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01 早く私を諦めてよ

夏休み明けの後期、第一週。

まだまだ残暑っつーか猛暑が続きます今日この頃。


「――ね、あそこにいるのアレじゃない? 法学部の王子様」

「っ谷崎くん?! やーん一ヶ月半ぶり~! やっぱ超美形……って一緒にいるのまさか彼女?!」

「え~取り巻き女たちの中にあんな人いたっけ? みんなもっとギャルっぽかったような……」

「いないいない! っていうかショック……やっぱあんだけイケメンなら彼女くらい普通にいるよねぇ……」

「正直今までいないと思われてたのが謎っていうか……やっぱ彼女綺麗じゃん。まぁお似合いって感じ?」

「確かにあのレベルなら許せる、かも……これでブスだったら“は?”って感じだけどさぁ」

「どこの学部だろ? 見たことないけど」

「年上っぽいよねぇ~……」


……いくつかモノ申したいんですが、よろしいですかね。一応脳内で言わせてもらいますが。


まず“法学部の王子様”ってお前どこの漫画のキャラですか。

んで彼は残念ながら今現在絶好調独り身です。

すなわちヤツは確かに綺麗だけど彼女ではございません。

更に言うなら彼の彼女がかわいくてもブスでもあんたらが文句を言う権利はありません。

はいはい、以上ツッコミ終わり。


気づかれないように止まってた足を動かして、噂の人物――京介クンと智絵が待つテーブルへ。

つーかほんの三分くらいしか席外してないんだけど……あの子達が今さっき来たばっかなのか、それとも私の影が薄いのか。

窓際の一番右、お決まりの席に座ってるのは似たような色の髪に似たようなキラキラの男と女。まぁキラキラ度は男のが高いけど。

……ほんっと、見た目はお似合いなんだよな、この二人。


「おかえり~ハニーカフェ、きてるよぉ」

「あー、うん」


こんなキラキラの空間にいていいんだろうかね、私。場違い過ぎる。

何でこんなメンツでアナイスにいるかと言うと、私らから京介クンにちょっと、いや結構重要な話があるからだ。

佳也クンも呼んだけど何か所用があって合流はまだ先。だったら今のうちにちょっと話を進めとこうかって感じになって。

煙草を取り出してまず一服。さて、ちゃっちゃと本題に入りますか。


――夏休み中気になってた、あの行動について。


「京介クン、単刀直入に伺いますが」

「はい、どうぞ~」

「君、あれ、何?」

「…………東、要点絞り過ぎてわからないよぉ」


うん、私も思った。

でもわかってくれると信じてますよ、東サンは。


「えーと、もしかしなくても“見てた”ことですか?」


そう。君は頭のいい子だね!察しがいいと言うか。


夏休み、私らは遊んだ。海を始めに夏祭りやら遊園地やらスタジオやら、そりゃもう余すとこなく。

勿論女三人で遊んだ方が多いけど……卒論と就活がカツカツになるくらいは満喫してやった。

おかげで夏休みラスト一週間は自習室と図書館の住人に……ってンなことはどうでもいい。


その間中、つーか私が見た限り、京介クンはずっと泉を見てた。

泉にバレないように、ひっそり……いや、“もういっそ話しかけろよ!”ってくらいねっちょりと。

イメージ的にそんなじれったいことしないと思ってたから……私も智絵も首を傾げるしかなかった。

まぁ食いつく感じで泉に向かってったらそれ相応の装備で迎え撃つけどさ。この、何つぅの?反応しきれない感じ。


「ストーカーじゃないんだからさ、せめて会話くらいしたら?」

「あはは、きっついですねぇ~東さん。

……まぁ、正直言うとお試し期間が終了したんです」

「は?」


お試しって……何、じゃあ、さ。


「……嘘だったわけ? 泉が好きっての」


大学で言ってたのも、あの本気っぽい目も、全部。


ちょっとマジで、いやかなりマジでイラッときたんだけど。

一発くらい殴ってもいいかなーとか思いながら煙草を灰皿に押し付けたと同時に、


「嘘かどうか自分で確かめてたんです。でもやっぱり本気だったみたいで」


素の声で素の表情で、目の前の男はそんなことを言ってのけた。


「東さんいわく“ストーカー”はもうおしまいです」


後ろに花とか星とかが飛びそうなレベルのキラキラ笑顔で、冬眠から覚めた超肉食獣レベルのギラギラした目。

自分に向けられたわけじゃないのにちょっと寒気がした。


“おしまいです”って……誰かの命おしまいにしそうな目で言われても。普通に怖ぇよお前!


「ついに京介くんの本領発揮か……でもあの子東以上にきついよぉ?」

「問題ありませんよ~こう見えて諦めが悪い男なんで」

「あはっ、頑張ってねぇ」


キラキラ二人組、怖ぇ。

つーかお試し期間って何だよ。何試してんだよ。

こっちは全面的に置いてけぼりだよ、智絵は何か同志と化してるけど。


「あんさ、京介クン」

「はい?」

「大学で“わりと本気”っつってなかった?」


まず第一に意味不明な点に突っ込んでみる。

お前には本気の段階があるのか。


「あー、あれは恋に恋してる状態でしたから~いや、ちょっと自分に酔ってたのかも」

「……ごめん、意味わからんわ」


駄目だ。もうくじけそうっつーかくじけた。

わっかんねぇよ京介クン……通訳ほしい。佳也クンはまだかしら。


「とにかく今は本気なんです。それだけはわかってください」

「…………あーもー……泣かせたり傷つけたりしなきゃいいよ……」


その素の顔されると何も言えないわ。

普段の笑顔からかけ離れてるそれを見ると、無言の気迫を感じます。


とりあえず最低条件だけをつけて冷めたハニーカフェをすする。

だって一度応援するって決めたし、ここまで本気な人の恋路を邪魔する権利はないし。

美形嫌いのあの泉をこの美形クンがどうオトすのか、見てみたい気持ちもあるっちゃあ、ある。


…………泉、ごめん。頑張れ。


「すみませーん、オーダーお願いします」


甘いものでも食って気持ちを落ち着けよう。

このキラキラしてるはずなのにドロドロしてる空間に癒しがほしいと思う私は正常だ。絶対。


「お伺いいたします」

「紅茶のシフォン一つと……何か頼む? ふたり」

「じゃあ私ティラミスにしようかなぁ」

「ん~俺は大丈夫です」

「その二つで」

「かしこまりました。紅茶のシフォンケーキと手作りティラミスでよろしいでしょうか?」

「は、い――」


ここの店員さん、レベル高いんだよなぁ……目の保養目の保養。

とか思いながら気分よく返そうとした返事は、途中で途切れた。

店員さんの向こう、入口のドアを開けて入ってきた奴が、目に留まったっつーか、留まらざるを得なかった。


そこそこの身長に、一見細身に見えるソフトマッチョ。

人好きのする甘い顔にさらさらの茶髪。

見間違えるはずもない。

二年近く前まで、私の隣りにいた――元カレさまだ。


「………………う゛げぇ」

「東ぁ……外見イメージ崩すのやめなよ」

「お前に言われたかねぇよ。つーか私帰りたいんだけど」

「なぁに~って、うわぁ……」


直接会ったことはなくても写メとかプリクラとか見て知ってる智絵は、私の視線の行く先を追ってそりゃあもう微妙な顔をしてくれた。

うん、だよね。すんごい微妙だよね。

智絵と仲良くなる前にはもう別れてたけど、色々と武勇伝っつーかひっどい話したしねぇ……


付き合ってたからにはそれなりに楽しかったこともあったんだよ。ただ、それが薄れるくらい嫌なことが多かった。

浮気されたとかそんなんじゃない。色々あって、単純に付き合うのが無理だって思った。それだけ。



『俺はまだ美雨のこと好きだから。ずっと好きだから』



悪いけど全く信憑性のない台詞をはっきり言ったあいつは、今笑ってる。

隣りにはふわふわしててかわいい女の子。


……あんなこと言ってたけどさ、やっぱ彼女いるじゃん。

何か安心した。あいつも私も別の場所でちゃんと幸せになれてる。


心なしかほっこりした気分で席に通されるあいつと彼女さんを横目で見――


「……あ」

「……あ?」


わぉ。

何で、目が合うし。


「美雨……?」


ちょ、何で名前呼ぶし。

あれ、何か嫌な予感が、こう、ひしひしとくるんデスガー……


「美雨……っ!」


いやいやいや、何で寄ってくるし!

ナニコレどういうこと。もしかしなくてもアレですか、“有言実行”されてますか。


「東さん……」

「えーと、うん……」


智絵は勿論、そういう勘が半端なく良さそうな京介クンもしっかり理解してアイコンタクトしてくる。

うん、何か、巻き込んでごめん。


彼女ほっぽり出して嬉しそうに向かってくるあいつ。

体中の気力体力精神力諸々がなくなりそうなくらいの溜め息が出る。

…………どうしようか、マジで。


「美雨、久しぶり」


あー、あー、あー……来ちゃったよ。

甘い笑顔を向けられてもこっちの顔は引きつるばっかり。

こいつの好み上アナイスには絶対来ないと思ってたのに……あーもー!とにかく!


「久しぶりの前に(むかい)、名前呼ばないでくれない? 不愉快なんだけど」

「あ、ごめん。美雨に会えたの嬉しくて」


えー……今かなりきつめに言ったつもりなんだけど。

駄目だ。こいつわりと都合のいい耳してるんだった。ついでに目も都合いい感じの場所しか見えない。

私の横に友達がいても、私のはす向かいに男がいても何も気にしないっつーか見えてない。


この様子じゃ、どう考えても私に未練アリアリっつーか……こいつ、普通に私のこと好きだろ。彼女じゃなかったのかよ、そこの子。


つーか何でまだ私なんかのこと好きなわけ。

別れる時めちゃくちゃゴタついて、早く決着つけたくてかなり暴言吐きまくったのに。

体の相性がよかったから?

こいつならそれもありそうだ。事あるごとにそう言ってたし。

その時は言わなかったけど私、別に相性いいなんて思わなかったよ。正直あんま上手くないのに一回がやたら長くて疲れて……って深夜枠深夜枠。


「つーか向なんて古い呼び方じゃなくてさ、また弘樹って呼んでよ」


…………おいおい。

人がちょっとトリップしてる間に、何言ってんですかお前。

付き合う前からそう呼んでたんならまだしも、私とお前はもう終わった関係なんだからさ。それくらいの線引きできないわけ?


何でわかんないかなぁ……もう合わないんだよ。付き合い方のスタンスも気持ちのベクトルも何もかも。

私が別れたい理由すらちゃんと理解してくれなかった。

あいつのそういうところはもう諦めてる。わかり合えないって。


だからさ、早く私を諦めてよ。もう私の隣には違う人がいるんだから。


「いや、無理。私カレシいるから」


成り行きでも根負けでも勢いでもない、私が本気で恋して付き合いたいと思った人。

……って、ンなこと酔っても口に出さないけどさ。むちゃくちゃ恥ずかしいし。死ねる。


とにかく私には佳也クンがいるんで、向が入る隙はありません。

もし何かの奇跡が立て続けに起こって付き合ったとしても、限界超えてめちゃくちゃに壊れた関係が修復できるとは思えない。


「…………かれし?」

「うん、カレシ。これから待ち合わせだから、いられると邪魔」


きっと周りから見たら“この女ひでぇ”とか思われるんだろうけどしょうがない。

下手な期待は持たせられない。変な仏心を出すとこいつはどこまでもつけあがるから。

恋愛方面じゃ有り得ねぇほどポジティブな男、それがこいつ、向弘樹だ。


目に見えて顔色が変わった向を見ないようにして、できるだけ冷静にゆっくり声を出す。

普通のノリでさらっと言ってもこいつの耳はキャッチしてくれない。


「それと、“カレシ”だったあんたには、私を名前で呼ぶこと許したけど……ただの“後輩”に許した覚えはない」


お前、勘違いしてんだろ。

私が名前呼ぶなっつったのは公共の場だからじゃなくて、お前にもうその権利がないからだって、わからない?


「……美雨、何で」

「呼ぶなって言ったの聞こえなかった?

何でも何もない。私とあんたは付き合ってない。私はあんたのこと好きじゃない。私の名前呼ぶのはもうあんたじゃない、別の人。おわかり?」


……自分で言ってて何だけどさ。すんごい悪女みたいな台詞だなこれ。

聞き耳立ててる近隣テーブルのみなさーん、私自分で言いたくて言ってるわけじゃなくて必要に駆られてしかたなく言ってんですよーわかってー。


「誰、なんだよ……それ」


押し殺したような、絞り出すような声が有線の曲と混ざる。


向のキレ方は粘着質な女の子に似てる。つまり、むちゃくちゃ面倒臭い。

それなりに長く付き合ってたからわかる。

今、結構キてる。


………………って、ンな観察してる場合じゃないわ!

どうすんだよ予定以上に打たれ弱くなってんよこいつ!前は“でもやっぱり俺は美雨のこと好きだし、美雨を幸せにする自信ある”とか意味わかんねぇこと言ってただろ!


あー、あー……マジ、どうしよう。

これ以上刺激しないでお帰りいただく方法が思いつかない。

誰か来てくんないかな。空気読めない感じを装って誰かこの雰囲気を崩して。智絵と京介クンは空気読みまくってるから何も言わないのわかってんよ。だから新たな第三者プリーズ。

いやいっそマジで空気読めなくてもいい。そうだこんな時こそ昭クン!


あんまりに混乱してて、私の頭ン中は色々とすっぽ抜けてた。

――ちょっと前に、自分で言った言葉すら。


「なぁ、美雨っ、何で彼氏なんか作ってんだよ……誰だよそいつ!」


誰って言われても……お前が知らない人だけど。いや、学内で会ってるかもしんないし、もうちょいしたら多分…………ココニキチャウヨー……


や、やべぇ……いくらなんでもそれは……血を見るよ、マジで!


「――テメェこそ誰だ」


…………なに、このタイミング。


えーと、カミサマ?

ここぞとばかりにあえて空気読まないの、やめてもらえますか。

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