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SPELL NUMBER~強か女子大生と年下バンドマンの一年~  作者: 矢島 汐
第七章 マイティ・フッド
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05 鮮やかな人

泉さんが正座させたうえで怒って、智絵さんが真剣な表情で謝って、京介たちにも勿論注意されて。全員が心配してたことをしっかり覚えてもらって。

それなりの時間をかけてやっと皆が通常通りに遊びに行ったのに、俺はいつまでもミウさんにくっついてた。


「佳也クン、暑い」

「……我慢してください」

「泳がせてくれー」

「じゃあ行きましょう」


うざってぇのは自分でもわかってるけど、せめて昼くらいまでは我慢してほしい。それまでに何とか持ち直すから。


べったり肩を抱き込んでたのを解いて、手首をしっかり掴んで立ち上がる。

困ったような顔の健司に見送られて、そのまま他のメンバーがいる場所よりちょっと逸れた方へ歩き出す。


「…………」

「…………」


変な沈黙がいつもより重い。重くさせてんのは主に俺だけど。


自分の彼女がナンパされて、あまつさえAV女優と勘違いされて連れ込まれそうになったとか……有り得ねぇ。

ナンパは普通にありそうだけど後半はマジでねぇ。漫画でもンなことねぇよ、多分。


智絵さんから聞いた時、冗談でも何でもなく目の前が暗くなった。

色々考えとか勝算があって自分で片付けたんだろうけど、もしうまくいかなかったらどうするつもりだったんだよ。

さっきのヤスさん……だったか?あの人の所に行く前にどっか連れ込まれたら。目撃者が自分の身可愛さに見なかった振りでもしたら。智絵さんが俺らと合流できなかったら。

最悪を考えちまうとテンションが持ち直すわけもねぇ。


何で……俺、そんな頼りねぇか?

ミウさんに、っつぅより自分に対してイラつく。守ってもらおうとする女じゃねぇことなんか知ってるのに何の対処もできなかった。


「ねぇ、佳也クン?」

「はい」


細い手首を握る手に力がこもっちまって、いつもみたいにうまく加減ができない。

痛いだろうし迷惑してるはずなのにミウさんは振りほどかない。それどころか“ふっ”って笑って。


「さっきのさ、別に佳也クンの存在忘れてたとかそんなんじゃないよ」


……さすがにそこまでされたら悲しさとか通り越す感じに切ない。

せめて“頼りにしてないわけじゃない”くらいのオブラートでお願いしたかった。


「あの時、佳也クン近くにいなかったけど……多分呼んだら来そうな気がしたし、七人で来てんだから誰かが絶対気づくと思ったんだよね」

「……じゃあ何で呼ばなかったんすか」


呼んで自分が気づけるかなんてわかんねぇのに、俺も無責任なこと言うよな。

けど言ってほしかった。声が届いたら即行助けに行ったのに。指一本触れられなかったっつっても絶対不快だったはずの視線からも言葉からも絶対守ったのに。


「適材適所っつーか……佳也クン、あの場面にいたら確実に相手殴り倒してたと思うんだよ」

「…………はい」


殴り倒すどころか……こう、砂がどす黒くなるような感じになってたと思う。簡単に想像できる。

そこに昭が勝手に参戦して高校の日々再来、みたいな。いや、多分参戦させる前に折ってねじ伏せてるだろうな。


「せっかく皆の予定合わせて来たのに、たかがナンパくらいで台無しにしたくないし。時間の無駄じゃん? それに……」


そこまで言ってからまた笑って、ミウさんが掴まれた手首を持ち上げる。

空いてる片手が俺の手の甲を撫でた。


波がミウさんの足にはねる。

一番人が多くて混んでる時間なのに、やけに周りが静かだった。


「人殴るよりさ、ギター弾く方が似合ってるよ。

私、ギター弾いてる佳也クンの手、好き。すごい綺麗」


太陽が一瞬陰った後に強く照る。ほんの少しだけ日の光が青く見える。目の前の人が、軽く目を細めた。

何でか、いつか見た古い映画とダブった。


――何で、この人はこんな綺麗なんだろう。


前にある人が言ってた言葉を思い出した。好きな作家がよく使う表現だって。

その時はいまいちイメージが掴めなかったけど、今ならわかる。


きっとこういう人を“鮮やかな人”って言うんだ。


……本人に言ったらスルーされるか心底不思議そうに“何言ってんの”って顔されるかだろうけど。

けど、少なくとも俺にとってはそうなんだ。譲れねぇ。スルーはきついから心の奥にしまっておこう……


「朝自分で正拳突きとか言っといてアレだけど正直殴るなんてもったいない、と言うのが個人的な意見なんですが」

「……はい」

「………………頷きで済ませんなよ何か言えよほんっとすっげぇ恥ずかしいんだからこういうのああもうマジでどっか埋まりたいぃ!!」


ザパァン!


派手な飛沫を上げてミウさんが走り出す。波打ち際じゃなくて沖に向かって。

ちょ、危ねぇ!つーか毎度のことながらいつ手ぇ離れたんだ?!


「ばかー! 恥でしにたいー!」

「死んでもらっちゃ、困りますって!」


体が半分浸かるくらいの深さで何とか確保。水ン中なのにやけに足速ぇんだけど、何なんだこの人。


「何か寄ってきても殴りません、多分。平和的に終わらせます、多分」

「多分二回言ったよ君」

「……ミウさんが嫌がるなら努力します。我慢します。けど触られてんの見たら勝手に手が動くかもしんねぇんで、絶対とは言えません」


嘘はつきたくなかった。

ミウさんが好きだって言ってくれた、それだけでこの何の変哲もない手を労わる気になった。

けど無意識に殴っちまうのを止めるのは無理だ。そんな風になっちまうほどこの人が好きで、大事だから。


「できるだけ頑張るんで……もうひとりでさっさと解決しようとしないでください。心臓のスペアが欲しいなんて思ったのはじめてっすよ……」

「それは、えーと、すみません……」

「ほんと、自分を大事にしてください」

「いや一応攻撃は最大の防御的な意味で自衛はしてる。それに……私が大して大事にしなくても佳也クンが大事にしてくれるからいいかなぁと」


……俺を落ち込ませんのも浮上させんのも、ミウさんはさらっとやってのける。


ヤスさんが言う限りじゃこの男を翻弄する自由な感じは母親譲りなんだろう。

あの人が“苦労すんぞ”っつったのが頭にこびりついて離れねぇ……ミウさんの親父さんも苦労したんだろうな。これ、わざとじゃねぇんだから。


「ミウさん、好きです。すげぇ好き」

「ちょ……やめてマジで恥ずかしい」


確保したままぎゅうぎゅう抱きしめる。

何でこんな好きなんだ。意味わかんねぇ。

ずれた思考回路だし警戒心ねぇし自分のことに無頓着だしふらふらしてっしそりゃつらい時だってあるけど、ヤスさんに言った通り楽しいからいい。


「何これデレ期? 私の心臓も労わろうよ君。つーかあっついってば」


顔赤ぇ。可愛い。

キスしてぇ……つーかもっと触りてぇ。

くそ、駄目だ。何かあっち方向に引っ張られそう。ミウさん好きだし可愛いし、こんな裸に近い状態で密着してて何もしねぇなんて無理。


「ミウさ……」

「かーやー! あっずまサーン!! 京介が海はふえーせーだからやめろってー!!」


「「…………」」


マイク通さねぇでもよく通る声は余裕でここまで聞こえて、ついでに周りにも聞こえる。


何か、ちょっとその辺に頭ぶつけて記憶飛ばしてぇ。


「佳也クン」

「はい」

「今日手ぇつなぐの以外一切禁止で」

「え゛」


久々の冷たい顔をされて文句なんか言えるはずもなく。


それでも一応手はつないでくれるミウさんが可愛くてしょうがねぇ俺は、今日絶対何かやらかして殴られる気がする。

今初めて、夏は開放的だって言われる意味がわかった。

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