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SPELL NUMBER~強か女子大生と年下バンドマンの一年~  作者: 矢島 汐
第七章 マイティ・フッド
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01 ついに来たんだな、この日が

卒論調査も終わってデータ入力もあらかたできて。

四年になればほぼ休みに等しい前期試験期間が終わった翌日、七月も終わりの早朝。

珍しく朝から活動してる私をぼけーっと見る人がいた。


「おぉ、美雨。出かけるのか?」


白髪が混ざってるせいでグレーに見える短髪に細いフレームの眼鏡。

二十年後くらいのお兄ちゃんはきっとこんな感じだ。恐ろしいほど似てる。

生活リズムが違うせいで一週間振りくらいの対面になったお父さんは、相変わらずズレたことを言った。


「車借りるって言ったじゃん! 今日海行くから」

「そうだった?」


そうだったよ。ちゃんと前もって言ったんだよ。

ったく、仕事以外だと何でこうも抜けてんだろうか。普段働き過ぎて脳みそ休止してるとか?


「大学の子と行くのか」

「そんな感じ。明日車洗うから汚しても怒んないでね」


潮とか砂とかでひっでぇことになるけど、まぁ責任は取るから。


昨日のうちに大体準備終わらせといたけど、一応最終確認。

財布とケータイと、着替えとタオルと、日焼け止めと、飲み物と、パラソルと、クーラーボックスとシート……は向こう持ちか。あと何かあったっけ。あ、車の鍵。


玄関横でじゃらじゃらついてる中から赤いワゴンの鍵を引っ掛ける。

お父さんとお兄ちゃんがそれぞれ車二台にバイク一台、お母さんが車一台。こんだけあるといつでも足が使えて助かる、んだけど……

男二人車邪魔です。置く場所ない。ひとり一台にしとけって。そしたらわざわざ駐車場借りなくて済むから。

お母さんの以外は皆外車だし……燃費悪いっつーの!


「事故に遭わなきゃ何でもいい。いってらっしゃい」

「はーい、いってきます」


完全ウォータープルーフの化粧。超ラフなデニムのショートパンツとTシャツ。着替え面倒臭いから水着着といたし……よし、オケ。でかいサングラスをかけて、いざ出陣。


大学まで行って智絵と泉乗っけて、途中で昭クン拾って、佳也クンんちの下のコンビニで三人と待ち合わせて。

珍しくも東さんの運転で行きますよ、海。




× × ×




「ついに来たんだな、この日が……」

「興奮して寝付けなかったの久々だよ~」

「………お前最低」

「やぁだ! 佳也くんエッチ~!」

「死ね」


マンションの下のコンビニで待ち合わせってのは別にいいっつーか楽で助かる。

何も文句はねぇ。あるとしたら……こいつらが昨日押しかけてきて俺の部屋に泊まったことだ。


別に押しかけてくんのはよくあることだしどうでもいい。京介のやけにリアルな妄想が炸裂して健司がめんどくせぇことになったり色々なって睡眠時間が削られたのがうぜぇ。テメェら何しに来たんだよマジで。

まぁ、激落ちしてるテンションはそのうち上がる。あと五分で待ち合わせの時間だ。


「二台になんなくてよかったよね~車」

「うちの五人しか乗れねぇからなぁ。邪魔しちまった上に車まで出してもらって……」


昭のごり押しで海行くのが決まった時、最初は車二台に分けて出すって話だった。まぁ俺らのせいだから健司と俺で。

そしたら昭と智絵さんが“一緒のが楽しい”とか言う理由でそれを却下して、じゃあ電車とか色々案が出たけど結局ミウさんが車出すことで決着がついた。もう行くことすら嫌がってた泉さんも何とか納得してくれて。

…………酷ぇ嫌われようだ。さすがに同情するわ、京介。


「でもさ、普通八人乗りとか使わないよね~小さい子どももいないだろうし。東さんちって大家族?」

「……いや」


両親に兄一人だったはず。まぁ何でンなでけぇ車があんのかは俺も謎だったけど。何か物入れるためかもしんねぇし。


「つーか東さん免許持ってんだな。何か意外っつーか」

「確かにあんま自分で運転しそうにないよねぇ~」

「……ドライブ好きらしいけど」

「え?! そうなの?」


前にミウさん家見た時、家も結構でかかったけどやたらでけぇ車とバイクが置いてあったガレージが一番目についた。

親と兄貴の車で結構好きに使ってるとか言ってたけど……あれ、ぱっと見ほとんどが外車だった気がする。


「もしあれだったら交代で運転しようぜ。疲れるだろうし」

「……あー」


健司、気ぃ使うのは大事だけど、おとなしくしてた方がいいと思う。多分いつもとハンドル逆だ。


「俺、泉さんの後ろの席がいいなぁ~」

「…………一応聞いてやるけど、何で」

「見つめるのに理由つけなくていいから」

「気持ち悪い」

「せめて略して~!」

「なぁ……佳也、赤いワゴンっつってたよな?」


健司の声につられて周りを見渡す。ガレージにはなかったけど、赤いワゴンなんてただでさえ目立つ車はすぐ見つかると思ってた。

そりゃすぐ見つかった。つーか勝手に視界に入ってきた。


「長いね」

「でけぇな」

「すんごいね」

「ド・アメ車だな」

「佳也、東さんかっこいいね」

「当たり前だ」

「そこ胸張って言うのか?」


こんなせせこましい道走るには似合わな過ぎる、真っ赤なワゴンっつーか何つぅか。

排気量の多い車独特のエンジン音と揺れを見せながら、目の前よりちょっと先行ったとこで車が止まる。このコンビニ、駐車場ねぇし。

左側のドアが開いて、サングラスを外しながらあの人がかっこよく笑う。

相変わらず綺麗だ。何の惜しげもなくさらされた生足が眩しい……


「時間厳守してくれて、おばさん嬉しいよ」


ちょ、ここまできといてその台詞はないっすよミウさん!


「荷物トランクね、開いてっから。智絵、そこ動かしといて」

「はぁい。あ、私クール5ミリ」

「……車内完全禁煙だかんね?」


スモーク張ってある後ろの窓が開いて、智絵さんと昭が……って昭、お前……


「寝てやがる……」

「おい、嘘だろ……」

「ハーレムでガン寝なんて……」


……お前も楽しみで寝らんなかったんだな、昭。俺らよかずっと純粋な意味だろうけど。


「佳也クン」

「はい、…っ?!」


軽く肩を掴まれて振り返ると、いつ見ても美人な顔が近づいてくる。

何度会ってもこういう関係になっても、はじめて会った時と変わんねぇくらいどきどきする。マジでキモい、俺。


「睫毛、ついてんよ」


細ぇ指が俺の目の下を擦る。

……き、キスされるかと思った。

馬鹿か。乙女か。あー恥ずかしい死にてぇ。

けど、この距離で何もしねぇのは勿体なさ過ぎる。


「ミ、アズマさ……」

「東さ~ん! クーラーボックスって前に置いといた方がいいですか~?」


こ の や ろ う 。


絶っ対わざとだ。こいつに読めねぇ空気なんてねぇ。クソが……自分がうまくいく要素ねぇからって邪魔しやがって……!

公共の場だしキスしたら普通にブン殴られてたなんて考えもしねぇ俺は、多分めちゃくちゃ都合のいい頭の作りをしてんだろう。


「――あっれー? 東、何してんのー?」


……あ?

何か、聞き覚えある、ような……


振り返って見て、物凄い覚えがあり過ぎる男と、覚えはねぇけど何かむかつく男の二人組が視界に入る。

ひとりは、あの朝……ミウさんといた奴だ。間違えるはずもねぇ、へらっとした優男。

自分のせいだけどミウさんがこいつとふたりっきりで一晩過ごしたなんて……自分のせいだけど。クソ、すげぇ嫌だ。


「は? 何もしてねぇよ。

おはよー良平さん」

「おはよ、東……ねぇほんっと勘弁してこのタイミング」

「…………」


睨むくらい許せ。わざとじゃねぇよ、勝手に目がきつくなんだから。


「何、どれが東の彼氏よ? そいつ? あっち?」

「浅野空気読めないならもう帰って頼むから帰って永眠して」

「つーか何で浅野ここいんの。良平さん、こいつ泊めたん?」

「泥酔状態の全裸男に部屋の前で名前叫ばれるくらいなら泊めた方がましでしょ……」


やっぱりお前か、浅野。思った通りめんどくせぇ奴だな……


ミウさんが“良平さん”ってのに話しかける度、自分の眉間にしわが寄るのがわかる。

このままいると心の狭ぇ自分が嫌になってくる。さっさと荷物積み込んで車乗った方がいい。

つーか大学の知り合いなのに何で泉さんも智絵さんも出てこねぇんだ……浅野のせいか?


「ねー東の彼氏それ? ねーねー」

「………」


せっかく動き出した足が止まる。

うっぜぇ……別にテメェには関係ねぇだろうが。会釈すらしたかねぇ。


「見んな浅野。減る」

「えー? いーじゃんいーじゃん。つーか彼氏さんかっこいいね」

「は? 当たり前だろ。私の理想そのままなんだから」


……………………すんません、ミウさん。

俺、耳どうかしたかもしんねぇんで、もっかい言ってもらえますか。


顔熱ぃ……これ聞き間違いだったらどうすっか。いやもう聞き間違いでもいい。

ミウさんの声でンなこと言われたってのは俺の頭に完全に記憶された。あーもうこれで何年か色々乗り切れそうな気ぃする。


「あー……確かに東好きそう。つーかそれふたりっきりの時に言ってやんなよ」


その一言で“良平さん”の株が一気に上がった。いいこと言うな、あんた。

つーか、聞き間違いじゃねぇ、んだよな……?

え、やべぇ。ちょ、大丈夫か俺の心臓。


「本人に言ってどうすんの。他人に自慢すんのがいいんだよ」

「本人そこにいるって」

「あえて聞かせる感じ?」


ど ん な 感 じ だ !


ミウさん、それわかんねぇっす。できれば本人に言う形でお願いしたいなんて思ったりするんですけど。


「つーか時間押してるから。また飲みの時ね、良平さん」

「ん、じゃあね」

「東、俺は? 俺は?」

「あーはいはいまた今度会えたらいいですね、浅野クン。

佳也クン何かいるもんある?」

「えっ? だ、大丈夫、っす」


い、いきなり振らないでください。つーかさっきの発言まるでなかった扱いっすか……

まぁ、慣れるしかねぇ。この人は基本的に自由な人だ。


ちょっと、いやかなり同情的な視線を寄越しながら“良平さん”と浅野が退場する。その間にミウさんはさっさとコンビニに入っちまって、残された俺はやっと荷物をトランクに放り込…………あ?


何か、一瞬嫌な光景が見えた気ぃすんだけど。

トランクを閉めて、後ろのドアを恐る恐る開ける。


「おはよぉ、佳也くん」

「……おはよ」

「お、はよう、ございます……」


智絵さんと泉さんに間抜けな挨拶を返して、入る前に位置確認。

運転席はミウさん、右手の助手席は泉さん。二列目が右から昭、智絵さん。シートが畳んであって三列目に同じく京介、健司……空席。

二列目が畳んだままってことは……え、ちょ、まさか……は?


「何してんの、早く乗りなよ佳也」


マジ顔のマジ声で催促してくる京介を見て、席順変更不可を悟った。


でけぇ男三人で、むさくるしさ満載のシート。横幅がある車だから無理じゃねぇしシートは確かに三人用だ。けど、けど……!

何だこれ、若干の下心がある俺らへの罰か。海っつったら下心くらいあってもいいだろ、つーかそれが健全な男ってやつだろ?!


「あれ、佳也クン乗れない? 後ろそんな狭かったっけ?」


この人には言えねぇ。俺らっつーか主に京介が昨日どんな妄想してたかなんて。


「……いえ、すんません乗ります」


海だけじゃなくて行き帰りの妄想も激しかったとか。


「ん、じゃあ行こっか」


今すぐ抱きしめてぇくらい可愛い笑顔で気力を充電。単純な俺はこれで海まで乗り切れる。

つくづく思うのは“これでも俺はまだ報われてる方だ”ってことだ。京介、健司。嫌われねぇ程度に頑張れよ。

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