05 難易度高いの選んだねぇ
車にボードを乗っけて後部座席に滑り込んだ途端、横から生暖かいうぜぇ視線。
「佳也、難易度高いの選んだね~」
「黙れ」
「あの人ナンパされてるなんてほぼ100%考えてないよ」
「………」
……それは俺も思ったけど。
つーかあれは別にナンパじゃ…いや、ナンパ、なのか?
「佳也が珍しく、いや人生初な勢いで話しかけたのに半ばスルーだったし。まぁ結局奇跡的に同じとこ泊まるみたいだけど」
「………」
「多分自分がモテる自覚ないんだと思う。確かに個性溢れてるけど美人だしスタイルいいし気さくそうなのにさ~」
「何、何、何の話?!」
助手席から出ばってきたいかにも興味津々って面を押し返す。
前世は絶対小型犬だろうこいつは三島昭。朝から今までずっとサーフィンしてたノリのいい馬鹿だ。
「ん? 佳也の心恋ゆるお方についてかなぁ」
「ぇえ?! おれ知らない!聞いてねぇよ佳也!」
「だって何時間か前に一目惚れフォーリンラブだも~ん」
「……マジ黙れ京介」
「まぁ佳也にも色々あんだから。あんましつこくすんなよ」
まとめ役で貧乏くじ役の健司――坂口健司が締め括って、車が動き始める。
……健司がいなかったら確実に車から蹴り出してやったんだけどな。
「まぁ真面目な話、全然意識されてないから警戒心も薄かったんだけど~今は別の意味で警戒されてる感じ?」
「は?」
「あれ、気付かなかった?」
こいつは女のことになると異常に頭が回るし勘も冴える。
それが他のところに全く活かされねぇのは何でだ……本人のやる気の問題か。
つーか何で警戒されなきゃなんねぇんだ。俺、何かしたか?……宿の話したのとかキモかった、か?
「佳也、お前もっとガンガン行きなよ。や、現時点でいつもより超積極的だけど」
「……何で。警戒されてんだろ」
「誤解をといてなおかつアピール。一石二鳥じゃん?」
「はぁ…?」
「よくわかんねぇけど宿行けば見れんの? 佳也のフォーリンラブな相手」
「そうよ~佳也くんったら面食いだからまたレベル高いの狙ってんのよぉ。しかも年上」
「ん? それって黒金ツートンと黒髪おだんごの二人組か?」
右に大きくハンドルを回しながら、健司がミラー越しに聞いてくる。
さっき浜辺にいたの見てたのか?
にしちゃあかなり距離あったけど。
「そのツートンの方~なんだ、健司知ってんの?」
「お前ら駅に迎えに行った時にな。確かに結構美人だったなぁ」
「えー健司も見たのかよ! ずるいし」
「ずるいってこたねぇいだろ」
やっぱ誰が見ても美人じゃねぇか、アズマさん。
何で自覚ねぇんだろ。電車ン中での電話だって、さっきの浜辺での話だって――これは京介から聞いた――男に言い寄られてんじゃねぇか。
つーか自覚ねぇから警戒心もねぇって……あんな隙のなさそうな顔してすげぇ危なくねぇか?
ストーカーされても押し倒されてもケロッとしてるし。“面倒臭い”で全部なかったことにしようとしてるし。何かあってからじゃ遅いだろ。大丈夫なのかあの人。
さっきだってあっさりブーツ脱いで生足晒してたし。
ガン見しねぇようにすっげぇ頑張ったんだけど。つーかスカート短ぇよ。マジ危ねぇ。
「佳也チャン。エロいこと考えちゃダメよ?」
「…………死ね」
「いつもより反応遅ーい。やっぱエロいこ「ケツの次はどこがいいんだよ」すみませんでもその発言もエ「黙れ口縫い付けんぞ」
「おーい、もう着くからなー」
健司の声で話が打ち切られて、俺らは各自荷物を持ってバックし終えた車から出た。
駐車場から少し坂道を上って、崩れそうな不吉なトンネルを抜けて。
「……古っ」
「まぁ見た目は年季入ってっけど、部屋は綺麗だし風呂はいいぜ?」
「とにかくチェックイン~」
ずらずら入ってく三人に続く前に、ふと聞こえた声に思わず立ち止まった。
「――だから絶対無し。認めねぇよ?」
「誇大妄想だよそれ……」
「田宮妄想なら負けませんが?」
「いや、勝ちたくない……ん?」
吐き出した煙越しに目が合う。
何か、妙にかっこよくて色っぽい。ライブとかでマナー悪くて喧しい女ばっか見てたせいか、煙草吸う女に苦手意識あったけど簡単に一掃された。
二階の窓枠にもたれ掛かって見下ろされることこと約三秒。
「いらっしゃい。また会ったね、佳也クン」
アズマさんは今までみてぇに“ふっ”って笑うんじゃなくて、普通に“にこっ”って笑った。
それがとんでもなく可愛くて。俺ははじめて声を聞いた時より顔が熱くなったのを感じた。
意味わかんねぇ。何でこの人こんな可愛いんだよ。八重歯あるとか反則だし。つーか綺麗でかっこよくて可愛いとかマジ有り得ねぇよああもう!
「よろしくお願いします――アズマさん」
何をよろしくなんだか自分でもよくわかんねぇけど、ペロッと口から出ちまったもんはしょうがない。
アズマさんの伏し目がちな目が見開かれたのを見てから、俺はようやく旅館の玄関をくぐった。
× × ×
やっべぇ……
「美形ってずるいイケメンってずるい……」
「なぁに、美雨のお気に入りクン?」
クソ、顔が熱い。
何あれ、反則だろ。今まで超クールだったくせに何でデレんだよ。何で最後の最後であんなかわいい笑顔なんだ。
「年下にたぶらかされた……」
「向こうだってオネエサマにたぶらかされてると思ってるよ」
「いや、絶対泉狙いだね。外堀から埋めよう作戦だ。絶対させねぇわ」
「だからどこから来たしその発想」
「それじゃ私王子狙おっかなぁ」
出たよ女郎蜘蛛・田宮智絵。
電車じゃ泉が嫌がりそうだから近づかなかったらしいけど、宿まで一緒となれば話は別。こいつが本腰入れたら色々とどろどろしてくるんだよな……
「……年下毒牙にかけんなよ。つーか全然ゆったりまったりできねぇだろうが」
「旅行の趣旨変わってるしね」
「……待ってストップ!ちょっと、静かに」
必死そうな声に何となく煙草を口から離す。
泉も灰皿の端に煙草を置いて、ふたりして智絵の言葉を待ってると。
「やー割と広いじゃん」
「うわ、すっげ、海!」
「……さっきまで浜辺いたじゃねぇか」
「それとこれとは別!」
「落ちるなよ、昭」
「「「…………」」」
ゆっくりと、無言で窓を閉める。
部屋が白くなるのはもうしょうがない。障子の向こうの和室スペースは無事だからいいだろ。
「……何か、マジで誰が仕組んでね?これ」
「ノンノン! これは運命よぉ美雨ちゃん」
「うわぁうぜぇ。どうしようか泉」
「あたし絶対部屋から出ないからお風呂も行かないから」
「ちょ、そこまで?!」
「別に気にすることないって。全部私が払いのけてやっから」
「……美雨が一番狙われてる気がするのはあたしだけ?」
何を言う。狙われてるのはかわいいお前に決まってんだろ。
智絵は途中離脱したから微妙だけど……こいつなら軽くひとりふたり引っ掛けそうだ。
私は添え物のパセリ的扱い辺りだな。
佳也クンも王子もやり口がストレートじゃないから泉が変な勘違いすんだよ。まぁストレートに迫ってきたらいくらイケメンでも容赦なくいかせてもらいますが?
「まぁ夕食はリッチに部屋食にしましたが、温泉は部屋に引いてありません。よって否応なしに部屋から出ます」
「石ころ帽子がほしい……」
「あ、あれでしょお? 被ると周りから見えなくなるやつ」
「猫型ロボットがほしい……むしろポケットだけでいいから……」
「何を言うか。あの青ダヌキがいないと道具の有り難みが半減……ってやめて語らせないで長くなっから」
私がどれだけ青ダヌキ好きか知ってんだろ。わざとか泉。
「ねぇ、美雨」
「ん?」
「真剣な話、あの佳也くんは美雨狙いだと思うんだけど」
「え、なくね?」
考えるまでもない。
思ったよりも真剣そうな泉には悪いけどさ、有り得ないだろ。
「んん~田宮も同意見かなぁ。話聞いてた感じではね」
「……智絵が言うと信憑性増すんだけど」
「さすが恋多き女」
「えへっ、もっと褒めて」
「いや、やめとく」
「別に褒めてねぇ」
佳也クンが、私狙い?
んー……
「ない。やっぱねぇわ。それ」
「えぇ~何でぇ?」
「あんだけのレベルなら彼女のひとりやふたりくらいいるんじゃね? つーか私狙うとかがまずない。だって私だし」
どう見ても一般受けしない顔に格好に性格。電車でも相当やらかしたし好かれる要素が一切ない。
物珍しいタイプの女だから声かけてるだけだろ。
「あー何かもう面倒臭いから終わりで。別に男探しにここ来たわけじゃないし。フロント行ってくる」
「何でフロント?」
「貸切露天の予約」
さっき和室にあった案内に“フロントに直接お越しください”って書いてあったんだよ。面倒臭いけど今回の旅行の目的のひとつだから。
「夕食の前と後どっち?」
「前かなぁ~まだご飯には早いし」
「あたしも。夕方の方が景色いいし」
「りょーかい。んじゃいい子で待ってな。智絵は隣の部屋に行かないように」
「はいはぁい」
軽い返事に見送られて障子を開けて部屋のドアノブを掴む。
それを捻る前に声が聞こえてきて、自分のタイミングの悪さに軽く舌打ちした。
「佳也ー喉渇いたー」
「あ? 自販行ってきたんじゃねぇのか」
「ペプシねぇんだもん」
「冷蔵庫ン中は?」
「そっちもなかったー」
「……じゃあ健司に車出してもらって外の自販行けよ。ちょっと走ればコンビニもあんだろ」
「あ、そっか。健司ー!」
……出づらい。つーか部屋ン中で話してくれ。
そういやこの辺コンビニないよな……私もチョコ食べたいんだけど。ド田舎の駅前ナメてたせいでうっかり酒のつまみすら買うの忘れちゃったんだよ。せっかく持ち込み可なのに。
車貸してくんないかな。無理だろうけど。
外が静かになったのを見計らって、普通にドアを開ける。
「あ…」
「え?」
うん?
何でいらっしゃるのかな?
「……すみません」
「へ?」
「廊下でうるさくしてて……」
「あ、いや、構わないけど。つーか別に注意しに来たとかじゃないよ? フロントに用があるから」
「そう、ですか……」
「うん」
…………どうしろと?
会話が続かないっつーかやっぱいい声してんなこの子前髪うざいけどかっこいいし勿体ないっつーかむしろわざと無造作装ってる感じ?
「あの……」
「ん?」
「煙草、吸うんですね」
何でいきなりそんな話題?まぁいいけど。
「あーうん。私ら全員喫煙者だから。極力窓開けないようにするけど、もし何か臭かったら遠慮なく言って。ごめんね」
「いえ、俺らの方こそうるさくして迷惑かけるかもしれないので……」
「若い男の子は騒いでなんぼでしょ」
「若いって……アズマさんも充分若いのに」
「佳也クン達、十代でしょ。年代が違うってのは大きいんだよ」
若い子から“若い”とか言われると何か逆に老け込んだ気がすんだよね。まぁまだ二十一だけどさ。
私が大袈裟についた溜め息に佳也クンが小さく笑う。
この子の笑顔は心臓に悪い。通常顔とのギャップにどんだけ女が落とされてるんだか。
「あ、ごめんね。フロント行かなきゃ。貸切露天の予約、電話じゃできなくて」
「露天……」
「……一緒に入る?」
長い前髪の間からちらっと赤くなった頬が見えた。
っかわいいな……!
「っい、え……遠慮します」
「そっか。じゃあまたね」
「……はい、また」
やっぱ年下ってかわいい。元カレで懲りてるはずなのに。私って年下趣味だったのか?
エレベーターを待つのが面倒で横にある急な階段を軽く駆け降りる。
コンビニ行くならチョコ頼めばよかったか……ってさすがに図々しいか。なんてことを思いながら。