揃って……」
……何か、嫌な予感するんだけど。
「“バンド活動してねーくせに防音室使ってんじゃねーよ! このド下手の飲みサーが!”って因縁つけられてぇ! 他のサークルと協議して大学側に異議申し立てて俺らんとこの枠0にするって言われてぇ!」
「げ、マジすか」
「マジマジマジ! 向こうかなーりガチでマジだったし、もーやっべぇじゃん?! 何か割と正論言われちゃったし!
お前らに比べたら全っ然真面目にやってねーけど俺もギター好きでここ入ったしさ、心置きなく弾ける空間すげー大事にしてたのに!」
辻本さん、サークル内でかなりマトモに活動してる側だしな。
俺らが防音室使ってない時はほぼ100%辻本さんたちが使ってるらしいし。
防音室が使えなくなんのは正直きつい。
集まりやすいから合わせやすいのは当然だけど、個人練に使うのだっていい環境だったからスタジオ通いだけの時より音の質をあげることができてる。この流れを止めたくはない。
他のサークルに入り直したとしても今みたいにいつも使うことはできないだろうし……使えないからってサークル切り替えんのも辻本さん見てると言えない。
その前に人をド下手とかこき下ろすサークルなんかに入りたくねぇ。めんどくせぇし。
「……このまま言うこと聞くわけじゃないっすよね?」
「っそりゃモチロン! つーか斎木さっきからずっと黙ってっから俺と口聞いてくんねーかと思ってたよぉお!」
「ふふっ、佳也は基本的に無口だから大丈夫ですよ~」
口聞かないって……さすがにそこまで見境なく敵意見せたりしねぇけど。
俺が喋らなくても話は進むし、ただ黙ってただけなのに。辻本さん、考え過ぎだろ。
「でさー、辻本サンどーすんの? おれが行ってテッカイさせてこよっか?」
「やめようね? 昭。お前の撤回は口じゃなくて拳で語る予定だっていうの丸わかりだから」
「つーかそのエピソードがあってライブの話になんじゃねぇか?」
「……だろうな」
「そうっ! そーなんだよ!よくわかってらっしゃるイケメン衆!
うちのサークル長が超無謀な挑戦状叩きつけたんだよ! “はっ! そこまで言うなら学祭のライブ、うちが一番会場盛り上げてやんよ! 吠え面かくんじゃねーぞ!”って、
…………無理に決まってんだろうがよぉぉお!! 他のサークル結構レベル高ぇのに! 俺らのバンドだって高が知れてるっつーのに! つーか盛り上げるって具体的に何だよぉお?!」
すげぇ、芸人ばりのリアクション。
言ってることはそれなりにやばい気がすんだけど……雰囲気をダレさせる天才なのか、この人。
「ねー京介。他のサークルのバンドってどんなん?」
「俺だってそこまで詳しく知ってるわけじゃないよ~? でもこの辺で有名な実力バンドはほとんど知り合いだからね」
「??」
「……うちの大学にそういうバンドなんかいねぇってことだろ」
「ピンポーン。まぁ外での活動してないだけかもしんないけど?」
「おいおい京介……顔笑ってんぞ」
今更過ぎるけど、こいつ性格悪いよな。
まぁ、自分の音に自信とプライドがあるから言える嫌味だけど。それを否定しない俺らも自分のバンドを過小評価したりしてないし。
京介の耳は異様なくらい正確だ。こいつがいいって言った音には同意できるし、こいつの耳にひっかからなかった音は京介の求める“いいバンド”に届いてない。
……こいつが手放しで褒める音なんか、アマチュアじゃほぼ聴いたことがない。
俺らの中で一番辛口で、一番痛いとこを拾う、性格と張るくらい嫌味な耳だ。
辻本さんがここでこの話題を出してきて、“頼みがある”ときたらどう続くかなんてかわりきってる。
昭はよくわかってないみたいだけどいつものことだ。
「頼むっ! サークルの代表としてライブやってくれーっ! お前らが忙しいのは百も承知だけどもうマジで俺らじゃ無理だしっつーかもうそれで申請しちゃったから何とかしてくれぇぇえ!!」
しかももう決定事項かよ。
――サークルに所属してるんだから、頼まれたら引き受けるのが普通だろう。防音室使えなくなんのは金銭面でも技術面でも避けたい事態だし。
けど、いくつかっつーか多大に問題アリな気がしてんのは、俺だけじゃないよな?
「学祭ってことは、オリジナルなしの全コピー曲ですかねぇ?」
「そーなる、かな……?」
「えーっ! マジで?!」
「あー……何曲やればいンすか?」
「えーと、三曲+アンコール用一曲……」
「……学祭、いつでしたか?」
「ら、来月のちょうど半ば……です」
あと一ヶ月ちょいで、コピー曲四本……
オリジナル曲の数がそれなりになってきてから、気分転換とかちょっとした練習以外でメジャーのコピーを弾いた記憶がない。
ちなみに来月の頭にはいつものとこでライブだ。
「……ちっときついなぁ」
パート柄、一番ちゃんとした練習ができない健司がぼそっと零した呟きに、辻本さんの拝み体勢がもっと低くなる。
ホストばりに盛った髪がぐしゃっとなったのを見て、何かやるせない気分になった。
ライブではまた新曲を出す予定だ。
今回はわりとバンド毎の尺が長めだから四、五曲やる方向で決まってる。
けど、辻本さんには何度も言うけど借りがあるし、俺らの音が好きだって言ってくれる人だからできれば力になりたい、と思う。
「……京介。新曲練習足りてねぇから今度のライブ、パスで」
「わ~……佳也、どんどん優しい人間になっていくねぇ。オニーサン感激」
「人を何だと思ってんだテメェ」
「お、だったらいっそSPELL NUMBER回顧録とかにすっか?『Dive To one』とか『BotToms up!』とか」
「それ楽しそー! おれ賛成!」
「だいぶ長いこと出してないやつもあるしねぇ……それでいこっか」
置いてけぼりくらった辻本さんに向かって、京介がこれでもかってくらいキラッキラした不気味な笑顔を振りまく。
こっちを見てる後ろの席の女が視界の端に映ったけどよくあることだから放っておく。
「辻本先輩。申し訳ないんですけど、学祭までサークル枠独占させてもらってもいいですかね~?」
「っじゃあ!」
「お引き受けします~
やると決めたからには半端なことはしないんで、安心しててくださいねぇ。ド下手の飲みサーの底力、見せてあげましょう、ふふっ」
「ありがとう心の友よぉぉおお!!」
涙目で抱きつく辻本さんも、それを笑顔で受け止める京介も直視できなかった。
今の京介の笑顔の種類が好意的なモンじゃないことくらい見なくてもわかる。
“飲みサー”なのは事実だから何とも言えないけど、“ド下手”の部分が相当引っかかったらしい。
その辺は俺らも同感だからいいとする。問題は……
「……佳也、帰りお前ン家寄ってスコア探していいか? コピーやってた頃のやつあるよな? つーかスコアなくてもCDとかもあるよな?」
「………ああ、やりてぇ曲があんならその場で決定しろ。絶対曲げんな」
「おうよ。京介の好きにさせたら、どんな曲が出てくるかわかったもんじゃねぇしな」
「何、何、おれも混ぜてー!」
「黙ってろ昭」
「喋る代わりに自分の歌いやすいキーの曲四つ考えてろ、な?」
“やると決めたからには半端なことはしない”
妥協しねぇあいつの口からそんな言葉が出たら――俺らの来月半ばまではもう、地獄決定だ。




