09 きっと来年もこの海に
泳いで、ナンパされて、やきそばとかき氷食って、砂の城作って。
まぁ海に来た時の王道はやり尽くした感がある。
一応嫉妬とか心配とか小競り合いとかカップルらしいこともやった。ついでに宣言通り途中抜けていちゃこいてやった。
うん、とりあえず一通り遊んだわ。思い残すことはない、ような……
「あ」
しまった……忘れてた、アレがあった。でも持ってきたっけ?
「泉、私ビーチボールは?」
「何かおかしくない? その文法。意味わかるけど」
「ありがとうマイソウルメイト」
「どうも。こっちには持ってきてないし、朝見た時も着替えの時も車内にそんな感じのなかったと思うけど」
「マジか……」
せっかく人数いるんだからビーチバレーやりたかった……!持ってきたつもりだったのに。下手くそだから無意識に球技避けたのか、私。
ヤスさんに言えば貸してくれそうだけど……でももう夕方かぁ。
…………夕方?
「は? 今何時」
「ちょっと待って……四時半過ぎ、かな」
デジカメで海を撮ってた泉がちょっと間を置いて振り返る。
さすが私の泉サン、どんなに唐突でもすかさず答えてくれますね。
つーかもうそんな時間か。日ぃ落ちてないからあんま気付かなかったわ……
いつの間にか浜辺の人影も結構少なくなってるし。どんだけ遊んでんだ私ら。
「もう帰り時じゃんよー」
「まぁね。あたしもうくったくたなんだけど……」
「砂の城制作に全身全霊を込めた感じ?」
「昭くんもわりと凝り性だから何かこう、ヒートアップして」
ちらっと見た先にあったガチ“城”な感じの砂の塊。
アレだ、某夢の国にありそうなディティールの物体になってる。
私が中抜けしてからもずーっとやってたし、ほとんど二人で仕上げたようなもんだからなぁ……すっごいわ、これ。職人魂感じる。
妙に気合い入った砂の城のバックで、波が打ち寄せる。うん、何かのCM。
「あー……夏が、終わっていく」
「いや、まだ七月だから。どっちかって言わなくてもはじまりだから。表現としては“今日が終わっていく”が正解」
「ご指摘ありがとうございます泉サン」
何とも濃い一日だったんでね、もう夏休みのパワー全部使い切った感強いってか。
あと花火大会とプールと旅行と遊園地と普通に遊んで……いや、勉強も卒論も就活もしなきゃな。何の死亡フラグだ。
まぁ夏に遊ぶってのは学生の本分だろ。なんせ私らは最後の夏休みだしね。
「ねー泉。来年ってどうなっかなぁ」
進学しても就職しても、今年と同じようにはいかない。
遊ぶ時間どころか会う時間だってぐっと減るし、場合によっては県脱出して生活することもあるかもしれない。
モラトリアム脱却の時期なんだよね、私ら。
楽しい時にこういうこと考えちゃいけないのはわかってたのに、一度考えるとげんなりしてくる。
微妙に沈んだ声をしっかり受け取って、泉が一度デジカメを下げた。
「……同じなんじゃない? 一緒にいる時間は減るだろうけどその分濃くなって」
「これ以上濃い時間ってどうなんだ」
「まぁ、確かに」
“同じ”ってのにどの部分が含まれるのか、聞いてもよかったけど何となく濁しといた。
「童心を忘れない大人になりたいねぇ。おばさんになっても砂の城作りたい」
「作るよ、あたしは。そこに砂がある限り」
「登山家か」
常識人に見えてさすが私の友達。いや身内か。
「つーか来年もこのメンバーでこんなことやってそうな気ぃすんのは東サンだけですかねー」
「……………はぁ」
たっぷり五秒沈黙、のちに溜め息。
それほど勘はよくないけどさ、なんとなくわかるんだよ。
泉だってそう思ってるっしょ?翠星館からできたこのご縁、今はかなり強靭になってるって。
私と佳也クンで繋がって、更に音楽で繋がって。今度は雰囲気として全員が繋がってる気がする。
多分、軽く切れるようなもんじゃない。
何つぅか、いやすいんだよ、このメンバー。私ら基本的に男混ぜて遊んだりしないけど、それでも苦にならない。
まぁ完全に主観だけど、泉が今嫌そうな顔してないってことはそういうことだ。それに智絵も、社交的に見えて付き合えそうもない人種とは綺麗に壁作るタイプだし。女性陣は受け入れてるって言ってもいいだろ。
メンズは言わずもがなっつーか。京介クンと健司クンについては今後があるから絶対とは言えないけど恋愛以外の繋がりもがっつり残りそうだし、昭クンはつまらない付き合いしなさそうだし。
…………それに、えーと。佳也クンとの付き合いは多分おそらくきっと長くなるだろうし。
色々考えてみても、やっぱ同じ結論に辿り着く。
私らはきっと来年もこの海に来るだろう。ビーチバレーはその時までとっておこうか。
「そのうち美形嫌いから脱却できるかねぇ」
「……斎木くんと真正面から一分間、見つめ合うことできる?」
「…………ごめん、無理」
ほら、私もまだ美形鑑賞同盟会員だから……それに佳也クン私好みの美形だし、笑顔とか向けられたら色々やばいし。真顔で見つめられても無理だけど。
「グラウンド・ゼロだっけ。あれ級の威力」
「何でそこで核兵器。しかもそれ爆心地のことだから」
「じゃあ普通に核弾頭級で。美形は世界を救い時に滅ぼす」
「あたしの世界には滅亡しかもたらさないけどね」
「ねーみんなー!! 花火やろー花火ー!! ナイアガラ十連発!」
「「…………」」
右手に手持ち花火を二十本くらい。
左手に台付き花火を四本くらい。
夏の風物詩っちゃ風物詩だけど……おいおい。
ツッコミ所は満載。
でもまぁ、いちいち気にしてたらキリがない。
人には向けないしちゃんとゴミは持ち帰るんで、ちょっとうるさくても勘弁してくださいヤスさん。
「……夕暮れ前の花火ってのもまぁオツっちゃオツ?」
「昭、まずバケツの用意してからにしろよ」
「その前に火は~?」
「私のライター貸そぉか?」
拡声器級の昭クンの声に反応して好き勝手してたメンツが集まってくる。
こんだけまとまりない人々が一緒になってバカやってるってのも今更ながら変な感じだ。
最後まで平和とは掛け離れてる気ぃするけど、楽しく終わりにしましょうかね。
「私スターマインやりたーい!」
「ちゃんと設置して点火してね……斎木くん、見ててやって」
「わかりました、って丸投げっすか」
……おふたりさん、私のことなんだと思っているんで?
そんな子どもじゃないんだからさ。
「ミ、アズマさん。これ」
目の前に出されたパーカーと鋭い顔の間を視線が何度か往復する。
いや、寒くないっつーかむしろまだ暑い感じだけど……
「火花、肌に当たらないように」
「…………」
開いた口がふさがらない。
どんだけ私を甘やかすつもりなんすか……ってこれ前も聞いたような。
くそ、何か顔があっつい。
甘えていいっつっても限度あんだろ。
「……佳也クン」
「何すか?」
「…………いや」
控え目な笑顔を真正面から受けて、陥落寸前。
あー、早くしろ夕日。今こそ私の顔を赤く照らすべきだよキミ。
いつになっても慣れそうもない、この何とも言えない扱い。
――大事にされ過ぎてて、ちょっとのぼせそうだった。
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